FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第16話 仕立て屋

 アルフと連れ立って、平日の昼間をてくてくと歩く。

 

 バーからそれほど離れていないらしく、歩いて十分ほどだという。

 個人的には、もう少し歩いて腹ごなしをしたかった。さっきの大盛りナポリタンが、まだしっかり腹の底に居座っている。

 

 だが、いまさら言っても仕方がない。

 俺は前を行くアルフの背中を眺めながら、黙って足を動かした。

 

 相変わらず繁華街は騒がしい。

 

 昼間だというのに、いや、昼間だからこそか。

 買い物袋を提げた女たち、スーツ姿でスマホを見ながら早足に通り過ぎるサラリーマン、授業でもさぼったのか制服姿の若者たち、観光客っぽい連中。

 

 ふと、思う。

 

 はたから見たら、俺とアルフの組み合わせはどう見えるんだろうか。

 

 冴えない男と、顔の整った若い女。

 よくて、仕事仲間。

 悪くて、“そういう関係”みたいな、あまり嬉しくない類のものかもしれない。

 

 一瞬だけ、通行人に変な目で見られて、挙句に職質か何かされるイメージが脳裏をよぎった。

 だが、それもすぐに霧散する。

 

 そんな組み合わせ、この街じゃ珍しくもない。

 多少目を惹くことはあっても、大抵の人間はそのまま通り過ぎる。誰も他人の事情なんてそこまで気にしていない。

 考えるだけ無駄だ。

 そう思い直して、元気よく歩くアルフの後ろについていく。

 

 派手な通りを抜けるにつれ、少しずつ人通りが減ってきた。

 古いが立派な邸宅がぽつぽつと並び、小さな個人商店らしき店も交じる。さっきまでの喧騒が遠くなって、代わりに、静かで少し上品な空気が流れ始める。

 

 歩いている人間の種類も、どこか違う。

 がつがつした感じが薄いというか、服の仕立てがいいというか。言葉にすると雑だが、少しばかり“優雅”な雰囲気がある。

 そういえば、この辺り、高級住宅街が近かったかもしれない。

 

 前を歩いていたアルフが、ふいに立ち止まった。

 

 ここか。

 

 俺も足を止めて、目の前の店を見上げる。

 

 ここも個人経営らしい。

 店構えは広くない。だが、狭いからといって安っぽさはない。むしろ、その小ぢんまりした感じが、“質”を担保しているようにも見える。

 

 道から階段を数段上がった先に、漆黒に塗られたドア。

 金属製の洒落たドアノブが、ぬるりと陽光を反射している。ドアの横には窓があり、洋風のレースカーテンが上品にかかっていた。窓際に置かれた、何だかよく分からないアンティークっぽい置物も主張しすぎていない。

 

 ああ、こういう店は、分かる人にだけ分かればいいんだろうな。

 そんなことを思う。

 

「こっちですよー!」

 

 アルフがドアノブへ手をかけながら、こちらに手を振る。

 俺は視線を戻し、後に続いた。

 

 カラン、と少し低めのドアベルが鳴る。

 中へ入ると、壁には吊るしのスーツがずらりと並び、中央にはガラステーブルが鎮座していた。天板が開くようになっているらしく、中にはハンカチやネクタイピンのような小物が丁寧に収められている。奥には階段があり、地下と二階へそれぞれ続いているようだった。

 

 店内の空気には、わずかに布と木とアイロンの匂いが混ざっている。

 静かで、整っていて、ちょっとした緊張を強いる場所だ。

 

 カウンターには、紳士然とした青年が一人いた。

 

 きちんと仕立てられたスーツを着て、肩には紙メジャー。

 黒髪はオールバックに撫でつけられ、一分の乱れもない。黒縁の眼鏡のレンズにも曇りひとつなく、手元では色とりどりの生地見本をめくりながら、何か作業をしていたらしい。

 

「……おや、ヘンシェル様。いらっしゃいませ」

 

 低く、落ち着いた声だった。

 

 まずアルフへ声をかけ、それからこちらへも視線を向け、軽く礼をしてくる。

 慌てて俺も少し遅れて頭を下げた。

 

「もー、ヘンシェルじゃなくてアルフでいいって、いつも言ってるじゃないですか!」

 

