FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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閑話 とある組織の会話

「ふざけるな!!!」

 

 怒号と同時に、重厚な色合いのデスクへ拳が叩きつけられた。

 

 鈍く、重い音。

 乾いた木ではなく、よく磨かれた、密度のある上質な材が鳴らす低い響きだった。その一撃だけで、部屋に漂っていた苛立ちと言う名の空気が一段濃くなる。

 

 室内は暗かった。

 窓には厚いブラインドが下ろされ、外の光を完全に拒んでいる。明かりは天井の小さい間接照明と、壁際のスタンドランプだけ。うっすらと照らされる家具はどれも高級で、しかも下品さがない。趣味の悪い成金が揃えた物ではなく、長くその世界にいた者が“当然そこにあるべきもの”として置いた調度品ばかりだった。

 

 部屋の中央には、大きな円卓が鎮座している。

 

 その卓もまた、そこに座る人間たちと同じく、深く落ち込んだ色合いに磨き上げられていた。

 席についているのは十三人。

 

 背格好も、性別も、年齢もばらばらだ。

 だが全員に共通しているものがある。眼光の鋭さ。纏う気配の濃さ。何十年と裏と表の境界を踏み越えながら生き延びてきた人間だけが持つ、海千山千の匂いだ。

 

 それでも、いま彼らの表情は一様に暗い。

 ある者は不機嫌を露骨に顔へ出し、ある者は怒りに口元を引き結び、またある者は黙り込んだまま視線だけを険しくしている。

 

 その原因は、彼らの視線の先にあった。

 

 壁一面に吊られた真っ白なスクリーン。

 そこへ映し出されている映像。

 彼らの下部組織から送られてきた記録映像だった。

 

 ボディカメラらしい高さから捉えられた船内。

 一時停止されたその画面の中では、数人の男たちが血濡れで横たわっている。床の赤黒い染み、壁の弾痕、散乱した空薬莢。静止画であるはずなのに、現場の生臭さは画面越しにも伝わってきそうだった。

 

「……再生しても?」

 

 スクリーン脇に立つ男が、円卓の主たちへ向かって静かに問うた。

 

 スーツの上からでも分かるほど、がっしりとした体格。

 短く刈り揃えた金髪。

 その視線には、刃物じみた鋭さが宿っている。

 

 怒号の飛び交う場であるにもかかわらず、表情にはわずかな乱れもない。怯みも媚びも見せず、淡々と、報告者として必要なことだけを言葉にしていた。

 

「……! ああ、続けろ」

 

 答えたのは、先ほど拳を叩きつけていた男だった。

 

 でっぷりとした体つき。禿げ上がった頭。怒りで顔は真っ赤に染まり、いまにも頭頂から湯気でも立ちそうな勢いだ。男はハンカチを取り出し、額の汗を苛立たしげに拭いながら言った。

 

 前のめりになっていた体を椅子へ預ける。

 ぎい、とアンティーク調の椅子が重苦しく軋んだ。

 

 スクリーン脇の男は、それを確認すると手元のリモコンを押した。

 

 映像が動き出す。

 

「さて、先ほどは途中になってしまいましたが、報告を続けます」

 

 画面の中では、何人かの男たちが、倒れている死体を確認し、“処理”しているところだった。

 装備品を剥ぎ取り、死体袋へ詰める。血のついた床を拭き、壁に穿たれた弾痕を応急的に塞ぎ、吹き飛んだ手すりへ簡易の補修を施していく。後から来た作業着の男たちへ指示を飛ばしながら、現場の痕跡を薄めることだけに集中していた。

 

「……ご覧いただいている通り」

 

 報告の男は、資料の一枚を捲る。

 

「こちらのメンバーは全滅。総勢二十五名が悉くやられました」

 

 ざわめきが広がった。

 

 数字としては、事前に彼らへ上がっているはずだった。

 だが、映像としてそれを見せつけられると、印象はまるで違う。書類上の“損失”ではなく、実際に転がる死体として突きつけられることで、被害の現実味がいやでも増すのだ。

 

 男は紙の資料へ目を落としたまま続ける。

 

「船内から取れる情報ですが、こちらの人間が現場へ入る前に、あらかた片付けられていました」

 

 ぺらり、とページがめくられる。

 

「船内の監視カメラ映像はすべて消去済み。クラウドへの送信分もありません。乗客からの聞き取りについても要領を得ず、有力な情報は得られませんでした」

 

