FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第12話 呼び出された場所

「……ここか」

 

 思わず、そんな声が漏れた。

 

 繁華街の大通り沿い。

 平日とはいえ、人通りはかなり多い。若いカップルが肩を寄せて歩き、学校帰りらしい学生が笑いながら通り過ぎる。外回りの途中なのか、ネクタイを少し緩めたサラリーマンが足早に横を抜けていく。服屋の前では、ラッパーみたいな格好をした黒人の兄ちゃんが、通行人へ陽気に声をかけていた。

 

 誰も彼も、他人のことなんて気にしていない。

 スマホを見ながら歩くやつ。

 夜の予定でも考えているのか、少し浮ついた顔のやつ。

 仕事のことで頭がいっぱいらしい険しい顔のやつ。

 

 それぞれがそれぞれの生活の中を歩いていて、俺の事なんて誰も気にも留めてない。

 

 俺はスマホを取り出した。

 画面に表示される時刻は、ちょうど十五時。

 

 雨宮から教えられた住所と、地図アプリをもう一度見比べる。

 場所は間違っていない。

 

 目の前にあるのは、よくある繁華街の雑居ビルだった。

 左右にも似たようなビルが並んでいて、壁から色とりどりのテナント看板が突き出している。通りから少し奥まったところに、古い感じの小さなエレベーターがあり、その横に入居テナントの一覧が並んでいた。

 

 その中の一つへ視線を止める。

 

 地下一階『Bar サイレント・ショット』

 

 ……ここだな。

 

 

 エレベーターは使わず、横の細い階段を下りる。

 階段幅は狭く、壁に塗られた白いペンキはところどころ擦れていた。まだ営業時間ではないせいか、下へ行くほど薄暗く、人の気配もない。

 

 階段を下り切った先は、そのまま一枚のドアになっていた。

 上にある小さな灯りは消えている。当然だ。営業前なのだろう。

 

 だが、言われた場所は間違いなくここだった。

 

 少しだけ不安になって、今しがた下りてきた階段を振り返る。

 上の方からは、相変わらず通りのざわめきが漏れてきていた。人の声、車の音、どこかの店のBGM。もし間違ってても、すみませんと言って逃げれば多分許される、だろう。

 

 そう自分へ言い聞かせながら、控えめにノックする。

 

 コンコン、コンコン。

 

 二回がトイレで、三回ならどうとか。就活の時にそんな話を聞いたな、なんて場違いなことを思い出しながら、リズミカルに四回。

 少しだけドアの正面からずれ、待つ。

 

 中で、人が動く気配がした。

 

 すぐに、ガチャリと鍵の開く音。

 ドアが外側へ押される。

 

 出てきたのは、女だった。

 

 目の下にうっすらと隈がある。

 片目を隠すように前髪を垂らし、見えている耳にはいくつもピアスが光っていた。下唇にも小さなリングが二つ。服装は白いシャツに黒いベスト、細身のパンツという、バーの店員らしい格好をしているのに、全体の雰囲気はどこか沈んでいて、近寄りがたかった。

 

 眠そう、とも違う。

 世界にあまり期待していない感じの顔、というか。

 

 女はドアを開けたまま、数秒、じっとこちらを見上げてきた。

 その視線とまともにぶつかって、少しだけ居心地が悪くなる。

 

「えっと……」

 

 何となく、先に喋らないとまずい気がした。

 

「すみません。雨宮さん、はいらっしゃいますか」

 

 絞り出すようにそう言う。

 “雨宮”という単語に反応したのか、女の隠れていない方の目がわずかに開いた。

 

「ああ」

 

 短い声。

 

「聞いてる。入って」

 

 短く、ぶつ切りの単語を並べてそのまま踵を返して店内に入って行ってしまう。

 閉じかけたドアを慌てて押さえ、俺は後に続く。

 

 

* * *

 

 

 店内は薄暗かった。

 