 ぷんすか、とでも効果音がつきそうな勢いで、アルフが青年の方へ詰め寄る。

 青年との身長差がかなりあるせいか、その図はどこか兄妹喧嘩みたいに見えた。しかも、兄に構ってほしくてわざと騒いでいる妹、みたいな感じだ。

 ……しかし、両方とも顔がいいからそれはそれで絵になるんだよな。

 

「あ、そうそう! それより!」

 

 アルフがぱっとこちらへ振り向く。

 

「紹介しないと!」

 

 そう言って、俺を手で示した。

 

「こちら、うちの新しい契約者で、二階堂恒一さん!」

 

 ばばん、と効果音が聞こえてきそうな勢いだった。

 “契約者”という言葉をわざわざ添えるあたり、この青年も雨宮たちの“仕事”を知っているのだろう。

 

「……どうも」

 

 改めて頭を下げる。

 青年はにこりと微笑んで、カウンターから出てきた。

 

「はじめまして。テーラーの柴山と申します。よろしくお願いします」

 

 折り目正しく腰を折る。

 年の頃は俺とそう変わらないように見えるが、纏っている空気がまるで違う。いかにも“できる人間”だ。こういうタイプはあまり周囲にいなかったので、妙に緊張する。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 俺の返事に、柴山は柔らかい笑みを浮かべたまま頷いた。

 それからアルフへ向き直る。

 

「さて、新しい契約者の方、ということは……“特殊な”スーツのご入用ですか?」

 

 “特殊”。

 

 その一言に、少しだけ胸が弾んだ。

 まあたぶん、防弾だの防刃だの、そういう創作でよく見る類のものだろう。そう考えると、裏組織感があって少しワクワクしてしまう自分もいる。

 そんな俺を置いて、話はどんどん進んでいく。

 

「そうなんですよー」

 

 アルフが顎に手を当て、少し考えるような顔をする。

 

「最終的にはちゃんとしたものを作りたいんですけど、今回はちょっと時間がなくて。そこまで突っ込めないと思うんですよねぇ」

 

「なるほど」

 

 柴山は真面目な顔で頷く。

 

「シチュエーションと期限は、いつ頃までになりますか」

 

「お金持ちの海上パーティで、夜からです!」

 

 アルフは指をぴんと立てる。

 

「期限は来週の中頃。最悪、木曜ってところですかねぇ……どうです?」

 

 ふむ、と柴山は胸元から小さな革張りの手帳を取り出した。

 ぱらぱらとページをめくり、予定を確認しているらしい。

 

「……そうですね」

 

 少し考えてから、顔を上げる。

 

「特急料金にはなってしまいますが、最低限の処置は施せるかと。この後、採寸させていただいても?」

 

 俺とアルフ、どちらともなく見ながらの確認。

 

 俺は別に問題ない。

 こくりと頷いた。

 

 アルフがそれを見て、嬉しそうに柴山へ言う。

 

「うん、大丈夫ですね! じゃあお金の方は、あとで請求回しておいてください!」

 

 ぐっ、と親指を立てる。

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

 柴山はそう言うと、店の表へ向かい、何やら看板を出しにいった。準備中の札か何かだろう。戻ってくるとそのまま店の鍵を閉める。

 そのまま店の奥へと戻ってくると、階段のところで立ち止まってからこちらを振り返った。

 

「それでは二階堂様、ヘンシェル様。こちらへどうぞ」

 

 そう言って示したのは、地下へ続く階段だった。

 

 アルフがなぜかやたら張り切って先に行き、続いて柴山、最後に俺。

 順番がおかしい気もしたが、いまさら言うことでもない。

 

 

* * *

 

 

 前の時計屋の時みたいな、無機質で質素な地下を想像していた。

 だが、そこはまるで違った。

 

 広い。

 しかも、かなり高級そうだ。

 

 壁一面に棚が並び、生地やネクタイ、糸やボタン、裁ちばさみやアイロン、見たこともない器具まで、きれいに整理されている。中央には大きな一枚板のテーブル。ここで裁断や仮合わせでもするのだろうか。無駄に広いのではなく、必要な広さとしてきちんと作られている感じがある。

 

 部屋の隅には、これまた高そうな椅子とサイドテーブルが並んでいた。

 アルフは「失礼します」の一言もなく、当然みたいな顔でその椅子へ座り込み、こちらを見ている。

 

