元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
「ふむ……脛に傷を持ち、中央ではまともな商売を営めない者、か」
痩せぎすだが身なりの良い若い青年――二十代中盤だろうか――が、腕を組み顎に手を置いて広場の看板を眺めている。そこにはラムラの告知が記されていた。
呟くような声で文言を読み上げる表情は、ひと言で表すなら『いぶかしげ』。
なにか穿ったことを考えているような顔だった。
彼の口の端は、皮肉っぽい笑いに歪んでいる。
「リスキーだ、理屈に合わない。このような火種を呼び込む募集、これを発案した者はとんでもなく愚かか、突き抜けた楽天家か。それとも――」
青年は呆れ顔で肩をすくめた。
「後先を気にしないギャンブラーか。どれにせよ、ロクなものじゃない」
ふと男が気づくと、横に小さな少女が立っていた。少女? いやむしろ幼女といえる歳かもしれない。あどけない顔の中に、目の力だけが強い女の子だ。
彼女は不思議そうに、青年の頭を見ていた。
「どうしたのかね、幼女くん。この頭が珍しいのかい?」
「はい。珍しい……です。髪の毛がまったくない頭、初めてみました」
悪意のない言葉。
根っからの興味だけから発せられた、純粋な言葉であることがわかる声だった。
青年の頭はツルツルだ。すっかり髪の毛が剃られていたのだった。
「どうしちゃったのです……か? なにかのご病気とか、です?」
言ったあとに、幼女――アルメイリが「しまった」という顔をする。
「あ、ごめんなさい……です。ご病気だったら気にしてますです、よね。失礼なことを聞いてしまいました、です」
「ははは、構わないよ。これはね、剃られたんだ。実は前の仕事で少々やらかしてしまってね、まともな職に就けないようにと、嫌がらせをされて追い出されたんだよ」
「……やっぱりごめんなさい、です。聞いちゃいけないことを聞いちゃいました」
しょんぼり顔を伏せたアルメイリに、青年は笑ってみせる。
「気にしないことだ。子供の仕事は不躾に疑問を周りに投げつけて、図々しく自分の世界を広げていくことである。ゆえにキミは間違えていない。それでよい」
「わかりましたです、気にしないように努力します……です」
「ははははは、実に真面目だな、気に入ったよ。キミ、名前は?」
「えっと……、アルメイリ、です」
彼女が名乗った瞬間、青年は目を丸くした。
「え、キミがアルメイリ? 先日議会の商談書類を強盗の手から取り戻したという、小さな英雄?」
「……え、英雄なんかじゃありませんです、が」
「なるほど。そしてこの告知を出したラムラ・コニスン伯爵の忠実なボディーガードというのがキミなのだな」
アルメイリを見る目が優しい。
気に入ったという言葉に嘘はないようだ。
「噂から、もっとガチガチの剣士を想像していたのだけど、なるほど事実とはときに噂を超えるもの。出自が孤児とも聞いていたが、どうやらキミはノビノビと育てられているようだね。キミの身元引受人であるコニスン伯に、僕は興味が湧いてきたぞ?」
「興味、ですか?」
「ああ、興味だ。コニスン伯はどんな人なのかね? キミから見た印象でいいよ、教えてくれないか?」
アルメイリは一瞬どうするべきかと悩んだ。
見知らぬ人に、雇い主の情報を話してしまってよいのかどうか。
そしてチラリ、上目遣いで青年を見る。
「ああ、失礼した。僕の名はジャイルズ、そうだな……この看板で言うところの『脛に傷を持ち、中央ではまともな商売を営めない者』だ。なので、キミを雇っているコニスン伯の元に面接にいくか、決めるための参考にさせて欲しいのだ」
「ラムラさまの……お味方です?」
「それはまだわからない。ただ、興味は沸いたね」
正直に答えるジャイルズの顔には、嘘がなかった。
少なくとも、アルメイリはそう思った。好意を持った。
なので彼女は、ゆっくりと口を開いた。この人が味方になってくれたら、ラムラさまが喜びそうです。そう思って、言葉を選びながら彼女は語る。
「ラムラさまは……意地悪なことを言いますけど、本当に意地悪なことをしたことは、ないです」
「ほう」
「悪い顔で笑いながら、わたしに『イヤなことをイヤ』と言うためのチカラを与えてくれました。おまえらが決めろ、と言いながら孤児院の経営を立て直すためのアイデアを出してくれました、です」
「ふむ」
「……だからわたしは、ラムラさまに利用されてあげようと思っています、です。あの人を、利用するために、です」
「なるほどな、それは面白い関係性だ」
ジャイルズは満足げに笑った。
予想以上の答えを得た、と思ったのだ。コニスン伯は、露悪的に振る舞いながらも、自分と相手の双方がメリットを得られるポイントを提示してくるタイプなのだろう。
そして部下の信頼も、厚い。
「……味方に、なれそうです?」
「それは、僕が決めることではないな。面接官である、コニスン伯が決定することだ」
そう言いながらも、ジャイルズはワクワクしている自分に気がついている。
面白そうな人物だ。そしてたぶん、彼には僕のような人間が必要だろう、とも思った。
(僕は前の職場で『正しい数字』を通すために恨まれ、髪を剃られて追い出された。……だが、もしこのコニスン伯が、僕の『数字』を理解できる人間なのだとしたら?)
「ラムラさまのところに行くなら、お送りしますです……よ?」
「キミは仕事中ではないのか? アルメイリ嬢」
「ちょうど戻るところだったです、から」
「ふむ。それなら、お願いしようか」
彼女と共にコニスン伯の元に赴けば、自分にとって有利な材料となるだろう。
それを自覚しつつ、ジャイルズはアルメイリの申し出を喜んで受けた。
「……人件費、警備費、そしてこのバザーの出店条件。……計算が合わない。このままでは数ヶ月で現金が底を突くはずと僕は予想する。だが、アルメイリ嬢。キミの主がもし、僕の知らない『別の数字』を見ているのだとしたら――」
それはもはや、経営ではなく『世界の書き換え』だ。……面白い、僕の
ラムラが告知した看板を見た一人目が今、孤児院へと足を向けたのだった。