FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第17話 港の倉庫

 古びた貸倉庫が、夜の港にいくつも並んでいた。

 

 どれも似たような造りだ。

 波板の外壁、ところどころ剥げた塗装、錆びたレール、無骨なシャッター。昼間に見れば、ただの古い倉庫街でしかないのだろう。だが夜になると雰囲気が一変する。海から吹く湿った風と、どこか遠くで鳴っている重たい機械音が、この一帯を別の場所みたいに見せていた。

 

 指定されたのは、そのうちの一つだった。

 

 慣れないスーツ姿。

 こうして港の倉庫街に立つと、一気に浮いている感じがする。夜とはいえ、こんな場所をうろつくには場違いな格好だ。しかも、いまは“荷物”もある。

 ジャケットの下、身体に沿う重みを意識する。

 

 少しばかり周囲へ気を配りながら、俺は足早に目的の倉庫へ向かった。

 入口には、男が一人立っていた。

 

 作業着のような格好で、煙草をふかしている。

 ぱっと見では、ただこの辺りで夜勤でもしている人間にしか見えない。俺自身、前の倉庫仕事では似たような恰好で動いていたから、どこか妙な親近感があった。

 

 近づいていくと、男がこちらに気づいた。

 

 視線がすっと細くなる。

 あからさまに身構えるわけではない。だが、こちらの顔と歩き方を観察している、そんな目だった。

 

 ううむ。

 これで場所を間違えていたら相当気まずいな。

 

 そんなことを考えながら、男の前まで行く。

 

「どうも」

 

 軽く頭を下げる。

 

「雨宮さん、いますか」

 

 男は俺の顔を一瞬だけじっと見てから、すぐに表情を緩めた。

 

「お疲れ様です。もういらっしゃってます。どうぞ」

 

 どうやら、ある程度こちらの顔は共有されているらしい。

 特に面倒な問答もなく、すんなり通された。

 

 男がガチャリと扉を開ける。

 俺は会釈を返しながら、その横を抜けて中へ入った。

 

 入って、まず思ったのは――思ったより明るいな、だった。

 倉庫の中は十分なライトで照らされていて、かなり大きな空間のはずなのに、暗い印象がほとんどない。天井近くの細長い窓には布がかけられているようで、外に光が漏れにくいよう工夫されているらしかった。

 

 室内も、想像していたよりずっと小綺麗だ。

 脇にはパレットや木箱、スチールラックなんかがいくつか寄せられていて、倉庫らしい雰囲気。けれど中央部分は、まるで別の部屋の一角をそのまま持ってきたみたいに整えられていた。

 

 即席の応接スペース。

 

 ローテーブル。

 ソファ。

 簡易的ではあるが、倉庫の床へそのまま置くには不釣り合いなくらい、ちゃんとした家具の数々。

 

 さすがにバーの地下にあったあの豪奢な部屋ほどではない。

 だが、それでも十分すぎる。倉庫の中という背景を無視すれば、どこかの事務所の応接間でも通じそうだった。

 

 そのソファに、雨宮が座っていた。

 一人掛けの方へ足を組んで腰掛け、黒を基調にしたロングスカートのフォーマルな装い。紙煙草をふかしながら、片肘を肘掛けへ置いている。少しばかり不機嫌そうだ。いつもみたいな余裕のある笑みはなく、眉間の奥に薄い苛立ちが見えた。

 

 彼女の斜め後ろには、控えるようにアルフ。

 

 淡い黄色のイブニングドレス。

 オフショルダーで肩を出しているくせに、骨格で男と判断しづらいところが相変わらずすごい。腕には同色のロンググローブ。手には小ぶりなバッグ。ぱっと見だけなら、どこかの金持ちの愛人か若い招待客にしか見えない。

 

 さらにその脇に、見知った顔と知らない顔の男が一人ずつ。

 知っている方は、以前、駅まで車で送ってくれた大柄な男だ。今日はきっちりスーツを着込んでいて、体格も相まって、いかにもボディガードといった迫力がある。

 

