FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
「着きましたよ」
空港から、およそ一時間と少し。
用意されていたセダンタイプの車を走らせて辿り着いたのは、まるで中世の名残をそのまま閉じ込めたような街だった。
石造りの建物が肩を寄せ合い、細い路地が幾筋も走り、窓辺には花の鉢が吊られている。観光雑誌で見たことがあるような、絵葉書みたいな街並みだ。
時刻は夕方少し前。
買い物帰りらしい主婦が紙袋を提げて歩き、学校帰りなのだろう子どもたちが鞄を揺らしながら笑い合っている。
遠くでは、教会の鐘みたいな音が低く響いた。
飛行機で十数時間。
ビジネスクラスとはいえ、長時間座りっぱなしなのは普通にしんどい。そこへ加えて、この牧歌的な景色の中をのんびり車で流してきたせいか、助手席のシャルロッテは完全に気が抜けていた。
軽く頬杖をつき、ドアに身を預けるようにしてぼんやりしている。
俺が声をかけると、くぁ、と小さくあくびを一つこぼし、ううんと両手を前へ伸ばして大きく伸びをした。
さらりと零れた金髪が、腕の間を抜けて膝へ、そして陶器みたいに白い脚へ落ちる。
「いやぁ、悪いねぇ」
まだ半分眠そうな顔のまま、シャルロッテが言う。
「こっちでも運転頼んじゃって」
アルフから衛星電話で連絡を受けてから、ほとんど間を置かずだった。
すでにチケットは手配されていた。
手持ちのパスポート類は一旦処分し、新しいものを受け取ったと思ったら二人してすぐに機上の人だ。
武装の類は別便で送られることになっていた。
カモフラージュをされた後、翌日出発の貨物便で、こちらへ届くのは二、三日後になるらしい。向こうでも思ったことだが、想像以上に各国へ協力者がいるようで、そのあたりは少し驚いている。
以前に聞いていた感じでは、あくまで日本を主軸に動いているような印象だったのだが、こうして欧州にも自然に受け入れ先があるとなると、思っていたよりずっと根が広い。
もっとも、こっちで世話を焼いてくれる人間たちは、サポート役に徹しているだけらしい。
それでも接し方は丁寧で、こちらを侮るような態度は見えなかった。この辺りは、雨宮なりアルフなりの根回しもあるのかもしれない。
「それで」
俺は車を停めたまま、横を見た。
「滞在先のセーフハウスっていうのは、ここで間違いないですか?」
路肩に止めた車の先。
街並みに自然と溶け込むような、古い民家があった。
年季は感じる。
だが、廃墟じみた雰囲気はない。きちんと管理されているのだろう。
鉄の門扉は頑丈そうで、さびも浮いていない。煉瓦造りの二階建てで、窓の配置から見るに屋根裏部屋もありそうだ。
人の気配がないせいで、どこかひっそりして見えるだけだ。
小さいながら庭もあり、草木は丁寧に刈り込まれている。白い金属製らしいテーブルと椅子のセットがちらりと見えた。
こういうのを見ると、少しわくわくしてしまう。
普段画面越しで見ているような異国情緒あふれる建物は、冒険心をくすぐってくる。
「ん、住所は間違いなさそうね」
シャルロッテは端末と周囲の景色を見比べたあと、気怠そうに頷いた。
「横にガレージがあるから、そっちに入れちゃって」
言われた通り、敷地脇のガレージへゆっくり車を滑らせる。
ガレージの扉は閉まっていたので、その前で一旦停車した。
するとシャルロッテが、こっちへひらりと手を上げながら助手席から降りる。
サポートから空港で受け取った鍵束を指先でチャリチャリ鳴らしながら、ガレージ前へしゃがみ込む。
しばらくごそごそやっていたかと思うと、立ち上がりながら扉を上へ持ち上げた。
背がそれほど高くないせいで、少し背伸びしているような格好になる。
そういうところを見ると微笑ましくなるのだが、年上ということと、先輩ということを思い出して頭を振る。
扉が上がり切ると、こっちを見て手招きしてきた。
俺はそれに従って車を中へ入れる。
「なに頭なんか振ってるの?」
エンジンを切り、外へ出た俺へ向かってシャルロッテが聞いてきた。
「いえ、別に」
曖昧な笑みで誤魔化しながら、やや埃っぽいガレージ内へ視線を走らせる。
