FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
入口脇に重ねられていたカートを一台引き出しながら、俺はシャルロッテの横に付いた。
自動ドアをくぐった瞬間、外の夕方の空気とは違う、少しだけひんやりとした空気が肌を撫でる。空調が効いているが、寒いというほどでもない。
耳に入ってくる店内BGMは、どこかで聞いたことがあるような曲だった。軽快で、耳障りではない。けれど、洋楽に詳しいわけではない俺には曲名までは分からない。
分かるのは、この場にいる人間たちの誰一人として、今この瞬間、自分たちのすぐ近くで妙なことが起きようとしているなんて考えていない、ということくらいだ。
今日の夕食を考えながら商品を見比べているご婦人。
菓子売り場の前で駄々をこねる子どもと、それをなだめる親。
台車を押しながら忙しなく品出しをしている店員。
レジの方からは、バーコードを通す電子音が一定の間隔で聞こえてくる。
どこにでもある日常だ。
この店にいる誰も、他人のことなんて気にしていない。自分の献立、自分の家族、自分の買い物。皆がそれぞれの生活の一端をここでこなしている。
「……明日の朝ごはん用のパンも一緒に買っていきましょうか」
カラカラと、カートの車輪が小さく鳴る。
俺は何でもない風を装いながら、視線だけをさりげなく巡らせた。
天井には監視カメラがいくつか見える。とはいえ、やはり重点的に配置されているのはレジ周辺や出入口で、売り場の奥や棚の陰にはそれなりに死角がある。
意識を少しだけ集中させる。
すると、監視カメラの視野角が、うっすらと白い扇形のように視界へ重なった。
画面に映る範囲を頭に入れる。
「うーん、今日の朝食べたベーグルも美味しかったのよねぇ」
横を歩くシャルロッテも、普通に買い物をしている風を崩さないまま、商品棚へ目を向けている。
「アレって家の近くのパン屋さんで買ったじゃない? あっちで買うのは?」
口調は軽い。
だが、その目線の運び方は、俺と同じように周囲の人間の動きや、店内の間取りの情報を拾っていた。
俺たちの後をつけてきた車。
白いバンのサイズからして、乗っているのは多くても七、八人程度だろうと読んでいた。けれど、その全員が店内まで入ってくるとも思えない。こういう場所で騒げば面倒だと思うのは向こうも同じだろう。
そんなことを考えていると、横のシャルロッテが俺の袖を、ほんのわずかに引いた。
視線を下げる。
指が三本。
こくりと頷きながら、それとなく入口の方へ視線を流す。
すると、田舎町のマーケットにはやや不釣り合いなスーツ姿の男が三人、何か会話をしながら店内へ入ってくるところだった。
どいつも、露骨にこちらを見てはいない。
ただ、意識だけはこちらへ向けている。客のふりをする気はあるらしい。
俺は自然に視線を流したまま、数秒だけ彼らを意識の中心へ捉え続けた。
相手へ気づかれないように。あくまで店内を見ている一環のように。
すると、三人の頭上に赤いマーカーがそれぞれ浮かぶ。
良し。
「私は飲み物の方見てくるね」
シャルロッテが、言葉と同時に短いハンドサインを出す。
二手に分かれる。
無理はしない。
可能なら無力化。
前回の仕事の時に教わったハンドサインの一部。数は多くないので、何とか覚えられている。
「分かりました。それじゃあ、お肉とか見てきます」
そう返して、俺たちは自然に別れた。
カートはシャルロッテに渡す。彼女がそのまま、何でもない顔で押していく。
視界の端のマップには、赤い点が三つに青い点が一つ。
もちろん、青はシャルロッテだ。
俺たちが分かれたことに、連中は一瞬だけ動揺を見せた。
だがすぐに持ち直す。
俺の方に二人。
シャルロッテの方に一人。
都合がいい。
俺は店の奥へ向かう。
とはいえ、目的地は売り場そのものじゃない。
人気のない場所。
人の目が届きにくく、なおかつ出入りが不自然じゃない場所。
……あった。
バックヤードへ続く入口。
しかもありがたいことに、従業員用のドアは半端に開けられたままだ。運よく、周囲に人の気配はない。
一度そこを確認してから、俺は少しだけ戻る。
そのまま近くの陳列棚の方へ足を向けた。
相手も馬鹿じゃない。
いくら尾行中とはいえ、あまり露骨に近づけば目立つ。だから距離はそれなりに空けている。
こちらの位置をざっくり把握して、様子を見ながら追うつもりらしい。
ふむ。
それでいい。
マップへ意識を向ける。
シャルロッテが、店の奥へゆっくり移動していく。
ちょうど、さっき俺が見つけたバックヤード入口に近い売り場だ。
青い点が止まる。
その少し後ろで、赤い点も止まる。
さすが。
ちょうどいい位置取りで立ち止まってくれた。
それを確認し、俺は自分を追っている二人を撒く。
なに、難しい話じゃない。
相手の位置と視界の範囲が分かっていれば、その裏を取るように一度動くだけでいい。人ってのは、一度見失うと案外すぐ混乱するもんだ。