 もう一人は初めて見る顔だった。

 猫背気味の小男で、人懐っこそうな空気をまとっている。服装はホテルスタッフみたいだ。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 時間には間に合っているはずだ。

 だが、どう見ても自分が最後に来た雰囲気だったので、こういう時はつい謝ってしまう。

 

「……大丈夫よ」

 

 雨宮が煙を吐きながら言う。

 

「時間通り。さて、これで揃ったわね」

 

 そう言って、まだ長く残っている煙草を灰皿へぐりぐりと押し付けて消した。

 アルフがにこりとこちらに小さく微笑む。男二人は頭を下げるだけだ。

 

 雨宮に促され、俺は対面の一人掛けソファへ腰を下ろした。

 

「こちらを」

 

 横から、大柄な男がミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくる。

 受け取ると、ひんやりとしていた。

 軽く頷いて礼を示し、一旦テーブルの上へ置く。

 

 ちらりと奥を見ると、小さな冷蔵庫が置いてあるのが見えた。

 ひょっとすると、ここも一時的に寝泊まりしたり待機したりできるよう、ある程度生活空間として整えられているのかもしれない。

 

 そんなことを考えているうちに、雨宮が口を開いた。

 

「さて、今日の仕事について。本当は私が来る予定もなかったんだけど……」

 

 少し間を置く。

 

「大分、面倒なことになってね」

 

 その言葉で、場の空気が少し締まる。

 

 そう。

 本来なら、今日の仕事の対象はもっと前に共有されるはずだったのだ。

 ところが、今日の今日まで詳細が来なかった。アルフからは「依頼人とのやり取りで少し揉めている」とだけ聞いていたが、結局、直前まで分からないままここへ来ている。

 

「まず、今回の依頼主について軽く説明しておくわ」

 

 雨宮は腕を組み、眉間に皺を寄せたまま話し始めた。

 

「欧州の古い家でね。うちと仕事をしたことはないんだけど、“向こう”じゃそれなりに裏と繋がりがある家らしいわ」

 

 フム、と内心で唸る。

 それなのに、わざわざ日本の雨宮たちへ声をかけてきたのか。

 

「その家が、アジア方面に表の仕事で手を伸ばそうとしてるらしくてね。それで、ちょうど“対象”がコッチに来ているから、打診したそうよ」

 

 そこへアルフが、外向きの明るい調子で補足を入れる。

 

「補足すると、どうしてもうちで! ってわけではなかったみたいですねー。いくつか声をかけた先から選ばれた、って感じです!」

 

 なるほど。

 少なくとも、脇にいる男二人は“身内”判定ではないらしい。アルフの口調が完全に外向けだ。

 

「そういうこと」

 

 雨宮が頷く。

 

「こっちとしても、どうしても受けたい依頼だったわけじゃないの。報酬が良かったから、とりあえず手を上げておいたら選ばれた。それだけよ」

 

 さらりとした言い方だが、その実、きちんと依頼主の発注実績は確認した上で受けている、という補足も続いた。

 

「ただ、依頼は受けたはいいんだけど、対象の詳細がギリギリまで知らされなかったの」

 

 新しい煙草を一本取り出して口に咥える。

 アルフが自然な所作でライターを寄せ、火を点ける。雨宮が一口吸ってから続けた。

 

「知らされたのは、ついこの間よ」

 

 吐き出された煙が、倉庫の明るい空気に少しだけ濃い影を落とす。

 

「……事前に聞いてた内容、“手の内に収まる程度のもの”って話は、この前したわよね」

 

 俺は頷く。

 

 持ち帰れるなら確保。

 無理そうなら破棄。

 たしか、そういう話だった。

 

「対象は」

 

 雨宮が少しだけ目を細めた。

 

「“人の眼”よ」

 

 ……うん?

