元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
ガタゴトと馬車に揺られ『寄り道』を済ませた俺たちは、本来の目的地へと到着した。
街の外れ、スラムとの境界線にある孤児院だ。
質素な柵で囲われた敷地。建物は塗装が剥げ落ちているものの、住むには困らなそうに見える。庭の雑草はちゃんと刈り取られており、小さいながら野菜の畑などもある。
「ふぅん、なかなかしっかりと『孤児院』しているな」
感心しながらも、俺は心の中で苦笑してしまった。
ここが、子供たちを変態貴族に売るための牧場であることを、俺はゲームの知識で知っている。孤児院の院長は、
「プリミア、貴族たちからこの孤児院への年間寄付額は、ちゃんと調べられたのか?」
「はいラムラさま。調査の範囲でも、年に金貨で二千の寄付が集まっているはずです」
「金貨二千……並の市民一人なら四十年は遊んで暮らせる額だ。その割には質素すぎると思わないか?」
「言われてみれば……」
「さて、どこにその金は消えているのだろうな」
戸惑い顔のプリミアだ。
彼女は善人だから、悪意に対する解像度が低い。
「そんな不思議そうな顔をするな。すぐにわかる」
彼女を連れて馬車を降りると、物陰から小さな子供たちがチラホラと顔を出してくる。
皆、薄汚れたボロを着ていた。
こちらを警戒しているようだったが、視線は俺の顔ではなく、俺が抱えている山盛りの砂糖菓子にくぎ付けだ。
一人の子供が、鼻をひくつかせて近づいてきた。
俺は口角を吊り上げてニヤリ、最高級のお菓子を一つ摘まんでみせる。
「食べるか?」
ニッと格好つけて笑うも、心の中は平身低頭。
さあどうぞ、毒なんて入っていません。どうぞお受け取りください、領収書などお切りしませんから!
ゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえた。
そうだ耐えられまい、この魅惑的なまでに暴力的な、甘ーい芳香。
だけど子供はそれ以上近づいてこない。ただ欲しそうに見つめてくるだけ。
ぬぬ、思った以上に現場の不信感が強いな。これは相当なハラスメントを日常的に受けている証拠だ。
「どちらさま、です……か?」
少し悩んでいると、小さな、だが芯の通った声が響いた。
銀髪にエメラルドの瞳。
一人の幼女が、子供と俺の間に割って入ってくる。
……見つけた。ゲームで見覚えがある顔。
いずれ俺の喉元に
実物を見ると、思った以上に目の力が強かった。警戒しているのだろう、俺を睨みつけている。
「おいおい、そんな睨むな。まるで子を守る親犬のような目をしているぞ。まあ……別に嫌いじゃない目だがな」
「ここは孤児院……です。なにか御用です、か?」
どうやら俺が子供になにかする、とでも思ったようだ。明らかにアルメイリは、後ろの子を庇っている。
前世でのクレーム対応や飛び込み営業で、この手の目にはしばしば遭遇してきた。その悲しき社畜の記憶が俺に教えてくれる。こういうときは、なによりもまず笑顔だ、と。
――が。
笑顔を作ろうとすると、顔面の筋肉が変な動きをする。
しまった。これは感情を完全シャットアウトして相手をなだめすかすための笑顔、営業スマイル(極)だ。
くそ、顔が戻らない。ラムラの顔でこれをしたら、絶対裏があるようにしか見えない。
「俺はラムラ・コニスン。今日は孤児院への慰問にきたんだが」
「いもん……」
「たまにくるだろう? 教会のお偉いさんなんかも。それと同じさ」
アルメイリはいぶかしげな表情のまま。
営業スマイルの効果ゼロ、警戒が解ける気配なし!
当然だな、ふはははは!
――笑うしかない。
仕方ないぞ。せめてまずは、強引にでも
そう思ってアルメイリに菓子を渡そうとしたところで、奥から粘つくような声が響いてきた。
「おお! このような汚いところに、
見れば孤児院の裏手から、院長らしき太っちょが姿を現したところだった。
にこやかな笑顔に揉み手。一見すると人が良さそうな男なのに、子供たちはビクリと、一斉に身体を硬直させて緊張する。
(……ああ、この空気感、覚えがあるぞ。パワハラ上司がオフィスに入ってきた瞬間の、あの最悪な静寂だ)
この様子を見ただけで、この孤児院がどれほど劣悪なブラック環境か、手に取るようにわかる。
「ふむ。おまえが院長か? 先日このメイドを遣いに出しただろう、今日はその件で来た」
横にいたプリミアが院長に頭を下げると、奴は金主を見つけたハイエナの顔を一瞬見せ。
「なるほど! ではあなたさまがコニスン伯でしたか。失礼致しました、ほらおまえたち、下がりなさい。業務の邪魔になりますよ?」
口調こそ丁寧だが、その目は「逆らえばどうなるか分かっているな?」という無言の圧に満ちていた。
「下がらせないで構わん」
「え? は? ですが……」
「今日は慰問でもある。これから子供らに、菓子を配ろうと思っていたところだ」
「むぅ、それは困ります。この孤児院では、お客さまからの差し入れ品などは一度こちらでお預かりして、その後子供たちへ公平に分けるという決まりになっておりまして――」
院長が揉み手をしながら、俺と子供の間に入ってくる。
奴は俺が持つ菓子にチラと目線を送ると、ニンマリ笑う。
(あ、これ、預かったものを着服する奴の顔だ)
下品すぎるだろ。いくらこれが最高級の砂糖菓子だからといって、もう少し欲望を隠せ。
「お菓子、食べないか?」
俺は敢えて院長を無視し、アルメイリに問いなおす。「コニスン伯? コニスン伯!?」などと慌てる奴をそこに捨て置きながら、彼女の顔を見る。しかしアルメイリが俺を警戒する表情は、変わらない。
「受け取れません……です」
「なぜだ? 美味そうだろ?」
「孤児院の決まり四つ目……です。『外部からの施しには必ず院長先生を通し、全員で平等に分かち合うこと』。それが、ここのルール、なの……です」
アルメイリはギュッと小さな拳を握りしめ、真っ直ぐに俺を睨み返してきた。
(は?)
