FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第22話 殺し屋

 うずくまっていたアルフの肩に手をかけ、ゆっくりと体を起こしてやる。

 

 アルフは、抱え込んでいた頭を左右に振りながら、感覚を戻しているようだった。

 暫く見守っていると、少しばかりふらつきながらも自分の足で立ち、ドレスの裾をぱんぱんと叩きながら、しかめっ面を見せる。

 

「いやぁ、普通のスタンなら大丈夫なんですけどねぇ」

 

 口調はいつもの調子だ。

 だが、耳の奥にまだ残る鈍い響きのせいか、声がほんの少し上擦って聞こえる。

 

「さすがに、ひどい音と光でしたよ。まだ頭がふらふら、目がちかちかします」

 

 そう言いながらも、体幹はもう揺れてはいない。

 脚の開きも安定しているし、視線も定まっている。今この瞬間に次の戦闘が始まっても、多分こいつは普通に動けるのだろう。

 

 ううむ、流石だな。

 

「とりあえず」

 

 俺はまだ手に持っていた銃をベルトのホルスターへ戻しながら言った。

 

「この場は終わったと見ていいかな」

 

 アルフは床へ落ちていたサブマシンガンを拾い上げ、マガジンの残りを確認する。金属の擦れる音が、静まり返ったデッキに響いた。

 

「ですね」

 

 短くそう答える。

 

「後はエレベーターに残ってる連中を片付けて、港に、って感じですか」

 

 そのまま近くに倒れている男へ歩み寄り、しゃがみ込み、慣れた手つきで予備マガジンを数本抜き取っていく。さっきまで撃ち合っていた相手を、今はただの補給物資みたいに扱っているのが、まあ仕方ない。

 

「恒一さんは、対象を迎えに行ってあげてください」

 

 アルフは視線をこちらへ向けないまま、もう一丁のサブマシンガンも拾い上げた。こちらもマガジンを交換している。

 

「私は、潜入させてたメンバー、猫背の彼と合流してから、エレベーターの片づけと、船の帰港を促してきます」

 

 俺は周囲を見回した。

 

 壁は穴だらけ。

 床には血。

 転がる死体。

 砕けた手すり。

 火薬と血と焦げた布の匂い。

 

 この惨状のまま、普通に“帰港”なんて出来るものなのだろうか。

 

「……この船に乗ってる連中も、後ろ暗いところがないわけじゃないですからねぇ」

 

 俺の考えを読んだのか、アルフが立ち上がりながら言う。

 

「多分、警察に連絡入れるのも結構あとになると思いますよ」

 

 なるほど、金と秘密で繋がってる連中の集まりなら、自分から騒ぎを大きくしたくない人間も多いのだろう。

 痛すぎる腹を探られるのは嫌だろうしな。

 

「ま、諸々の後処理はこっちでやっておきますから」

 

 アルフが、にこりと笑う。

 

「ひとまず、恒一さんのお仕事はもうおしまいかと」

 

 見た目は相変わらず可愛らしい。

 可愛らしいのだが、両手にサブマシンガンをぶら下げてると、どうにも物騒だな。

 

「……了解」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「それじゃあ、俺は対象とこの辺で待ってるさ」

 

「はい。あ、一応」

 

 アルフが思い出したように指を立てる。

 

「他の乗客とかからは、目立たないところにいていただけると助かります。場所は後で教えてくださいね」

 

 そう言いながら、アルフは自分の耳を軽く叩いた。

 その後、おっと、と小さく声を漏らし、敵側の受信機を片耳から引っ張り出して、ぽいと床へ投げ捨てる。

 

 俺もそれに倣う。

 黒い小さなそれを耳から外し、軽く放った。

 

「それでは、また後ほど」

 

 アルフはそう言って、船の後部、スタッフ用区画へ向かっていった。

 

 よし。

 

 俺は少女を迎えに行くため、上階を見上げてから階段へ足を向けた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 少女と合流したあと、俺たちはデッキ3の端にある小さな休憩スペースへ移動した。

 豪華客船らしく、こんな場所にも座るためのベンチと、小さなテーブル、申し訳程度の観葉植物が置いてある。

 

 二人並んでベンチへ腰を下ろす。

 

 すぐ近くには自販機があったが、残念ながら小銭なんて持っていない。

 少女へ何か飲み物でも渡してやりたかったが、しばらくは我慢してもらうしかない。

 

 しばらく、何となく会話のない時間が続く。

 

 船が移動しているのか、微妙な振動が伝わってくる。遠くで人が動く気配があり、ときおり誰かの怒声らしきものが小さく混じる。だが、この一角は静かだった。

 