……迷子とかも、こういう理屈で生まれるんだろうな。
そんな少しばかり場違いなことを考えているうちに、うまい具合に連中の目を欺けた。
マップ上で、二つの赤点が急に不規則な動きを始める。こちらを見失い、慌てて周囲を探している証拠だ。
だが、その時点でもう、そこに俺はいない。
時間は少ない。
他の客の視線を避けながら、俺はシャルロッテを追っていた男の背後へ音もなく滑り込んだ。
監視カメラの視野外であることは、確認済みだ。
そのまま一気に羽交い絞めにし、男が声を上げるより先に、体ごとバックヤード側へ引きずり込む。
もがく気配。腕の中で暴れる感触。
だが構わず、首へ力をかけて締め上げる。
男の踵が床を擦る。
喉の奥で変な音が鳴る。
数秒。もう少し。
やがて抵抗が弱くなり、すとんと全身の力が抜けた。
意識が落ちた。
周囲へ視線を走らせる。
それほど長く隠す必要がある訳じゃない
少しの間、発見されなければそれで十分だ。
ちょうどいい。
搬入用の倉庫らしき部屋が目に入る。
中には段ボールが山積みになっており、コンテナがいくつか連なっている。コンテナには鍵もなさそうだ。
俺は男を引きずってその部屋へ運び込み、そのままコンテナの中へ押し込んだ。
ジャケットやポケットを探る。
財布。
スマホ。
それと――
銃。
ベルトへ無造作に差し込まれていたそれを引き抜く。使い込まれている。手入れはそれなり、か。詳しい名称までは分からないが、今はそんなことどうでもいい。
財布とスマホは自分のジャケットの内ポケットへしまい、拳銃は背中側のズボンへねじ込むように差した。
倉庫を出る。
マップを見ると、俺を追っていた二つの赤点はまだうろついている。
片方はシャルロッテの方へ意識を残しつつ、もう片方が店内を歩き回る形で俺を探しているようだった。
やがて、その点がこちら――従業員通路の方へ近づいてくる。
来る。
思わず、口元が少し上がった。
俺は素早く、店内と通路を隔てるドアの横へ身を滑り込ませる。
壁越しに見えるマーカー。
赤点がドアを越えた瞬間――
男の喉元へ拳を叩き込む。
ぐちゃり、と肉を潰す感触が拳へ伝わる。
男は「ぐえ」とも「が」ともつかない、カエルを踏み潰したみたいな声を喉の奥で鳴らした。
何が起きたか分からないままこちらへ視線を向けてくる。
だが、遅い。
視線が完全に向く前に、今度は顎先へ掌底を打ち上げる。
男の頭が跳ね、白目がひっくり返る。そのまま糸が切れたみたいに崩れ落ちた。
「おっと」
床に派手に転がられる前に抱え込み、そのまま先ほどの倉庫へ引きずる。
こちらの男も、持ち物は似たようなものだった。財布、スマホ、そして拳銃。
同じく回収する。
……ううむ。
拳銃二丁は、やっぱり邪魔だな。
眉間へ皺が寄るのを自覚しつつ、俺は従業員通路を出て、何食わぬ顔で再び店内へ戻った。
視線を巡らせる。
シャルロッテたちの位置は、マーカーがあるからすぐ分かる。
向かい合う形で、最後の一人と話しているようだった。
俺は、そのまま二人へ近づいていく。
「私たちに何か御用ですか?」
聞こえる距離まで来たところで、シャルロッテの声が届いた。
にこにこと、実に可愛らしい笑顔だ。
だが、その笑みの奥にある圧を感じる。顔立ちが整っている分、余計に。
彼女が一瞬こちらを見たので、俺は軽く片手を上げて応える。
男は、まだ俺が背後まで来ていることに気づいていない。
「……なんのことでしょう?」
最後の男が答える。
焦ってはいない。だが、しらを切るにしても少し芝居が雑だ。
「お仲間の方は、もうお休みですよ」
俺が声をかけると、男の肩がびくりと震えた。
ゆっくりと振り向く。
額に脂汗。
呼吸が少し荒い。
ああ、分かってる顔だ。
仲間が戻ってこない理由に、ようやく思い至ったらしい。
「さ、一緒に来てくれるかしら?」
シャルロッテが、満面の笑みのまま言う。
俺はジャケットの裾を少しだけ捲り、さっき男たちから奪った拳銃をちらりと見せた。
もちろん、こんな場所で撃つ気はない。だが、言葉で説明するより早い。
男は俺とシャルロッテへ二度、三度と視線を往復させた。
それから小さく息を吐き、肩を落とす。
諦めた。
「じゃあ、買い物して帰りましょうか」
踵を返し、シャルロッテがカートをガラガラと押していく。
いつの間にやら、カートの中には肉の塊とオレンジジュース、それからカットされた生野菜のボウルまで入っていた。
抜け目がないな。
「そうだ、お菓子も少し買っていきませんか」
俺が言う。
カートを押すシャルロッテと俺とで、男を挟む形になる。
端から見れば妙な組み合わせだ。
だが、周囲の誰一人として気にしていない。
「あ、良いわねぇ」
シャルロッテが声を弾ませる。
「こっちでしかないのとか、ちょっと見ていきましょうよ」
俺たちはいつも通り。
少なくとも、外から見ればそう見える。
ただ一人、真ん中の男だけが、顔色を悪くしたまま、何も言わずに俺たちへついてきていた。