広さは、車が一台入ってちょうどいいくらい。
だが、ガラクタの類は何もなく、きれいに整頓されていた。壁には一通りの工具類が丁寧に掛けられていて、簡単な整備くらいなら普通にできそうだ。
「中に行きましょ」
キーリングを人差し指に引っ掛けたまま、シャルロッテがくるくる回す。
「食料も買い出しに行かないとだけど、その前に報告と仕事について、ね」
「分かりました」
俺は答え、ガレージの扉を下ろして鍵を閉める。
それから家へ繋がるドアへ向かった。
* * *
家の中も、外観に違わずきれいに整えられていた。
多少の埃っぽさはある。
だが、それも窓を開けて空気を入れ換えれば気にならなくなる程度だろう。
日が落ちるまでは少し窓を開けておこうと思い、俺は一階の窓を順に開けて回る。
古い建具らしい、少し重い手応えがあった。
その間、シャルロッテは二階の様子を見に行っていた。
俺はその隙に一階をざっと確認する。
リビング。
キッチン。
小さな客間。
水回り。
キッチンの横からは裏庭へ出られるようになっていた。ちらりと外を見ると、小さな庭の隅にベンチが一つ見える。静かで、天気がいい日ならコーヒーでも飲みたくなりそうな場所だ。
二階へ上がる階段の下には、小さな収納があった。
こちらも確認の為に開けてみる。
中にはハンガーがいくつか。
特に変わったものは――
いや。
視線を足元へ落とした瞬間、緑色の下向き三角が視界に入った。
……隠し扉も形無しだな。
そんなことを思いながらしゃがみ込む。
床の継ぎ目に、わずかな引っ掛かりがある。
指先をかけて軽く持ち上げると、ぎぃ、と床板が上がった。
下から土と埃の匂い。
そこには梯子がかかっており、ひんやりした空気が流れてくる。
俺は少し身をかがめて覗き込んだ。
それほど広くはないが、地下倉庫らしい空間がある。木箱や、布をかけた棚がいくつか見えた。
下へ降りて一通り確認する。
非常用の食料。
何種類かの弾薬。
工具類。
空気がちゃんと回っているところを見るに、どこかに通気口もあるのだろう。
それ以外に目立ったものはなかった。
梯子を上がり、収納から出たところで、ちょうどシャルロッテが二階から降りてくるところだった。
「二階は問題なし」
指でOKマークを作りながら、こちらへにこりと笑いかける。
「盗聴器とかカメラっぽいのも、なさそうね」
「こちらも、特には」
俺は頷いて返した。
「階段下に地下倉庫がありましたけど、簡易食料と弾薬以外、めぼしいものはなさそうですね」
「ん、OK」
シャルロッテが軽く頷く。
「じゃ、アルフに連絡しましょうか」
そう言いながらリビングへ向かうので、俺もその後へ続いた。
リビングには、大型の壁掛けテレビと、ソファが二つ。
中央にはローテーブル。
古さはあるが、手入れが行き届いているせいか、くたびれた感じはしない。
シャルロッテは一人掛けのソファへ胡坐をかいて座り、受け取った端末を操作したあと、スピーカー設定にしてローテーブルへ置いた。
この端末も空港で受け取ったものだ。
そういえば、俺たちは自分で用意するような小物類をほとんど持っていない。服でさえ支給品だ。楽でいいのは確かだが、似合っているか少しばかり不安だ。
シャルロッテなどはどんな服を着ても着こなせるのだろうが、俺はどうだか。一度聞いてみたが、似合ってる、としか返ってこなかった。お世辞の類だろう。
俺は少しカジュアル寄りのジャケットを脱ぎ、二人掛けのソファの背へ掛けてから腰を下ろした。
テーブルの上の端末がコール音を鳴らす。
スリーコール目で、通信が繋がった。
『はい』
久しぶりに聞くアルフの日本語が耳へ届く。
「やぁ、こっちは無事に着いたよー」
シャルロッテが背もたれへ体重を預けながら、気楽な調子で言う。
「なかなかいい家じゃない」
『それは良かった』
アルフの声が返る。
『恒一さんもそちらに?』
俺の方へ水を向けられる。
視線でシャルロッテに確認すると、彼女が頷いたので、俺も口を開いた。
「ああ、一緒だ」
『今回は申し訳ありません……予定ではお休みでしたのに……』
