元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
「さておまえら。この菓子を院長に渡したら、ほとんどおまえらの元には回ってこないだろう。だからもう一度言いたい、お菓子を食べないか?」
アルメイリの後ろの子が、彼女を見上げる。
食べたいのだろう、訴えるような目だ。しかしアルメイリは、なにも応えずに俺を見ている。
「そうか要らないか。残念だな、ならば俺が貰おう」
俺はアルメイリの後ろの子に見せつけるよう、大口を開けて最高級の砂糖菓子を放り込んだ。
咀嚼する。
ジュワリと広がる砂糖とバターの豊潤な甘み。
「んん~! 美味い! なんて美味いんだ!」
「ラ、ラムラさま……そんな」
プリミアが咎めるような目を向けてくる。
だがこの意地悪……ショック療法は、アルメイリの社畜マインドを粉砕して俺のものにするために、絶対必要なことなのだ。
ゲームでも彼女は、融通の利かない法と秩序の番人だった。
てっきり俺は、引き取り先のエルダーク伯爵の下でルール順守を叩きこまれたとばかり思っていたのだが、どうも違ったらしい。
今の彼女を見て悟る。その過剰なまでの自己犠牲とコンプラ精神の根は、もっと幼い頃からのものだった、と。
ルールを守るのを悪いことだなんて言う気はない。
だが時に、自分を殺すだけのクソみたいなローカルルールなんてものもある。ブラック企業に勤めて過労死した俺は、そのことをよく知っている。
ならば、そういうときはどうすればいい。
答えは簡単だ。自分にとって理不尽なルールなど、破り捨ててしまえばいいのだ。
「プリミア……おまえは甘い、この山盛りの菓子よりも甘い。これは教育だ。俺が子供たちに、ルールの外にある『正当な報酬の味』を教えていく」
――敢えての意地悪でな!
「うーむ甘い! 頬が蕩ける!」
そう言って俺が菓子を美味そうに食べてみせていると、いつしか周りには、ゴクリと喉を鳴らす子供たちが集まっていた。
俺は次の菓子を手に取り、その子らを見渡す。
「さあどうする。欲しいなら声を上げろ。手を伸ばせ。この俺から奪い取ってみろ」
すると、少し離れていた子供が、耐えきれなくなったように駆け出してきた。
「お、俺、食う! 欲しい!」
「ふははははー! いいなおまえ、その意気だ!」
俺は放り投げるように菓子を渡した。
子供は慌ててそれを受け取り、ガブリとかじりつく。
「あまーい!」
とろけそうな笑顔。
砂糖の魔力が、子供の脳髄を直撃した瞬間だった。
それを見た他の子どもたちが、タガが外れたように一斉に俺とプリミアの周りに寄ってきた。
「僕も!」
「私も欲しい!」
「ずるいぞ、俺にもよこせ!」
ワイワイと一気に騒がしくなる孤児院前。
食べたな。そうだ食べろ! 美味しさを知れ、楽しさを知れ、嬉しさを知れ!
これこそが、生きるために必要な
もっと声を上げろ。ボーナスの味を知らぬまま、ブラックな環境で搾取され、やがて過労死するだけの人生なんて、真っ平ごめんだろう?
「み、皆、ダメ……です。そんなことしてたら、院長先生に、また……!」
「殴られる、か?」
俺の声に、ビクン、とアルメイリが身体を竦めた。
「大変だな、ルールに縛られるのも。だが、そんなにそのルールは大事か?」
「え?」
「そのルールは、院長が決めた、院長がおまえたちへの施しをピンハネするためにあるルールだ。おまえだって、本当は気づいているんだろう?」
図星を突かれたのか、アルメイリの顔が曇る。
この子は聡い。院長が私腹を肥やしていることなど、とうに理解しているはずだ。
だが彼女は、ギュッと拳を握りしめ、それでも譲らないというように俺を睨み返してきた。
「わかって、います……です。でも、ルールを破るひとは、悪い人です。悪い人は争いを起こして、戦争になるから……」
