元社畜悪役貴族のホワイト経営 ~将来俺を殺すはずの主人公少女を福利厚生で懐かせて成り上がります 作:chickden
「い、いくぞアルメイリ! 遅れるな!」
俺は震える膝を必死に叱咤しながら、孤児院の庭に踊り込んだ。
内心では「頼むから俺を一人にしないでくれよ!?」と情けなく叫んでいたが、その願いは一瞬で裏切られる。
踏み出した銀髪の少女の背中が俺の視界の中で揺らぎ、次の瞬間には数メートル先へと遠のいていたのだ。
「……ッ!」
彼女の接近を察知し、二頭の『ブラッド・ハウンド』が左右から牙を剥いて飛びかかる。
だが、アルメイリの振るった木剣は、空中で鋭い閃光となって弾けた。
一閃。そして、返す刀でもう一閃。
キャンという悲鳴すら上げさせない。彼女より数倍重い魔物の巨躯が、まるで重力に従うだけの荷物のように、地面へと転がる。
(速い……。速すぎるだろ、おい! これ、六歳児の動きか!? さすがは将来、俺の首を物理的にリストラしにくる断罪マシーンの卵。才能の塊――いや、これはもはや『才能の暴力』とでも言うべきか)
俺は額に浮いた冷や汗を拭った。
おーこわ、おーこわ。アルメイリを雇用できて、本当に良かった。前世を思い出せて良かった。ファインプレイだぞ、俺。
破壊された正面玄関を潜り、彼女の後を追って孤児院の内部へと滑り込む。
建物内は無残に荒らされていた。
家具はひっくり返り、壁や床には鋭い爪跡が刻まれている。
だが、俺の『社畜時代に培った観察眼』が即座に一つの事実に気づかせてくれた。
荒れているが、そこには一滴の血痕も落ちてはいない。
(よし。避難訓練の成果だ。あの年長者のガキ……名前は何だったか、あいつがしっかり指示を飛ばしてセーフルームへと誘導したらしい。あいつには後で、
奥へと進み、食堂へと続く広間にたどり着いた時。
俺たちの目に飛び込んできたのは、七頭のブラッド・ハウンドが、子供たちの朝食の残りをガツガツ貪っている光景だった。
「あいつら、うちの
魔物の奴らに食わせるため支給した食料では、断じてない。
福利厚生費として計上したものが、外部の不法侵入者に浪費される。
経営者として、これほど許しがたい行為はない。
俺の顔が、怒りと――、あ、でもそれ以上の恐怖で引きつる。
七頭? ちょっと多くない? いや多いだろ、普通に!
「ラムラさま! 追いつきました!」
そこへ、馬車の移動を終えたらしいプリミアが、息を切らせて駆け込んできた。彼女は広間に溢れる魔物の数を見て、顔を蒼白にする。
「……なんて数! これではアルメイリちゃん一人じゃ……。ラムラさま、どうしてそれほど冷静でいられるのですか!?」
え、冷静? 全然違いますが。
俺の心拍数は今、締め切り一分前の未完成プレゼン資料を見つけた時並みに跳ね上がっています。思わず敬語です。
だけど、プリミアの瞳に映る俺は、どうやら『余裕の笑みを浮かべる不敵な支配者』となっているらしい。
よろしい、ならばその役を演じ切ってやろうじゃないか。
「プリミア、冷静なのは当たり前だ。食料は命の燃料、すなわち我が社の重要な経営資源だからな。資源の奪い合いが戦争の根幹だとするならば、この魔物の襲撃もまた一つの戦争だ」
俺は一歩、アルメイリの前に出た。
「アルメイリ。お前の手で、この不毛な戦争を終わらせてみろ。お前の『チカラ』で、子供たちの平穏という利益をもぎ取るんだ」
「……はい、ぎょうむめいれい。……やります、です!」
アルメイリが木剣を構え、広間の中央へと踏み込む。
食事を邪魔された七頭が、一斉に彼女を包囲し、低い唸り声を上げた。
最初の一頭を、迷いない剣筋で葬りさるアルメイリ。
――だが、そこからは混迷のフェーズだった。
残る六頭の多角的な連携が、彼女を追い詰めたのだ。
「ど、どうしたのでしょうかラムラさま。アルメイリちゃんの動きに、先ほどまでのキレがありません」
「……ふむ、そうだな」
なるほど。
俺の『目』に映るアルメイリの動き。それを分析した結果、一つの結論が出る。
「あの子は今、『マニュアルの壁』にぶつかっているんだ」
「マニュアルの壁……? どういうことですか!?」