 そこで一度言葉を切り、円卓へ視線を戻す。

 すると、その視線に気づいたのか、小太りの男が再び身を乗り出した。

 

「すると何か!?」

 

 怒気を含んだ声。

 

「貴様ら、任務に失敗した挙げ句、そいつらについても何一つ分からんと言うのか!」

 

 その顔には、怒りと焦りが露骨に浮かんでいる。

 

 もっとも、報告の男からすれば言いたいことはいくらでもあった。

 少女の奪取は失敗したとはいえ、オーナーの殺害という依頼は達成している。

 さらに言えば、妨害勢力は“アジアの小組織”程度だと軽く見積もっていたのはそちらではないか。

 

 だが、その言葉を今ここで口にしても何の得もない。

 男は内心の反発を飲み込み、少々の申し訳なさそうな顔だけを作って、軽く頭を下げた。

 

「……乗客名簿から探れないの?」

 

 別の席から、女の声が上がる。

 

 妙齢の女だった。

 脚を組み、深くドレスを割ってソレを見せつけるように座っている。長い指で、ルージュの跡が残る煙草を灰皿から摘み上げると、ふう、と紫煙を吐き出した。

 

「……二人ほど、こちらで裏が取れない人間がおりました」

 

 報告の男は答える。

 

「ですが、パーソナル情報は偽装されていたため、そこからは辿れませんでした」

 

「ちょっと待て」

 

 別の男が口を開く。

 

「二人? 二人だと?」

 

 年嵩の、長身の男だった。彫りの深い皺が刻まれているが、背筋はぴんと張っていて、老いよりも頑強さの方が先に目につく。

 

「まさか、たったの二人に全滅させられたのか?」

 

 その声は静かだが、静かだからこそ圧がある。

 

「お前たちは、楽な仕事だと踏んで、そこらのチンピラ集団でも送り込んだのか?」

 

 そうであればまだ理解もできる、という含みすら感じられる問いだった。

 

「いえ」

 

 報告の男は即座に否定する。

 

「うちの組織の中でも、それなりのチームです。個々の能力で見ればトップ層ではありませんが、少なくともこの程度の任務でしくじるようなチームではありません」

 

 そこで咳払いをひとつ入れ、さらに言葉を継ぐ。

 

「流石に、二人だけということはないかと。船内スタッフへ紛れ込ませていたか、あるいは後から複数で潜入したか。どちらにせよ、それなりの人数だったはずです」

 

 そう補足したところで、空気が落ち着く気配はない。

 

 隣の席の者と小声で意見を交わす者。

 ぶすっと腕を組んで黙り込む者。

 煙草を燻らせながら思案顔で目を細める者。

 

 ざわつきが、元の報告の中身から少しずつ逸れ始める。

 

 その時だった。

 これまで一言も発さず、腕を組んで黙っていた男が、ようやく口を開いた。

 

「……報告は分かった」

 

 一声で、場が少し静まる。

 

 五十代ほどだろうか。

 偉丈夫、という言葉がそのまま当てはまりそうな男だった。落ち着きがあり、無駄な感情を見せない。その一方で、そこにいるだけで他の人間の発言を止めてしまう類の重みがある。

 

「そちらの人員については、今回は残念だった」

 

 男は仕立ての良いスーツの内ポケットからペンを取り出し、卓上へ置かれていた小切手へさらさらと金額を書き込んだ。

 

「満額とはいかんが、オーナーの件の達成料として、幾らかは支払う」

 

 書き終えた小切手を背後に控えていた部下らしき男へ渡す。

 それから自らは、ぎし、と椅子へ深く腰掛けた。

 

 その一声で、周囲の人間たちもひとまず口を閉ざす。

 納得したわけではない。だが、この場でその男の意向へ逆らってまで騒ぎ立てる者はいなかった。

 

「……ありがとうございます」

 

 スクリーン脇の男は、走り寄ってきた部下から小切手を受け取り、金額を確認したあと、懐へしまい込む。

 

「それと」

 

 男が小切手をしまったことを確認しながら、偉丈夫は続けた。

 

「追加の依頼だ」

 

 部屋の空気が、また少しだけ引き締まる。

 

「今回の件の実行者を探ってほしい」

 

 その言葉は、低く、静かで、しかし明確だった。

 

 スクリーンには、まだ血塗れの船内が映っている。

 死体を運び出す作業員たちの背中が、その中で小さく動いていた。

 

 その光景を見つめながら、円卓の十三人は、それぞれ別々の怒りと思案を胸に沈めていた。

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