元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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3章
エリア価値の向上


 

 エルダーク伯が嵐のように去ってから、早いもので一ヶ月が経つ。

 最近では子供たちも手慣れてきたもので、境界区の清掃に最初ほどの時間が掛からなくなってきた。

 

(作業効率の最適化……。喜ばしいことだが、余剰人員、つまり『暇を持て余したガキども』を放置するのはマネジメント上の問題でもある)

 

 そこで俺は、新たなサービスとして『境界区・ラストワンマイル宅配便』をスタートさせた。

 境界区の住民から御用聞きをし、重い荷物や届け物を子供たちが代行するというものだ。

 ――これが意外なほどのヒットを記録した。

 

「助かってますぜ、最近は特に忙しい日が増えて届け物に困ってたんでさぁ」

「子供たちはここらの裏道も知り尽くしてるだろ? だから早いんだよな」

 

 ヒットの理由は様々だが、全てはここ最近の境界区の変貌が起因している。

 綺麗になってきたことで流通が正常になりつつあるのだ。

 これは俺のビジネス計画的にもよい兆候だった。

 

 それにしても、と、俺の隣で帳簿をつけていたプリミアが、不思議そうに首を傾げる。

 

「皆さん、よく子供に大事な荷物を預けようだなんて思ってくださったものですね」

 

 俺は鼻で笑い、悪役らしく尊大に答えてやった。

 

「ふん。ビジネスにおいて最も獲得が困難で、かつ強力な無形資産……それがなにかわかるか? プリミア」

「……いえ、存じません」

「教えてやろう、それは『信用』だ」

 

 これは前世で痛感したことだった。

 信用を得ることは、全てに優先する価値がある。信用あってこそビジネスが成り立つ、といっても過言じゃない。

 

「子供たちが一ヶ月間、毎日欠かさず掃除を続けてきた実績。――それこそがこの区域における我が社のブランド・ロイヤリティを構築したのさ。住民にとって、この子らは『どこの誰とも知れぬ孤児』ではなく、『毎日掃除をしてくれるあの子たち』に昇格したということだ」

 

 まあ、最初の切っ掛けは「あの子たちを無視してラムラに睨まれたら怖い」という恐怖政治だったかもしれないが、結果オーライだ。

 信用さえ得てしまえば、あとはそこに乗っかるだけでいい。

 

「驚きです。ラムラさまの口から信用という言葉が、こんな実感を伴う形で語られるなんて――あ、いえ」

 

 うわ、急に刺してきた。

 プリミアは最近、さりげなく毒舌家だ。

 記憶を取り戻す前のラムラの行動を覚えているだけに、言葉が痛い!

 

「あーうむ。プリミア?」

「申し訳ありません! つい!」

 

 つい、じゃないが。

 俺がゴホンと咳払いをするも、彼女はまだ言い足りなかったのか、言葉を続ける。

 

「ですが……そうですね、考えてみたら議会から境界区管理の仕事を受ける際もラムラさまは言ってらっしゃいました。『俺たちがうまく仕事をこなせば、脅した議員にもメリットが生まれる。双方の得になれば問題は起こらない』と」

 

 ああ、言ったっけな。

 ウィンウィンとはそういうことだ。互いに得が生まれる関係なら、小さな問題は障害足りえない。

 

「これも信用を生む行為でした。最近のラムラさまは、まるで生まれ変わったようですね。深慮に驚かされます」

 

 褒められているが、同時に昔の行いを刺してきてもいる。

 イヤミの一つでも言わないとやってられない、という境地なのでしょうかプリミアさん!

 

「ふん。信用を得ていると楽ができる、それだけの話でもある」

 

 ついつい悪役貴族としてのムーブで虚勢を張ってしまった俺だ。

 しかし彼女は、俺の言葉に微笑んで。

 

「そうですね、うふふ」

 

 ひぃ! 飴を渡してきた! 飴と鞭だ!

 わかっています最近忙しかったですもんね、せめてお給金で反映させて頂きます!

