元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
その日の夕食後。孤児院の食堂は静寂に包まれていた。
修繕中の木の匂いが漂う中、子供たちが椅子に座っている。
ふと視線を感じて横を見ると、アルメイリが壁際に立ち、無言でこちらを凝視していた。
――ひぇ!?
(なんだその『これからおまえがする話を検品してやろう』とでも言いたげな瞳は。未来の処刑人にそんな目で見られたら緊張してしまうだろうが!)
内心の焦りを悟られないように、俺は咳払いを一つ。
すると最後の一人が席に着いたのを確認したディアルコが、俺に向かって深く頭を下げた。
「……お待たせしました、ラムラさま。全員、揃いました」
「うむ、ご苦労」
ちょっと重々しく言い過ぎか? と思わなくもないが、この後に話すことを考えたら、できるだけ威厳を見せておきたい。敢えての『傲慢な資産家』ヅラだ。
さて、切り出すか。
「ディアルコ。お前は来週、十六歳になる。……この意味は、ここにいる全員が理解しているな?」
俺の問いに、食堂の温度が数度下がったような錯覚に陥った。
子供たちは一様に視線を落とし、握りしめた拳を震わせている。沈黙を破ったのは、ディアルコ自身だった。
「はい。俺は卒院し、独りで生きていかなくてはなりません」
「皆に、なにか言っておきたいことはあるか?」
「お許し願えるならば、ここで」
「許す」
ディアルコが子供たちの方を向き、震える唇を開く。
「……ごめんな。もっと一緒にいたかったけど、俺、行くよ。でも大丈夫だ、棟梁のところで必死に働いて、いつか絶対に、みんなに美味いもんを差し入れて――」
「うわあああぁぁん! ディアルコお兄ちゃん、行っちゃヤダよぉ!」
年少組の女の子が、我慢の限界を超えたようにディアルコの腰に抱きついた。それを合図に、堰を切ったように泣き声が広がる。
「俺も……俺も頑張るから! だから置いてかないで!」
「ディアルコ兄ちゃんがいないと、夜、怖いよぉ……」
泣きじゃくる子供たち。自分の足に抱きついてくる小さな子に困り果てて、涙を浮かべるディアルコ。
プリミアまでもが目元を拭い、アルメイリは痛ましそうに小さな唇を噛んでいる。
(有能な社員が去る際は、どこも大変なものだ。惜しむ声が悲嘆となり、その後の社内は目に見えて士気が下がり、生産性もどん底になると相場が決まってる。ああ胃が痛い……前世で何度も見た光景だ)
おおお、心が痛い。
思い出しすぎると病みそうだったので、俺はわざとらしく、大きくて耳障りな音を立てて机を叩いてみせた。
「――泣くな、ガキども!」
びくり、と全員の肩が跳ねる。
俺は立ち上がり、悪役らしい邪悪な笑みを顔に貼り付けた。
「いつまで感傷に浸っている。……アルメイリ、お前もだ。そんな顔で俺を見てどうする。状況は何も変わらんぞ」
「…………」
アルメイリは無言のまま、だが射抜くような視線を外さない。俺は傲慢に腕を組んだ。
「言っただろう? ルールを作る側になれ、と。そうなれば、こんな理不尽な『人事制度』など、俺がこの場で書き換えてやる」
突然の演説に呆然とする子供たちを見渡した。
「お前たちに、二つの選択肢を与えてやる。一つは、これまで通り俺からの一方的な保護を受け、十六歳になったら野垂れ死に覚悟で放り出される『派遣社員ルート』。ディアルコは、来週でこの屋敷……孤児院を去れ」
「……わかって、います」
「ふん、聞け。選択肢があると言ったろう」
俯いたディアルコに、顔を上げろと言い、俺は再び悪そうに笑ってみせる。
「もう一つのルートを語ろう。それはお前たちが力を合わせ、自分たちの食い扶持を自分たちの手で稼ぎ出すという『ベンチャー起業ルート』だ。お前たちには『仕事』をしてもらう。その代わり、良い仕事には相応の報酬を出すし、『居場所』の確保も約束してやる」
ディアルコが、信じられないものを見るような目で俺を見上げた。
「稼ぐ……? 俺たちが、自ら仕事を……? でも、俺たちみたいな孤児にできる仕事なんて……」
「ある。お前たちには、俺の屋敷の清掃や、この修繕工事で証明した『圧倒的な労働力とチームワーク』がある。そして何より、このスラム街の裏道から裏事情まで知り尽くしている『地元の知識』だ。これらはビジネスにおいて立派な武器……リソースになる」
俺はディアルコの胸元を指差した。
「俺がそのリソースを最大限に活かせる『
「そんなことを……急に言われても……」
「ならば、子供たちを『見捨てて』いくのか?」
「…………!」
ディアルコの顔が引き締まった。
「もしこちらのルートを選ぶなら、この組織の
「でも俺には、リーダーなんて、そんなチカラ……」
自信なさげな言葉。
ディアルコは、歯を食いしばりながら目を瞑った。
わかるけどな、突然のプロジェクトリーダー。自信がなく、受けることを躊躇うその気持ち。経験のないことへと踏み出す恐怖。
と、そのとき。
「……ディアルコお兄ちゃん」
壁際に立っていたアルメイリが、一歩前に出た。
彼女はディアルコを真っ直ぐに見据え、それから俺の方へと薄く視線を流した。
