元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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ぎょうむめいれい

 

 ガタゴトと馬車に揺られ、俺たちは高台にあるコニスン伯爵邸へと帰還した。

 

「着いたぞ。ここが今日からおまえの家……いや、おまえが俺のために働く職場だ」

「しょく、ば……?」

 

 大きな屋敷を見上げ、アルメイリがエメラルドの瞳をぱちくりと瞬かせる。

 ふふふ、スラム際の孤児院から一転、この豪邸だ。さぞや委縮していることだろう。

 

 これから彼女には教育を施し、『最強の私兵』として俺の破滅フラグをへし折るための過酷な労働(主に武力による防衛)を強いることになる。

 ならば、雇用主として最初にすべきことは一つ。

 

 圧倒的な『福利厚生』の提示だ!

 

「プリミア! すぐにアルメイリを風呂に入れろ! 溜まった垢を隅々まで落とし、一番肌触りの良い服を着せるんだ!」

「かしこまりました、ラムラさま。すぐにお湯の準備をさせます」

「それから夕食だ! 肉だ、肉を使え! 栄養価の高い温かいスープと、柔らかいパンも用意しろ。胃が驚かないよう消化の良いものにするんだぞ。食後は自室を与えろ、ベッドは最高級のふかふかのヤツだ! ついでにお前たちの寝具も同等に一新しろ!」

「はい、手配いたします」

 

 よし、完璧な指示出しだ。部下というリソースのQOL(生活の質)向上こそが、仕事能率の最大化に直結する。

 

 前世の俺は、ボロ雑巾のように使い潰されてたからな。

 食事はデスクで啜るカップ麺、睡眠は椅子を並べた仮眠だった。

 

 その結果どうなった?

 集中力は散漫になり、ミスを頻発し、最終的には過労死という最悪の納期遅れをやらかしたんだ。

 

 あんな非効率なデスマーチ……、破滅は二度と御免だ。

 俺のホワイトライフを守るためには、まず盾となるアルメイリと、実務担当のプリミアのコンディションを万全に保つ必要がある。

 

 このコストは無駄にならない。安全保障のための『先行投資』なのだ!

 

「あの……ラムラさま」

 

 俺が鼻息を荒くしていると、アルメイリが警戒度マックスの目で俺を見上げてきた。

 ん? なんだその目は。

 

「わたしを、丸洗いして……お肉を食べさせて、ふかふかのベッドに……」

「そうだ、文句はないだろう?」

「もしかして、わたしを太らせてから……食べるつもり、です?」

 

 ぎゅっ、と自分の身体を抱きしめて、一歩後ずさるアルメイリ。

 どんな発想だよ、ヘンゼルとグレーテルじゃあるまいし。

 

 ……いや、あのブラック孤児院で育ったんだ。大人が無条件で優しくしてくれるわけないと、疑うのは無理もない。俺自身も整っているとは言え、結構な悪人ヅラだしな。

 

「誰が食うか。俺は美食家だ、小骨の多そうなガキの肉なんぞノーサンキューだぞ」

 

 悪人ヅラ結構。

 俺はことさらわざとらしく、悪役っぽい尊大な笑みを浮かべて見せた。

 

「いいかアルメイリ。ガリガリに痩せ細った部下に無理をさせて、肝心なときに休職されたら俺の損失が計り知れんのだ。おまえは俺の『最強私兵』という高額資産になる予定だからな」

「さいきょう……しへい?」

「そうだ、俺を守る最強の盾だ。資産価値の目減りを防ぐために、徹底的なメンテナンスでケアしていくから、覚悟しろ。それが持ち主の義務というものだ」

 

 生前読んだ『上手な資産運用』という本に書いてあったんだよな。

 投資は大胆に、って。

 

「とにかくまずは、心と身体を極限まで回復させろ。これは当主としての業務命令だ。いいから今日は、大人しく休め!」

 

 どうだ、この理にかなった悪役ムーブ。

 私兵(しゃちく)にするための投資だと言い切ってしまえば、彼女も「なるほど裏があるのか」と、むしろ納得するはず。ていうか、実際ちゃんと裏はあるのだ。安心しろアルメイリ。

 

「ぎょうむめいれい。わかり、ました……です」

「ふははははー、よろしい! プリミア、あとは任せたぞ」

 

 こくりと頷くアルメイリを見届け、俺は執務室へと足を向けた。

 ふはは、これで第一段階はクリアだ。福利厚生()は安く売れるときに売り、俺の命の危機という一番高い場面で回収する。

 これもビジネスでは大事なこと、社畜の生存戦略では基本中の基本だからな。

 

 ◇◆◇◆

 

「痛いところは、ありませんか?」

「はい……大丈夫、です」

 

 湯気の立ち込める浴室で、プリミアはアルメイリの銀糸のような髪を優しく洗い流していた。

 

