元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
孤児院の院長室を改装した簡易執務室。
俺が一人、山積みの書類(主にゴミの分別記録と予算表だ)と格闘していると、ドアがノックもなしに開いた。
「ラムラさま。……連れてきた、です」
アルメイリの後ろから現れたのは、光り輝くような見事な剃髪頭の男だった。
彼は入ってくるなり、挨拶もそこそこに俺のデスクへと歩み寄る。
「……ほう。あなたがコニスン伯か」
彼は俺の名を確認すると、あろうことか俺が今まさに処理していた決算書類を、勝手に手に取りパラパラとめくり始めた。
「ちょ、おい。おまえ、何をして――」
「お気になさらず。……ああ、それよりもペンを」
止める間もなかった。
男は俺の手から羽ペンをひったくるように奪うと、書類の空白部分に猛烈な勢いで数字を書き込み始めたのだ。ブツブツと独り言を漏らしながら、その瞳は書類の中の数字だけを射抜いている。
(なんだこの不審者!? 髪型も態度も異常すぎるだろ! 不法侵入か? 監査か!?)
困惑した俺は、彼を連れてきたアルメイリに問いかける。
「……アルメイリ。この御仁は、一体何者なんだ?」
「ラムラさまの……お味方候補、です」
「味方候補?」
「はい、ジャイルズさん、です」
詳しく聞けば、広場に出したあの『はみ出し者歓迎』の立て札を見て、面接を受けに来たという。
え、じゃあ就職希望者? ……いやだが、これが職を探している男の態度か?
あらためて観察すると、上等なシャツに知的な眼鏡。この世界で眼鏡はまだ高級品だったはず、それなりの立場にいたであろうことが推測できる。
ん? ――待てよ?
ジャイルズ……ジャイルズ。……あっ!
(思い出した! ジャイルズ・トマソン! ゲームの後半、王宮の財務官として登場する超有能会計士じゃないか!)
ひええ、なんでそんな大物が無職に!?
俺は(今のところは)ホワイトな経営を心がけていますよ! 脱税の証拠なんて一枚もありませんからね!?
ビビり散らかした俺は、場を取り繕うためにアルメイリに指示を飛ばした。
「ア、アルメイリ。人数分のケーキと紅茶を持ってきてくれ。……特級のやつだ」
「わかりました……です。ケーキみっつ、ですね」
ちゃっかり自分も数に入れてやがる。
まあいい、空気を、この重苦しい沈黙の空気を粉砕してくれ!
「僕は紅茶ではなく、コーヒー派です」
書き込みを続けたまま、ジャイルズがさらりと言った。
こちらの話を聞いていないようで、耳だけは独立して機能しているらしい。
(なんまんだぶ……なんまんだぶ……。言い掛かりをつけられませんように……!)
アルメイリがケーキの用意に部屋を出た今、二人きりの沈黙が重い。耐えられずに、俺は訊ねた。
「ジャイルズと言ったか。私の見立てでは、おまえは相当に数字にうるさいはず。どこぞで財務管理でもしていたのではないか?」
「……なぜそう思うのです?」
「おまえが書類の空白に記入している数字を見ればわかる」
いやわからんけど。当てずっぽうです、それっぽく言ってみただけです!