 

 一瞬、意味が頭へ入ってこない。

 というか、入ってきたあとも理解したくない。

 

 訝しげな顔になっていたのだろう。雨宮が、わざとらしく肩をすくめる。

 

「そりゃそんな顔にもなるわよね。私も最初に聞かされた時、同じような顔したわ」

 

 言いながら、煙草の煙を荒っぽく吐き出す。

 かなりストレスが溜まっているらしい。

 

「聞き間違いじゃないわ。“人の眼”」

 

 そこで少しだけ言葉を切る。

 

「オーナーが囲っている……まあ、愛人ね。その愛人の“眼”をご所望らしいわ」

 

 ううむ。

 

 思わず黙る。

 こういう業界なら、そういう悪趣味も珍しくないのかもしれない。だが、常識の範囲で考えれば、気色悪いどころの話じゃない。

 

「誤解しないで」

 

 雨宮がすぐに言葉を足した。

 

「うちも色々するけど、そこまで悪趣味じゃないわ。それに、その愛人って、この子よ」

 

 そう言って、写真を一枚テーブルへ放った。

 

 パサリ、と乾いた音。

 

 俺はそれを引き寄せる。

 見た瞬間、自然と眉間へ皺が寄った。

 

 隠し撮りらしい写真。

 そこに写っていたのは、どう見ても齢一桁の、幼い少女だった。フランス人形みたいに整った顔立ち。けれど、目の奥にはどこか怯えた色がある。

 

「……こいつは」

 

「そういうこと」

 

 雨宮が苛立たしげに足を組み直す。

 

「幼女趣味っていうのかしらね。まったく、度し難い変態よ。“どっちも”ね」

 

 オーナーと依頼人、その両方のことだろう。

 

 なるほど。

 たしかに、俺の常識の中では想像もしたくない部類の連中だ。

 

「……で、どうするんです?」

 

 少しばかり不機嫌な声になってしまったが、そこは仕方ない。

 

「まさか、この子の眼を持ってこいと?」

 

 そんな仕事なら、さすがに受ける気はない。

 

「まさか」

 

 雨宮は即答した。

 

「依頼人には三行半叩きつけてやったわよ」

 

 後半に行くほど語気が荒くなる。

 その時のやり取りを思い出したのだろう。組んだ足が、不機嫌そうに上下する。煙草の灰が落ちそうになって、彼女は二、三度、灰皿へトントンと落とした。

 

「キャンセル料も払ったし、欧州方面での依頼破棄で少し信頼度も落ちたでしょうけどね」

 

 鼻で笑う。

 

「知ったこっちゃないわ」

 

 その一言には、本気でそう思っている響きがあった。

 

「向こうの連中は、“こっち”を舐めてるのよ」

 

 雨宮の目が細くなる。

 

「所詮アジアの外れの組織だってね。どうも内々で、欧州の馴染みの組織にも声をかけてたみたいで。そっちが依頼を受けたらしいわ。アジアンには難しいか、なんて言われてね」

 

 なるほど。

 ナチュラルな差別意識ってやつか。

 

 正直、俺個人が馬鹿にされてもあまり気にならない。害がなければ放っておく。

 でも、雨宮はそういう種類の侮りを笑って飲み込むタイプではないのだろう。

 

「それで」

 

 俺は写真を見たまま問いかける。

 

「依頼は破棄したのに、なんで今日こうして集まってるんです?」

 

 そこが一番引っかかっていた。

 

 既に依頼は潰れた。

 その話は数日前には決まっていたはずだ。

 なのに中止の連絡もなく、予定通りここへ集められている。

 

 俺の疑問に、雨宮がにやりと笑った。

 人の悪い顔。何か企んでいるような顔だ。

 

「……依頼を破棄したあとにね」

 

 煙草を指に挟んだまま、雨宮は言う。

 

「今回の依頼関連で、何か案件が出てないか漁ってみたのよ。そしたらなんと、別口から依頼が出てたの」

 

