FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第23話 仕事風景

 ぽたり、ぽたり、と。

 

 どこかで落ちる血の音だけが、異様に澄んで聞こえていた。

 

 そこは、豪奢な屋敷だった。

 

 乾いた大地。

 どこまでも高く抜けた青空。

 燦燦と容赦なく照りつける太陽が、白亜の壁を目に痛いほど照らしている。

 

 人目を避けるためか、あるいは人目を必要としない立場ゆえか。周囲に民家らしいものは一切なく、荒野のただ中へ、ぽつんとその屋敷だけが建っていた。だが、ぽつんと、という表現は正確ではないかもしれない。そこにあるのはただの邸宅ではなく、小さな要塞のような圧を持っていたからだ。

 

 高い外壁。

 重厚な門扉。

 等間隔に設置された監視カメラ。

 敷地内を巡回する私兵たちの手には、当然のようにアサルトライフルが握られている。

 

 もし初めてこの場所を訪れた者がいれば、誰もが一目で理解しただろう。

 ここは、法や善意ではなく、金と暴力で守られた場所だと。

 

 だが、その守りは――すでに沈黙していた。

 

 巡回していた男たちは、まるで自分が死んだことにまだ気づいていないかのように、静かに血だまりへ沈んでいる。監視カメラは何も映さないまま、ただ風に揺れる草と、白い壁と、抜けるような青空だけを警備室へ送り続けていた。

 

 もし警備室にいる誰かが、もう少しだけ注意深ければ。

 普段ならフレームの端を横切るはずの巡回警備の影が、一つずつ消えていっていることに気づいたかもしれない。

 

 だが、気づいたところで意味があったかは分からない。

 

 敷地内の人間たちは、己の傍へ死がゆっくりと近づいてきていることにも気づかず、いつも通りの時間を過ごしていた。

 

 ある者は真面目な顔で警備に立ち。

 ある者は休憩時間なのか、日陰でカード遊びに興じ。

 またある者は、今日の取り分か、明日の儲けか、何かしら腹の中で勘定しながらほくそ笑んでいた。

 

 普段、この屋敷に関係者以外の人間がいることは珍しくない。

 

 連れてこられた女。

 金を巻き上げられるだけの商人。

 借金の工面を願い出てきた男。

 泣きながら許しを請う者も、媚びへつらう者も、ここでは日常の一部だ。

 

 だが、今日は違った。

 今日は、主と、その部下たちしかいなかった。

 

 それは、彼にとってすこぶる都合がよかった。

 何も気にしなくていいからだ。

 

 巻き込んで困る一般人もいない。

 逃げ惑うだけの哀れな客に気を取られる必要もない。

 ただ、目の前の“対象”だけを順番に消していけばいい。

 

 一人でいる人間は、いい的だった。

 

 周囲の視線、監視カメラの角度、次の巡回のタイミング。

 それだけを確認してから、“処理”する。

 倒れた後は、人目につきにくい動線の外へ寄せておく。何、ほんの少しの時間稼ぎで十分だ。

 

 二人でいる連中にも問題はない。

 一人の頭を抜き、もう一人が状況を理解する前に背後へ回ってテイクダウン。喉へナイフを一閃。血が噴く前に地面へ寝かせれば、声も広がらない。

 

 三人以上いても、別に大差はない。

 彼は耳元の通信機へ手を当て、低い声を流した。

 

「……一番右を頼む。後はこちらで」

 

 一拍置いて、耳の向こうから弾むような声が返ってくる。

 

 いつもより少し楽しげな声音。

 最近、聞き慣れてきた、少年とも少女ともつかない声だった。

 

 彼はその返答を聞きながら、足音ひとつ立てずに距離を詰める。

 一足で飛び込める位置。

 照準は一番左。

 

 カウントゼロ。

 

 右端にいた男――煙草を咥えたまま雑談に興じていた男の頭が、突然血煙を弾けさせた。

 

 それとほぼ同時に、彼の手元でも、ぱしゅん、と乾いた破裂音。

 銃口が向いていた左端の男の額にも、風穴が開く。

 

 左右の男が同時に崩れたことで、中央の男がようやく異変に気づく。

 何かしようとした。

 叫ぶのか、銃を上げるのか、判断のつかない半端な動き。

 

 だが、その動作が最後まで完結することはなかった。

 

 首元に、熱が走る。

 何が起きたのか理解する前に、男の世界はそこで途切れていた。

 

 耳元で、くすりと笑うような声が弾む。

 

『ビューティフル』

 

 彼はそれに答えず、ただ視線をマップへ走らせた。

 

「……これで外はすべてだ。後は室内」

 

 短く言う。

 

「そろそろバレるはずだから、討ち漏らしを鴨撃ち頼む」

 

 用件だけを告げると、彼はジリジリと照りつける太陽をうっとうしく感じながら、被っているマスクの位置をグローブ越しに直した。

 

 視界の隅には、建物内部の簡易マップ。

 扉、階段、廊下、部屋。

 そこへ、いまいる人間たちの位置が薄く浮かび上がっている。

 

 彼は脳内で、最短で、最も効率よく、最も騒ぎが広がりにくい移動経路をなぞった。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 どやどやと、何も考えずに廊下を走る男たち。

 

 怒号を響かせながら、外の様子を見に出たきり戻らない連中へ悪態をつく。

 

「何サボってやがる!」

「早く戻ってこい!」

「報告だ! 報告を寄越せ!」

 