「……私は」

 

 ぽつり、と少女が言った。

 

「これから、どうなりますか」

 

 視線は床へ落ちている。

 揃えた膝の上に手を置き、ぎゅっと指を握りしめていた。

 

 最初に出会った時の彼女は、どこか投げやりだった。

 本当に自身の事はどうでもよさそうな顔をしていた。

 

 でも今は、少し違う気がする。

 

 何がどう、とはうまく言えない。

 ただ、死んでもいいと思っていた人間が、少しだけ“この先”を考え始めたような、そんな雰囲気があった。

 

「……そうだね」

 

 俺は少しだけ考える。

 

「君を助けてほしいって頼んだ相手が、どういう人間かまでは知らない。ただ」

 

「ただ……?」

 

 少女がこちらを見上げる。

 

 不安そうな瞳。

 だけど、その奥の光は消えていない。むしろ、最初に見た時よりも、少し強くなっている気すらした。

 

「ただ、君を救おうとしていたのは確かだ」

 

 少なくとも、“眼だけ取ってこい”なんて言う連中じゃない。

 そして、そんな変態どもに対して、意趣返し込みで依頼を受けた雨宮のことだ。あの女の物言いや顔を思い返す限り、そう酷いところへ送られるとも思えなかった。

 

 ……まあ、かなり希望的観測も混じっているのだが。

 

 それでも、俺の答えに少女は少し安心したらしい。

 

「そう……」

 

 小さくそう呟いて、わずかに表情を緩める。

 それからまた顔を伏せ、二度、三度、小さく頷いた。

 

 何かを決めるような間があった。

 そして、意を決したようにもう一度こちらを見る。

 

「あの……」

 

「うん?」

 

「あなたを買うとしたら、いくらかかる?」

 

 一瞬、本当に意味が分からなかった。

 

 ……ええと。

 いま、買うとか言ったか?

 人を? 俺を?

 何で?

 

 頭の中で疑問符が渋滞する。

 俺が口を開くのを躊躇っていると、少女はさらに言葉を重ねた。

 

「私、貴方が欲しいの」

 

 まっすぐだった。

 

「多分、いいえ、きっと高いんでしょう。だから、お金を貯めるわ」

 

 小さな両手が、膝の上でぎゅっと握られる。

 

「だから、いつか私のものになって」

 

 ギラリ、と。

 少女の瞳が、それまでとは違う光を宿した。

 

 穏やかな海の色じゃない。

 めらめらと燃えるような欲。

 でも、それは決して濁ったものではなかった。もっと真っ直ぐで、子どもじみていて、それでいて切実な、太陽みたいな欲望だった。

 

 その目に気圧されたのか。

 あるいは、単純に見惚れてしまったのか。

 

 俺はしばらく、黙って少女と見つめ合ってしまった。

 

「……楽しみにしてる」

 

 気がつけば、そんな言葉が口から出ていた。

 

 自分でも少し驚く。

 けれど、嫌な気分ではなかった。

 

 人を買う。

 そんな発想が、この年頃の少女から自然に出てくること自体、彼女が今までどういう場所にいたのかを思わせて、少し胸が痛む。

 

 その一方で、彼女の中に生きる気力みたいなものがちゃんと灯っているのも感じた。

 “欲しい”と言えること。

 “いつか”を口にできること。

 それは、たぶん悪いことじゃない。

 

 いずれ、彼女が雨宮の前に札束か何かを積み上げて、本気で俺を買いに来る光景を想像してみる。

 それはそれで妙に面白い。

 

 俺にそんな価値があるのかは、さておき。

 

 少女は、俺の答えが意外だったのか、それとも嬉しかったのか、一瞬だけきょとんとした顔を見せた。

 だがすぐに、今までで一番の笑顔になって、こくりと大きく頷いた。

 

 そんなやり取りをしているうちに、アルフと、あの猫背の男がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

 さて。

 お帰りの時間かな。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 港へ戻ると、そこには何台もの高級車が並んでいた。

 

 黒塗りのセダン。

 運転手付きの車。

 SUV。

 

 その周囲には、黒服やスーツ姿の人間が雑多に集まっていた。乗客の関係者だろう。誰も大声は出さないが、全員が慌ただしく動いている。怒鳴る代わりに低い声で指示を飛ばし、時折大げさな身振りも見えた。

 

 その様子を、俺とアルフは少し離れた場所から眺めていた。

 

「いやぁ、流石に今回は疲れましたよ」

 