俺は耳を疑った。
なんだこの恐ろしいコンプライアンス精神の塊は。この子の目には、さっきの院長の下品な舌なめずりが見えなかったのか?
いや、見えていたはずだ。それでも彼女は、あのクソみたいな中抜きルールを『絶対の法』として守ろうとしている。
「なぜそこまでルールが大事だと思うんだ」
「ルールを……守らない人は、悪いことをする人、です」
ふむ。子供っぽい発想ではあるが、納得はいく。
俺は彼女が言葉を続けるのを待った。
「悪いことする人は、悪い人です。悪い人は、すぐ戦争を始めるです」
「戦争……?」
少しの飛躍を感じたが、まあここも、誰かが子供に教え込んだと思えば理解もしやすい気もする。
「戦争は嫌いか?」
「嫌い、です。大嫌い……です」
確かアルメイリは戦争孤児だ。
なるほどな。両親を失った悲しみと怒りが、彼女の『
『ルールを守れば争いは起きない』――そんなふうに思い込まされているのだろう。
孤児には戦争を恨んでいる子も多い。そういう子に対して、ルールと戦争を結び付けて従順にする。
……ふむ、こうして規則に言いなりの社畜化に成功というわけだ。
(あの院長、教育担当としてはなかなか筋がいいのかもな。ロクでもない方向に、ではあるが)
もし、彼女がこのまま進めば原作ゲーム通り『法と秩序だけに縛られた融通の利かない断罪マシーン』の完成だ。そうなると、俺の命が危険で、危うくて、危ないわけで。
(これはどうにかしないと!)
俺の内心は、焦りの汗でダクダクだった。
そんな気持ちを知るはずもないアルメイリが、淡々と言葉を続ける。
「それに……知らない人から直接施しを受けたら、小さな子供たちも院長に怒られてしまう、です」
「いつ聞こうかと悩んでいたのだが、その頬。腫れているのは、院長にでも叩かれたのか?」
「な……っ! まさか私が子供に、そのような……!」
慌て顔の院長が会話に割って入ってこようとする。
ジロリ。それを目で制して、またアルメイリの方を見た。
「……違い、ますです。そこで転び、ました」
「ふぅん、まあいい」
「なので、慰問の品は、院長先生にお渡しください、です。それが決まりです……から」
「ほらコニスン伯、子供もこう言っております。ここは一つ、私にお預けください」
卑しい笑顔で手を差し出してくる院長。
どの世界にもいるな、セコい小悪党って奴は。
だが院長、お前は俺の必死さを、はかり損ねた。
俺は元営業マンとしての理屈コネコネ話法で、このクソ
「……なるほど、公平な分配。素晴らしい心がけだ、院長」
「ははっ、恐縮です」
「だが、この焼き菓子は『鮮度が命』の特注品でな。一度預けて湿気てしまったら、せっかくの最高級品が台無しになる。わかるか?」
俺はジロと奴を睨み、
「俺の持ってきた最高の
「い、いえ! 滅相もございません! しかしルールが……」
「ルールだと? はん、貴様、このコニスン伯家当主の厚意よりも、自分の決めたちっぽけな院内ルールを優先させると言うのか?」
俺が一歩、院長との距離を詰めながら冷たく言い放つ。
すると奴は、ひっ、と顔を引きつらせて一歩下がった。
「それに俺は、この後に商談を控えている。『商品』の状態を確認するのに、餌を与えて反応を見るのは当然だろうが。おまえは客に商品をチェックさせないつもりか?」
ここで言う商品というのは、子供たちのことだ。
敢えて悪しざまな表現を使うことで、院長を威圧していく。
院長のような小悪人には、絶対的な立場の差を振りかざしてしまうのが早い。
みろ、すぐにしどろもどろだ。
「そ、それは、あの、その……」
「邪魔だ。商談の話を白紙に戻されたくないなら端で見ていろ。俺が呼ぶまで口を出すな」
「は、はひぃっ!」
俺が手をシッシッと振ると、院長は顔を青くして庭の端へと駆けていった。
よし、接待の邪魔者は消えた。
俺はまずアルメイリに振り返り、
「おまえが、平和のためにルールを守ることに執着しているのはわかった。だが敢えてもう一度言う。このお菓子を食べないか」
そして周囲の子供らも見渡す。
「さておまえら。この菓子を一度院長に預けたら、公平な分配とやらで、ほとんどおまえらの元には回ってこないだろう。だから言うのだ、ここで今、お菓子を食べないか? と」
アルメイリのルールへの想い。
それが歪んだ『戦争への嫌悪』なのだとしたら、まずはそこを正さねばなるまい。そうじゃなければ彼女は、いずれ確実に俺を処刑台に送ることになるだろう。
そんな未来はごめんだ。
だから今のうちに教え込む。
理不尽なルールに従順でいても平和には繋がらず、ただ自分が搾取されるだけだという真実を。
甘ーいお菓子の味を以てして。
理不尽なルールなど、守るだけ損だということを思い知らせてやる。
それが、俺の命を懸けた生存戦略なのだからな。