FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第24話 荒野と予定変更

 大型のピックアップトラックが、エンジンを低く唸らせながら道端に停まっていた。

 

 周囲は見渡す限りの荒野だ。

 乾いた大地が、どこまでも茶色く続いている。草も木もまばらで、遠くに揺れる陽炎が、空気の熱を嫌というほど伝えてくる。

 

 風が吹く。

 乾いた風だ。湿気のかけらもなく、撫でるというより、薄い紙やすりで頬を擦られるみたいに肌を掠めていく。道沿いに立つ電信柱だけが、この景色の中で唯一と言っていい人工物の影だった。

 

 トラックの四ドアの車体へ背を預けているのは、この一か月、国外の仕事で顔馴染みになった女――いや、見た目だけで言えば少女だ。

 

 すらりとした手足。

 だが、身長はそれほど高くない。

 出るところはちゃんと出ていて、人懐っこそうな顔立ちは、どこか猫科の獣を思わせる。腰くらいまであった長い金髪を、今日は雑にまとめてアップにしていた。乱雑に結ったはずなのに、その髪は陽光を受けてきらきらと光っている。こんな乾いた空気にさらされているというのに、艶は少しも曇っていない。

 

 俺を見つけると、ぶんぶんと大きく手を振ってきた。

 その腕には、俺も身につけている組織の証――バングルが、日差しを弾いて鈍く光っている。

 

 シャルロッテ・ヘンシェル。

 

 国外での仕事をするにあたって、雨宮から紹介された組織のメンバーの一人だ。

 主にスナイピングを担当するらしく、遠距離から“仕事”を片づけるのが本職だと聞いている。

 

 そして、名前からも分かる通り、日本でずいぶん世話になったアルフレート・ヘンシェル――アルフの義理の姉でもあるらしい。

 

 最初に紹介された時は、正直あまり顔が似ていないなと思ったので、それとなく聞いてみたことがあった。すると、どうやら同じ施設で育ち、苗字が同じだけで血の繋がりはないのだという。

 

 なるほど。

 言われてみれば、雰囲気は少し似ているような、似ていないような。

 一緒に過ごす時間が長いと人は似てくるというが、そういうものだろう。

 

「いやぁ! お疲れ様!」

 

 シャルロッテが、こっちの苦労なんてどこ吹く風という具合に明るく声を上げた。

 

「これで予定通り、こっちでの依頼分は完了だねぇ!」

 

 最初に会った時と比べても、ずいぶん機嫌がいい。

 ……いや、そもそも今が素に近いのかもしれない。

 

 実年齢は、本人曰く俺より上らしい。

 だが見た目だけなら、アルフと大差ない印象だった。雨宮の周囲には同じような見目の連中が多いせいか、彼女が“そういう趣味”なのかと勘繰ってしまうが、心の内にしまい込む。

 

 例の客船での一件のあと、少しばかり休みがあった。

 その後、国内の仕事の当てが一時的に薄くなったらしく、調整も兼ねて、シャルロッテが担当している仕事のサポートへ回されることになった。

 

 急に海外なんて、と最初は思ったさ。

 パスポートなんて、ずいぶん昔に取ったきりだ。

 最後に使った記憶も怪しい。

 

 だが、そこは流石、裏の組織というべきか。翌日にはダミーのパスポートと、それらしいカバーストーリーまで用意されていた。

 

 アルフは? と聞いたところ、どうやら基本的に雨宮付きのボディガードも兼ねているらしい。

 国内の仕事くらいならともかく、国外案件へはあまり出されないそうだ。

 

 で、あれよあれよとこっちへ飛んできて、すぐシャルロッテと合流したのだが――

 

 最初の印象は、少々つんけんしているな、だった。

 

 別にあからさまに敵意を向けられたわけじゃない。

 だが、歓迎されていないことくらいはすぐ分かった。

 

 どうやら彼女曰く、組織の新人、それもナンバー持ちというのは珍しいらしい。しかも、元々身内筋が多いらしく、俺みたいな完全外様は珍しい、とのこと。

 

 ソレを聞くと、たしかに。

 急にこんな、うだつの上がらない男を「サポートです」と渡されても、面白くはないだろう。

 しかも、元々一人でも問題なく回せるような仕事だったはずだ。そこへ余計な人間を押し込まれたら、内心で面白くないと思って当然だ。

 

