FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
敷地内を、車でゆっくりと進んでいく。
学生用というよりは来客用なのだろう、車両用に整えられた石畳交じりの道を辿っていくと、やがて駅前のロータリーみたいな開けた場所へ出た。中央には円形の花壇があり、その周囲を回るように車道が整えられている。手入れの行き届いた花々が朝露を弾いている。
横手には駐車用と思しき建物も見える。
中までは見えないが、ちらりと覗いただけでも数台、高級そうな車が停まっているのが分かった。さすがというべきか、学校というより、もはや貴族の社交場のようだ。
その建物の前には、スーツ姿の男が一人立っていた。
片手を上げて、こちらへ緩やかに手招きしている。案内役なのだろう。
俺はそれに従い、速度を落としながら車を横づけした。
静かにブレーキを踏み、エンジンはかけたまま、サイドブレーキを引く。
停まるや否や、すぐに運転席から降り、そのまま後部座席側へ回り込んだ。
ちょうどそのタイミングで、案内役の男が慣れた手つきでドアを開けようとしているところだった。
俺は目礼だけして、開けられたドアから出てくるシャルロッテへ手を差し出す。
彼女は優雅な仕草でその手を取り、するりと車外へ降り立った。
黒の制服に包まれた姿は、昨日セーフハウスで見た時以上に“それらしい”。彼女が、にこやかにドアマンへ礼をする横顔を見ながら、俺は自然と一歩引き、付き従う位置へ下がる。
車の方は、そのまま彼へ任せる。
中に見られて困るものは入れていない。
少なくとも、今は。
さて。
校舎内のマップは、俺もシャルロッテも頭へ叩き込んである。
今いる場所から、待ち合わせのサロンまではそう遠くない。
本校舎へ向かう途中にある建物だ。
ほとんどの生徒は、本校舎の方へ向かっているのだろう。
この辺りは人気が少ない。
とはいえ、完全に無人というわけではない。
ぽつぽつと何人かの生徒とすれ違う。
そのたびに視線を感じたが、露骨ではない。
名門校というだけあって、不躾にじろじろ見るような連中ではないらしい。ちらり、と目線が寄って、すぐ自然に逸らす。こちらの服装や雰囲気を一瞬で値踏みして、必要以上に興味を見せない。どことなく大人びたその仕草に少しばかり緊張を高める。
……こういう格式ばった場所は大変だ。肩肘が張る。
しばらく歩く。
本校舎に比べれば小さい。
だが、それでも十分な規模である建物の前へ着いた。
サロンと軽食用の食堂を兼用しているらしく、外にはテラス席まで用意されていた。白いパラソルと繊細な意匠のテーブルセット。今はまだ誰も使っていないが、陽気のいい日なら、ここでティータイムと洒落込むのも絵になるのだろう。
中へ入る。
その瞬間、吹き抜けの大きな空間が出迎えてくれた。
豪奢だ。
見事な彫刻が刻まれた柱。
天井には宗教画めいた絵が広がっている。
煌びやかなシャンデリアが、どんと主張するように吊られていた。
華美ではある。
だが、嫌味がない。
こういうのを、調和が取れている、というのだろうか。俺のような無教養な人間でも何となく良い物であるとわかる。
入口付近で一瞬足を止めて、内装に少し圧倒されていると、横から穏やかな声がかかった。
「失礼いたします。ご利用でしょうか」
振り向く。
声の主は、五十代くらいだろうか。
紳士然とした雰囲気の男だった。背筋はすっと伸び、落ち着き払った所作をしている。いかにも、この建物の空気に馴染んだ人間という感じだ。
シャルロッテはにこりと微笑んだ。
その横顔を確認しつつ、執事役として、俺が一歩前へ出る。
「はい。待ち合わせを」
「畏まりました」
男はごく自然に頷いた。
「授業のお時間がありますので、ご注意を」
それだけ告げると、体をすいと引いて先を促す。
俺たちは軽く会釈を返し、そのまま中へ進んだ。
建物の中へ一歩踏み込むと、外から見た以上に広さが際立つ。
吹き抜けという構造が、空間をさらに大きく見せていた。
朝の光が高い窓からやわらかく差し込んでいる。
白い光の筋が、磨かれた床の上へ薄く落ちていた。
視線を巡らせる。
二階席。
そこに、一組の女たちがいた。
どうやら、こちらにも気づいているらしい。視線を感じる。
席についている方の女は、まだ角度的によく見えない。だが、その横に立つ女――恐らくこちらの構成員だろう――が、軽く頭を下げてきた。
間違いない。
俺はシャルロッテと視線を交わし、小さく頷く。
そのまま二階への階段へ足を向けた。