「だからお前が我慢して、理不尽なルールでも従い続ければ、争いは起きない。――とでも思っているのか?」
俺はため息をつき、しゃがみ込んでアルメイリと視線を合わせた。
なんという痛々しくて、歪んだ自己犠牲の精神か。自分が我慢してサビ残を被れば、職場に波風は立たないと思い込んで過労死した、前世の俺とそっくりだ。
だからこそ、俺は元営業マンとしての悪い笑顔を閃かせながら、彼女の『戦争への嫌悪』という固執を粉砕してやることにした。今ここにある、現実の真理をぶつけてカウンターを喰らわせてやる。
「なあ、アルメイリ。周りの奴らを見てみろ」
「え……?」
俺は、お菓子に群がる子供たちを顎でしゃくった。
「おまえがいくら我慢してルールを守っても、院長がピンハネを続ける限り、あいつらの腹は減り続ける。……そうだろ?」
「……っ」
「極限までお腹が空いたら、人はどうする? 生きるために、隠れて食べ物を盗むだろう。それを咎められたら、殴り合いのケンカになる。違うか?」
アルメイリのエメラルドの瞳が大きく揺れた。
そうだ。どちらが悪いわけでもない。ただ『飢え』がある限り、争いは必ず起きる。
「我慢だけじゃ、腹の虫は止められない。いずれ限界が来て、この小さな孤児院の中でも必ず『争い』が起きる。……それは、おまえが一番嫌いな『戦争』の始まりと同じだ」
「そんなわけ……」
――ない、と言い切れずにいるのだろう。アルメイリが俺から目を逸らした。
前世のブラック企業もそうだった。末端の社員がどれだけルールに従って耐え忍んでも、搾取構造による『飢え』が発生する限り、どこかでなにかが破綻する。
「でも、でも。……それなら、どうすれば」
弱々しく唇を噛むアルメイリに、俺は強い笑顔で答える。
「答えは簡単だ。本当に争いを無くしたいなら、理不尽なルールに縛られる側でいることをやめろ。弱者でなく、強者になれ」
「強……者……?」
「おまえ自身がルールを作る側に回って、状況を変えるんだ。腹を空かせないだけの
俺は続ける。
「チカラを持つんだ、争えるチカラを。それこそが争いを未然に防ぐ、一番確実な方法だ。――そして俺は、おまえがその『チカラ』を持つための道を提示してやれる」
アルメイリが、ハッとした顔でこちらを向いた。
「どういうこと……、です?」
「ウチに来い、アルメイリ」
ニヤッと笑ってみせるも、内心では懇願だ。
「俺はおまえに、知識を与えよう。剣の稽古もさせてやろう。ゆくゆくは、チカラを行使するに必要な
しかしそれはおくびにも出さないで。
「俺の屋敷で、俺のために、そのチカラを使え。戦争を憎むなら、子供たちを守りたいのなら、それを成せるだけのチカラを身に付けろ!」
遠くで見ていた院長が声を上げながら走ってくる。
「ラ、ラムラ伯! この子は無理です! この子はもう、引き取り先が決まっていまして――!」
――と、そのとき。
パクリ、と。アルメイリは、俺の差し出した砂糖菓子を口にした。走ってくる院長の目の前で、これ見よがしに砂糖菓子を食べる。一個、二個、そしてたくさん。
わああ、と周りの子供たちが沸いた。
「アルメイリおねーちゃんも、お菓子たべた!」
「たべた! たべた!」
嬉しそうにキャッキャと騒ぐ。
よし! この子の頑ななコンプラ精神にヒビを入れられたぞ。
法と秩序による断罪マシーンから、一歩遠のいたはず!
俺が心の中でガッツポーズをしたそのとき、見かねたように院長の顔が真っ赤に染まり。
「こここ、このぅッ! アルメイリ、貴様ッ!」
奴は手を振り上げた。
殴られることを予感したアルメイリが、身を竦めて目を瞑る。
そのとき、俺は。
(……あ)
――パシン。
気が付けば、院長の腕を掴んでいた。
(……え、嘘だろ?)
自分でも驚いた。このラムラの身体、前世の悲惨な社畜ボディとは比べ物にならない反応速度だ。
ゲーム内でもしぶとく動き回る中ボスだったが、もしかして俺、鍛錬すれば強くなれるのか?
