元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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エルダーク伯爵の見解

 

 揺れる馬車の中で、エルダーク伯爵は部下が書き連ねた数枚の報告書を、忌々しげに丸めた。

 

「……馬鹿げている。報告を上げた衛兵は、ラムラからいくら掴まされた? 境界区から不浄が消えたなど、あり得ん作り話だ」

 

 彼は窓の外に広がる、見慣れた王都の街並みを眺める。

 王都の繁栄を維持するためには、必ずどこかに歪みが溜まる。スラムと境界区は、その最たるものだ。

 数代にわたる歴代の当主たちが、莫大な予算と人員を投じても解決できなかった『王都の膿』。

 

 それを、利己主義の塊のようなあの男が、わずか一ヶ月で浄化したなど――。

 

「左様で。……ですが閣下、複数の商会からも『あそこを通るのが苦にならなくなった』との声が上がっておりまして」

「ふん。ならばこの目で確かめてやろう。奴の底の浅い欺瞞をな」

 

 伯爵は、自らの常識を信じていた。

 だが、馬車が境界区へと繋がる大通りを曲がった瞬間、彼は反射的に眉をひそめた。

 

(……匂いが、ない?)

 

 窓を開け切っているにも関わらず、いつもなら侵入してくる『あの匂い』がしない。

なにかが腐ったような、思わず顔をしかめてしまう、あのすえた匂いだ。

 

 さらに、馬車の車輪を突き上げていたガタつきが、不自然なほど収まっている。

 伯爵はたまらず、御者に停止を命じた。

 

 扉を開け、地面に降り立った伯爵は――言葉を失う。

 

「……これは」

 

 そこには、彼が知る『境界区』の面影がどこにもなかった。

 泥にまみれていた路面は砂利が整えられ、排水溝の詰まりは解消されている。

 そして何より。

 

「ザッ、ザッ」

 

 規則正しく響く竹箒の音。

 水色のセーラー風制服に身を包んだ子供たちが、幾つかの班に分かれ、無駄のない動きで作業をこなしていた。

 

 一人が掃き、一人が集め、一人が運び去る。

 それはかつて彼が戦場で見た、高度に訓練された工兵隊の動きそのものだった。

 

(なんだ彼らは……? どこぞの学校の子息たちが社会貢献でもしているのか?)

 

 いや、そんなはずはない。

 スラムほどではないと言え、境界区も犯罪率の高い危険地帯だ。貴族も通う学校の生徒たちを、このようなところに派遣するものか。

 

 では、彼らは何者だ? この統制の取れた動きをする彼らは。

 伯爵が驚愕していると、近くのボロい店から店主らしき男が顔を出した。

 

「おう、孤児院の坊主ども! 今日も頑張ってるな」

 

 笑顔で子供たちに声を掛ける男。

 

(なっ、孤児だと!? このピッシリした制服で統率された、身ぎれいな子供たちが。まさか孤児院の!?)

 

 子供たちは周辺の住民たちによほど受け入れられているのだろう。

 他にも続々声を掛けられていく。

 

「いつもすまないねぇ、助かるよ」

「精が出るな、おまえら。仕事が終わったらウチに寄れよ、昨日の余り物だがパンをやるからよ」

「今日は少し暑いから喉が渇いたんじゃないか? ほれ、クルーダの実だ。甘くて酸っぱくて、疲れが取れるぜ!」

 

 ボロ屋の店主が、にこやかな顔で子供らに果物を放っていく。

 子供らは、わぁ、と一瞬喜ぶが、すぐそれにかぶりつきはしなかった。

 どうやら彼らのリーダーらしき子供――水色の集団の中に混ざったピンクの制服を着た少女の方を見る。

 

「ありがとうございます……です。おじさん」

 

 リーダーが店主に礼を言うと、子供たちも一斉に頭を下げた。

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

 とたん集団は子供っぽい顔に戻り、手にした果物をキャッキャ言いながら齧りだす。

 

「リーダーの子……、あれは、アルメイリなのか?」

 

 眉をひそめたのは、伯爵が知っていた彼女と違って、とても明るい顔をしていたからだ。

 明るいだけではない。そこには誇りがあった。自分の仕事の意味を知っていて、かつ遣り甲斐を持つ者だけが見せる表情だ。

 

(馬鹿な……コニスン伯、どういう魔法を使った。私も身請けするために何回か彼女と面談したが、とてもあのような顔で笑うような子ではなかったはず)

 