* * *
「は、初めまして。オクタヴィア・ペンブルックと申します」
第一印象は、奥手な女の子、だった。
大きめの丸眼鏡。
茶色の髪を、左右でゆるく編んだおさげ。
顔立ちは整っているが、派手ではなく、そばかすが少し残る頬がむしろ親しみやすさを出している。
彼女が、今回の護衛対象――オクタヴィアだ。
写真では顔を確認していた。
だが、実際に目の前で見ると印象はまた違う。
視線が、なかなかこちらに定まらない。
ちらりと見ては、すぐ逸らす。
俺に対してだけじゃない。シャルロッテに対しても同じような調子だ。
警戒と興味のあいだを、小動物みたいに行ったり来たりしている。
そんな雰囲気があった。
ただ、その横に立つ女に対しては、少し様子が違った。
距離感が近い。
明らかに気を許している。
その女もまた、オクタヴィアに続いて自己紹介してきた。
「マチルダです。今回は急ですが、本家からの応援と聞いています。よろしくお願いします」
切れ長の目で、こちらを射抜くように見てくる。
黒髪は肩口で短く切りそろえられており、艶があった。
パンツスタイルのスーツを着こなしている様子が、いかにも仕事のできる女、という雰囲気を醸している。
そして――
どことなく、俺に対して不審げだ。
まあ、それはそうだろう。
今回の警護について、構成員たる彼女は詳しい事情を知らされていない。
ただ“上”の判断で、急に増員が入った。
それだけだ。
表向きの理由としては、ご令嬢であるオクタヴィアへより近い位置で付くためのシャルロッテと、不測の事態を想定しての俺、という事になっている。
たしかに、一人で警護していると、襲われた時に基本的に対象から離れられない。
二人以上いれば、片方が襲撃者を追うなり、別方向を警戒するなりできる。そういう意味では理屈は通る。
事情を知らせない理由は、二つある。
一つは、マチルダ自身が“狙われている”と知った時に、ボディガードの仕事へ支障が出る可能性があること。
自分の命も危ないかもしれない、となった時、いざという場面で対象を優先できなくなる可能性はある。
もう一つは、組織の体制そのものに関わる話だ。
俺自身もそこまで詳しいわけではないが、どうやら“数字持ち”という存在は、虎の子も虎の子らしい。
業界の中では、どこかにそういう精鋭集団がいること自体は多少知られているんだとか。だが、ソレがどこに所属しているのか、そもそも実在するのか、その辺りは曖昧なままなのだ。
……まあ、ここに二人いるんですけども。
だから、マチルダは俺たちが自分と同じ組織の人間なのかどうかすら知らされていない。
彼女から見れば、急な増援だ。
そりゃ、不審そうな目の一つや二つ向けるよな。うん。
とはいえ、あまり警戒されても仕事はしにくい。
こちらもできるだけ穏やかに自己紹介し、当たり障りのない情報を共有する。
だが、授業開始まではそれほど時間がない。
なので、ひとまずオクタヴィアはシャルロッテと一緒に校舎へ。
俺はマチルダと引き続き、警備のすり合わせをする――という形で、この場はいったん解散となった。
サロンの玄関へ出る。
ぎこちないながらも何か話しながら、校舎へ向かっていく二人。
その背を、俺とマチルダが並んで見送る。
校舎へ入る直前、シャルロッテがくるりと振り返って、こちらへ手を振ってきた。
その様子を見たオクタヴィアが、シャルロッテと俺たちを二度三度見比べる。
それから、おずおずといった具合に手を振ってきた。
その様子が妙に微笑ましくて、少しだけ頬が緩む。
シャルロッテも、なんだかんだで楽しそうだ。
俺は軽く手を上げて応えた。
横のマチルダは、小さく頭を下げて返している。
やがて二人の姿が校舎の中へ消えた。
「さて」
見えなくなったのを確認してから、俺は口を開く。
「それじゃあ、こちらも警備について確認させていただけますか」
「ああ、分かった」
マチルダは短く頷いた。
「生徒の使用人たちが集まるための建物がある。そこで話をしよう」
「了解です」
「こっちだ」
そう言って歩き出す彼女の後を追う。
その途中、俺はちらりと背後を確認した。
視界の端。
校舎の壁を無視して、シャルロッテの位置には彼女の名前と青い矢印が見えている。
その隣には、黄色い矢印とオクタヴィアの名前。
……よし。
立ち止まった俺を見て、マチルダが振り返った。
「どうした?」
「いえ、すみません」
俺はすぐに表情を戻し、軽く謝って彼女の後に続く。
とりあえず――
マーキングはOKだ。