 実際、最初の方の仕事では、現場こそ一緒に行ったものの、基本的には彼女と現地協力者で片づいてしまっていた。

 

 だが、それはそれでこっちも申し訳なくなる。

 何もしません、では流石に居心地が悪い。

 

 なので、次の仕事の時に少し口を挟ませてもらった。

 すると、シャルロッテはしばらく考え込んだあと、「テスト」とか何とか言い出し、俺一人で制圧をやれと振ってきた。

 

 少々面喰ったが、先達の言うことに否やはない。

 まあ、対象が小さい家一軒だったしな。

 

 中には何人か、やり手っぽい傭兵もいた。

 だが、警戒が薄い連中相手で、しかも夜間の閉所なら、それほど手間でもない。

 多分あれは、俺へ実績を積ませるための、先輩なりの配慮だったのだと思う。

 

 それ以降は、ある程度使えると判断されたのか、現地協力者の数も減り、最終的には俺とシャルロッテのツーマンセルになっていた。

 

 やっぱり、経費とか考えているんだろうか。

 人件費って馬鹿にならないしな。

 

「おーい! 恒一さん!」

 

 シャルロッテが、少し頬を膨らませるようにしてこっちを呼ぶ。

 

「何ぼーっとしてんの! 車出してよー!」

 

 おっと。

 待たせてしまったらしい。

 

 彼女の見た目で運転しているとやはり変に目立つらしく、運転は俺へ一任されている。

 幸い普通免許は持っているし、いつの間にか用意されていた荷物の中には国際免許や車両登録書まで入っていた。地元警察に止められても、書類上はとりあえず問題ないはずだ。

 

 ……怪しい東洋人と、見た目のいい少女の組み合わせがどう見られるかは置いておいて。

 

「はいはい、今出しますよ」

 

 そう言いながら、後部座席のドアを開ける。

 使っていたグローブとマスクを放り込む。ついでに視線をやると、後部にはシャルロッテの長物が入ったケースも置かれていた。見た目は楽器ケースを改造したものだ。ぱっと見では、中身が銃とは分からない。

 

 俺が少しの敬語交じりなのは、最初に「自分より年上」と聞かされたせいだ。妙な敬語になってしまって、そのまま。

 仕事中は端的に報告するために、もっとぶっきらぼうになることもあるが、それについて今まで咎められたことはない。

 

 運転席へ乗り込み、ハンドルへ手をかける。

 シャルロッテも助手席へ回り込み、どさりと軽く身を投げるように座った。

 

 エアコンは効かせておいてくれたらしい。

 外の熱気が嘘みたいに、車内は適温だった。

 

 二人して乗り込むと、シャルロッテは後部のクーラーボックスから冷えたミネラルウォーターを二本取り出し、そのうち一本をこちらへ差し出してくる。

 俺は軽く礼を言いながら受け取り、キャップを開けて一口だけ含んだ。喉の奥がひんやりして、生き返る感じがする。そのままボトルホルダーへ置いた。

 

「さ、出しますよ」

 

 そう言ってシフトレバーへ手をやり、アクセルを踏む。

 

 車通りは皆無だ。

 だが癖でサイドミラーを確認し、慎重に道へ出す。

 わざわざ自分から事故を起こしに行く必要はない。法定速度プラス少し、くらいの自然な速さで走り出す。

 

 窓の外は、茶色と青しかない。

 地平線まで続く荒野と、突き抜けた空。

 日本にいた時には、まず見ない景色だ。

 

 助手席では、シャルロッテがくぴくぴと喉を鳴らしながら、水を三分の一ほど一気に飲んでいた。

 俺と違い、彼女は外の高台からスナイピングしていた。日傘なんて差していられる仕事でもない。相当暑かったはずだ。

 日焼けの一つくらいしそうなものだが、その白い肌にはしみ一つない。日焼け止めでも塗っているのかもしれないが、そういうことを聞く間柄でもないので、触れたことはなかった。

 

「いやー、しかし」

 

 ひと息ついたのか、シャルロッテがシートを少し倒し、リラックスした姿勢のまま口を開く。

 

