FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第27話 制服と制服

「はぁ……」

 

 何度目か分からないため息が、朝の静かなキッチンに溶けていった。

 

 窓からは、爽やかな日差しが差し込んでいる。

 開け放った窓から入ってくる空気はひんやりとしていて、新鮮な朝の匂いを室内に届けている。外では小鳥の鳴き声と異国の言葉での会話が遠く聞こえ、日本とは違う場所なのだと改めて感じた。

 

 キッチンの小さなテーブルには、朝食が並んでいる。

 

 近所のパン屋で買ってきたベーグル。

 軽く温めたそれは、香ばしい匂いを漂わせている。

 ベーコンとスクランブルエッグ。

 ミルクのボトル。

 

 簡単なものだ。

 だが、一人暮らしが長かったおかげで、このくらいなら手慣れたものだった。自炊と呼ぶには少々おこがましいが、最低限腹を満たすだけなら何とかなる。

 

 オレンジを切り分け、器へ盛りつける。

 キッチンナイフをシンクへ置いてから、俺は後ろのテーブルへ振り返った。

 

 外の天気とは真逆の空気をまとって、シャルロッテがぐでっとテーブルへ突っ伏していた。

 

 いつもの快活さは完全に鳴りを潜めている。

 ソレとは逆に、彼女が着ている制服は、新品の形を自慢げに艶めかせていた。

 

 黒を基調にしたブレザータイプの制服。

 パリッとした生地感。

 すらりとした体つきと、整った顔立ち、それに金糸みたいな髪と相まって、かなり様になっている。黒のストッキングに、真新しい革靴をきちんと履きこなしていた。

 

 昨日の夜、アルフから仕事の要件を聞いたあとで、セーフハウスへ届いた物資の中に含まれていたのがこれだった。

 当人は終始眉根を寄せていたが、客観的に見ればまるで違和感はない。いや、むしろ似合いすぎているくらいだ。

 

 だがまあ、本人にしか分からない葛藤みたいなものもあるのだろう。

 

「さ、朝ごはんができましたよ」

 

 俺はできるだけ穏やかな声で言った。

 

「食べましょうか」

 

「ううう……」

 

 シャルロッテは言葉にならない呻きを漏らしながら、よろよろと顔を上げる。

 目の前の朝食を見て、また一度、深々とため息を吐いた。

 

 そして次の瞬間には、ぐい、と背筋を伸ばす。

 

「……よし!」

 

 と、気合を入れるように呟く。

 

「うだうだ言ってても仕方ないからね! ご飯を食べて、今日も一日頑張りましょう!」

 

 吹っ切れた、というよりは、諦めた末に開き直ったという感じかもしれない。

 だが、少なくともテーブルへ突っ伏したままよりはずっとマシだろう。

 

「それは何よりです」

 

 俺がそう返すと、シャルロッテは「いただきます!」と手を合わせた。

 俺も倣って手を合わせ、二人で朝食を始める。

 

 しばらくは、ベーグルを齧る音と、皿へフォークが当たる音だけが静かに響いた。

 

「……ところで」

 

 しばらくして、シャルロッテがもぐもぐと、ベーコンの端をベーグルへ乗せたものに口に含みながら言った。

 お行儀が悪いですよ。

 

「今日の予定って、顔合わせ、でよかったかしら」

 

 俺は口に含んでいたミルクを飲み込み、頷く。

 

「ええ」

 

 テーブルの上へ視線を落としつつ、頭の中で予定をなぞる。

 

「授業が始まる前の短い時間ですが、こちらの構成員と、警備対象であるご令嬢との顔合わせを予定してます」

 

「んー……」

 

 シャルロッテが、口の中のものを飲み込んでから、少しだけ中空を見た。

 予定を頭の中で組み立て直しているのだろう。

 

「ご令嬢は寮住まいらしいので、学校敷地内のサロンで待ち合わせです」

 

 俺は続ける。

 

「ここから十数分くらいですから、基本的には俺たちも、引き続きここを拠点に動く形になりますね」

 

「ん、ありがと」

 

 シャルロッテは、ケチャップを多めにかけたスクランブルエッグを器用にフォークへ乗せながら答える。

 この数日の間、一緒に食事をする機会が増えたおかげで分かったのだが、どうやら彼女は素材の味を楽しむよりも、分かりやすく濃い味つけの方が好きらしい。ミルクにも、当然のように蜂蜜を入れて飲んでいる。

 

「んで、私はそのまま学校へ」

 

 フォークをぴこぴこと動かしながら、シャルロッテが続ける。

 

「恒一さんは、その構成員とボディガードの打ち合わせしてから警戒に当たる、と」

 

「そんな感じですね」

 

「大丈夫そう?」

 

 そこでこちらをちらりと見上げながら、少しばかり不安そうな声で聞いてくる。

 

「ご令嬢と構成員、二面で警戒しないといけないし」

 

 たしかに、その通りだ。

 

 ご令嬢の警護へ気を取られて、構成員側への刺客に気づくのが遅れました、では話にならない。逆に、構成員ばかり見ていて、ご令嬢へ何かあってもまずい。

 気を張っていかないとな、とは思う。

 