 当然、営業はしていない。

 四、五人が座れそうなカウンターと、壁際に寄せられたテーブル席が三つ。壁側は長いソファになっていて、照明は最低限しか点いていない。入ってきたドアの横には手洗いへ続くらしい扉。奥には厨房らしきドアと、その隣にもう一つ別の扉が見えた。

 

 バーなんて、片手で数えられる程度しか来たことがない。

 だが、どこもこんな感じだった気はする。薄暗くて、少しだけ時間の流れが遅いような雰囲気。

 

 女はカウンターの中へ入り、そのままグラスを磨き始めた。

 こちらを見ることもなく、何も言わない。

 

 店の中には、いまのところその女しか見当たらない。

 雨宮の姿もない。

 

「あの……」

 

 声をかけようとして手を上げた、その時だった。

 奥の扉が、ガチャリと開いた。

 

「いらっしゃい」

 

 聞き慣れた声。

 

「ごめんなさいね、昨日の今日で」

 

 今日はスーツ姿だ。

 出来る女上司みたいな、隙のないジャケットとタイトなシルエットの雨宮が、ひょっこりと顔を覗かせていた。

 

 

* * *

 

 

 雨宮について、バーの奥へ進む。

 カウンターの中の女は、雨宮に向かって小さく頷くだけで、こちらには一瞥もくれなかった。興味がないのか、無関心を装っているのか、どちらにせよ気安いタイプではなさそうだ。

 

「ごめんね」

 

 前を歩く雨宮が、振り返りもせずに言う。

 

「あの子、奥手で。根はいい子なのよ」

 

 奥手って、そんなんで客商売が出来るのか。

 心の中でそんなツッコミを入れながら、黙って後をついていく。

 

 通路は、打ちっぱなしのコンクリートの壁がむき出しだった。

 バーの店内の薄暗さとはまた違う、裏方の埃っぽい感じ。天井近くをいくつもの配線が這っていて、ところどころに小さな蛍光灯が等間隔に並んでいる。左右にはドアがいくつかあったが、雨宮はそれらを素通りし、まっすぐ突き当たりまで進んでいった。

 

 そこにあったのは、少し古びているが、見るからに頑丈そうな鉄の扉だった。

 

 雨宮は胸元から何かを取り出す。

 カードキーらしい。ドア横の細いスリットへ通すと、ピッと短い電子音が鳴り、続いてガチャリとロックの外れる音がした。

 

「こっちよ」

 

 取っ手を回し、押し開ける。

 

 その先へ入った瞬間、世界が切り替わった気がした。

 

 さっきまで俺がいたのは、雑居ビルの裏手にある、薄暗いバーのバックヤードだったはずだ。

 なのに、ドアをくぐった途端、急に高級な屋敷の一室へ迷い込んだみたいな空間が広がる。

 

 床は黒く艶のある板材で、その上に高そうな絨毯。

 壁にはゆらゆらと淡い光をこぼすランプ。

 天井からは、シャンデリアじみた大きな照明が下がっていて、柔らかい光が部屋全体を包んでいる。

 

 中央には大きなローテーブル。

 一枚板の分厚い天板には、さっきまで恐らく雨宮が使っていたのか、湯気の残るカップが一つ置かれていた。左右には、いかにも高そうなソファが一脚ずつ。深く沈みそうなのに、型崩れひとつしていない。

 

 左右にはさらにドアがあり、この先にもまだ空間が広がっていそうだった。

 

 おかしい。

 どう考えても、外から見たあの雑居ビルの広さと合わない。

 

 俺がきょろきょろと室内を見回しているのを見て、雨宮が優雅にソファへ腰を下ろした。

 

「まあ、座って」

 

 そう言ってから、当然みたいな顔で続ける。

 

「入ってきてもらったビルの周辺、あらかたうちの所有物なのよ。一部は地下で繋がってるの」

 

 何でもないように言うが、とんでもない話だ。

 

 この繁華街の一等地で、ビル周辺をあらかた所有?

 しかも地下で繋げてる?