 部下の管理に気を遣わされた、ある日の午後なのだった。

 

 ところで、宅配便の仕事もない者には、どう空いた時間を遣わせるか。

 そのもう一つが、フィエルダによる武芸の稽古――いわゆるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)だ。

 

 当初に比べると、子供たちの木剣の扱いは見違えるほどこなれたものになっている。

 今では境界区に迷い込む雑魚モンスター程度は、アルメイリが指揮を執っていれば子供たちの集団でも『労働災害』を未然に防げるまでになったほどだ。

 

「子供にしちゃ、凄いことだと思うぜ?」

 

 元S級冒険者のフィエルダもそう言うし、俺もそう思う。

 雑魚モンスターといえど、その多くは大人に怪我をさせる程度には強い。

 集団であたるとはいえ、モンスターを倒せる彼らは、今や境界区の治安維持にも役に立っているのだ。

 

 治安維持といえば、アルメイリに関してはこんなこともあった。

 先日、街の有力者が境界区付近で『重要な商談書類』を引ったくりに奪われるという事件が起きたのだが――衛兵すら見失ったその犯人をアルメイリが捕まえたのだ。

 

 刃を振るうまでもない。異常なまでの動体視力と身体能力、そしてスラムの裏道知識を駆使した、『ただの鬼ごっこ』での圧倒的な勝利だった。

 

(あのときの引ったくり、一歩間違えれば首の骨が折れてたよなぁ。やっぱりあいつの才能はおかしいんだよ。チカラのベクトルが宅配業に向いててくれて本当に良かった、間違っても俺には向けないでくれ……!)

 

 結果として事件からこちら、彼女の雇用主である俺の評判までが予定外のうなぎ上りを見せている。

 

「ラムラさま! 今日も良い天気ですね。これ、ウチの畑で採れた一番いいカブです、食べてください!」

「ああ、ラムラさま。いつも境界区をありがとうございます。これは心ばかりの差し入れで……」

 

 街中での反応もさることながら、境界区内ではこれまで以上に俺は住民たちから好意の目を向けられてしまうようになった。

 

 やめろ。俺は将来お前たちから搾取するつもりの悪徳貴族だぞ。

 そんな希望に満ちた目で見られても、なんだ、その、……困る。

 

 そもそも貴族が庶民と慣れ合いすぎるのは、社交界では「品位に欠ける」と陰口を叩かれる案件だ。だから俺は精一杯つっけんどんな態度を取るのだが、それがなぜか「功績を鼻にかけない奥ゆかしい聖人」という地獄のような誤解を深める結果になっている。

 ――いや困るのだが!

 

 色々と順調(?)に進む中。

 ある日、ディアルコが浮かない顔で、孤児院に設えた仮設執務室に現れた。

 

「ラムラさま。続けているゴミの回収ですが……最近、資源になりそうな物がほとんど落ちていません。いかがいたしましょう」

 

 だろうな。

 そりゃあゴミ回収なんて、最初が一番あれこれ見つけられるんだ。

 いつまでもそこから資源を得ようなんて考えてはいけない。

 

 がっかりと肩を落として不安そうな顔を浮かべていたディアルコに向けて、俺はニヤリと、経営者らしい不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「心配するなディアルコ。ゴミが枯渇し、資源となる材料の調達が困難になる……。それは、この事業が『フェイズ1を完了した』という証拠だ」

「ふぇいず……?」

「ゴミが減り、景観が整った。となれば、次は『場所の価値』を刈り取る段階だ」

 

 意味は、わからないままだろう。

 それでもディアルコは、俺の言葉に目を輝かせた。こいつは、俺を信頼している。俺が心配するなといえば、心配せずに動く奴だ。SSRの社畜的忠誠とはそういうもの。

 

「ディアルコ、最近の境界区の様子はどうなっている?」

「あ、はい。ラムラさまの仰った通り、最近は一般区の住民の姿がチラホラと増えています」

「ふむ。そろそろ頃合いか」

 

 俺はディアルコを下がらせると、アルメイリを伴って孤児院を出た。

 最近の彼女は、俺の数歩後ろを『セキュリティ』として静かに歩くのが板についてきている。

 

