FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
「こういう、あんまり見たことないお菓子って、ついチャレンジしたくなるのよねぇ」
そんなことを言いながら、シャルロッテは棚から適当に掴んだスナック菓子をぽん、ぽんとカートへ放り込んでいく。
軽い音を立てて袋が重なり、カラカラと車輪を鳴らしながらカートが進む。
ニコニコと、いつも通りの楽しげな笑顔。
合流した時点ですでに入っていた品物も含め、カートの中身はけっこうな量になっていた。
肉の塊、カット野菜、オレンジジュース、パン、それに今追加された菓子類。実に多種多様だ。だが、買い物というのはだいたいこういうものだ。自分だって一人で買い物に来ると、たまに妙なものをついで買いしてしまうことがある。だから苦笑いを浮かべるだけに留める。
俺とシャルロッテに挟まれて歩く男は、自分の身にこれから何が起こるのか想像しているのだろう。顔色が悪い。
だが、騒ぐでもなく、暴れるでもなく、大人しくついてきている。
外の仲間が助けてくれると信じているのか。
それともまだ、ここから抜け出す手段があると思っているのか。
どちらにせよ、今は静かなものだった。
レジを通る時も、特に怪しまれることはなかった。
多少、変わった取り合わせの三人組ではあるだろうが、わざわざ店員が気に留めるほどでもない。欧州の片田舎のマーケットだ。家族でも、友人でも、あるいはそのどちらでもない連れでも、こんなものだろうと流される。
会計を済ませ、袋詰めの台へ移る。
男にも荷を入れるよう顎で示しながら、重そうな袋を二つ、きっちり両手へ持たせた。
いやぁ、若い女の子や、執事服の細身の男が持つより、そこそこ体格のある男が持った方が自然でしょう?
軽いスナック菓子の入った袋だけを俺が片手に持ち、シャルロッテは手ぶら。
両手を塞がれ、掌へ食い込むほどの重さのビニール袋を持たされた男は、その重み以上に苦い顔をしていた。
「落とさないでくださいね」
小さく言ってやると、男の顔がさらに歪んだ。
返事はない。だが、反抗する気力もなさそうだ。
そのまま、三人連れ立ってマーケットを出る。
ガラスの自動ドアが開く。
夕方の空気が、店内の冷気を押し返すように頬へ触れた。昼間よりは幾分落ち着いたとはいえ、まだほんのりと熱が残っている。遠くで車のエンジン音。カートを戻す金属音。買い物帰りの客が話す声。
何気ない顔で、俺は駐車場の奥へ意識を向ける。
シャルロッテも同じことをしているのが分かった。
まだ連中は、俺たちが尾行に気づいたとまでは思っていないかもしれない。
だが、仲間だった男がこちらと一緒にいる時点で、何かしらの異常には勘づくだろう。ここで動くのか、それとも様子見を続けるのか。
男は、こちらに気づかれても構わないのかどうか、そのぎりぎりの線で視線を白いバンの方へ向けていた。
助けを求めているのか。
それとも、逃げろと伝えるつもりなのか。
はっきりとは分からない。
だが、肝心の車の方は静かなものだった。
俺たちはそのまま、自分たちの車まで辿り着く。
結局、何のアクションもない。
男の肩が、目に見えて落ちた。
……あまり上等な連中じゃなさそうだな。
シャルロッテは、何気ない様子で周囲を見渡しながら、何か動きがあればすぐ反応できるように立っている。
俺は男と一緒にトランクの方へ回り、荷物を入れようとした。
その時だった。
視界の端に、小さな四角いマークが現れる。
車の後部バンパー、その下あたり。
ほんのわずかに近づくと、表示が切り替わる。
インタラクトの文字。
そして、四角いマークに添えられた「発信機」の表示。
一瞬だけ足が止まる。
だが、すぐに動きを再開した。
何でもない顔のまま、車体全体へ視線を滑らせる。男は、俺の様子の変化に気づいていない。重い荷物をトランクへ押し込みながら、ただただ息を荒くしているだけだ。
ざっと確認する。
他に異物らしい表示はない。
この発信機だけか。
爆発物なんかが仕掛けられていたら厄介どころの話じゃなかったが、とりあえずは良かった。
荷物を入れ終わった男が、こちらを見てくる。
俺はにこりと笑って、小声で一言だけ告げた。
「乗れ」
男は何も答えなかった。
だが、怯えた目をしたまま、言われるまま後部座席の方へ向かっていく。
その様子を横目で確認しつつ、俺はシャルロッテの傍へ戻り、さっき回収した銃の一丁をさりげなく手渡した。
彼女は受け取ると、そのまま男とは反対側のドアから後部座席へ乗り込む。
外からは見えないように。
だが、男にははっきり分かるように。
その銃口を、そっと男の脇腹へ押し当てた。
俺は運転席へ滑り込み、エンジンをかける。
ハンドル下のスイッチをぱちりと押す。小さな音。
バックミラーへ視線を向ける。
車載の録画装置が切れたことを確認してから、俺は低く声をかけた。