 遠巻きに彼女らを見ていたエルダーク伯爵に気がついたのだろう。

 アルメイリが伯爵に身体を向けて、その場で背筋を伸ばしたのだ。制服をピシリと正し、かたわらの子供たちに目配せをする。

 

 瞬間、果物を齧っていた十数名の孤児たちが一斉に整列しなおた。

 指示の声はなかった。にもかかわらず、全員が自分の位置を理解している。

 それは訓練ではない。『組織』として完成している動きだ。

 

 孤児たちは、伯爵に向かって深々と一礼をした。

 

「「「お疲れさまです。足元にお気をつけて、いってらっしゃいませ!」」」

 

 再び統制の取れた、凛とした唱和。

 伯爵は、その場から動けなくなった。

 

(どういうことだ。これが、あの痩せ細って目だけが爛々としていた、卑しい孤児たちだと言うのか? コニスン伯は、いったいどんな魔法を使ったというのだ)

 

 伯爵が戦慄していると、アルメイリが彼に寄ってきた。

 そして申し出る。

 

「……エルダーク伯爵さま。リーダーを交代してきました、です」

「は? それはどういうことかね」

「伯爵さまを孤児院まで……、わたしがお連れする……です」

「案内など不要だよ、小さな騎士どの」

 

 断ろうとする伯爵だったが、少女は一歩も引かない。

 

「もし伯爵さまの身になにかあれば、わたしたち……ひいてはラムラさまの責になります、です。なので、共することをご容赦願いたい……です」

 

 その言葉には確固たる責任感が宿っていた。

 ここまで言われてしまうと断れる話でもない。伯爵は不本意ながらも、少女に導かれる形で歩き出した。

 

 二人は言葉少なく進む。

 にこやかな住民に、活気ある出店。小奇麗になった街並み。

 様変わりした境界区の光景を目の当たりにしながら、伯爵の脳裏には疑問が渦巻いていた。

 

(……あの利己的なコニスン伯が、意味もなくこのような慈善活動をするわけがない)

 

 最近、貴族社会でも『コニスン伯は表の商談を増やし、クリーンになった』と支持する声が増えている。

 

 だが、騙されてはならない。あの『ラムラ・コニスン』が、そんな簡単に闇商売から手を引くわけがないのだ。

 

 思考を巡らせる。

 先ほどの子供たち。あの制服と、一糸乱れぬ統率は一体なんだったのだろう。

 あれではまるで、軍隊ではないか。

 水面下で、国家を揺るがすほどの大きなことを企んでいるのではないか。

 エルダーク伯爵は、そう自問する。

 

(大きなこと、か。――はっ、まさか!)

 

 伯爵は、隣を歩くアルメイリを盗み見た。

 無駄のない足運び、研ぎ澄まされた気配。

 

 それはかつて伯爵が彼女の才能を見いだした時よりも、さらに洗練されていた。

 見ればわかる。

 一流の動き。一流の、剣の使い手。

 

 そうだ、彼女は意図的に育てられた『兵』に見える。

 その彼女が、子供たちを統率していたということは……。

 

(よもや奴は、孤児を私兵として育成しているのではないだろうか? 誰からも省みられない子供たちに武芸を授け、手なずけ、自分だけに忠誠を誓う軍隊へと作り替えているではないだろうか。もしそうだとしたら……)

 

 戦慄する。

 先を見つめた、コニスン伯の壮大な軍事計画!

 アルメイリはその先鋒となるに相応しい才能の持ち主だ。

 今でも一流の空気をまとうこの彼女が、武を極めつつ成長していったなら……。

 

 伯爵の視線に気づいたアルメイリが、足を止めた。

 二人の目が合う。

 

「な、なんだね?」

 

 内心を読まれたのか、という内心の冷や汗を拭いながら、伯爵は唾を飲み込んだ。

 その仕草を見たアルメイリは、なるほど、という表情を閃かせる。

 

 そして彼女は、店主から貰った『クルーダの実』と伯爵の顔を交互に見つめ。

 

「……わかります、です、伯爵さま。美味しそう、です、よね」

「は?」

「ずっと、見てる、ことに気づけず……申し訳ありません、です。つばだって、飲み込んじゃい、ますです……よね」

「い、いやなにを言っているのか私には」

 

 少女は無造作に果実を割り、半分を伯爵に差し出した。

 

「……半分、差しあげます、です。クルーダの実、甘酸っぱくて、おいしいです、よ」

「え?」

 

 じっと見つめられてしまうエルダーク伯爵だ。

 どうしたものか、この状況。

 だが、拒むのも大人気ないと伯爵は慎重にそれを受け取り、口へと運んだ。

 