……いや、今はそんなことどうでもいい。
「俺の目の前で、
「ぐぬぬ、ラムラ……伯!」
院長が憎々しげに俺を睨んだ。
「私が首を縦に振らなければ、アルメイリを貴方が引き取ることなぞ出来ませんぞ! 私には管理の義務と権利があるのですから! コイツは、引き取り先がもう決まっているのです!」
「それなら心配するな、院長。もう先方とは話をつけておいた」
「は!? それは、どういう……」
「どういうもなにも、言葉通りのことだ。エルダーク伯とは、事前に話をつけておいた、と」
そのとき、表に衛兵を連れた一団がやってきた。
丁度いいタイミングだ。ここに来る前、俺がプリミアに言って
法と秩序の番人。エスターク・エルダーク伯爵の到着だった。
「エルダーク伯……?」
「院長殿、本日先ほど通報があった。キミには人身売買の嫌疑が掛けられている」
「な、なにを仰るのでしょうかエルダーク伯!? 私は、そんな大それたこと……!」
呆然とする院長をよそに、俺はエルダーク伯へ恭しく一礼する。
「これはエルダーク伯、丁度良いお着きで」
彼はゲームの中で、主人公を育てる役だった。
厳しい教育によりアルメイリを縛り、四角四面のカタブツに仕立て上げる。
赤褐色の髪をオールバックにした髭面がトレードマークの武人。首都の衛兵を組織する警察長官のような男だ。
「……ラムラ伯。此度の情報提供、感謝する。貴殿の忠告がなければ、危うく人身売買組織と知らずに縁を持つところであった」
苦虫を噛み潰したような顔のエルダーク伯に、俺はことさらに人の良さそうな笑みを浮かべてみせる。
「いやいや、一年もこの孤児院を内偵し続けていた『法と秩序の番人』が、そんなヘマをするわけがない。……ただ、決定的な裏帳簿の在り処だけが掴めず、これまで踏み込めなかった。違いますかな?」
「……ッ」
「おまけに、あの子の
図星を突かれたエルダーク伯の眉が、ピクリと跳ねる。
俺――ラムラと彼はこれまで、幾度となく対立してきた間柄だ。ラムラが悪事の尻尾を出さなかったせいで、彼はずっと俺をしょっ引けずにいる。
そんな敵対関係の俺が馬車を寄らせて「手柄をやる」と、難題案件の証拠をチラつかせたのだ。どんなに悔しくても、乗らざるを得ない取引だったはず。
「……見てきたように語るものだな、ラムラ伯。ずいぶんこちらの事情に精通しているらしい」
「商売柄とでも言っておきましょう」
まあ、ゲーム知識なわけだけど。
「ですが、すべてはエルダーク伯の清廉潔白な評判を守るためですよ。……あ、お探しの裏帳簿は、院長室の隠し金庫の中です。旧王朝時代の壺が棚の上に置いてあります。それを三回回してから、壁に掛けられたエリーゼの絵画を外してみてください」
「はあぁぁあーっ!? なななな、なぜそれを!」
驚愕する院長。
慌てふためくその姿が、何よりの自白だ。ちなみにこれもゲーム知識。
「いけ、確保してこい」
「はっ!」
エルダーク伯は衛兵を向かわせ、証拠確保へと動く。これで院長は詰みだ。
俺はエルダーク伯に向き直り、ニヤリと口角を上げた。
「ではエルダーク伯。お約束通り、彼女に呼びかける権利は
「……わかっている。忌々しいが、約束は守る」
ギリッ、と。エルダーク伯が奥歯を噛み締める音が聞こえた。
一年越しの捜査の決め手を悪党から与えられ、見出した才能への交渉権まで俺に譲る羽目になったのだ。彼からすれば屈辱だろう。
だが忘れるな、とエルダーク伯は鋭く俺を睨みつけた。
「いずれ貴様の尻尾も必ず掴み、この俺の手で確実に締め上げてやるからな。ラムラ伯」
「はは、怖い怖い。お手柔らかに頼みます」
「ふん。……まあいい、どうせ貴様のような薄汚い悪党の誘いに乗るはずもあるまい。彼女は私の元に来るさ」
負け惜しみともとれる憎まれ口を叩くエルダーク伯をよそに、俺は立ったまま、アルメイリに語り掛けた。
彼女は目を丸くしている。
ずいぶん驚かせてしまったようだが、だからこそ確信した。
この聡い子は、俺の元にくる。
「……これが、チカラ、です?」
「そうだ、これがルールを作れる
俺が差しのべた手を、アルメイリはジッと見つめた。
戸惑い、逡巡、その瞳に残る迷いを払うため、俺はダメ押しをする。
「これからは、俺が孤児院を管理する。安心しろ、俺の管理下で無駄なルールは許さん」
「どういうこと……です?」
「俺のためになる最高の労働力へ育つよう、徹底的に管理してやるということだ。餓えたり過労で倒れさせるような無能な真似はせん」
前世が社畜だったからな。
劣悪な環境がどういう結果を生むか、身体で知っている。それで俺は死んだのでな!
口角が自然吊り上がり、苦笑が漏れた。
すると――。
アルメイリは、震えながらも俺の手を握った。
「……まだ、あなたを信じたわけじゃない、です。……でも」
「でも?」
「行きます……です。あなたのもとに。チカラを求めに」
「ふはははは! それでいい。おまえは一歩を踏み出した、選択したんだ!」
その瞬間、俺の脳内に『商談成立』のファンファーレが高らかに鳴り響く。
よし、契約完了だ、と。
成功の喜びが沸き上がると同時に、俺の脊髄が勝手に反応する。長年の社畜生活で染みついた『成約時の条件反射』が、俺の意思を置き去りにした。
手を握ったままカカトを揃え、腰を支点に、美しいまでの四十五度。
「本日はご成約いただき、誠にありがとうございますぅぅぅッッッ!」
「ひゃうっ!?」
アルメイリがビクッと震え、エルダーク伯さえもポカンと口を開ける。
……あ、またやってしまった。
ともあれ。
こうして将来俺を殺すはずだった幼女は、無事にコニスン家引き取りとなったのだった。