 柴山は「少々お待ちください」と言って、さらに奥の扉へ消えていった。

 手持ち無沙汰になった俺は、仕方なく周囲を見回す。

 

「……ねぇ、恒一さん」

 

 背後から、アルフが声をかけてきた。

 

 何だ、と思いながら振り返る。

 視線で先を促す。

 

「恒一さんって、大学とか出てるんですか?」

 

 世間話か。

 そういえば、警備の仕事の時は周囲にほかの連中もいたからか、こうしてのんびり話すことはあまりなかった。

 

 大学、ねぇ。

 正直、あまりいい思い出ではない。

 思い出したくないというほどではないが、胸を張って語れる感じでもない。

 

「ああ、地方のね」

 

 一応、国立だ。

 でも、それをわざわざ言うのも妙な気がした。ひけらかしているみたいだし。

 

 もしかしたら、アルフは進路の話でもしたいのかもしれない。

 年齢は聞いたことがない。というか、見た目が女なので聞きづらいし、男だと知っていても微妙に聞くタイミングを失っている。だが、見た目だけなら学生でも通るくらいだ。

 “こんな仕事”をしているとはいえ、大学へ行きたいとか、そういう願望があるのかもしれない。

 

「そうなんですね!」

 

 アルフが目を丸くする。

 

「やっぱり大学とか行ってるってことは、頭いいんですね! 私なんか中学も出てないですから……」

 

 そこまでは少し寂しそうだった。

 けれどすぐに、ぱっと顔を上げる。

 

「あ! 恒一さんの中学時代って、どんな感じだったんですか?」

 

 なんと。

 アルフは中学を出ていないらしい。

 仕事のせいなのか、別の事情なのか。そこは分からない。

 本人は明るく言っているが、わずかに陰も混じっていた。

 

 そして、俺の中学か。

 

「……学校にあんまり馴染めなくてね」

 

 俺は目を逸らし気味に言った。

 

「家族……って言っても祖父母と一緒に住んでたんだけど、そっちともちょっと折り合い悪くて。あちこちふらふらしてたよ」

 

 若気の至り、で済ませるには少し情けない。

 引き取ってもらったことには感謝していた。感謝していたのに、距離の取り方が分からなくて、結局ずっとぎくしゃくしたままだった。

 

 そうこうしているうちに、中学の終わり頃、二人とも死んだ。

 そこまで詳しく口にする気にはなれなかったが、思い出すと気分が少し沈む。

 

 アルフは、そんな俺の表情を見てしまったのだろう。

 申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「あ、すみません。思い出しづらいことを」

 

「いや」

 

 こっちこそ、妙な空気にして悪い。

 そうフォローしようとしたところで、ちょうどいいのか悪いのか、奥の扉が開いた。

 

 柴山が銀色のトレーを持って戻ってくる。

 上にはグラスが二つと、銀色のポット。

 

「どうぞ。お水で失礼します」

 

 そう言って、アルフの脇のサイドテーブルへトレーごと置いた。

 

「ありがとうございます!」

 

 アルフがすぐに礼を言いながら、二つのグラスへ水を注いでいく。カラン、と氷の音。水が満ちる透明な音が、さっきまでの妙な空気を少しだけ薄めてくれた。

 俺は二人に気づかれないよう、小さく息を吐く。

 ……こういう身の上話って、どうも苦手だ。

 

「さて、お待たせいたしました」

 

 柴山が手元のメモとメジャーを整えながら言う。

 

「それでは二階堂様、こちらへ」

 

 言われるままに立つ。

 ジャケットを脱がされる。

 

 肩回り。

 首回り。

 胸囲、胴囲、腕の長さ、股下。

 こんなところまで測るのか、と思うような箇所まで、柴山は無駄のない手つきでどんどん採寸していった。

 

 ……腹は、多分大丈夫だ。

 ナポリタンで少し張ってる気はするが、気持ちへこませてるから……たぶん。

 

 柴山の手つきは速いのに雑じゃない。

 プロだな、というのがよく分かる。

 

 その後も、足のサイズを測ったり、アルフと相談しながらデザインを決めたりと、作業は流れるように進んでいった。

 

 途中で一度か二度、水を飲んで息をつく。

 壁の時計を見ると、いつの間にか一時間ほど過ぎていた。

 

