元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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コニスン青空市場

 

 ジャイルズが仲間に加わってから、孤児院の空気は劇的に変わった。

 彼は孤児院の一角に居室を与えられると、すぐにディアルコたち子供の前に立った。

 

 正直、理屈っぽくて頭の硬そうなジャイルズが子供たちに受け入れられるか心配だったが、それは杞憂だった。彼は子供たちに対し、驚くほど真摯だったのだ。

 

「キミたちの労働の上に間借りする存在、それが僕だ。ある意味寄生に近い立場と自認しながら、キミたちに約束させてもらう。最大限に効率よく、労働の結果をお金に転嫁させていくと。……まずは一週間以内に、食卓のおかずを一品増やす。これを当面の重要な業績指標としましょう」

 

 ――おかずを増やそう。

 その具体的な提案は、子供たちの心を掴むには十分すぎる一打だった。

 難しい理屈はわからずとも、『今より腹が膨れる』という事実は、彼らにとって何よりの希望だったのだ。

 

 そしてジャイルズは、その言葉を鮮やかに有言実行してみせた。

 俺の決裁書から『接待費』という名の無駄な菓子代や、不明瞭な資材発注のキックバックを秒速で見つけ出し、それを福利厚生費へと強引に組み替えたのだ。

 

(ひえええ……俺の隠しおやつ代がコンプラ違反として抹殺されたぁぁ! でもおかげで、子供たちのスープの中に肉団子が二つも増えてる! これが財務の力か、恐ろしい……!)

 

「次は、デザートを付けられたらいいものだね、みんな。……さてコニスン伯。本日の面接結果です」

 

 一週間後。

 ジャイルズは毎日「出店を出したい」と申し込んでくる商売人希望者と面接を重ねていた。

 彼は担保の有無や商材の質、さらには「嘘をつくときの瞬きの回数」といった独自の直感までを駆使し、候補者をAからDまでのランクに分けて報告してきた。

 

「このランクAの商人は『はみ出し者』ですが、目利きは確かです。逆にこのランクDは、言葉は丁寧ですが裏でタチの悪い賭場と繋がっている。要注意ですな……コニスン伯、承認を」

「うむ。お前の選定に間違いはないだろう。許可を出す」

 

 俺は悪役らしく傲慢に判を押した。

 そんな日々が二週間ほど続き、こうしてついに『境界区・コニスン青空市場(バザー)』の開幕当日がやってきたのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 かつてゴミの山が放置され、すえた匂いの漂っていた境界区の中央広場。

 そこは今、驚くべき変貌を遂げていた。

 

 瓦礫は撤去され、整地された地面には季節の花が彩りを添えている。

 その広場を囲むように、ジャイルズが厳選した「ワケアリ」だが「やる気」のある商人たちが屋台を並べていた。

 

「いらっしゃいませ……です! ここは安全な場所、です! お困りごとは、わたしに言うですよ!」

 

 広場の入り口で、ひときわ凛とした声を上げているのはアルメイリだった。

 彼女は今回、広場の『エリア・マネージャー』兼『セキュリティ』を任されている。

 

 広場を仕切る水色のセーラー制服の子供たちに混ざり、一人、ピンク色の制服に身を包む彼女の袖には、俺が贈った特別な青い腕章――コニスン家の家紋が入った『公式案内人』の証――が巻かれていた。

 

「アルメイリ。気合が入っているな」

「はい……です! ラムラさまにもらった、この腕章……大事にするです。ここを汚す悪いひとは、わたしが『排除』する、です」

 

 そっと腕章に手を添え、エメラルドの瞳を輝かせるアルメイリ。

 そこへ、一般区から恐る恐るやってきた老夫婦が、足元を気にしながら近づいてきた。

 

「お、お嬢ちゃん。ここは本当に……スラムの隣なのかい? なんだか、随分と綺麗なようだけど……」

「はい……です! 伯爵のラムラさまが、魔法みたいに綺麗にしてくれたです。安心してお買い物するです、よ」

 

 アルメイリは背筋をピンと伸ばし、最高に訓練された『営業スマイル』を浮かべた。

 いや、あれを営業スマイルと言うのは違うか。彼女の笑顔は、心の底から湧いてきた無垢なるものだ。ここに来てくれる『お客さま』に、すっかり感謝している。

 

「まさか、お貴族さまがこの場所をねぇ」

「はい。全部ラムラさまの『ぎょうむめいれい』でこうなりました!」

「そうですか、そうですか」

 

 老夫婦はこちらを見て会釈した。

 貴族として、ここは鷹揚に頷いておくべき場面だ。

 だが、純度100%の『顧客からの感謝』を直接浴びてしまった社畜の悲しい魂が、俺の意思を置き去りにして身体を動かした。

 気がつけば俺は、ビシリ、と直立不動の姿勢を取り――。

 