 細く、折れてしまいそうな身体。

 そのあちこちに、小さな痣や擦り傷があるのを見て、プリミアは胸を痛めた。あの孤児院で、日常的にどのような扱いを受けていたのかは想像に難くない。

 

(ラムラさまは、この子を救い出されたのね)

 

 温かいお湯で丁寧に身体を洗い、用意した清潔な服に袖を通させる。

 アルメイリは終始、されるがままに大人しくしていた。与えられた豪華な夕食の席でも、出された肉やスープを、戸惑いながらも小さな口で一生懸命に平らげていた。

 

 その様子を少し離れたところで見守りながら、プリミアは不思議な感覚に陥っていた。

 今日のラムラは明らかにおかしい、と。

 

 突然、信じられないほどの奇声を上げてジャンピング土下座をしたかと思えば、これまで怒鳴り散らしていた使用人たちへの理不尽な風習を廃止し、あまつさえメイドである自分に真新しい服と靴を与えた。

 

 そして、孤児院の不正を暴き、この幼女を連れ帰ってきた。

 以前のラムラであれば、孤児を買ってきたとしても地下室に放り込み、見向きもしなかったはずだ。

 

(まるで、人が変わってしまったかのよう……)

 

 本人は『自分のための道具だ』『先行投資だ』と悪ぶって凄んでいるが、その指示の内容はどれも理路整然としていて、アルメイリの体調を一番に気遣うものばかりだった。

 

 人が変わったことに対する戸惑いは、当然ある。

 時折見せる奇妙な動きや、丁寧すぎる口調にはまだ慣れない。

 けれど。

 

(……なぜだろう。不思議と今の、らしくないラムラさまの方が、しっくりくる)

 

 ただ暴力と恐怖で押さえつけていた以前の姿より。

 利益と合理性を説きながら、結果的に弱者を庇護しようとする今の堂々とした背中の方が、ずっとラムラさまらしく見える。

 

「ごちそうさま、です」

 

 綺麗に空になった皿を見て、プリミアは微笑んだ。

 

「お粗末様でした。さあ、ラムラさまの『ぎょうむめいれい』通り、今日はお部屋でゆっくりお休みくださいね」

 

 仕えるべき主が、少しだけ誇らしく思えた。

 そんな感情を抱いたのは、この屋敷に来てから初めてのことだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 ――ふかふか、です。

 案内された自室のベッドに潜り込み、アルメイリは小さく息を吐いた。

 

 シーツからは、お日様とお花のようないい匂いがする。身体が沈み込むほど柔らかいマットレスに、温かい掛け布団。

 孤児院の、隙間風が吹き込む冷たくて硬い木の床とは、まるで違う世界だった。

 

「…………」

 

 天井を見つめながら、アルメイリは今日一日の出来事を思い返す。

 

 ラムラ・コニスン。

 突然孤児院に現れ、恐ろしい院長を言葉一つで追い詰め、自分を連れ出した不思議な男。

 彼は言った。『争いを無くしたければ、争えるチカラを持て』と。

 

 そして、自分を私兵にするとも。

 

(貴族は、怖いひとたちだと、思っていた、です)

 

 孤児院に訪れる貴族の多くが、気持ち悪くニタニタ笑いながら彼女たちを見回すような輩だった。

 悪意を隠すことすらせぬ笑顔。欲望を丸出しで孤児を物色する、あの目。

 貴族はそういうものだと思っていた。

 孤児を物や道具同然に扱う、それが貴族。

 

 だから、警戒しなければいけない。

 ラムラさま――あの人も「自分のための道具だ」とハッキリ言っていた。いつか、あの院長のように理不尽に怒り出し、殴られる日が来るかもしれない。

 

 気を許してはいけない。信じてはいけない。ここは敵の住む場所なのだから。

 ――そう、頭ではわかっているのに。

 

『こどもにぼうりょくか?』

 

 院長先生の手を掴んだ、あの大きな背中を思い出すと、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。ポカポカする。

 お湯で洗ってもらった身体も、ポカポカだった。痛かった擦り傷には丁寧に薬が塗られている。食事をお腹いっぱいになるまで食べたのは、いつ以来だろう。

 

 悪い顔で笑いながら、あの人が与えてくれたのは、温かいものばかりだったのだ。

 

「不思議な、ひと……です」

 

 毛布を口元まで引き上げ、アルメイリは目を閉じる。

 警戒しなければ。チカラを得るために、明日はもっと隙を見せないようにしなければ。

 そう強く念じているはずなのに。

 

 ――すぅ……、すぅ……。

 ずっと張り詰めていた心の糸が、ふわりと緩む。

 限界まで疲弊していた身体が、極上の温かさと絶対的な安心感の前に、あっさりと陥落してしまう。

 

 銀髪の幼女は、久しぶりに感じた心地よいまどろみの中へ、静かに沈んでいったのだった。

 

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