 アルフが、ぐぐっと腰を反らしながら言う。

 俺たちの横には、行きにも乗せてくれた大男の車が停まっている。運転席では、あの大男が何やら電話をしながら、時折こちらを見ていた。目が合うと、軽く会釈してくる。

 

「そうだな」

 

 俺は視線を港へ戻したまま答える。

 

「対象も無事に受け渡しできましたし、後の報告とかはこっちでやっておきますから」

 

 アルフは軽く手を振るように言った。

 

「恒一さんは直帰で大丈夫ですよ! 車も使っちゃってください」

 

 そのあとで、ほんの少しだけ申し訳なさそうに付け足す。

 

「とはいえ、後日すり合わせ用の報告はお願いすると思いますけど」

 

 対象――つまり少女は、港へ着いてすぐ、依頼人側の関係者らしい連中が引き取っていった。

 

 アルフとは面識のある相手らしく、“信頼できる筋”とのことだった。

 実際、女性も数人いて、少女へ配慮するような空気があった。こちらへの態度も敵意はなく、むしろ丁寧なくらいだった。

 

 少女は、おとなしく彼らの指示に従っていた。

 ただし、最後に一度だけ振り返って、俺に向かってこう言った。

 

「待っていてくださいね」

 

 その一言だけ。

 

 アルフは「何のことです?」と首を傾げていたが、俺は肩を竦めるだけにしておいた。

 

 さて。

 

 俺ももう、かなりくたくただ。

 今このまま車に揺られたら、普通に寝る気がする。

 

 そんなことを思いながらアルフへ別れを告げ、車へ乗り込む。

 

 運転席の男は、いつの間にか電話を終えていたらしい。ハンドルへ手をやりながら、「お疲れ様です」と短く挨拶してくる。

 

 俺も片手を上げて返し、そのまま後部座席へ体重を預けた。

 深く息をつく。

 

 窓の外からこちらを見ているアルフと目が合う。

 手を振ってきたので、こちらも軽く手を上げて返す。

 

「ご自宅の近くまででよろしいですか」

 

 運転席からの問いに、俺は視線をアルフに残したまま「ああ、お願いします」と答えた。

 

 車は静かに発進した。

 

 港に残る、先ほどまで騒がしかった船を横目に見ながら、俺は目を閉じる。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 家の近くまで送ってもらい、車を降りる。

 

 去っていく車のテールランプを見送ってから、俺は自分の部屋へ戻った。

 鍵を開け、靴を脱ぎ、冷蔵庫を開ける。

 中には水が数本。一本を掴んで、そのまま部屋へ進む。

 

 ジャケットを脱いでベッドへ放り投げ、ネクタイを緩める。

 ベルトに差していたホルスターごと外し、これはサイドテーブルへ。

 

 安物のゲーミングチェアへ腰を下ろし、PCの電源を入れる。

 

 小さな機械音が唸りを上げ、起動していく画面。

 何も置いていないデスクへ、水のペットボトルを置く。

 

 ほんの少し。

 ほんの少しだけ、手が止まった。

 

 それから俺は、いつものFPSゲームを起動した。

 

 すると珍しく、昔たまにチームを組んでいたネットだけの友人二人が、ログインに気づいたのか招待を送ってきた。

 

 また一瞬、手が止まる。

 

 だが、俺はヘッドセットをつけながら承認を押した。

 

 画面に、三人分のキャラクターが並ぶ。

 久しぶりに、ゲーム内VC越しの声が耳へ流れ込んできた。

 

『おお! 久しぶりじゃん! いつぶりだっけ』

『今二人でやっててさ、ちょうどランク行くのにあと一人足りなかったんだよー』

 

 相変わらずの様子で捲し立ててくる。

 

「……ああ、久しぶり」

 

 俺は少しだけ苦笑しながら答えた。

 

「前の大会前のカスタム以来かな」

 

『あー、もうそんな前だっけー?』

『環境だいぶ変わったしな。あ、俺たちのランクで行ける?』

 

 俺はゲーム画面をちらりと見てから、「大丈夫だ」と答える。

 

『よっしゃ! じゃあ行こうぜ!』

 

 元気な声が返ってきた。

 

 よし。

 久しぶりのフルパだ。

 ぺろり、と唇を舐める。

 

 試合開始。

 

 

  ・

  ・

  ・

 

 

 

『いやぁ、すげぇな。このランク帯でそのリザルトかよ』

 

 終わってみれば、一瞬だった気もする。

 

 画面には勝利の文字。

 キル数も、ダメージも、見たことのない数字。味方二人のリザルトも十分凄かったが、俺の結果は、たぶん過去最高だろう。

 