しかしジャイルズは驚いたように手を止めて、感心した声を上げた。
「なるほど……この数字の意味を理解したのか。その上で、その余裕。……興味深い」
よし通った! 何が通ったか知らんが、天才会計士の琴線に触れたらしい。
彼は再び書類の端に数字を書き込む作業に没頭し、それからアルメイリが戻ってきて、俺たちはケーキを摘まみながら三十分ほどの時間を無言で過ごした。
俺がビクビクしながらフォークを動かす横で、ジャイルズは一切の無駄がない動きでケーキを口に運びつつ、手は計算を止めない。
やがて、ふぅ、と溜息をついたジャイルズが、冷めきったコーヒーを飲み干して我に返った。
「……申し訳ない、コニスン伯。どうやらまた、僕はやってしまったようだ」
急に恐縮し始めた彼に事情を聞けば、どうやら「金の動き」を見かけると、我を忘れて計算・整理したくなる『
「あなたが看破した通りだ。僕はこれらの書類から、無駄と思われる支出を計算し、メモさせてもらった。……だが、よろしいのか? どこでもこんな無礼を働くのか、と咎めないのは」
「流石に普通の行動ではないが……。なにがおまえをそこまでさせたのか、そちらの方が気になる。まずはその書類への感想を聞こう」
俺が促すと、ジャイルズの表情が一変した。
申し訳なさそうだった顔が、急に理知的な、感情を排したものになる。
「ならば単刀直入に申し上げるが……、あなたの経営は狂気の沙汰だ」
ジャイルズは眼鏡をクイと上げ、冷徹な視線をこちらに向けた。
「このままでは三ヶ月で一般的な貴族の金庫ならば空になり、半年後にはこの広場ごと借金取りに飲み込まれる。今すぐこの孤児院への過剰な支援を打ち切り、給料を半分に削るべきだろう」
(倒産宣告きたぁぁぁぁッ! 胃が、胃が痛い! 穴があく!)
俺は必死に顔面筋肉を固定し、不敵な笑みを維持する。
横ではアルメイリが心配そうに首を傾げていた。
「……けずる、って、みんなのご飯を減らすこと、ですか?」
「そうだアルメイリ嬢。それが『正解』だ。もちろんそれだけじゃない、他にも多くの見直しが必要だがね。脛に傷を持つ者を雇うというだってそうだ、ここにある予算だけでは管理し切れるはずがない。リスキーすぎる」
ジャイルズは、眼鏡をクイと上げて。
「足りないパイでもちゃんと分配することは美徳でもあるが、経営においては共倒れを招く悪手でしかない。コニスン伯、あなたは善人を演じるために全員を地獄へ道づれにするおつもりか?」
いや、そんなつもりは毛頭ない。
俺はジャイルズに、具体的な無駄を根掘り葉掘り聞いてみた。
「たとえば――ここだ、この支出」
と彼が上げていく部分は、なるほど今は確かに重荷となる部分。
しかし。
「言いたいことはわかった、ジャイルズ。だが、おまえが見ているのは単なる
「……『過ぎん』? 金の流れはなによりも真実に近いモノだと僕は考えている。あなたはこれが違うとでも言うのか?」
「そうは言わない。だが、金の流れにはその先がある。『信頼』という名のインフラだ」
「信頼?」
ジャイルズは眉をひそめた。
「そんな実体のないものを担保に、商売ができるとお思いか、コニスン伯」
「できる」
俺は言いきった。
それを俺は、社畜時代に学んでいる。
「信頼は無形じゃない、数字にでる。そして人は金のために裏切るが、『得があるうちは』裏切らん。俺が金で与えているのは慈善ではなく、彼らが『俺の隣にいることが最も合理的だ』と判断させるための継続的な利益供与……つまり裏切りに踏み切るコストを、大きくさせているだけだ」
「うらぎりの、こすと……? よくわかりません、です。ラムラさまは、やっぱり、悪いことを考えてる……です?」
横からきたアルメイリの問いに、俺は悪ぶった笑顔だけで応えた。
人の心を金で縛る――そう、これは買収と同じだ。綺麗事ではないからこそ、あえて言葉にはしない。
だが、ウィンウィン。その形にさえ持ち込めれば、互いの利害という名の鎖が、この場所をどこよりも強固な要塞に変えてくれるはずだ。
『幸せな居場所』などというフワついたものより、『継続的な利益』の方がよほど人を裏切らない。俺は前世のデスマーチで、その真理を嫌というほど学んでいるのだった。
「裏切りのコストを増大させて裏切りを防ぐ? ……馬鹿げている、そんなこと」