「別口?」

 

 俺が聞き返すと、雨宮は少し胸を張る。

 

「そう。ただし依頼内容は“逆”」

 

 そこで一拍。

 

「オーナーの愛人である彼女を、保護――救出してほしいって内容よ」

 

 なるほど。

 

 それでようやく全部繋がった。

 こちらを舐めた依頼人。

 そのオーナー。

 そして、この少女を救い出したい別口の誰か。

 

「うちを小馬鹿にした連中に目にもの見せてやるわ」

 

 雨宮は投げやりなようでいて、目だけは笑っていなかった。

 

「……というわけで」

 

 鋭い視線がこちらへ向く。

 

「依頼内容は“対象の救出”」

 

 俺の胸の内にあった重石が、少しだけ軽くなる。

 

「相手取る数はちょっと増えたけど、報酬にはうちからも追加で色をつけるわ」

 

 そこで、雨宮の声が少しだけ真摯なものになる。

 

「お願い」

 

 短い言葉だった。

 だが、その中に“仕事”以上のものが滲んでいた気がした。

 真剣な眼差しには、彼女なりの矜持、みたいなものが現れているのかもしれない。

 

 船の警備。

 元の依頼人が雇った別組織。

 そして俺たち。三つ巴、というわけか。

 

「なるほど、それで“これ”を持ってくるように言ったんですね」

 

 俺はそう言って、黒いものをテーブルへ置いた。

 

 ごとり、と重い音。

 

 準備期間中、時計屋で整備と調整をしていた俺の拳銃。

 倉庫のライトを受けて、ぬるりと光る。

 

「そういうこと」

 

 雨宮が頷く。

 

「元々はサイレントミッションのつもりだったから、火器の持ち込みはしない予定だったんだけどね。相手が相手だし、さすがに」

 

 まあ、向こうがどれくらいの装備で来るかは分からない。

 だが、武器なしでどうこうできる話ではなさそうだ。

 

 そこで俺は、ちらりとアルフの方を見た。

 そっちの武器は、という意味だ。

 

 アルフはすぐに意図を理解したらしく、申し訳なさそうに答える。

 

「すみません……私の方は、ちょっと大きくて。持ち込みが難しそうなんです」

 

 しょんぼり、と肩を落とす。

 その様子へ、雨宮が補足を入れた。

 

「こっちで、こんなこともあろうかと事前に潜り込ませてたのが彼よ」

 

 雨宮の視線の先、猫背の男がぺこりと頭を下げる。

 なるほど。クルーザー側のスタッフとして入り込んでいるのか。

 

「持ち込みは彼にお願いする予定だったんだけど、さすがに二丁は厳しくてね」

 

「武器については、乗船後に私がお渡しします」

 

 猫背の男が、ホテルマンみたいな丁寧な口調で言った。

 

「スタッフ用クロークの近くです。後ほど地図でご確認を」

 

 頷く。

 

 ……あれ、てことは。

 

「今回のミッションは、アルフがサポート」

 

 雨宮がまっすぐこちらを見る。

 

「メインは貴方にお願いするわ。頼んだわよ」

 

 ですよねぇ。

 

 まあ、話を聞いている途中からそんな気はしていた。

 アルフの格好はあまりにも鉄火場向けじゃないし、武器の持ち込みもできないんじゃ仕方ない。

 

 それに。

 

 この少女が、このままだとひどい目に遭う。

 そう考えると、少しくらい気合いを入れるのは間違いじゃない気もした。

 

「了解」

 

 短く、それだけ答える。

 

 自分の声が思ったより落ち着いて聞こえた。

 

 テーブルの上の写真へもう一度目を落とす。

 不安そうにこちらを見返してくる、幼い少女。

 

 俺はその小さな顔を見ながら、胸の奥にじわりと湧いてくるものを感じていた。

 

 仕事だから。

 報酬があるから。

 

 でも今回は、それだけじゃない気がした。

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