元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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1章
土下座で蘇る記憶


 

 

「ふふふ、はははは! 素晴らしい。なんて素晴らしい眺めだ。今日からこの屋敷は、このラムラ・コニスンのものだ!」

 

 街の一等地、高台にそびえ立つ屋敷。

 その最上階にある執務室で、俺は一人、窓ガラスごしの風景を見ながら高笑いを上げた。

 

 豪奢な金髪。切れ長の目。仕立ての良いベルベットの上着。

 窓ガラスに反射する自分の姿は、どこからどう見ても選ばれし特権階級だ。

 

 大陸歴五〇五年、三月三日の今日。俺は亡き父の跡を継ぎ、晴れてコニスン伯爵家の当主となった。

 ああ、なんと素晴らしい響きだろう。『当主』。それは全権を握る者。支配者。

 俺は窓に映る自分に向かって、演劇がかった口調で問い掛けた。

 

「おい窓の中の俺、なにを突っ立っている? この俺に対して頭が高い。なにか言えるものならいってみろ」

 

 当然言い返せるはずもない、ガラスの中の俺。

 ふふふ、気持ちがいい。この屋敷の中に、当主である俺に逆う者はいないのだ。

 

 ――コンコンコン。

 

 ドアが鳴った。

 どうやら頼んでいた資料が届いたようだ。くくく、ここからは『当主さま』の役目を存分に愉しむ時間となる。

 俺はドアの向こうに呼びかけた。

 

「入れ」

「失礼いたします」

 

 そこに立つのはピンクがかった長い髪と、パッチリした目の少女だった。

 歳の頃は二十歳前後の、若いメイド。彼女の名はプリミアという。

 

「プリミア、資料のチェックは済んだのだな?」

「はい、……お申しつけの通りに」

 

 見栄えは良いが表情に乏しい。死んだ目で資料の紙束俺に渡してきた。

 もっと笑えと言いたいところだが、『没落した元貴族の子女』を買い叩く形で使っているからな、こんなもんだ。

 

 資料に記されているのは、とある孤児院で暮らす子供たちのリストだ。

 それぞれ、身体的特徴や履歴まで書かれている。

 爵位を継いだ俺がまず始めようとしてるのは、子供を引き取って育てることだ。

 

(善意から? まあ表向きはそうだな)

 

 思わず笑いが漏れる。

 

「くくく、この子供(ガキ)どもにはいくらの値が付くだろうな、プリミア」

 

 孤児院は宝の山だ。

 俺は人身売買疑惑のある孤児院の仕事に一枚噛んで、規模を拡大させて儲けるつもりなのだ。

 

「うむ? この名前、どこかで見たことがある気が」

 

 リストを眺めていると、やけに目に刺さる名前があった。

 アルメイリ、女、6歳。データによれば、銀髪で目の色は緑宝石(エメラルド)、戦争孤児か。

 なぜだろう。名前を見た瞬間、頭の中にこいつの顔がフラッシュバックしたのだ。

 生まれも育ちも接点がないのに、俺はなぜかこいつを知っている気がした。

 

(くそ、この不愉快さを伴う違和感はどういうことだ? なにかを思い出せそうで、思い出せない)

 

「ラムラさま、あの……その……」

「なんだ、今忙しい。あとにしろ」

「……人身売買などやめませんか? 私は……そんなことしたくありません」

「なんだと? おまえ、拾ってやった恩を忘れたのか?」

「い、いえ!? ですが――」

 

 三年前、家が取り潰された際に奴隷落ちしそうだったコイツを、俺は買った。

 もちろんそれは、有用なモノを安く買い叩けると思ったからなのだが。

 ああ、力なき弱者は悲惨だ。

 意に反することを強いられても、抗する術を持てない。

 

「いいか、プリミア。孤児院のガキどもを引き取るやつなんて変態ばかりだ。だが俺はこいつらを教育して、必要な奴らに売る。結果的にそれがこいつらのためになる。――黙ってろ。わかったか?」

「……は、はい」

「口答えした罰は、どうすればいいと俺は言った?」

 

 俺は、ニタニタとプリミアを見つめた。

 彼女の返事を待つ。

 

「ど……土下座をして謝罪します」

「わかってるじゃないか」

 

 ククク、見てくれの良いメイドに屈辱的な謝罪をさせる。

 これも貴族――いや、この屋敷の支配者『当主』たる俺の特権。

 

「ほら、早く跪いて土下座を――」

 

 ――だが、次の瞬間。

 

(……土下座?)

 

 そのワードが心の奥深くにあった『なにか』を刺激した。

 なんだ!? せり上がってくる。

 土下座、土下座、土下座!?

 

 あああ! 俺の中で、その言葉が反響して止まらない。

 増幅した音が膨れ上がる。

 うわあああああーーっ!

