元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
新しい生活の始まり
コニスン伯爵邸の朝は、絶叫から始まるのが通例だった。
前のラムラが、寝起きの不機嫌さをぶつけるために適当な使用人を怒鳴りつける――そんなクソみたいなモーニング・ルーティンが、この屋敷の日常だったのだ。
だが、今の俺にそんな不毛な
「……あー、集合。これより朝礼を始める」
玄関ホールに集まった使用人たちは、一様にガタガタと震えていた。
無理もない。昨日、俺は「無駄な朝礼の廃止」を宣言したが、彼らにとっては「次はどんな理不尽な罰が飛んでくるのか」という恐怖の裏返しでしかないのだろう。
「今日からこの屋敷に、新たな『
使用人たちが「けーぴーあい……?」と首を傾げる。いいんだ、専門用語はハッタリが利く。別に報連相を阻害しているわけでもない範囲なら、こうしてちょっと威厳を保っておくのも大事だろう。
「それから、勤務形態をシフト制に移行する。二十四時間体制の待機は禁止だ。休養は権利ではなく、次の業務に向けた『義務』と心得よ。以上だ。解散!」
そう言い放って俺が去ろうとすると、使用人の一人が意を決したように声を上げた。
「あ、あの……ラムラさま。休めと言われましても、その……減給されるのでは?」
「……はぁ? そんな非効率な真似をするか。決められた時間内に最大のパフォーマンスを発揮するのがプロだ。ダラダラと居残る無能に払う給与はないが、定時で成果を上げる者には、相応の
ざわっ、と空気が揺れる。
彼らの目に「この主、やっぱり頭を打ったのか?」という疑念と、ほんの少しの「期待」が混じり始めた。よし、労働組合が作られる前に、こちらから労働条件を改善して懐柔する。これが社畜流の先行管理、結果的にはこれが俺の優位を保つはずなのだ。
◇◆◇◆
「……ラムラさま。本日も、いささか……その、前衛的ですね」
朝食の席。後ろに控えるプリミアが、苦笑混じりに紅茶を注ぐ。
彼女はここ数日、俺の奇行を一番近くで見ているせいか、最近では俺のビジネス用語を「ラムラ語」として翻訳し始めている節がある。
さすがというかなんというべきか、彼女はやはり賢い。ラムラの奴、性格は最悪だが見る目はあったということだな。まあ俺のことなのだけど。
「プリミア。アルメイリの様子はどうだ? 初日の
「はい。指示通り、一番日当たりの良い部屋で休ませました。まだ少し戸惑っているようですが、朝食は完食されましたよ。今は庭で、昨日お渡しした『教材』を眺めておられます」
教材。俺が倉庫から引っ張り出してきた、子供用の木剣だ。
アルメイリを
将来の断罪マシーンを手懐ける、命懸けのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の始まりである。
俺は執務室の窓から、庭を覗き見た。
そこには、真新しい服に身を包んだアルメイリが、ぽつんと立っていた。
銀糸の髪を風に揺らし、彼女は地面に置かれた木剣を、まるで未知の生物でも見るかのようにじっと見つめている。
「……ふむ。まずは道具に慣れることから、か。焦る必要はない。資産の育成には時間がかかるものだ」
――と、その時だった。
キィィィィィッ! という不快な鳴き声と共に、生垣を突き破って巨大な魔獣が侵入してきた。
『ワイルド・ラット』。ゲーム序盤の雑魚だが、体長は大型犬ほどもある。
(ひゃっ!? 嘘だろ、なんで庭に魔獣が! 警備担当は何やってんだ! 労災! 労災が起きるぞ!)
俺が窓枠にすがりついて悲鳴を上げそうになった、その瞬間。
アルメイリが動いた。
迷いがなかった。
彼女は足元にあった木剣を、吸い込まれるような自然な動作で拾い上げた。
――シュッ。
一度。ただ、横に一閃しただけに見えた。
ドサッ、という重い音と共に、飛びかかろうとしていた魔獣が地面に転がる。
頭部に正確な打撃を受けたワイルド・ラットは、そのままピクリとも動かなくなった。
「……え?」
俺の口から、情けない声が漏れた。
今、何が起きた?
六歳の子供が、自分より大きな魔獣を、初見の木剣で一撃……?
アルメイリは、倒れた魔獣を見下ろしたまま、木剣をぎゅっと握り直した。その構え、視線、足の運び。
……素人目に見てもわかる。彼女の中には、磨けば即座に世界を統べるような『暴力の才能』が、マグマのように眠っているのだ。
(ひぇ……! やっぱりこいつ、将来俺を殺す奴だ! 才能の塊すぎるだろ!)
