元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります   作:chickden

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アルメイリ、初陣

 

 ガタガタと揺れる馬車の窓から外を覗き、俺は喉の奥で鳴りそうになる悲鳴を必死に飲み込んだ。

 視界に入るのは、薄暗いスラム街の隣に建つ孤児院。

 その周囲を、体長一・五メートルはあろうかという巨大な犬の化け物――『ブラッド・ハウンド』が三頭、執拗に徘徊している。

 

「ヒィッ!? ……あ、いや、ふん。騒がしいな」

 

 危ない。今、普通に裏返った声で「ヒッ」って言っちゃったよ。

 膝が笑っている。いや、爆笑していると言ってもいい。

 馬車の床を蹴る自分の足がガタガタと震えて止まらないのを、俺は重厚なベルベットのコートで必死に隠した。仕方ないだろ、中身の半分はただの社畜なのだから。

 

 おっと。

 隣に座るアルメイリと、向かいのプリミアが俺を注視している。

 ここで情けない姿を見せたら、俺の『有能な悪役』としての擬態(パブリックイメージ)が崩壊し、求心力が失われてしまうに違いない。

 

 それはすなわち、俺の死を意味する。

 震えるな俺の膝! 立ち上がるチカラよ舞い降りろ!

 

「ラムラさま、衛兵が来ておりません! 街の自警団に連絡は行っているはずなのに、なぜ……!」

 

 プリミアが窓の外を見て、悲痛な声を上げた。

 彼女の疑問はもっともだ。だが俺は、経験とゲーム知識、その両方でその理由を知っている。

 

 この『聖女と鉄槌の戦記』というゲームにおいて、スラム街周辺は「治安維持の優先順位が最低」に設定されているエリアだ。

 おまけに今は、物語の開幕に向けて魔物が活性化し始めるイベント期間の入り口。街の外壁部や貴族街の防衛に人的資源(リソース)が割かれ、ゴミ溜めのようなこの場所は、体よく『見捨てられた』というわけだ。

 

「……慌てるな、プリミア。所詮はスラムの隣だ。あいつら警察――いや、衛兵どもにとって、ここは切り捨てても痛くない『赤字部門』に過ぎんということさ」

 

 俺はエルダーク伯の整った髭づらを思い出す。

 正義と秩序維持に燃える奴とて、人員の数以上には動くことができないのだ。どうしても優先順位というものはある。

 

 俺は精一杯の虚勢を張つつ、御者に停止の合図をさせた。

 馬車の扉が開くと、鼻を突くのは埃とカビ、そして獣の生臭い臭気。

 

 周囲のボロ家や物陰からは、スラムの住民たちがこちらを伺っている。

 彼らの目は冷え切っていた。助けようなんて気はさらさらない。

 ただ他人の不幸を対岸の火事として眺め、あわよくば事後になにかを掠め取ろうとするハイエナの目……言い換えれば人の不幸を眺める目だ。ああいう目はブラック企業の会議室でもよく見たっけな。

 

 俺は馬車を降りると、一番近くの壁際で震えていた、目つきの鋭い男に銀貨を一枚弾いた。チャリン、という音がやけに大きく響く。住民たちがざわついた。男も急に態度を変え、媚びた表情で俺を見上げる。

 

「……状況を報告しろ。手短にな」

「あ、ああ、旦那、わかりやした。……一刻ほど前でしたかね、あの犬っころどもが塀を飛び越えたのは。ガキどもの悲鳴が一度聞こえたが、それっきりだ。……ありゃあもう、腹の中に収まっちまった頃合いじゃねえかな」

 

 男の言葉に、アルメイリの顔がみるみる蒼白になった。

 だが、俺は心臓をバクバクさせながらも、追加で聞いていく。

 

「悲鳴は一度きりだったのか? その後に、断末魔や争うような音は?」

「いや、……そういえば、そこまで激しい音は聞こえてこなかったような」

「なるほどな。助かったぞ、貴様」

 

 俺は今にも飛び出さんとしていたアルメイリの腕を取りながら、取りながら……。

 うおおお! なんだこのパワー! 必死なアルメイリを止められない。グイグイと引っ張られてしまうその力、ひええ、やっぱりこの子の潜在能力(パワー)はおかしい。

 

「ま、まてアルメイリ! あいつらはまだ生きている、平気だ! たぶん大きな怪我もしていないだろう!」

「……ほんとう、です? ラムラ……さま」

 

 頷いてみせると、アルメイリの力が緩んだ。

 

「根拠がある。――プリミア、御者に指示して馬車をいつでも出せる位置で待機させろ。負傷者の受け入れ準備もだ。これは『納期』の迫った緊急案件だぞ」

「はい。……ですがラムラさま、なぜ大丈夫だと断言できるのですか?」

「簡単だ。俺が以前、おまえ(プリミア)を使いに出して伝えさせたことを忘れたか? ――『何かあれば、院長室にある金庫室……あの鉄のセーフルームへ逃げ込め』とな」

 

 これこそが、俺の持つゲーム知識による事前対策だった。

 原作ゲームであの悪徳院長は、子供を商品として安全に保管し、かつ自分への捜査の手が伸びた時に立て籠もるための、不釣り合いなほど頑丈な鉄扉の隠し部屋を持っていたのだ。

 

 俺は院長を追い出す際、その部屋を『避難所』として再定義し、子供たちに周知させておいたのだった。ちゃんと避難訓練もさせておいた、その辺を徹底するのも組織としての責任だからな。

 まさかこんなすぐに役立つときが来るとは思っていなかったが、やはり準備と根回しは未来の自分たちを助けるものだ。

 

「ラムラさま! なら、早く! 早くみんなを助けにいかないと……です!」

 

 アルメイリが涙目で俺の服の袖を掴む。

 その必死な力に、俺の細い腕がポッキリ折れそうになる。

 ひああ! だからやめろ、(パワー)を俺に見せつけすぎるな。怖い!