 たどり着いたのは、かつてゴミが山になって鎮座していた境界区の中央広場だ。

 今はゴミ一つなく、広場の端には俺が蒔かせた季節の花が咲き、居心地の良い空間へと変貌している。

 

「どうだアルメイリ。この広場を見て、何を感じる」

「どう、とは……どういう意味、です? ラムラさま」

「見たままの印象だ。居心地、客層、なんでもいい」

 

 アルメイリはしばし考え、エメラルドの瞳を輝かせた。

 

「日当たりがよくて、ポカポカしています……です。あとは、人がたくさん集まれそう……です」

「及第点だな。では、歩いている者たちの『服』を見ろ。なにか気づくことはないか?」

「あ……わかり、ますです。着ている服が、綺麗……。一般区の人たちが、混ざっていますです、ね」

 

 そうなのだ。

 清掃によってエリアの過ごしやすさが向上し、一般区の人間が『散歩コース』として利用し始めている。

 つまり、この場所の『地価』が上がったのだ。

 

「そこで、この告知板を立てる」

 

 俺は広場の中央に、一枚の看板を設置した。アルメイリがじっとそれを見つめる。

 

「読めるか?」

「読め……ません。……むぅ」

 

 悔しそうに頬を膨らませるアルメイリ。

 ゲーム世界だから識字率は高めではあるものの、彼女は孤児院育ちのまだ幼い子供だ。やはりまだ読めるはずもないか。

 

(次は社員教育制度の整備も必要だな。福利厚生の一環として寺子屋を開くか)

 

 思考の一部を将来に飛ばしながらも、俺は彼女に説明した。

 

「ここにはこう書いてある。『告。当広場をバザー会場とする計画案を検討中。出店を希望する者は、孤児院のコニスン伯爵まで相談のこと』……とな」

「ここを、お店にするですか?」

「そうだ。人を集め、金を流す。経済の血流を活性化させ、ここを一大商業拠点に作り変える」

 

 前世のビジネスで一番儲けていたのは、商品を売る奴じゃない。

『商品を売るための場所(プラットフォーム)』を作って、ショバ代をピンハネする奴だった。

 

(行政からも見放された地区の広場、というタダ同然の土地を、俺の権力と孤児たちの労働力で『安全な市場』にロンダリングする。……これで莫大なテナント料を吸い上げる所得システムを作ってやる!)

 

 その管理はまた大変だが、確実に、大きな儲けが発生するビジネスモデルになる。

 

「それは、境界区のみんなも喜ぶことです?」

「もちろんだ。人が増えれば金が動く、毎日の食事も豊かにできる」

「みんなが喜んだら、孤児院のみんなも幸せな気持ちになれると思う……です」

「……ふん。気持ちだけでなく、物理的に腹が満たされるようになるさ」

 

 俺は肩を竦めながら、看板の最後に書き加えた、追記に目をやった。

 

【追記】

『脛に傷を持ち、中央ではまともな商売を営めない者。スラム生活から脱出するために商売を始めたい者。前向きに生きる意志ある者ならば、当家は出自を問わず歓迎する』

 

 まともな商売人は、まだこの境界区を警戒して寄ってこないだろう。

 だが、それでいい。

 最初に来るのは、後がない、ハングリー精神に溢れた『はみ出し者』たちだ。

 

(リスクを取れるベンチャー気質の強い連中に、まずは場所という資本を貸し付ける。彼らが必死に稼げば、この広場は勝手に育つ。……未来の優良な商売相手は、自らの手で育成するものだからな)

 

 俺の邪悪な笑みが、夕日に長く伸びる。

 それを見たアルメイリが、なぜかまた嬉しそうに俺の手をギュッと握った。

 

「痛いと言っているだろう、アルメイリ。握力のトレーニングは稽古場だけでしろ」

「はい……です。とても……楽しみ、です。ラムラさま」

 

 さて。この『ホワイトな泥沼』に、最初に足を踏み入れるのはどんな奴か。

 俺の生存戦略という名の事業計画は、いよいよ地域開発という、後戻りできない大規模なステージへと突入したのだった。

 

 

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