 

 スケール感がおかしい。

 雨宮のことは最初から只者ではないと思っていたが、想像していた“只者じゃなさ”よりも想像を超えてきそうだ。

 

 呆れとも恐れともつかない感情を抱えたまま、言われた通り向かいのソファへ腰を下ろした。

 

 柔らかすぎず、硬すぎない。

 尻が変に沈み込まない絶妙なクッションで、嫌でも“高そう”と分かる。こういうのは、座ると落ち着くというより、逆に緊張する。

 

「さて」

 

 雨宮が足を組み、こちらを見る。

 

「改めて、ようこそ」

 

 その姿は、いままで見たどの雨宮よりも“それらしかった”。

 

 喫茶店にいた時の、どこかよそ行きの女。

 駅前の居酒屋でビールを呷っていた、少し砕けた女。

 どちらも嘘ではないのだろう。だが、いま目の前にいる雨宮が、たぶん一番“本身”に近い。

 

 妙な自信と、気品と、慣れ。

 そういうものが、黙って座っているだけで滲んでいた。

 

「何か飲むかしら?」

 

 優雅なまま、雨宮が言う。

 

「紅茶? コーヒー?」

 

 ありがたい。

 ちょうど喉が渇いていた。

 

「ええと……じゃあ、コーヒーで」

 

 俺がそう言うと、雨宮は小さく頷き、テーブルの端に置かれていた小さなベルをチリンと鳴らした。

 

 暫くして、彼女の背後のドアが開く。

 現れたのは、小柄な人物だった。

 

 見た目だけなら、中学生か高校生くらい。

 肩口まで伸びた金髪。少し彫りの深い顔立ちに、くるりとした青い瞳。ダボダボのパーカーを羽織り、下はホットパンツ。足元はぴかぴかに磨かれた革靴という、妙にアンバランスだけど、それでいてしっくりくる。

 

 外人……いや、ハーフか?

 そんな印象だった。

 

 その人物は、部屋へ入るなりにこりと笑った。

 

「お呼びでしょーか! お嬢様」

 

 高く、よく通る声。

 元気いっぱい、という言葉がそのまま当てはまりそうな笑顔だった。雨宮が整った美人なら、こっちは可愛い、と言った印象。

 

 雨宮がその人物へ視線を向ける。

 

「ありがとう。こちらにコーヒーをお願い」

 

 それから少しだけ声を変えて続けた。

 

「あと、“例の件”の。自己紹介もなさい」

 

 その言葉を受けて、人物はくるりとこちらへ向き直る。

 そして、やけに勢いよくぺこりと頭を下げた。

 

「はじめまして!」

 

 顔を上げる。

 

「アルフレート・ヘンシェルって言います! アルフって呼んでくださいね!」

 

 太陽みたいに明るい笑顔だった。

 正直、ちょっと眩しい。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 こちらもつられて立ち上がり、軽く頭を下げる。

 こんな場所に、何でまたこんな年若そうな子がいるんだ。

 

 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。

 

「アルフは、うちのフットマン」

 

 雨宮が言った。

 

「まあ、使用人ね。いま絶賛修行中」

 

 それに合わせて、アルフが元気よく頷く。

 

「はい! お嬢様に認めてもらえるよう、頑張ってます!」

 

 にひひ、とでも音がしそうな笑い方だった。

 

 俺は反射的に「へえ」とか何とか相槌を打ちそうになって、そこで思考が一度止まった。

 いま、何か変だった気がする。

 

 雨宮はそんな俺の微妙な間に構わず、紅茶のカップを優雅に持ち上げる。

 そして、まるで世間話でもするみたいな口調で、さらりと告げた。

 

「あ、あと、男よ」

 

 ――え。

 

 思わず、アルフの顔を見た。

 

 アルフは相変わらずにこにこしている。

 青い目がくりっとしていて、金髪は肩に触れるくらいまで伸びていて、肌もやけにきめ細かく見える。どう見ても、可愛らしい女の子だ。

 

 え、マジで?

 

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