「はい、これで大体は大丈夫です」

 

 柴山が、採寸を書き込んでいた紙をトントンと揃える。

 

「本来であれば、もっと時間をかけて、何度も試着と調整をさせていただくのですが……今回はお時間もないということで」

 

 おっと。

 本来はもっと大変なものらしい。

 

「私もちゃんとしたの作ってもらった時は、三か月くらいかかったんですよー」

 

 アルフが、まるでちょっとした雑談みたいに言う。

 

 三か月。

 恐ろしい世界だ。

 

「さて」

 

 柴山が中央のテーブルへ手をかける。

 

「後は、こちらですね」

 

 そう言ってテーブルの下へ手を入れると、かちり、とロックが外れるような音がした。

 そのまま天板を持ち上げる。

 

 ずらり、と並ぶ小物が姿を現した。

 

 ベルト。

 カフス。

 タイピン。

 ピンバッジ。

 表向きはどれも洒落た紳士小物にしか見えない。だが、その数が数だ。数百はありそうだった。

 

 一階にも似たようなものはあったはずだ。

 わざわざこんな仕掛けを作って隠しておくということは、当然、ただの小物ではない。

 

「軽く、ご説明をさせていただきますね」

 

 柴山が銀色のシンプルなタイピンを一つ持ち上げる。先端に小さな赤い宝石みたいなものが埋め込まれている。ぱっと見では普通だ。

 

「こちら、端の部分を捻っていただきますと――」

 

 くい、と摘まむように回す。

 すると、逆側から音もなく細い針が数センチ飛び出した。

 思わず、うわ、と声が出そうになる。

 

「こちら、即効性の麻痺毒となります」

 

 柴山は何でもないように言った。

 

「一度きりですが、成人男性でも問題なく効果が認められます。死亡までは至りませんが、対象の体格次第ではその限りではありません」

 

「私くらいなら、もしかしたら、って量ですね!」

 

 アルフが明るく続ける。

 おいおい。

 

 その後も説明は続いた。

 

 小型のフラッシュバンになるカフスボタン。

 伸ばすと棒状の刺突武器として使えるベルト。

 毒だの薬だの暗器だの、よくこんなものばかり思いつくなと呆れるような品々。

 

 一通り見て、俺はただただ圧倒されていた。

 

 アルフは横で、「今回はこれと、これと、あ、あとこれくらいなら大丈夫だと思います!」と、まるで雑貨屋で小物を選ぶみたいな気軽さで選んでいる。

 俺は特に意見することもなく、というか正確には意見できず、壁際で水を飲みながら見ているだけだった。

 

 しばらくして選定が終わったらしく、アルフがやり切った顔で戻ってくる。

 

「あ、すみません! 恒一さんそっちのけで選んじゃって……」

 

 申し訳なさそうに言うが、大丈夫だ。

 俺は本当に何も分からないから。

 

「大丈夫」

 

 グラスを置きながら答える。

 

「あるものでやるさ」

 

 使えるかどうかは、別として。

 

 俺の返事に納得したのか、アルフは頷き、柴山へ向き直った。

 

「それじゃあ柴山さん、よろしくお願いします! 完成したらこっちに連絡ください!」

 

「承知しました」

 

 柴山は一礼する。

 このあとすぐ作業に入るらしく、俺たちはそのまま店先まで見送られることになった。

 

 

* * *

 

 

 アルフも別件があるらしく、店先で別れた。

 俺も特にやることがなかったので、そのまま帰宅する。

 

 それから数日。

 なんとか“仕事”の前日には、スーツが完成した。

 

 試着の時、俺としては十分ぴったりに感じた。

 だが柴山は、ほんの少しだけ首を傾げていた。職人目線ではまだ気になるところがあったのかもしれない。

 ……すみません、ナポリタンのせいで。

 

 それでも、問題はないだろう。

 少なくとも、俺には十分すぎる。

 

 そして翌日の夜。

 俺はアルフとの待ち合わせ場所へ向かっていた。

 

 “仕事”まではまだ少し時間がある。

 指定されたのは、港近くの貸倉庫。

 

 スーツも揃った。

 見た目だけなら、それなりに“その場にいてもおかしくない男”になれている……はずだ。

 

 だが、まだひとつ問題がある。

 

 今回のターゲットが、いまだに知らされていないのだ。

 

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