元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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ホワイト改革を始めよう

 

 馬車を用意するためにプリミアが去ったのち、俺は屋敷の裏手にある備品倉庫へ向かった。

 埃まみれの棚をひっくり返し、俺が探しているのは、かつてのラムラが転売目的で溜め込んだ最高級の衣類と靴だ。

 

(……あった。サイズも……よし、これでいい)

 

 土下座したときに気づいてしまったのだ。プリミアの靴が汚れ、くたびれていたことに。

 記憶を取り戻す前の俺は、彼女に一銭の経費も使っていなかったらしい。

 

(秘書のように連れ歩く部下の足元がボロボロなどと、マネジメントの敗北でしかないからな)

 

 新しい服と靴を抱え、表門へと向かう。

 ――するとそこには、ズラリと並ぶウチの使用人たちが待機していた。

 ラムラは自分が出掛けるとき、自尊心を満たすために毎回全使用人を玄関で見送らせていたのだ。

 

(これだよこれ、過去の俺(ラムラ)がやっていた悪慣習! まるでブラック企業特有の『毎日やる無駄な全体朝礼』じゃないか)

 

 見れば、皆一様に死んだ魚のような目をしている。

 俺にはわかるぞ、あの目は「早く自分の仕事に戻らせてくれ」「このクソ上司、早く出掛けろ」と呪詛を吐いている。前世の俺と同じ目だ。

 

 将来密告されてしまうことも、思わず納得してしまうこの惨状。

 こういった不満(ヘイト)の蓄積は馬鹿にできるものじゃないことを、社畜の俺は知っている。

 

 さて、軽く深呼吸。ホワイト改革を始めよう。

 なるべく当主としての威厳を保つよう、それでも気持ち柔らかく。

 社畜上司として『部下の機嫌をとりつつも、有無を言わさない』態度をつくってみせる。

 

「あー、おまえら。散れ散れ、散ってくれ。今日を以て、毎回俺を見送るような無駄な慣習は終わりにするぞ」

 

 ざわっ、と。

 使用人たちが一斉に顔を上げ、信じられないものを見るような声を上げた。

 

「えっと、その……本当でございますか?」

「本当だ! 俺の視界に入る暇があるなら、とっととそれぞれの持ち場に戻って、自らの業務に邁進しろ!」

 

 よし、これで俺への無駄なヘイトは減っていくはずだ。頼むから定時で帰って、俺に恨みを持たないでくれよな。ラムラ危機一髪は、本当に勘弁なんだ。

 

 俺の内心など知る由もなく、使用人たちは呆然とした顔を見合わせながら、戸惑い気味に屋敷の中へと戻っていった。

 そして俺は、一人残ったプリミアに声を掛ける。

 

「待たせたな、プリミア」

「ラムラさま、よろしいのでございますか。皆を解散させてしまって」

「構わん。これからはおまえたちの仕事効率を、極限まで引き出してやるだけだ。雇用環境を積極的に整えてやるから、せいぜい俺のため馬車馬のように働く覚悟をしておけ」

「さようで……ございますか」

 

 おい、少しは『えっ?』という驚き顔を隠せ。

 ……と思ったが、いきなりパワハラ上司がホワイト企業の経営者のようなことを言い出したら、困惑するのも当たり前かもしれない。

 なにか裏がある、と疑うのも無理はないか。

 

(まあ裏はあるのだがな。労働環境を整えるのは、決しておまえたちのことを気遣ってのことではない。全ては俺のホワイトライフを維持するため!)

 

「あ、申し訳ございませんラムラさま。馬車はご用意できておりますので、どうぞ」

 

 そう言って、プリミアが馬車の扉を開ける。

 だが俺は乗らない。

 代わりに、先ほど倉庫から引っ張り出してきた服と靴を彼女に押し付けた。

 

「あ、あのぅ……?」

「服と靴だ。これに着替えろ」

「ええ!? こんな上等なものを、私に、ですか!?」

「気にするな。全ては俺のためだ」

 

 嘘は言っていない。

 俺は訝しむプリミアに向かって、ことさらに傲慢な声色で言い放った。

 

「劣悪な環境では良い仕事など生まれん。仕事環境や待遇をケチって優秀な人材を使い潰すのは、最終的にこの俺の損失に繋がるのだ。……それに、お前がみすぼらしい格好をしていると、俺の面子が潰れるからな」

「ラムラさま、……やっぱり一度お医者さまに! 今日はなにか変です!」

「ふはははは! 構うな。それより早く馬車の中で着替えろ、終わったら教えろよ」

 

 あれ、怯えられてる!?

 違うんだプリミア、俺に必要なのは医者じゃなくて労基署の合格ハンコなんだ。お前を使い潰す気なんて微塵もない。むしろ俺のために機嫌良く働いて、俺の命を守ってくれ。

 

(……まあ、あれだ。今は不気味に思われても、実際に新しい靴の履き心地を知れば、いずれ『福利厚生のありがたみ』を理解してもらえるはず)

 

 これは社畜としての経験則だが、ビジネスは感情よりも先に結果で示すことが大事なのだ。

 そして環境(インフラ)の整備こそが、不満を抑える最強の防衛策。

 福利厚生という鎖で縛り上げれば、彼らは俺の命を全力で守護する盾になる。

 

(悪役貴族の財力で、ホワイト企業の理想郷を作る……ふふふ、アリ寄りのアリだな)

 

 ――五分ほどして、プリミアが馬車の扉を開けた。

 ボロボロだった彼女は、用意した上等な服を見事に着こなしていた。

 

「きつくないか?」

「はい」

 

 彼女は掘り出し物だ。調査能力や事務能力も高い。

 おまけに、これまでの劣悪な労働環境でも辞めずに耐え抜いてきた忍耐力。前世の俺なら、こんなSSRの優秀な部下がいたら絶対に他社へは渡さない。どんな手を使ってでも全力で囲い込む。

 

 ていうか、居なくなられたら俺のホワイトライフが即座に崩壊してしまうからな!