 彼らはまだ、何も分かっていない。

 

 だが、次の瞬間には、クローゼットの陰から伸びてきた手が、その口を永遠に閉ざすことになる。

 

 一人。

 また一人。

 

 広い屋敷の中から、人の気配が少しずつ減っていく。

 

 丁寧に。

 丁寧に。

 

 まるでRPGで取り逃した宝箱がないか確認するみたいに、しらみ潰しに。

 

 時折、屋敷のどこかで聞こえる銃声と怒号。

 それも徐々に少なくなり、散発的になっていく。

 大きな屋敷の中へ、静けさがじわじわと広がり始める。

 

 そして、気がつけば、残ったのはほんの数人になっていた。

 

 それでも、その男たちは自分たちが最後だとは知らない。

 いや、薄々気づいていても、それを信じられなかったのかもしれない。

 

 

 

* * *

 

 

 

 屋敷の主は、自室で震えていた。

 

 広大な敷地を持つ、誰もが成功者と呼ぶであろう男。

 本来なら昼過ぎのこの時間、ゆったりとバルコニーへ出て、日差しを浴びながらサングリアでも傾けているはずだった。

 

 だが、いまの彼は違う。

 

 昼間だというのにガウン姿。

 寝起きのまま引きずり出されたような格好で、顔は青ざめ、太い指にはけばけばしい宝石がいくつもぎらついている。その指が、いまは寒気でも抑えるみたいに自分の身体を掴んでいた。

 

「お、おい……!」

 

 男は焦点の合っていない目で、机の陰へ身を縮めながら喚く。

 

「早く! 早く襲撃者を仕留めるんだ……!」

 

 口角には泡。

 声は上ずり、言葉は命令というより悲鳴に近い。

 

 だが、部下たちはもはや主人の声など耳に入っていなかった。

 

 彼らにとって、手の中の銃だけが唯一の現実だった。

 

 いつもなら軽々と扱えるはずのそれが、今日は妙に重い。

 鉄の冷たさが、まるで死体みたいに思える。

 

 部屋を隔てる重厚な両開きの扉へ、何本もの銃口が向けられる。

 汗が額から頬を伝い、顎を落ちてカーペットへ染みていく。

 部屋の中に響くのは、荒く不規則な主人の息遣いと、壁時計の針が進む音だけ。

 

 男たちは全神経を耳に集中させていた。

 針が床に落ちる音すら聞き漏らすまいとするほどの緊張。

 人差し指はすでに痺れていて、感覚がなくなりかけている。

 それでも、トリガーから離す気にはなれなかった。

 

 緊張が極限まで張りつめた、その時。

 

 誰かがふう、と小さく息を吐いた。

 

 次の瞬間。

 

 チャリン、と。

 

 ドアの向こうで、金属が触れ合う小さな音が鳴った。

 

 普段なら、絶対に聞き逃すような音だ。

 だが、人生で最も研ぎ澄まされた集中力を発揮していた彼らは、その微かな音を聞き逃さなかった。

 

 一人か。

 全員同時か。

 

 もはや判別もつかないほどほぼ同時に、火線が迸る。

 

 ドアへ一斉に弾丸が叩き込まれ、重厚な木材へ次々と穴が開く。吹き飛んだ木片が、さらに弾を受けて粉々に砕けていく。優に百を超える鉛の塊が、怒涛の勢いで一枚の扉へ集中した。

 

 もしそこに人間がいたなら、原形を留めることはなかっただろう。

 

 もしも、の話だが。

 

 リロードの音。

 空になったマガジンが床に落ちる音。

 

 その途中で。

 

 男たちの背後のバルコニーには、静かに立つ“彼”がいた。

 

 誰も気づかない。

 振り向く暇すらない。

 

 速射だった。

 

 一人に一発ずつ。

 正確に、頭だけを撃ち抜く。

 

 男たちは、その場に崩れ落ちた。

 

「ひい……!」

 

 最後に残った男が、全身の穴という穴から液体を漏らしながら、逆光の中に立つ彼を見上げる。

 

「ひいい!!」

 

 命乞いの言葉を紡ぐ余裕すらなかった。

 額に穴が一つ開く。

 

 ぐりん、と瞳がひっくり返り、そのまま仲間たちの作った血の海へ沈んだ。

 

 “彼”は、視界の端へ目を走らせる。

 

 浮かび上がるログ。

 そこへ記録される名前。

 それを確認して、自身の仕事が終わったことを認識する。

 

 ふう、と短く息を吐く。

 

 血と火薬の匂いが充満した室内を後にし、彼はバルコニーへ出た。

 張りついていた息苦しいマスクをばさりと外す。乱れた髪を払うように顔を振り、手櫛で軽く撫でつける。

 

 それから耳へ手を当て、通信を飛ばした。

 

「……こちら、終わりました。外はどうですか」

 

 すぐに返ってきたのは、弾むような明るい声だった。

 

『お疲れ様! こっちは数人だけだったからね! 楽なもんだったよ!』

 

 向こう側で、がちゃりと長物を扱う音が混じる。

 

 その声はさらに続けた。

 

『いやぁ、それにしても流石だね! これでこっちのお仕事も無事終了だから、日本に戻ろうか! 恒一さん!』

 

 バルコニー越しに吹き込む熱風の中で、彼――恒一は短く答えた。

 

「……了解」




というわけで第二部開始です。

ちょっと更新タイミングは毎日とはいきませんが、お付き合いのほどどうぞよろしくお願いします。
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