「……発信機がつけられてました。どうします?」
その言葉に、男が驚愕したように身を乗り出しかける。
だが、ぐい、と脇腹へ押し込まれた銃口に気づき、どす、とシートへ体を戻した。
バックミラーの中に、シャルロッテの笑顔と、青ざめた男の顔が並ぶ。
「……そうね」
シャルロッテは少しだけ間を置いてから答えた。
「どうせ、いつかは割れるでしょうし。向こうは向こうで、自分たちが優位だと思ってる。なら、そのまま泳がせましょうか」
「了解」
短く返して、俺は車を発進させた。
駐車場を出る。
バックミラー越しに、白いバンを確認する。
結局、奴らはその場を動かなかった。
* * *
セーフハウスまでの帰路で、妙なことは何も起きなかった。
男も大人しいままだ。
暴れるでもなく、喋るでもなく、ただ後部座席に押し込まれたまま黙っている。シャルロッテに銃口を押し当てられている以上、下手に動けばどうなるかくらいは分かっているのだろう。
やがて、見慣れたセーフハウスへ戻る。
ガレージへ車を滑り込ませ、シャッターを閉める。
外の音が遮断される。エンジンを切ると、室内は急に静かになった。
俺が先に車を降り、後部座席の方へ回り込む。
ドアを開け、銃を向けたまま顎をしゃくる。
「出ろ」
男は、もはや抵抗する気力もなさそうに、大人しく車外へ出てきた。
「“荷物”はこちらで持っていきますので、こちらをお願いできますか」
反対側から降りてきたシャルロッテへそう託すと、彼女は軽く頷き、男を伴って家の中へ入っていく。
その背を見届けてから、俺は車の後部へ向かった。
視界の端に発信機の表示が残っている。
車体の傍へしゃがみ込み、バンパーの下を探ると、磁石式の小型発信機らしきものが指先へ触れた。
なるほど。
手際は悪くない。
どの程度の距離をカバーできるのかは分からないが、あの連中が直接追ってこなかったことを考えると、そこそこ性能は良いのだろう。
俺はそれをそのまま、ガレージに転がっていた適当な箱の中へ放り込んだ。
ぱんぱん、と軽く手を叩く。
それからトランクを開け、買ってきた荷物を取り出して俺も家の中へ入った。
室内へ入ると、男はすでに手錠を掛けられ、猿ぐつわを噛まされ、階段の手すりへロープで繋がれていた。
どこから取り出したのかは知らないが、こういう家なら手錠の一つや二つ、どこから出てきても不思議じゃない。
「とりあえず、外しておきました」
キッチンへ荷物を置きながら報告する。
「ええ」
シャルロッテが振り向きもせず答える。
「装備が整えば“お帰り”いただいて、急に来られたら手はず通りに、ね」
今はまだ、こちらも万全じゃない。
装備が届いていない以上、ここへ本気で来られると少し面倒だ。一応、事前に確認していた逃げ道はある。最悪、このセーフハウスを捨てて別へ移るだけだ。
連中が、どれだけ血気盛んか。
できれば、もう少し待ってもらえると助かるんだけどな。
「じゃあ、こっちを進めましょうか」
シャルロッテが、手すりへ繋がれた男を見る。
男は、自分がこれから“何か”をされるのだと察したのだろう。
フルフルと必死に顔を横へ振っている。だが、その訴えに答えてやる義理はない。
俺は男の横を通り、階段下の収納を開けた。
最初に見つけておいた床下の隠し扉へ手をかける。ぎい、と持ち上げると、ひんやりとした空気が流れてきて頬を撫でた。
男を繋いでいたロープを外し、手錠と猿ぐつわだけの状態へ戻す。
そのまま銃口を押しつけ、階段を下りるように促す。
床下収納の扉が開いた瞬間から、男はさらに激しく抵抗しようとし始めた。
暴れはしない。だが、肩をよじり、顔を振り、必死に首を横へ振っている。
涙と鼻水が無様に流れ、口に噛まされた布はよだれで濡れていた。
俺は無言のまま、銃口をさらに押しつける。
男は一瞬だけ抵抗の気配を見せたが、やがて諦めたように項垂れ、そのまま階段を下り始めた。
その後ろへ、俺とシャルロッテも続く。
柱のスイッチを押す。
小さな裸電球が一つ灯り、寂しく地下を照らした。
男はきょろきょろと不安げに周囲を見渡している。
工具類、棚、ロープ、木箱、バケツ。元は備蓄庫かなにかだろうが、使おうと思えばいくらでも使える空間だ。
シャルロッテは一言も喋らない。
ただニコニコと、いつも通りの笑顔のまま男を見ている。
その様子が余計に恐ろしいのだろう。
地下室には、男の荒い呼吸だけがやけに大きく響いていた。
俺は部屋の隅にあった木製の椅子を引きずってくる。
男の後ろへ回り込み、肩を押してそこへ座らせた。
後ろ手を椅子へ括りつける。
足も固定する。
その間に、シャルロッテはどこから取り出したのか、白手袋を嵌めていた。棚からハンマーや鋸、ペンチなんかを取り出し、キャスター付きの工具台へ丁寧に並べていく。
俺は部屋の端にある蛇口から水を出し、青いバケツへ水を溜める。