生存本能が警鐘を鳴らす。だが、俺はそれを必死に抑え込み、窓から身を乗り出して叫んだ。
「……お見事! アルメイリ、期待以上の
アルメイリが驚いたようにこちらを見上げる。
俺はプリミアを伴い、急いで庭へと降りた。
「アルメイリ、怪我はないか?」
「……大丈夫、です。でも、木剣が」
「木剣?」
別に折れてるわけでもない、なんの問題が――あっ!?
なんだこれ、よく見れば持ち手である柄の部分が砕けている。
(……どんな力で握れば、こんなことになるんだ?)
力のコントロールが出来ていないのかもしれない。
才能があっても、まだ未熟ということか。
それでもアルメイリは木剣を見つめて、そのエメラルドの瞳を輝かせた。
「……あ、なた、が……くれた、これがあったから、です。これで、叩けば……止まるって、わかったから」
『チカラ』を求めて俺の手を取った彼女が、初めてその『チカラ』の感触を掴んだ瞬間だった。
「ふはは! そうだ、それがお前の価値だ。だが無駄に刃(木製だが)を振るうなよ。おまえはまだ、力の加減を知らない。怪我でもされたらメンテナンスが大変だからな」
そう言って悪役らしく鼻で笑ってみせたが、内心では冷や汗が止まらない。
単純に握力、すご!
隣でその光景を見ていたプリミアが、ふっと表情を和らげる。
彼女は俺にだけ聞こえるような小さな声で、そっと囁いた。
「……ラムラさま。本当にお上手ですね」
「何がだ」
「いえ。あの子に、生きるための『自信』を……それも、あの子が一番恐れていたはずの『チカラ』を肯定する形で与えてしまうなんて。以前の貴方なら、きっと今のあの子を怖がって、遠ざけていたでしょうに」
……ギクッ。
図星だ。正直、今のアルメイリはめちゃくちゃ怖い。
だが、プリミアの瞳に映る俺は、どうやら『子供の才能を見出し、温かく(?)導く懐の深い主』として映っているらしい。
「ふん。……当然だ。優秀な人材を腐らせるのは、経営者として最大の怠慢だからな」
俺はことさら尊大に胸を張り、アルメイリに向かって歩き出した。
「よし、アルメイリ。魔獣と砕けた木剣の処分は使用人にやらせろ。お前は今日、よく働いた。ボーナスとして、三時のおやつはケーキを二個に増やしてやる。業務命令だ、残さず食え!」
「……けーき、にこ。……わかり、ました……です」
ケーキという言葉に、アルメイリの頬がほんのりと赤らんだ。
よし、餌付け完了だ。
しかしこれだけでは足りない。
あの剣呑な才能(しかも俺を害する可能性のある)は、今のままだとアルメイリ自身の身体に負担が大きそうだ。このままでは遠からず怪我をする。
それどころか、ずっと怪我を続けるかもしれない。それは彼女を、俺の『最強の盾』とする計画に支障をきたす事案だ。
完全な彼女を俺のコントロール下に置くためには、最強の『教育係』が絶対に必要だと俺は悟った。
「プリミア。アルメイリに師範をあてがえ。屋敷の衛兵隊長がいい、当面はあいつに師事させろ」
「……衛兵隊長、ですか。あの『フィエルダ』さんを、アルメイリちゃんに付けるのですか?」
プリミアが、ひどく戸惑ったような、あるいは危惧するような顔をした。
「なんだ。不服か?」
「いえ、しかし彼女は……確かに腕は立ちますが、以前のラムラさまとは犬猿の仲です。命令も聞かず、反抗的な態度ばかりで『手に負えない狂犬』と仰っていたではありませんか。そんな危険人物を、大切に育てようとしているあの子の師範に……?」
プリミアの懸念はもっともだ。
そのフィエルダという女剣士は、元S級冒険者。実力は本物だが、悪徳貴族である俺を心の底から軽蔑している。
だが、問題はそこじゃない。俺は『ゲーム知識』で知っている。
正史――本来のゲームシナリオにおいて、彼女はアルメイリの真っ直ぐな瞳に心動かされ、ラムラの悪事を証言して俺の破滅を決定づける『
(将来俺の首を取る主人公『アルメイリ』と、俺の悪事を密告する裏切り者『フィエルダ』。この劇薬同士を掛け合わせるなんて、経営判断としては完全に自殺行為だ)
だが、握力で木剣の柄を握り潰すほどの――そんな異常な戦闘能力を持つアルメイリを教育できるのは、あの狂犬以外にいない……!
胃がキリキリと痛む。
それでも俺は、完璧なポーカーフェイスで不敵に笑ってみせた。
というか、正直笑うしかないという心境。アルメイリの才能が想像よりヤバかった。
「ふん……。狂犬だろうが裏切り者だろうが、我が社のリソースは余さず活用する。明日、俺が直接そいつを『面接』してやる」
こうして、俺の命を懸けた『最強の私兵育成プロジェクト』は、最悪の爆弾――元S級冒険者フィエルダを巻き込んで、後戻りできない一歩を踏み出したのだった。