「そうか? 裏切りが発生したときの損失、人材の再調達コスト、教育コスト、関係再構築の時間――それらのロスを鑑みれば、『信頼がある状態の維持』の方が安あがりと言えなくもない」
「……ぬぬ」
「それに、商売とは時に経済の動きから外れて機能することがあるものだ。何故なら金を動かしているのは、感情的な動物である『人間』だからな」
「にん……げん」
「ジャイルズ、おまえの言う緊縮は、短絡的には数字を整える。だが、同時に社員の忠誠心をすりつぶし、組織の柔軟性を奪う」
それは『未来の収益』という名の資産をドブに捨てているのと同じなのだ。
「俺の投資は、いずれこの境界区全体の『時価』として回収する。今は赤字でもいい。この区画に『安全』と『経済』が定着すれば、人が集まり流通が生まれるだろう。――おまえの
ジャイルズが、呆然とした顔をする。
「……あなたは、新しく『市場』を作ろうというのか」
「理解が早いじゃないか、さすがだな」
「理屈はわかる。だが、それは『理想』だ」
理想……そんな大したものじゃない。
半分は成り行きだ。アルメイリの歓心を買うために、孤児院も保護する必要があった。そしたら、孤児院が不慮の出来事で瓦解し、金を稼ぐ必要性が生じた。ならば元社畜としては、仕事に関しては前向きな気持ちで挑まざるを得ない。
――それだけだったのだ。
ジャイルズは、しばらく黙っていた。
目を細めて、なにか自分の内を探るように。そして、重々しい声で語り始める。
「コニスン伯、僕は言わざるを得ない。あなたは『人』に希望を持ちすぎている、と。理想は往々にして、人に裏切られるものだ、と」
彼の目には絶望が浮かんでいた。
「……僕は以前、完璧な数字管理で主君の国を豊かにした。だが、豊かになった彼らは、次に何を望んだと思う? 『さらに多くの分け前を』だ。彼らは僕を、数字を隠して着服していると疑い、最後にはこの頭を剃り上げて国から追い出した。殺されなかったのは、運がよかっただけだ」
「…………」
言葉を返せないなか、ジャイルズは目線を落とす。
「人は金のためなら、魔物よりも醜くなれる。……僕は、その地獄を知っているんだ」
ガ、ガチの人だ。この人ガチです!
ハゲ頭……いや、剃髪にそんなブラックすぎる過去があったなんて! 前世のパワハラ会議がお遊びにも思えてしまう地獄じゃないか。怖すぎる。
俺が言葉を失っていると、俺の横にいたはずのアルメイリが、いつの間にかジャイルズの隣に寄っていた。
そして彼の頭を撫でて――。
「たいへん、でした……ですね、ジャイルズ、さん」
いい子いい子した。
「でも、もう大丈夫……です。ラムラさまが、そう決めたから。ラムラさまは、すぐに悪い顔で笑いますが、ただ悪いだけのことはしません、です。……ね?」
「う、うむ……。その通りだ」
こ、こっちに振るな! 俺を見るな!
「地獄を知っている、と言ったなジャイルズ。ならばその『地獄』を監視するのがおまえの役目だ」
「……え?」
「俺の『甘い』投資が、いつ醜い強欲に変わるか、それを一番冷めた目で見る
俺は不敵に笑ってみせた。
「脛に傷持ちを集めるのがリスキーとも言っていたな。ならばまず、その見極めをおまえがしてみろ。おまえの目で、『信用できそうな』者たちに、商売の許可を与えるんだ。感情面は俺が『ホワイトに』ケアしてみせるから、おまえは土台を作れ、ジャイルズ」
一瞬の、ポカンとした顔。
だがその目に、みるみる生気が漲っていく。
「ふふ、面白いことを言う方だ」
ジャイルズは笑った。
「いいでしょう。あなたのその『ホワイトな夢』が、いつ現実の数字に食い破られるか。最前線で帳簿を付けさせていただくとしましょう、上司殿」
「……よかった、です。ジャイルズさん、ラムラさまの味方になった、です。ラムラさま、ジャイルズさんの髪の毛生えるように、ぎょうむめいれい、がんばる、です」
ほんのり笑顔なアルメイリを見て、俺は目を逸らしながら、フンと鼻を鳴らした。
「……善処しよう。物理的に可能ならば、な」
生えるのか? あの頭。
ともあれこうして、我が『社』に最強のブレーキ役が加わった。
胃の痛みは増しそうだが……これでようやく、安心して無茶ができそうだな。
俺は笑ってみせたのだった。