「頑張ります」

 

 結局、そんな返ししかできなかった。

 

 シャルロッテは一瞬だけこちらを見て、それから「そう」とだけ返す。

 口元には薄く笑みが浮かんでいたので、少しばかり呆れられたのかもしれない。

 

 まあ、仕方ない。

 ここで変に大口を叩くよりはいいだろうさ。

 

 俺はうんうんと一人で頷きながら、改めて自分に気合を入れた。

 

 最後に二人でカットオレンジをつまみ、食器を片づける。

 それから身支度を整えて家を出た。

 

 玄関へ向かっていると、先を歩いていたシャルロッテが、ふと思い出したように振り返った。

 

「ああ、そうそう」

 

 にやり、といたずらっぽく笑う。

 

「貴方も、その執事服、似合ってるわよ」

 

 ……いやぁ。

 気にしないようにしてたんだけどなぁ。

 

 ははは、と乾いた笑いだけ返して、白手袋を嵌め直しながら言葉を濁した。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 学校へは、セーフハウスから歩いて行ける距離ではある。

 だが、流石に歩いて向かうのは外聞が悪い。

 

 俺たちは昨日から使っている車へ乗り込み、学校へ向かって車を走らせた。

 

 一応、対外的にはシャルロッテ付きの執事、という体で通す予定になっている。

 なので昨日とは違い、彼女は助手席ではなく後部座席へお淑やかに座っていた。

 

 ちなみに、最近はジェンダーレスを意識してか、女子生徒のパンツスタイルもかなり広まっているらしい。実際に、道行く学生にもパンツスタイルの女子生徒を見かけた。

 だがシャルロッテは、普通にスカートだ。

 

 やや丈は長い。

 その理由は、昨夜の時点で俺も知ることになった。

 

 着替え終わったあと、スカートだと動きにくくないですか、と俺が何気なく尋ねたところ、シャルロッテはにやりと笑い、そのままスカートをたくし上げたのだ。

 

 思わず目を逸らした。

 そりゃそうだ。

 

 だが、本人は気にした様子もなく「ここに仕込みがあるからね」と言った。

 太ももへ巻きつけられたベルト。そこには小ぶりなナイフと細い針が収められていた。

 

 なるほど。

 たしかに、物を隠すならスカートの方が都合はいい。

 

 ……だが、わざわざ見せなくても良くないか?

 

 こちらの反応を見て、シャルロッテは楽しそうに笑っていた。

 完全にわざとだ。

 セクハラですからね、それ。

 

 そんな昨夜のことを思い出していたら、いつの間にか車は正門前まで着いていた。

 

 目の前には、いかにも“歴史のある名門校”ですと言わんばかりの、大仰で立派な門扉が構えている。

 

 当然、平日の朝。

 登校時間には少し早いせいか、門は開いているものの学生の数はまだ少ない。ぽつぽつと数人が歩いている程度だ。

 

 全寮制ではないと聞いていたが、かなりの割合が寮生活をしているらしい。

 そのせいもあるのだろう。

 

 俺は車を正門脇の管理室前へ寄せて停める。

 

 すると、数人の男がきびきびとした動きで対応をしてくる。

 視線が鋭い。

 一人がこちらへ向かってくる間、一人は室内に残り、何かあればすぐ警報でも鳴らせるようにか見張っている。

 

「おはようございます。ご用件は」

 

 運転席の窓を開けると、男の一人がこちらへ寄り、中腰で言った。

 もう一人は車の前へ回り込んでいる。

 

 丁寧ではある。

 だが、油断は一切ない。

 その立ち位置と視線の配り方だけでも、かなり徹底している印象を受けた。

 

「本日付けで転入させていただきます」

 

 俺は助手席へ置いてあった封筒を、できるだけゆっくりした動作で取る。

 

「書類はこちらに」

 

「ありがとうございます。確認させていただきます」

 

 男はにこりと笑って封筒を受け取り、中を確認する。

 複数の書類をめくったあと、後部座席のシャルロッテへ視線を向けた。書類の顔写真と見比べているのだろう。

 

 バックミラーでちらりと見ると、シャルロッテは実にお淑やかな笑みを浮かべていた。

 普段を知っている身としては、同一人物に見えない。

 

 俺自身のIDも求められたので、こちらも胸元へ手を入れてからケースを取り出し、そのまま渡す。

 もちろん中身は偽装されたものだが、今さら組織の手腕を疑う気にもならない。

 

「お手数をおかけしました。確認できました、ありがとうございます」

 

 警備の男は書類を返しながら、軽く帽子へ手をやった。

 

 俺は小さく礼を返し、そのまま車を敷地内へ滑らせる。

 

 門を越えた先に広がっていたのは、青々とした芝生を抱く庭。

 その向こうには、荘厳なお城みたいな校舎がそびえていた。

 

 事前の情報で写真は見ていた。

 だが、実物はそれ以上だ。

 

 相当な敷地面積。

 石造りの建物。

 古い意匠を残しながら、手入れの行き届いた景観。

 

 まるで、中世の絵画の中へそのまま入り込んだような光景が、俺たちを迎えていた。

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