 けれど。

 

 以前みたいな勝利の余韻はなかった。

 手が震えるような快感も、ギリギリを制した高揚感も、何もない。

 

 ただ、淡々と「ああ、そうか」と思っただけだった。

 

 そうか。

 

 そういうことか。

 

「悪い」

 

 気づけば、俺は口を開いていた。

 

「しばらくは、もうログインできないかもしれない」

 

 一瞬、通話の向こうが静かになる。

 

『あー、倉庫の仕事が忙しいって言ってたもんなぁ』

『分かった! またインしてたら誘うな!』

 

 何も知らない、いつもの調子の返事だった。

 

「ああ、悪い。またな」

 

 それだけ言って、俺はゲームを終了させた。

 

 ギシ、と椅子が軋む。

 背もたれへ深く体を預け、天井を見上げる。

 

 ゆっくり目を閉じる。

 ゆっくり、意識を手放した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 翌日、昼頃。

 

 サイレント・ショットへ向かった。

 

 報告について、いつまでに、という指定はなかった。

 だが、どうせなら飯も兼ねて行くか、くらいの気持ちで足を延ばしただけだ。

 

 相変わらず騒がしい繁華街を抜け、薄暗い階段を下りてバーへ入る。

 

 カウンターの中では、いつもの黒髪の女バーテンダーがグラスを磨いていた。

 俺が入ってきたのに気づき、一瞬だけ視線を寄こす。だが、すぐに手元へ戻った。

 

 今日はアルフはいないらしい。

 奥にいるのか、別の場所なのかは分からないが。

 

 とりあえず、カウンターへ腰を下ろす。

 

「オレンジジュースと……ナポリタン。普通盛りで」

 

 念を押すように言う。

 前回の大盛り地獄はまだ記憶に新しい。

 

 黒髪の女はこくりと頷き、先にオレンジジュースだけ出してから、無言でキッチンへ引っ込んでいった。

 

 俺はストローでジュースを吸う。

 冷たくて、甘い。

 

 その時、奥の扉が開く音がした。

 気配がひとつ、俺の横、ひと席空けた位置に座る。

 

 視線だけ向ける。

 雨宮だった。

 

 最初に会った時と同じ、黒いカジュアルドレス。

 こちらを見ることもなく、煙草の箱を取り出す。今日はアルフがいないので、自分のライターを胸元から出していた。

 

 灰皿を引き寄せ、軽く灰を落とす仕草だけで妙に絵になる。

 

「……あなたも吸う?」

 

 視線は正面のまま。

 口の開いた煙草の箱だけがこちらへ差し出される。

 

 俺は一瞬だけ迷った。

 それから、一本を抜き取る。

 

 口へ咥えると、横から白く細い手が伸びてきた。

 鈍く金色に光るライターを持った雨宮が、今度はちゃんとこちらを見ている。

 

 俺は軽く目礼し、手を添えながら顔を近づけた。

 

 しゅぼ、と火花。

 小さな炎。

 

 軽く息を吸い込む。

 煙草へ火が移り、熱が喉に落ちる。

 

 顔を戻しながら、吸い込んだ煙を横へ吐き出した。

 

 その様子を見て、雨宮は小さく微笑んだ。

 ライターをしまい、自分も煙草を持ち直す。

 

 しばらく、キッチンの方から聞こえる調理の音だけが二人の間を埋めた。

 

「……今回は大変だったわね」

 

 先に切り出したのは雨宮だった。

 煙を細く吐きながら続ける。

 

「けど、流石だわ」

 

 俺はタバコを口にする。

 

「アルフからも報告をもらったけど、大活躍だったらしいじゃない」

 

 傍から見ればそうかもしれない。

 だが、俺自身はそれほど大層なことをしたつもりはない。最後は少し驚いたが、言うならそれくらいだ。

 

 ふう、と煙を吐く。

 

 ……ううむ。

 重めのやつだな。久しぶりに吸うと、少しくらっとくる。

 

「……あなた」

 

 雨宮の声が落ちる。

 

「何者なの?」

 

 小さい。

 だが、はっきり聞こえる声だった。

 

 ……前にも聞かれた気がするな。

 あの時は答えられなかったが、そうだな。

 

 

「……殺し屋、ですかね」

 

 

 口にしてみると、不思議としっくりきた。

 

 雨宮はすぐには何も言わなかった。

 ただ、目を細めてこちらを見た。

 

 俺の吐いた煙と、雨宮の吐いた煙が、薄暗いバーカウンターの灯りの下で、ゆっくりと混じり合っていく。

 





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