「恒一さん、大したもんだねぇ」

 

 俺は横目でちらりと見たが、特に相槌は打たなかった。

 だが、こちらの意識が向いたことは察したらしい。そのまま彼女は続ける。

 

「最初は、お嬢もアルフも、妙なヤツを寄こしたもんだと思ってたんだけどさぁ」

 

 何が嬉しいのか、ふふふ、と上機嫌そうに笑う。

 

「ふたを開ければ、これだもん」

 

 褒められている、んだろうか。

 たぶんそうなんだろう、と思っておく。

 

「ねぇねぇ、日本に戻ったらまた一緒に仕事しようよ!」

 

 助手席で身体ごとこちらへ向けてくる勢いだ。

 

「いいコンビになれるって」

 

 とは言われても、所詮俺は雇われだ。

 雨宮たちの意向次第でしかない。

 

「そうですね」

 

 俺は無難な返事に留める。

 

「機会があれば」

 

 それでも、シャルロッテはその返事に満足したらしい。

 鼻歌まじりに窓の外を眺め始めた。

 

 しばらくの間、ご機嫌そうなその歌が車内へ流れていた。

 エンジン音とタイヤの擦れる音、その合間に混じる鼻歌が奇妙な調和を奏でる。

 

 だが、ソレも長くは続かなかった。

 突然、車載の衛星電話が鳴る。

 

 聞き慣れない着信音だったので、一瞬だけ意識がそちらへ引っ張られる。

 だが、判断するのはシャルロッテだ。俺はちらりと視線を向けるだけに留めて、運転へ意識を戻した。

 

 ご機嫌だった彼女の表情が、すっと引き締まる。

 シャルロッテは三コール目で端末を取った。

 

「もしもし」

 

 英語で応答する。

 普段より少し声が平坦だ。念のための、外向きの声という感じだった。

 

 相手の声がこちらにもわずかに漏れる。

 だが、内容までは聞き取れない。車の走行音もあるし、向こうも小声らしい。

 

 ただ、声色だけで言えば――多分、アルフだ。

 最近、自分でも気味が悪いくらい耳がよくなってきている気がする。もしかすると、そろそろ本格的に地獄耳の域へ入りつつあるのかもしれない。

 

「ああ、ああ。こっちは問題ない。それで?」

 

 シャルロッテが、訝しげに言う。

 

「わざわざ衛星電話でどうしたの?」

 

 たしかに。

 定期連絡なら別の端末で済む。これが鳴るということは、何かしら緊急性のある話のはずだ。

 

 しばらく、相手の声が続く。

 

「え? ……ふむ。いや、こっちはそれらしいのは見かけてない」

 

 そこで一瞬、シャルロッテの眉が寄った。

 

「……ええ、分かった。そっちの予定は? 変わらず? 大丈夫なの? ええ、ええ……」

 

 少し間が空く。

 

「……分かった。気をつけてね」

 

 通話が切れたらしい。

 シャルロッテは端末を置くと、やや乱暴にシートへ背中を預けた。

 

 何も聞かないのも不自然かと思い、俺は少し慎重に問いかける。

 

「……何か問題でもありましたか?」

 

「ええ、いや」

 

 シャルロッテは珍しく歯切れが悪かった。

 

「今はまだ、それほどでもないんだけど、ね」

 

 彼女にしては珍しい反応だ。

 だが、自分の中で整理がついたのか、ひとつ頷くと、いつもの調子へ戻して言った。

 

「アルフからの連絡だったんだけどね」

 

 こちらをちらりと見てから、肩を竦める。

 

「ちょっと予定変更」

 

 予定変更。

 

 たしか、この後は二人とも日本へ戻り、次の指示があるまで待機――という名の休暇のはずだった。少なくとも俺はそう聞いている。

 

 事情はありそうだ。

 だが、それが何かまでは見えてこない。

 

「予定変更、と言いますと?」

 

 俺が聞くと、シャルロッテはわずかに口元を吊り上げた。

 面白がっているのか、呆れているのか、そのどちらともつかない顔だ。

 

「二人とも、すぐ次の仕事に移動」

 

 さらりと言う。

 

「場所は――欧州ですって」

 

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