薄手の布を脇へ掛け、そのまま椅子の横へ置いた。
「さ、後は私がやっておくから」
シャルロッテが明るい調子で言う。
「そっちは“向こう”をお願いね」
向こう。
つまり、マチルダだ。
恐らく、今回俺たちを狙ってきた連中と、オクタヴィア狙いは別件。とすると、ウチの構成員を探っている連中関係と考えるのが妥当。二面作戦の可能性がある以上、マチルダのフォローへ回った方が合理的だ。
俺は頷き、男の傍へ寄った。
耳元へ顔を寄せ、囁くように言う。
「……私が居れば、少しは楽になれたかもしれませんが」
なるべく同情しているように。
憐れんでいるように。
「早めにお答えすることをお勧めします」
男は目を見開いてこちらを見た。
何かを訴えかけるように。だが、口から出るのは呻き声だけで、椅子ががたがた揺れる音が地下に反響する。
俺は近くの棚から弾薬ケースを取り出した。
先ほど奪った銃に使える口径のものを一箱見繕って抱える。
「では」
それだけ伝えて、俺は地下を後にした。
シャルロッテは片手をひらりと上げて答えるだけ。
扉を閉める直前まで、男の懇願するような視線が俺を追っていた。
* * *
車を出すと小回りが利かない。
だから、俺は徒歩でマチルダの住む区画へ向かった。
家を出る前に、一応周囲を確認したが、怪しい車両も、人影も、今のところは見当たらない。
まだこちらを観察しているのか。
それとも、マーケットでの“出来事”で警戒し、いったん引いたのか。
まあ、どちらでもいい。
すっかり陽が落ちた町並みは、昼間とは別の顔をしていた。
街灯がぽつぽつと灯り、家々の窓から漏れる灯りだけが通りをぼんやりと照らしている。
田舎らしく、人通りはほとんどない。
遠くで犬が一声吠えた。木々の葉がさらさらと擦れ合う。どこかの家から、夕食の匂いらしきものが流れてくる。
不自然にならない程度の速度で駆けながら、周囲を警戒する。
走ること数分。情報で場所だけ頭に入れていた、マチルダの住むアパートメントの近くへ辿り着いた。
三階建て。
古いが、しっかりした造りの建物だ。いくつかの部屋には灯りが入っていて、カーテン越しに生活の影が見える。
通りを挟んだ向こうには、学園の敷地が広がっていた。
なるほど。これだけ近ければ、朝の合流も夜の帰宅も負担にならないだろう。
俺は通りの角へ身を潜めつつ、マチルダの部屋の位置を確認する。
彼女の位置を示す青いマーカーと名前が大人しく動いている。
幸い、今のところ不自然な様子は見受けられない。
ほっと息を吐いた、その時だった。
通信端末が震えた。
「……はい」
短く出る。
『私よ。そっちはどう?』
シャルロッテだ。
「今のところは異常ないですね」
周囲を見渡しながら答える。
「とはいえ、もう少し様子を見た方がいいかと」
辺りは静かなものだ。
さわさわと木々が揺れる音だけが耳に残る。
『良かった。こっちは、吸える情報は吸えたと思うわ』
後でアルフとお嬢にも共有するつもりだけど、と前置きしながら、シャルロッテが端的に内容を伝えてくる。
「……なるほど。つまり、以前の任務で敵対していた連中が、探りを入れてきてるってわけですか」
理由の全部まではまだ不明だ。
だが、それでも十分面倒だ。
探って、どうするつもりなのか。
こちらの組織そのものへ手を伸ばしたいのか、あるいは俺たち個人を狙っているのか。はたまたさらに別の思惑があるのか。
『そういうことみたいね』
シャルロッテが少しだけ声を低くする。
『最初はほんとに“調べるだけ”だったみたいなんだけど、段々と威力偵察みたいな感じに変わっていったらしいわ』
なるほど。
それで構成員が殺されるところまで話が進んだ、ということか。
「……今後のプランはどうなりますか」
このまま守るだけ、というのも時間を消耗するだけだ。
どこかで切り返さないといけないだろう。
『そうね……』
シャルロッテが、少しだけ考える気配を見せた、その時だった。
視界に、ゆっくりと進んでくる車両が二台。
全面スモークのSUV。
この町並みには、少しばかり似合わない雰囲気だ。
その二台が、まっすぐアパートメントの前で止まった。
「おっと」
俺は即座に声を落とす。
「すみません、こちらで動きがありました」
ドアが開く。
降りてきた男たちは、目出し帽を被った怪しい姿だ。遠目に見た限り、長物は持っていないように見える。だが、そんなものは当てにならない。
頭上に、次々とマーカーが現れる。
六人。
「また後ほど」
俺は短く告げる。
「面倒が終わりましたら、かけ直します」
通信を切る。
男たちは手際よく二手に分かれた。
正面。
そして裏手。
やれやれ。
静かな夜になればと思ったんだが。
「さて、行きますか」
ぺろり、と唇を舐める。
慣れない銃のグリップを指先で撫でる。
視線の先。
闇の中で、赤いマーカーだけがはっきりと浮かんでいた。