 俺は内面の恐怖を押し殺し、わざとらしく冷徹な声を作った。

 

「待て。まだ動くなと言っているだろう、アルメイリ」

「でも……ッ!」

「いいか、トラブルが発生した時に、無策で現場に突っ込むのは一番の無能がやることだ。まずは現状把握(アセスメント)。敵の数、性質、そして攻略順序。それを解析せずに動くのは、デバッグなしで本番サーバーを再起動するような暴挙……死を招く行為だぞ」

 

 俺は努めてゆっくりと、震える足を地面に踏みしめて、孤児院の柵の外から中庭を徘徊する三頭の魔物を指差した。

 プリミアが首を傾げる。

 

「ラムラさま、あいつらを……観察してどうされるのですか? 言葉の通じぬ魔物相手に、交渉でもなさるおつもりで?」

 

 彼女の怪訝そうな問いに、俺は前世の悲しき社畜エピソードと、ゲーム内で設定されている『魔物の定義』を組み合わせて語ることにした。

 

「……昔、俺の部下に五月病で無断欠勤し、三日間動物園で黄昏れていた奴がいてな。そいつを連れ戻しに行った時、俺は三時間、トラの檻の前でそいつと一緒にトラを眺めていたんだ。――実家に帰りたい、と泣く部下の横でな」

「……どうぶつえん? トラ?」

「こちらの言葉で言う『猛獣を閉じ込めて見世物にする庭』のことだ。……その時気づいたんだ。野生の動物には行動の『理由』がある。腹が減っている、縄張りを荒らされた、あるいは子を守るため。彼らは無駄なエネルギー消費を嫌い、生存という目的に向かって合理的に動く。……だが、魔物は違う」

 

 俺は中庭の魔物を睨みつけた。

 ブラッド・ハウンドたちは、死んでいる家畜を貪るでもなく、ただ無意味に破壊を繰り返している。

 

「いいか二人とも。これはゲームの基礎知識――いや、この世界の真理なのだが」

 

 魔物とは、『本能というシステムが壊れた動物』なのだ。

 生存のために、食うために人を襲うのではない。ただ『周囲の生命を消去する』というバグった命令に従って動き続けるだけの、狂った機械なのだ。

 

「くるった……、きかい……?」

「そうだアルメイリ。奴らには恐怖もなければ、妥協もない。だが機械である以上、そこには必ず『動作の予兆(フラグ)』が出る。動物園のトラは生存本能に沿ってだが、こいつらは、もっと決まった殺意のサイクルで動く」

 

 アルメイリの目は真剣だ。

 集中して俺の言葉に耳を傾けている。ああ、そういえば師範役を頼んだフィエルダが言っていたっけ。『集中力が異常だ』と、そして。

 

「……いいか、あいつらが吠える瞬間に喉が震える。それが突進の『実行ボタン』だ。そのボタンが押される直前、コンマ数秒の隙に、お前の木剣を叩き込め」

「わかりました、です」

 

 ――そして、『イメージする力も異常だ』と。

 フィエルダが舌を巻いていたっけな。

 言葉を聞いたり動作を示してみせたとき、それをどう実践するかのイメージ力が半端ない、と。

 

 アルメイリの目がみるみるうちに、冷静な光で満たされていく。

 彼女はスッと木剣を素振りする。

 するとどうだ、俺の目に、なぎ倒されるブラッド・ハウンドの幻影が一瞬映った。

 

 いや、正確には脳がそう錯覚して、見えたような気がしただけだとはわかっている。

 だがそれは、彼女がなにげなく振った木剣の軌道が、如何に洗練されていたかの証左でもあるのだった。

 

 願わくば、この剣先が俺の身に向かわないように!

 内心で心臓をバクバクさせながらも、俺は威厳を保つために横柄に頷いた。

 

「俺はアルメイリに続き、確保された安全域を進みながら子供たちの痕跡をチェックする。各自、役割を把握したか?」

 

「……承知いたしました。ラムラさまの仰る通り、私は馬車と御者の安全を確保し、救出後のバックアップを手配します」

「うむ」

「わたしは、ラムラさまを守りながら……魔物を倒す……です」

「うむ。よしいくぞアルメイリ、おまえの初陣だ」

 

 心臓の激しい鼓動がバレないよう、ことさら尊大に胸を張る。

 ドキドキだ、魔物も怖いがアルメイリも怖い。

 

「俺という最大株主の前で、その才能の稼働テストといこう。――これは業務命令だ。一頭でも取りこぼしたら、今日の夜食のケーキは抜きだと思え!」

「……はい。ぎょうむめいれい、わかりました……です。ラムラさま」

 

 ケーキの脅しが効いたのか、それとも俺の指示で攻略法が見えたのか。

 銀髪の少女は木剣を構え、俺の命と自分の未来(ケーキ)を守るための戦場へと、力強く駆け出していったのだった。

 

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