 

「申し訳ございませんんんッ! その件につきましてはぁ! 全責任を私が負い、直ちに改善策を提出いたしますのでぇ! 何卒、何卒ご容赦をぉぉッ!」

 

 魂に刻み込まれたかのような、卑屈な絶叫。

 

「何卒ぉッ!」

 

 シュッ、と風を切る音。

 膝をたたんで足を曲げ、座り込むと同時に両手を床に添える。

 視線を相手の靴先へ向けつつ、流れるような動作で俺の上半身は深々と折れ曲がった。

 俺は、見事なまでのジャンピング土下座をしていた。

 

「ラムラ……さま?」

「……はっ!?」

 

 上を見上げると、当然だがプリミアが驚いている。

 俺もなぜだかわからない。とにかく身体が、条件反射で動いて絶叫してしまった。

 土下座、それが何かのスイッチであるかのように。

 

(あ……!)

 

 あああ!

 あああああ!

 アアアアアーーーーッッッ!

 

 思い出したッ! 思い出してしまった!

 そうか俺は、ラムラ・コニスンであって、ラムラ・コニスンじゃない!

 

(日本でブラック企業に勤め、土下座しまくった挙げ句、過労死したおっさんじゃないかあああああああああ!)

 

 記憶が雪崩のように押し寄せてくる。理不尽な納期、パワハラ、サービス残業。そして深夜の会社で、誰にも看取られず冷たくなった最期。

 

 俺は社畜だった。

 怒鳴られるのが怖くて笑顔で頷き続け、その場を収めるために成果を出し続けるしかなかった。そんな小心者の流され主義が、結局、自分を殺したんだ。

 

 ああ理解した。

 俺は、いわゆる転生者なのだ。

 ここは俺が生前プレイしていたRPG、『聖女と鉄槌の戦記』の世界。

 ラムラ・コニスンはゲームの中ボスで、賄賂、暴力、裏社会との癒着、人身売買にも手を出す悪役貴族だ。

 

 私腹を肥やして恨みを買った挙げ句、槍で刺されて死ぬ運命。

 同時に首を飛ばされるときの顔芸が滑稽で、プレイヤーたちにはラムラ黒ひげ危機一髪と言われて人気グッズも発売されることになった迷悪役。

 

 それが俺。そして未来。

 ひ、ひぇええええ!?

 

「あ、あの……。ラムラ……さま?」

「これが土下座、ですよ?」

「はい?」

 

 あー、違う! なに俺は敬語なんか使ってしまってるんだ。これじゃ急に態度が変わりすぎて変に思われてしまうではないか。

 

「……ごほん。いや、心を掴む土下座の仕方を講習(レクチャー)してやろうと思ってな」

 

 ひとまず立ち上がって咳払い。

 困惑顔のプリミアを、あえて無視する。

 

「なるほど、ではそれを参考にして、私も土下座を」

「い、いやもういい。時に相手の心に入り込むことが必要となる。それを覚えておけ」

「は、はい……」

 

 無理やりだがピンチを切り抜けた。

 くそ、土下座がトリガーで前世の記憶を取り戻すだなんて、俺はどんだけブラック体質なんだよ。

 

 そんなことよりも、俺は同時に重要なことを思い出してしまった。

 それは、先ほど孤児リストを見て気になった女の子についてだ。

 

(アルメイリ……。名前に見覚えあるはずだ)

 

 彼女はこのゲームの主人公だった。

 並外れた魔力と剣の才能を持ち、間もなく法を司る名門エルダーク伯爵家に見出されて養子となる。

 厳しい教育を受けた彼女は、感情を殺し、私情を挟まず、ただ法と秩序のためだけに剣を振るう生きた断罪マシーンに成長する。

 友達もなく遊びも知らない、清廉潔白すぎる英雄の誕生だ。

 

(息苦しすぎる……。ある意味、会社の利益のために自我を殺していた前世の俺と同じ人種だな)

 

 ――しかしその彼女こそが、物語の中盤のボスである俺を断罪する使徒。俺はアルメイリに殺される運命だった。

 なんということだあぁぁあぁあ!

 

「ラムラさま、顔色が悪いようですが、お気分でも悪いのですか?」

「いやなんでもありませんよ、プリミアさん」

「え……?」

「違う、なんでもないぞプリミア!」

 

 いかん、なぜか丁寧口調が飛び出してしまう。社畜時代の魂が、若い女性への扱いを矯正しようとしているのだろうか。

 ハラスメント、よくない! と心が叫んでいるとでも!?

 

(はっ!?)