彼女の動きは、フィエルダに教わった『型』……いわばマニュアルに忠実すぎたのだ。
魔物の一頭がわざと椅子を跳ね飛ばし、視界を遮るというイレギュラーを発生させる。
それに戸惑ったアルメイリの足が、コンマ数秒、止まってしまう。そこへ、死角から二頭の同時突進が迫る。
魔物たちは連携をしている。
対するアルメイリは、まだ一対一の鍛錬しかフィエルダから受けていない。
「いいかプリミア。真面目すぎる新入社員ほど、教わった『型』を完璧にこなそうとして、現場の泥臭いイレギュラーにパニックを起こす。今のアルメイリは、想定外の事態に思考がフリーズしている状態だ」
……だが、そのパニック状態でなお、致命傷を避けて防御を成立させている。その一点だけを見ても、やはり化け物じみた才能が垣間見える。
「そんな……! なんとかしてあげられないのですか!?」
プリミアの必死な訴え。そうだ、ここで何もしなければ、俺の『最強の私兵』プロジェクトがここで廃業となってしまう。
時間はない。どうするべきか、と俺は魔物たちの動きを注視して……あれ? これは?
――思わず拍子抜けしそうな事実に気がついてしまった。
「アルメイリ。相手の動きを見るな、右後ろ脚の筋肉の硬直だけに注視しろ、そこに敵の攻撃予兆がある。うまくマッチングしていくんだ」
そういやこのブラッド・ハウンド、ゲームの序盤でで百万遍も戦った魔物だった。
この世界では、どうやら魔物の『攻撃モーション』はゲームの物に準じている部分があるらしい。
こいつらの動きを、俺は親の顔より……いや部長の説教よりも見てきた。
突進の直前、奴らは右後ろ脚に特定の『溜め』が発生する。
「アルメイリ、教わった『型』をただなぞるな。自分の中で噛み砕き、状況に合わせた新しい『ルール』に拡張するんだ。現場の状況に合わせてマニュアルをカスタマイズする、お前ならできるはずだぞ」
俺の指示がアルメイリの耳に届いたのか、どうやら彼女の『異常なイメージ力』は、俺の言葉を即座に咀嚼したらしい。
――動きが変わる。
彼女の中で、魔物の動きが予測不能な暴力ではなく、処理すべき『タスク』の羅列に変わったのだろう。
「……そこ、です!」
それは、傍目には未来予知に等しい光景だった。
魔物が跳ぶよりも早く、アルメイリは着地予定地点に木剣を置いていた。
突っ込んできた魔物が、自らの勢いで頭部を粉砕され、床に叩きつけられる。
「すご……すごいです、ラムラさま! アルメイリちゃん、急に別人みたいな動きで! 魔物が次にどこへ動くか、全部わかっているみたい!」
プリミアが驚愕の声を上げ、目を輝かせた。
一頭、また一頭。
アルメイリは無駄な思考を捨て、俺が示した『予兆』というフラグだけに反応して動くマシーンになっていた。
まさにフィエルダが言っていた通りだ。
一から十を知る。
その動きは、熟達した戦士が元からそこにいたかように『こなれて』いた。
「後ろだ、アルメイリ」
最後の一頭が、彼女に背後から襲いかかろうとした。
俺の声に反応したアルメイリは、振り返ることもなく、その顎の下から木剣を突きあげたのだった。これぞまさに、才能の暴力。
そして全ての魔物が動かなくなった。
「信じられません……。あんなに苦戦していたのに、ラムラさまの一言でこれほど変わるなんて……。ラムラさまのアドバイスが、よほど的確だったのですね!」
プリミアの惜しみない賞賛が背中に刺さった、その瞬間。
俺の身体は直立不動の姿勢を取り――。
「滅相もございません! わたくしなぞ、とてもとてもッッ! だたホンの少し、ゲームの知識を持っていただけでございましてぇぇぇッッッ!」
叫んでしまった。
……「え?」という顔で仰天しているプリミアとアルメイリだ。
俺はゴホン、と咳払いを一つ。
アルメイリの元へと歩み寄った。
「……ふん。及第点だな、アルメイリ。現場での柔軟な対応、悪くない」
「あの、その――ラムラさま、魔物にあたまを叩かれたり……しました、ですか?」
「なんのことだ? そんなことはない、気にするな」
うん、誤魔化せた。誤魔化せた、よな?