「毎度ありがとうございます! お客さまの笑顔がなによりのご褒美ですッッッ!」

 

 広場に響き渡る、異常に声のデカい営業スマイルと最敬礼。

 老夫婦は一瞬目を丸くしたものの、「なんて腰の低い、立派なお貴族さまだ」と感動したように拝みながら買い物に向かっていった。

 

「むむぅ。ラムラさまの『せったい』には、まだまだ及びません……です」

 

 俺の奇行を『究極の接客術』だと勘違いしたアルメイリが、悔しそうに唸る。

 

「ふはははは、この域になるには20年以上の仕事歴が必要だからな! まだまだおまえには早い。悔しければ精進することだ!」

「頑張る……ます」

 

 フンス、と鼻息の荒いアルメイリを見回りに行かせ、俺は一人、広場を眺めた。

 客の一人が試しにと、端にある屋台で果物を買っている。

 

「おい、これ……安いし、新鮮じゃないか!」

「へへ、旦那、目が高い! コニスン伯爵に拾ってもらった恩返しに、最高の品を揃えてるんでさぁ!」

 

 ああな。はみ出し者の商人たちも必死じゃないか。

 まともな場所で商売をさせてもらえなかった彼らにとって、ここは文字通りの最後の砦だ。俺の用意した場が、チャンスとして活用されている。

 

(よしよし、計算通りだ。励め、この広場の未来のために)

 

 時間が経つにつれて、市場は活気に包まれていく。

 一般区の人々、スラムの住民、そして物珍しそうに視察に来た商人たち。

 多様な人間が混ざり合い、金が動き、笑い声が広場を満たしていく。

 

 そんな中、アクシデントが起きた。

 行列に割り込もうとしたガラの悪い男が、一人現れたのだった。

 

「おい、どけ! ガキが偉そうに仕切ってんじゃねえよ!」

 

 水色の制服、列整理を手伝っていた孤児たちを振り払うように男が列に入る。

周囲の空気が凍りついた。そこにやってきたのが、アルメイリだった。

 

 彼女は眉一つ動かさず、孤児たちを庇うように一歩前へ出ると。

 

「……おじさん。ここでは、ラムラさまの『ルール』が一番、です。割り込みは、マーケットの秩序を乱す『ロス』になる……ですから。……下がって、並び直す、ですよ?」

「ろ……ろす?」

「そう、です。ロスです。ラムラさまの言葉です」

「なに、わけのわからねーことを言って……!」

 

 大人げもなく、子供であるアルメイリに殴り掛かるガラの悪い男。

 が、しかし、彼女は涼しい顔をしたまま、その拳を避けた。

 

「なっ!?」

 

 拳を外した男が、顔を真っ赤にする。

 

「このやろう!」

 

 もう一度殴り掛かった。しかしそれも、スイと避けられてしまう。

 何回も、何回も、それが繰り返される。

 いつしか、アルメイリが男の拳を避ける度に「おおおー」という歓声が周囲から上がるようになった。

 

 男の近くにいた野次馬が、男を煽る。「どーした兄ちゃん、お嬢ちゃんは涼しい顔のまんまだぜ!?」

 すると男はその野次馬を睨み、

 

「うるせえッ!」

 

 殴り掛かろうとした。アルメイリが能動的に動いたのは、そのときだ。

 

「ダメです……よ? お客さまへの暴力は」

 

 木剣が、男の喉元に差し出されて止まる。

 男が息を飲んで、動きを止めた。そのまま地面へとへたり込む。

 

「まだ、続けます……ですか?」

「い、いや。……悪かった、俺が悪かったよ」

 

 最初のガラの悪さはどこへやら。

 男は這う這うのていで、広場から去っていったのだった。

 

「……すご~い! あの子、とっても頼もしいわね!」

「案内役も警備も完璧じゃない。これなら安心して買い物ができそう」

 

 客たちの賞賛が広場に広がる。

 拍手が巻き起こり、アルメイリ少し頬を染めた。

 

 が、すぐに。

 

「次は、あちらの果物屋さんがおすすめ、です!」

 

 と、テキパキと案内を再開した。

 どう見てもテレている彼女に、周囲からの好意的な視線が集中する。

 

(子供を警備につかせる。アルメイリの仕切りなら大丈夫だろうとは思っていたが、うむ、これは予想以上の効果だったな)

 

 広場の空気が、どんどん明るいものになっていくのだ。

 彼女がそこに立っているだけで、ほがらかな空気が広がっていく。それが結果としてこの場に『秩序』をもたらしてくれた。

 

 広場の端からその光景を眺めていた俺は、隣に立つジャイルズに声をかけた。

 