 

 気づけば、プリミアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 ああやめろ、そんな目で俺を見るな。相手の労わりを突然理解できるようになってしまった。

 思えば彼女は根っからの善人だ。それなのに、親の借金の肩代わりをして貴族から奴隷に身をやつしかけ、俺みたいな奴に雇われて……いやだが。

 

(弱者は淘汰されるのが運命……)

 

 弱かったために上司から良いように使われ、疲弊し、摩耗し、倒れた前世。

 今生では、貴族社会でも裏社会でも、力なく舐められた者が密告や暴力で滅ぼされるのを幾度となく見てきた。プリミアだってそういった一人だ、彼女の家はライバル貴族に陥れられて滅びたのだから。

 

 ああ。こうして社畜と貴族、両方の目で世界を見てきた今なら実感できる。弱者は食われるものなのだ。

 

(悪役貴族に転生、か)

 

 そして俺もまた、いずれゲーム主人公に断罪される為に存在する弱者側なのは先ほど思い出した通り。ああぁぁあー、じにだぐないーーーーッ!

 ――いや、待てよ待て?

 なんでまだ、孤児リストの中にアルメイリの名があったんだ?

 

 ふと気づく。

 そうだ、今日の日付は……!

 

「プリミア、今日は大陸歴五〇五年、三月三日で間違いないか!?」

「どうしたのですかいったい。恐れながら、先ほどからラムラさまの言動はいささか妙です。お医者さまをお呼びした方が……」

「いいから!」

「は、はい! 今日は大陸歴五〇五年、三月三日、ラムラさまがご当主になった日です」

 

 ――やはり!

 この日付には覚えがあった。

 アルメイリがエルダーク伯に身請けされる運命の日だ。

 

 今日の午後、彼女は孤児院を去り伯爵の元へと奉公に出る。

 そのシーンを俺はゲームで見ていた。何周も、何周も、子供の頃に気が遠くなるほどプレイしたゲームだ。今でもしっかり覚えている。

 

 俺は懐から時計を出して時刻を確認した。

 今は午前、昼までも遠い。つまりまだ、アルメイリは孤児院に居るのだ。

 

(――間に合う)

 

 ニヤリ、自然と口角が上がった。

 エルダーク伯爵家に拾われるから、彼女は規律に縛られた融通の利かない正義の味方(・・・・・)になって、俺のような悪党(・・)をクビ(物理)にしに来るのだ。

 ならば、俺が先に彼女を孤児院からヘッドハンティングしてしまえばいい。

 

 そして贅沢を教え、享楽を教え、徹底的な福利厚生で甘やかし尽くしてやる。

 俺に懐かせ、俺の命を絶対に守ってくれる『最強の私兵』に育て上げるのだ!

 

「ふはははは! ……なんという良案。いや、悪案とでもいうべきか」

 

 俺の邪悪な笑い声に、プリミアがビクッと肩を震わせた。

 ふふふ、怖がっているな。だが俺は本気だ。未来の英雄(俺を殺しにくる奴)を今のうちに青田買いして、究極の接待で丸め込んでやる!

 

(もう前世のように搾取なんかされたくない。怒鳴られるのに怯え、周囲に良い顔して労働しすぎた結果の過労死なんだから!)

 

 悪役ムーブ、これは搾取されないよう、自分の主張を通す為に便利だ。

 いちいち相手を説得する手間も、善人ヅラのように舐められやすいリスクも回避できる。

 

 幸いラムラとして生きてきた記憶もあるお陰か、悪役貴族としてのムーブが板についている。悪そうな笑顔が似合うツラ構えと権力……俺のホワイトな生活を守るためのツールとして、今後も利用してやろうじゃないか!

 

「プリミア、馬車を用意してくれ。今から孤児院に向かう。今日この日、孤児を手に入れる」

「え? ですが予定ではまだ先だったはず。屋敷の方でも受け入れ態勢が――」

「人身売買はヤメる。一人身請けできればそれでいい」

「身請け……ですか?」

「そうだ。孤児を一人、我がコニスン家に仕えさせる」

 

 プリミアの顔が少し明るくなった。

 まあ人身売買はイヤだよな。俺もさすがに、そこまでしての利益追求は勘弁こうむりたい。それに確か、この大量人身売買がラムラ破滅の大きな一歩だった記憶がある。避けねば。

 

「わかりました。少々お待ちくださいラムラさま」

 

 ――さて。

 孤児院までアルメイリを身請けしに行く前に、やらねばならないことがある。

 それは、この屋敷の労働環境を変えておくことだ。

 今のままでは彼女を懐柔し、良い私兵に育てるための環境が整っているとは言い難い。

 

 それに俺は知っている。

 虐げられた環境で仕事をする社畜が、どれだけ上司に恨みを抱くかを。

 結局アルメイリから断罪されるのも、使用人たちに恨まれた末の内部告発が発端だったはずだしな。

 

(一刻も早く、彼ら彼女らの不満を解除する。それが俺の命を繋ぐ、唯一の道だ!)

 

 こうして元社畜だった俺の、『ホワイト経営改革』が始まったのだった。

 

 

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