声色から、画面の向こうでしょんぼりしているアルフの顔が見えてきそうだった。
だが、こっちとしてはそれほど問題でもない。
ヨーロッパなんて初めて来たしな。
観光する暇があるかはともかく、異国の空気を吸ってるだけでも結構面白いもんだ。
「気にしなくていい」
俺は短く返す。
「それより、仕事の話をしよう」
アルフも忙しいだろうし、シャルロッテを待たせるのも気まずい。
『……恐れ入ります』
ほっとしたような声が返ってくる。
「向こうで連絡を受けた時には、取り急ぎこっちへ、って話だったけど」
シャルロッテも、まだ細かい内容までは知らされていないらしい。
俺も少し姿勢を前へ寄せる。
『今回の依頼については、相当にイレギュラーとなります』
「イレギュラー?」
シャルロッテが、わずかに眉を寄せて聞き返した。
『はい』
アルフが答える。
『依頼主は、お嬢様ですから』
お嬢様。
つまり、雨宮だ。
外からの依頼じゃない。ということは、内部の問題か。あるいは、雨宮自身が何かを消したいのか。
『事の発端は、少し前に遡ります』
アルフの話を要約すれば、こういうことだった。
数週間ほど前から、欧州方面で仕事をしている組織の構成員に対して、妙なちょっかいをかけてくる連中が現れた。
構成員といっても“数字持ち”ではなく、中堅どころまで。
仕事中はもちろん、仕事外でも、誰かに監視されているような視線を感じる。
そんな報告がぽつぽつ上がってきていたらしい。
こういう業界では、そういうこと自体は珍しくもない。最初は、注意喚起だけで済ませていた。
だが、その報告の数が普通ではなかった。
おかしい。本格的に調べるべきだ。
そう判断したタイミングで、構成員の一人が殺された。
もちろん、この世界では死ぬこと自体は“あり得る”。
だが、裏を洗っても、その構成員が殺される理由が見つからない。そこで、これは偶発的な死ではなく、狙われているのではないかという話になった。
そして、この件を本腰を入れて調べるために白羽の矢が立ったのが、俺たち――ということらしい。
「……私たちに依頼が下りた理由は?」
一通り話を聞いたあと、シャルロッテがやや鋭い目で尋ねた。
たしかに、それは気になる。
まあ、現場仕事なんて、単に空いてたやつに振るのもよくある話ではある。倉庫のシフトだってそんなもんだったしな。
『一番大きいのは、信頼できる“数字持ち”がお二人しか空いていなかったからです』
アルフが少し申し訳なさそうに言う。
『ちょうど、他は出払ってしまってまして……』
なるほど。
シンプルな理由だ。
「ま、それじゃ仕方ないわね」
シャルロッテは肩を竦めた。
さっきまでの尖りが少し引き、やれやれといった顔になっている。
俺も、問題ない旨を伝えておく。
『お二人とも、ありがとうございます』
端末の向こうで、アルフがお辞儀している気がした。
『件の事件があってから、欧州方面の構成員は、一人を除いて引き上げさせています』
なるほど。
対象を絞ったのか。ということは――
『今、お二人がいる街で“仕事”をしている構成員が、欧州で活動している最後の一人になります』
「なるほど」
シャルロッテが口元に手を当てる。
「その構成員の仕事って?」
『要人のご令嬢のボディガードです』
アルフは即答した。
『お二人には、より近い位置で調査と警護を行っていただくため、その仕事へ別口で追加投入される形を取ります』
そこまでは分かる。
だが、そのあとに続いた言葉が問題だった。
『シャルロッテお姉さまは、ご令嬢の学校に編入』
ふむ?
『恒一さんは、構成員と同じくボディガードとして潜入をお願いいたします』
おおっと。
だいぶ大変そうだぞ、これは。
ちらりとシャルロッテを見る。
予想通り、露骨に嫌そうな顔をしていた。
そりゃそうだ。
少なくとも俺より年上なのに、今さら学校へ潜り込めと言われたら、普通は嫌だろう。
俺が何とも言えない顔を向けていることに気づいたのか、シャルロッテは一度こちらを見て、それから端末へ視線を戻し、小さく、だが分かりやすくため息を吐いた。
どうやら、今回も中々に面倒な仕事になりそうだった。