俺は悪そうな顔で笑ってみせると、アルメイリの頭に、ポンと手を乗せた。
「どうだ。チカラで
「チカラ……?」
「そうだ。おまえは今、理不尽な暴力から身を守るための『チカラ』を行使したんだ。見えただろう、魔物の『動き』が」
「見えました……です。ラムラさまの言うとおりにしたら、全部見えました、です」
「それが『チカラ』だ。本当に平和を望むなら、誰かに守られる弱者でいることをやめろ。これからも励めよ、俺の最強の盾としてな」
「……はい。わかりました、です」
アルメイリは生真面目な顔で、自分が握りしめた拳を見つめる。
そして少しだけ、誇らしそうに微笑んだ。
そうだ、チカラを実感して喜びを覚えろ。そして出来れば、それをサポートしてる俺のことも忖度してくださいお願いします。未来の俺を殺さないでね?
その後は残りの魔物を数匹倒しながら、俺たちは院長室奥――鉄で補強された扉の
安全を確保した旨を外から伝えると、内から扉が開き、小さな子供たちが真っ先に飛び出してくる。
「アルメイリお姉ちゃん!」
魔物を討伐した『勇者』に抱きつく子供たち。
「みんな……! よかった、無事だった……です!」
彼女たちは、無事な再会を喜びあった。それを見つめるプリミアは、もはや心酔したような眼差しで俺を見ていた。
「ラムラさまは、魔物の深淵すら見通しておられたのですね……。的確なアドバイス、いつの間にそんな知識を」
「なに。昔、少々慣らしただけだ」
ゲームで。
「底知れぬ方です、私の主さまは……」
プリミアの熱い視線。
いやいや勘弁してくれ、俺の膝はまだ生まれたての小鹿のように笑っている。バレたらこの威厳が一瞬で崩れてしまうんだろう? 隠すのハードモードになるからそんな見るな、目線から逃れたい!
「……ちょっと気になったことがある。プリミア、おまえはアルメイリと共に、子供たちの面倒を見てやっててくれ」
命じて俺は院長室を去る。
安心を得た子供たちの、ワイワイ、キャッキャとした声を背中に、俺は先ほどの食堂へと向かう。
俺にはどうしても気になることがあったのだ。
先ほど戦ったブラッド・ハウンドたち。一部の個体が、食事をそっちのけで異常に床を引っ掻いていた気がする。
(ここだ。ここだけ、床をひっかいた痕が激しい)
めくれ上がった床板を、手近な棒でこじ開ける。
――そこには、こんな孤児院には不釣り合いなほど立派な、小さな小箱があった。
なんだ? この魔力は?
見ただけで、素人の俺にもわかる。いや、感じるというべきか。
怪訝な思いを拭えぬまま、蓋を開けると、そこには。
(これは……『招魔の琥珀』?)
中に入っていたのは、不気味な赤黒い光を放つ宝石だった。
ゲーム知識で知っていた。これは魔物を誘引する呪いのアイテム。……なぜ、こんなものが、わざわざ隠されるようにここにあるんだ。
前院長が隠し持っていただけの負の遺産か、それとも誰かが意図的に置いた『爆弾』か。
俺のホワイトな生存戦略に、また一つ、深刻なバグが紛れ込んだ予感がした。