「ラムラさまの言ってること……むずかしくて、よくわかんない……です。……でも、一つだけ、わかることがあるです」
アルメイリは自分の小さな掌を見つめ、それからギュッと握りしめた。
「わたしは、ラムラさまに木剣をもらったです。……それで叩けば、魔物も止まった。お菓子のときも、です。嫌だって思うことを、お菓子を食べることで跳ねのけることができた、……です。それが『チカラ』だって、この人は言ったです」
彼女は顔を上げ、エメラルドの瞳でディアルコを、そして食堂の子供たち全員を射抜いた。
「ラムラさまは、変なひと、です。いつもお仕事のことばかり言う。でも……この人は、『ルールだから諦めろ』とは一回も言わないです。お兄ちゃん。……お兄ちゃんも、チカラ、欲しくない……ですか?」
アルメイリの言葉は、俺への信頼からのものではないだろう。
俺が提示する合理性が『自分たちを縛る不条理を破壊する、唯一の武器であること』を、彼女自身の感性で見抜いた上での『提案』だった。
「……欲しい」
ディアルコは呟くように言った。
「欲しいよ、アルメイリ! 俺は、『チカラ』が欲しい!」
「わたしも、お仕事するです。この人に……利用されてあげる、です。だからお兄ちゃんも、一人で行っちゃダメ、です」
アルメイリの言葉に、ディアルコの足に抱きついていた年少の女の子が顔を上げた。
「おしごと……? おしごとしたら、ディアルコお兄ちゃん、ずっとここに居ていいの……?」
「そうらしいぞ。悩む余地ないじゃないかディアルコ!」
「じゃあ、わたしもおしごとする! おそうじでもなんでもする!」
「俺も! ディアルコ兄ちゃんと一緒にいたいから、頑張る!」
「泥水でもなんでも飲むぞ!」
意味も分からず、ただ『一緒にいるため』に小さな拳を振り上げる子供たち。
その姿に、ディアルコは深く息を吐き、膝をついて幼い子供たちの目線に合わせた。
「……みんな。俺はまだガキだ。ラムラさまみたいに強くも、賢くもない。……だけど、みんなが望んでくれるなら、俺はもう逃げない。この孤児院を、俺たちの手で守ってみたいんだ。……俺についてきてくれるか?」
返事は喝采によって行われた。
食堂の中が、悲鳴のような泣き声から、明日への渇望を含んだ熱狂で埋められていく。
俺はそれを見届け、満足げに鼻を鳴らした。
(よし……。これで『有望株の流出』は阻止した。あとは、こいつらの勤勉さをどうやって『利益』に変換するかだ。研修期間はなしだぞ。現場で叩き込んでやる)
「決まりだ、プリミア。融資の稟議を通しておけ。この俺、ラムラ・コニスンは、こいつらの『カンパニー』の
「……はい! かしこまりました、ラムラさま!」
ふと見ると、アルメイリが俺の方を振り返り、まだ疑うような、それでいて何かを期待するような複雑な瞳で俺を見ていた。
「……ラムラさま。……これで、よかった……です?」
「及第点だ、アルメイリ。お前の説得は、交渉において非常に効果的な『感情訴求』だったぞ」
「…………?」
意味がわかってなさそうに、首を傾げるアルメイリ。
わからなくていい。褒めてる、などと思われるのも業腹だしな。
「さあ、明朝から『研修』開始だ。まずは現場の
俺の不敵な宣言に、子供たちは見たこともないような晴れやかな顔で「はい!」と答えた。くくく、ここからは俺の仕事だ。おまえたちの労働力を金へと錬金する。
帰りの馬車の中で、プリミアが心配そうな顔をしていた。
「……ですがラムラさま。子供たちにやってもらう仕事、なにかお心当たりでもあるのでしょうか」
「まあ、なくはない」
「こう言ってはなんですが、孤児というものは仕事をしようにも、その労働力を周囲から買い叩かれるものです。普通に考えたら、彼ら自身があの人数分の食い扶持を稼ぐなど、不可能のように思えるのですが」
プリミアの懸念はもっともだ。
金に困っている者は安くコキ使える。そんな相手にわざわざ沢山の給金を出す者などいない。
「忘れるなプリミア、俺もまた、彼らの労働力を安く買い叩こうとしている者だということを」
「えっ?」
一瞬彼女の顔が曇った。
しかし俺は間髪入れずに続ける。
「ふはは! だが心配するな、要は大きく稼げばいいのだ! そうすれば『安く買い叩く』といっても自然と下に流れる金も増えていく! 見ていろ俺に腹案がある、真のトリクルダウンというものをおまえたちに示してやろう」
「とりくる……?」
キョトンとしたプリミアに、俺は悪い笑顔を見せてやった。
「なに。貴族どもが鼻を摘まんで逃げ出すような場所に、俺だけの『金のなる木』を植えるだけだ。この世界の常識では測れない、ホワイトな『シノギ』でな」
不意に脳裏によぎったのはエルダーク伯の顔だ。
彼ら行政は、スラムや境界区を不採算地区として切り捨てている。
それがどれだけ勿体ないことだったかを思い知らせてやる。
見てろよ、エルダーク伯。
お前の言う『清廉な秩序』が届かない暗闇を、俺の『欲深い利益追求』で塗り替えてやるからな!
俺はなんの関係もないはずのエルダーク伯に、心の中で言い聞かせてやったのだった。