(……毒か? あるいは、『分け前を差し出す』という賄賂への暗喩だろうか。いやまさか、彼女はまだ小さな子供だ。そんなことを考えるはず――)

 

 深すぎる読みで酸っぱい実を噛み締める伯爵。だが、確かに美味しい。

 

「美味しいです、か?」

「ああ、うむ……」

 

 アルメイリの意図がわからず伯爵が困惑している間に、二人は孤児院へとたどり着いた。

 そこで伯爵は再び絶句する。

 木造りだった孤児院が、一部立派な石造りとなり再建築されていたのだ。

 

(…………! 魔物の襲撃で壊れたと聞いていたが、たった一ヶ月でこれほど強固に、そして手早く再建されているとは!)

 

 庭では、数人の子供たちと共に、ラムラ・コニスンが腰を屈めていた。

 なにやらゴミの山を、弄っている。

 不思議に思っていると、アルメイリがラムラの元に走り寄っていった。報告を受けたらしいラムラが立ち上がり、エルダーク伯の方を見る。

 

「これはこれは、エルダーク伯」

「……何をしているのだ、コニスン伯」

「見ての通り、ゴミの選別(ソート)ですよ。案外、再利用できる資源が落ちているものでして。ははは」

 

 ラムラが事もなげに笑う。

 そのとき伯爵は気づいた、その背後に、ゴミから回収された『鉄部品の山』が築き上げられていたことに。

 

(な……っ!)

 

 しかもそれらは分類されていた。

 錆の落とされた鉄が、大きさごと、形ごとに。

 どう見てもただの廃材ではない。加工前提の『資源』だ。

 

 伯爵の背筋に冷たい汗が流れる。

 鉄。それは農具にもなるが、何より武具の材料だ。清掃という名目で街中から鉄資源を独占的に回収し、自前の拠点で集積する。

 それが『兵装』の準備でなくて何だというのか。

 

(やはり、私の読みは正しかった。コニスン伯……奴は私兵の育成だけでなく、独自の『工廠(こうしょう)』までも構築しようとしているのだ! しかもこの短期間、誰にも悟られぬ速度で!)

 

 ラムラの表情はどこまでも天然で、飄々として見えた。

 だが、エルダーク伯爵にはそれが、自らの野心を隠し通すための究極のポーカーフェイスにしか見えない。

 

「で、今日は何用でのお越しでしょうか、エルダーク伯」

「いや、なに。貴殿が境界区を改善中だとの報告を受けてな。衛兵隊を指揮する者として、様子を伺いに来させてもらった」

「なるほど。監視の目は多いに越したことはありません。我々もクリーンな経営を心掛けておりますので」

 

「……なるほど、クリーンな経営」

「ええ。見てください、あちらでは作物用の肥料も作っており――」

 

 笑顔で答えるラムラの言葉に被せるように、伯爵は静かな、だが力の篭もった声を上げる。

 

「貴殿の『意志』、しかと受け取った。クリーンな経営か、うまい言いようだ。証拠を一切残さず、この街を飲み込む……なるほどな。そういうやり方か、コニスン伯」

「むむ……? そういうやり方……?」

「今日のところは失礼する。だが、ラムラ・コニスン。――あまり、急ぎすぎるなよ」

 

 伯爵は翻るマントと共に、嵐のように去っていった。

 後に残されたのは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔のラムラと、不思議そうな顔をした子供たち。

 

「……何だったのだ、エルダーク伯は。急に来て、急に怒って帰っていったが」

 

 ラムラが首を傾げると、横で残ったクルーダの実を頬張っていたアルメイリが彼の顔を見た。

 

「たぶん、クルーダの実を、食べに来た……気がする、です」

「は? わざわざ? 果物を食べに?」

「実を見て、ゴクン、と喉を鳴らしていたので……お渡ししたら、大事そうに食べて、満足して帰っていった……です」

 

 たぶん、と付け加えてアルメイリが一人で頷いた。

 ラムラはしばし沈黙し、それから遠ざかる伯爵の後ろ姿を目で追った。

 見れば馬車がすぐ近くまで来ていた。

 それに乗り込むエルダーク伯爵。

 

「よほど、好物だったのか。……忙しい方(エリート)も大変だな、エルダーク伯はビタミン不足なのかも」

 

 宿敵が自分を、『王都を転覆させようとしている怪物』として最大級に警戒していたなどとは、夢にも思わないラムラだ。

 彼はのんきに、

 

「差し入れに果物でも送ってやるか、保身のために」

 

 明後日の方向の気遣いを呟いたのだった。

 

 

 

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