 彼女の流出(・・)を防ぐためにも、労働環境の整備は必須事項なのだ。

 

「では行こう。似合っているぞ」

「ありがとうございます、……ラムラさま」

「うむ。――ああそうだ、孤児院へ行く前に菓子屋に寄ってくれ」

「ええと、どのような物をお食べになりたいのでしょうか?」

「うん?」

「し、失礼しました。ラムラさまが甘い物を召し上がっていた記憶が、あまりなかったもので……」

「ふむ。俺じゃない、孤児院の子供たちに持っていく。最高級のやつを見繕え」

「え?」

 

 手土産は相手の警戒心を崩す。営業接待における最強の武器だ。

 将来俺をぶち殺すはずの冷徹な断罪マシーン。アルメイリが、この先どれほど理不尽なルールに縛られていくのかを、俺は知っている。

 その結果、悪役貴族だった俺を無感情に処断することも。

 

 ならば、その憎悪の矛先が俺に向く前に、甘ったるいお菓子(ワイロ)で徹底的に骨抜きにしてしまえばいい。俺の言うことしか聞けない体にしてやるのだ。これぞ社畜の究極の根回し。

 

「お優しい……のですね」

「違う。これはあくまで、後々の俺の生存(利益)を最大化するための投資(・・)だ」

 

 頼むから俺の身の安全のため、俺の株……好感度を爆上げさせてくれ、未来の死神(アルメイリ)よ……!

 

「ええと、確か一番通りに美味しい砂糖菓子があったはずです」

「そうか。じゃあそこにするぞ」

 

 こうして俺は、俺の命を握る未来の英雄――アルメイリへの懐柔へと向かったのだった。

 

「……こんな綺麗な服、いつ振りだろう」

「? なにか言ったか、プリミア」

「い、いえ、なんでもありません!」

 

 ふふ、よしよし嬉しそうじゃないか。

 これで俺への謀反確率は1%くらいは下がっただろう。服飾代の費用対効果が抜群だ。さすが俺、社畜時代のクレーム対応と接待の経験が活きたな。

 

「ああそうだ。もう一ヶ所、寄らなければならないところがある」

「どこでしょうか?」

「それは――」

 

 行き場所を伝えると、プリミアは「えっ!?」と驚いた顔をする。

 

「で、ではラムラさまは、最初から……!」

「ああ。邪魔な障害は、徹底的に排除しておかねばならないからな」

「至急向かいます!」

 

 彼女は、まるで救世主を見るような晴れやかな顔で、御者に行先を伝えた。

 

 よし、これで準備は万端だ。

 絶対にエルダーク伯より先にアルメイリを引き取って、俺の盤石な平穏――安眠(ホワイトライフ)のために、俺だけの最強の私兵に育て上げてやる!

 

 ◇◆◇◆

 

「アルメイリ、なぜおまえが今日の洗濯当番をしているんだ!」

 

 孤児院の院長が、怒声を上げた。

 相手は6、7歳程度の幼女だ。汚いボロを着て、銀色の髪の毛もボサボサだが、よく見れば器量は良い。

 

「はい、当番の子が体調悪くて……私が代わった、です」

「勝手に代わるな! ワシが、どれだけおまえを探したと思う!?」

「え……。でも彼女……、本当に起き上がれもしなくて」

「口答えするな! 今日は午後から法を司る名門、エルダーク伯爵さまがいらっしゃるのだ。その準備をする必要があるだろう!」

「え、その……聞いていません……です」

「うるさいっ!」

 

 院長はアルメイリの頬を叩く。

 

「洗濯は後にして、チビどもを連れて水浴びしろ! いいか、服も綺麗なものを選んで着せてこいよ! おまえもだ!」

「……はい」

 

 死んだような目で返事をするアルメイリ。

 院長が居なくなったあと、ぼそりと呟く。

 

「そうでしたか、今日がわたしの……」

 

 身請けをされる。

 そう聞いている、それも貴族に。

 

 不安で仕方なかった。

 この孤児院には、定期的に子供を買いに来る大人たちがいる。

 その中でも貴族は、自分たちのような孤児に酷いことをするために買いに来る、ともっぱらの噂だった。だから貴族に買われるのを、皆怖がっている。

 

 まだ見たこともないが、あと数時間で来るという偉い伯爵さまも、酷い人なのだろうか。院長と同じような人だろうか。いやもしかしたら、もっと酷い人かもしれない。

 

 自分より幼い子たちを残していくことになるのも気に掛かる。

 あの院長先生の前で、皆、大丈夫だろうか。殴られ続けて、私のように怪我だらけになったりしないだろうか。心配で仕方ない。

 ――でも。

 

「もう……どうしようもない話、です……」

 

 と、そのとき。

 表で馬車の止まる音がした。なんだろう、さっき院長先生は、エルダーク伯爵さまがいらっしゃるのは午後と言っていた。だからきっと、違う馬車なはず。

 

 また誰か、人買いが来たのだろうか。

 だとしたら幼い子たちを守らなくちゃ。

 

 アルメイリは急ぎ足で、表へと顔を出しに行った。

 そこで運命的な出会いが待っていることなど、想像もせぬままに。

 

 

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