「ジャイルズ。見事な采配だ。……正直、お前の実務能力には驚かされた。感謝するぞ」

 

 俺としては、有能な社員が離職しないよう、最大級『丁寧な謝辞』を伝えたつもりだった。

 ところが。

 

「感謝、ですか?」

 

 ジャイルズは眼鏡を指で押し上げ、冷徹な目で俺を見返した。

 

「……なるほど。『この程度で満足か?』という、僕の仕事に対する高度な皮肉ですね。あるいは、『感謝されるほど余裕のある予算を組んだ覚えはないぞ』という警告でしょうか」

「は?」

「わかっていますよ、コニスン伯。僕の計算では、まだテナント料の回収効率に改善の余地がある。今の謝辞は、『三日以内にさらに収益率を五%上げろ』という業務命令だと理解しました。……恐ろしい人だ、僕に一切の妥協を許さないつもりですね」

 

(違う、普通に褒めただけなんだが!? なにそのヤバい上司からのプレッシャーみたいな受け取り方!)

 

「期待に応えてみせますよ、上司殿。……次の『フェイズ』に移りましょう」

 

 ジャイルズは独り言のように呟き、この場を去っていった。

 ……どうやら俺の感謝は、彼の過剰な労働意欲(燃料)に変換されてしまったらしい。

 

(一言の『お疲れ様』を『もっと働け』と変換して自爆営業に走る……。前世の俺と同じ重い病にかかっているようだが、あいにく今の俺は搾取される社畜側ではなく、搾取するオーナー側なんだ)

 

 ありがたく動いて貰おう。余裕ができたなら報いることもできる。――たとえば、こんな感じにな。

 俺は広場で肉串を買い、警備をしている子供たちに配って回った。

 

「おにくだ! ありがとうございますラムラさま!」

「うむ。食べるといい、腹ごしらえは大事だぞ」

「はい! おいしいです!」

 

 よしよし。美味しそうに食べる子供たちの笑顔は、良い広告にもなる。別にただ労わっているわけじゃない、これこそ一石二鳥というものだ。ほらみろ、肉串屋に注目が集まっていく。さっそく人が流れていくじゃないか。

 

 新たにできた列を整理しているのはディアルコだった。

 俺は彼にも声を掛ける。

 

「頑張っているな、ディアルコ」

「あ、ラムラさま。いえ、アルメイリに任せっきりで、情けないものです」

「ふはは。いずれ彼女でなく、冒険者を警備に雇うことになる。そのときがおまえの役目だ、経験を積んでおけよ?」

「は、はい!」

「それでいい、まあおまえもこれを食え。エネルギー補給はやる気の補給、水分を摂るのも忘れずにな」

 

 うむ。上々の始まりだな。

 この調子で明日も明後日も行きたいもの、客足を増やしていけたら最高だ。

 この日、市場はその後も住民たちの歓声に包まれ、盛況のまま時間が過ぎていったのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 ――が。

 夕暮れ時。広場から少し離れた場所にある、陽の光が届かないスラムの路地裏。

 祭りの余韻を値踏みするような濁った視線が、境界区方面を睨んでいた。

 

「……ヘラヘラと、境界区のガキどもが」

「聞いたか? スラムで商いをしていた奴らが何人も引き抜かれたらしい」

「コニスン伯……、貴族の若造め。こっちのバランスを崩しやがって」

 

 数人の、ボロな武装に身を包んだ男たち。

 スラムの荒くれ者たちだった。

 

「ちょっと分からせてやらねーと、どんどんスラムを圧迫してくるんじゃねーか?」

「ああ。境界区が綺麗になったせいで、近くに衛兵どもの姿をチラホラ見掛けるようになってきた。やりにくいったら、ありゃしねえ」

 

 男の手に握られた短剣が、暗がりの中で鈍い光を放つ。

 

「スラムの秩序(ルール)を勝手に書き換える奴は、俺たちの敵だ」

「ああ、少し警告しておかなとな」

「待てよ、それはボスに報告してから……」

「こんな些事、ボスを煩わせるまでもねぇよ。まさかてめぇ、ビビってんじゃねーだろうな」

「そんなわけじゃ……」

「ならやるぞ、バザーなんか、ぶっ潰してやる!」

 

 自分たちの縄張りを、勝手に塗り替えられたことへの、純粋な怒り。

 ホワイトな光が強くなればなるほど、闇はより深く、牙を剥く。

 

 夕闇へ溶けるように、影たちが動き出した。

 自分たちの成功が、スラムという巨大な蟻地獄を刺激してしまったこと。

 この時のラムラは、まだそれに気づいていなかった。

 

 




と、いった辺りでいったんオヤスミです。
楽しんで頂けていると嬉しいのですが。

またの再開をお待ち頂けますと幸いであります。
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