FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第37話 警戒態勢

「ご苦労様です」

 

 セーフハウスの前に停まったゴミ収集車へ、軽く声をかける。

 

 深く帽子を被った清掃員が二人。どちらも真新しいツナギに身を包み、無駄口ひとつ叩かずに働いていた。

 朝の光の下、彼らは玄関先に積んであった黒いポリ袋を、ひとつ、またひとつと手際よく回収していく。

 

 どさり。

 どさり。

 

 鈍い音が、静かな住宅街に小さく響く。

 

 日本でよく見る、後ろから押し潰していくタイプの収集車ではなかった。荷台へ投げ込み、そのまま運ぶ形式らしい。

 もしあれが圧縮式だったなら、なかなか想像したくないことになっていただろう。……いや、考えるのはやめよう。

 

 最後の袋が積み込まれ、車体後部の扉が閉じられる。

 清掃員の片方がこちらに軽く会釈し、もう一人が無言で運転席へ乗り込んだ。

 

 エンジン音が低く唸り、収集車はゆっくりと通りを去っていく。

 その後ろ姿を見送ってから、俺はひとつ長く息を吐いた。

 

 どこか生ぬるく、淀んでいたように感じていた空気が、朝のひやりとした新鮮さに塗り替えられていく気がする。

 二度、三度。肺いっぱいに朝の空気を吸い込む。

 

「あら、終わったのかしら?」

 

 背後で、がちゃりと玄関の扉が開いた。

 

 振り返ると、制服姿のシャルロッテが顔を覗かせていた。

 アップにまとめた金糸みたいな髪が、朝日に照らされてきらきらと光っている。今日も今日とて、見た目は名門校の良家の令嬢そのものだ。

 

「ええ、いましがた。そろそろ出ましょうか」

「そうね」

 

 短く答えて、彼女はそのままガレージの方へと歩いていく。

 俺は玄関の鍵を閉めてからその後に続いた――が、途中で思い出して足を止めた。

 

 ガレージと玄関の間、壁際のパネルを開く。中には整然と並んだスイッチ。

 俺はそのうちいくつかを順に上げていく。

 

 パチ。

 パチパチ。

 

 わずかな作動音のあと、どこか家の内部で、何かが稼働する気配がした。

 念のための防護。留守中に誰かが面白半分で踏み込んできた時のための、小細工だ。過剰と言えば過剰だが、発信機の件もある。なくはないだろう。

 

 銀色のロックバーがきちんと作動したのを確認してから、パネルを閉じる。

 

 よし。これでいい。

 

 

 

 

 学園へ向かう車中。

 朝の道は比較的空いていて、車は滑るように街並みを抜けていく。

 

 バックミラー越しに見ると、シャルロッテは後部座席で窓の外を眺めていた。頬杖をつきながらも、視線は流れる景色の向こう、少しばかり考え事をしているようだった。

 

「にしても、マチルダの件は何かしらね」

 

 ぽつりと、小さく呟いて彼女が切り出す。

 

「そうですね。昨日の今日ですから、すぐには情報が出るかは分かりませんが」

 

 俺はハンドルをゆっくり切り、横断歩道を渡る少年たちが通り過ぎるのを待ってから角を曲がる。

 

「ともかく、彼女が俺たちに何かを隠している可能性は高いでしょうね」

「ええ」

 

 短い返事。

 

 少なくとも、マチルダのマーカーは青から緑に変わった。

 つまり、明確な「味方」ではなくなったということだ。

 

 今までの経験上、緑になった相手は何種類かいた。

 

 ただの第三者。

 仕事上の協力者。

 一時的に利害が一致しているだけの相手。

 敵ではないが、味方とも言い切れない存在。

 

 だから今回も、現時点ではその程度の認識だ。

 ……もっとも、“今は敵対していないだけ”という可能性を考えると、気は抜けないが。

 

「そういえば、朝方、学園の方から連絡があったんですって?」

 

 思い出したようにシャルロッテが尋ねてくる。

 連絡を受けたのは俺だった。朝食の際にざっと共有はしていたが、細かいところまではまだ話していなかった。

 

「ええ。そうです。昨日の件、学園のすぐ脇で“あんなこと”がありましたからね。まともな教育施設なら、まあ、仕方ない反応かと」

 

 学園からの連絡内容は簡潔だった。

 近隣で事件が起きたため、学園側の警備体制について説明を行うこと。合わせて、生徒の付き添い――つまり俺やマチルダのような人間の、学園内での立ち回りも再確認したい、とのことだった。

 

「……まあ、オクタヴィア側は私の方で見ておくから、恒一さんはマチルダ担当ってことで」

 

 そうなるだろうな。

 戦力が分散するとも言えるが、専念できるとも言える。

 

 もちろん、不測の事態があれば別だ。だが今のところは、目先の事に集中する方がいい。

 

「装備類も、今日中には届くようですから。帰宅後に確認しておきましょうか」

 

「ええ、そうね」

 

 そう答えたあと、有事の事を考えているのかいつもより口数少なく、流れる景色を瞳に反射させていた。

 俺も、あえてそれ以上は話さなかった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 学園の正門が見えてくると、どこか雰囲気が固い。

 

 門の脇にある警備室には、増員されたらしい警備が何人か詰めていた。制服の上からでも分かる、妙に整った装備。

 露骨に火器を見せびらかしているわけではないが、あれは普通の警備員のじゃない。それなりに修羅場をくぐっているような空気を纏っている。

 

 登校してくる学生や、俺たちのように車で入る関係者へ、視線が細かく配られている。

 

「……IDをお願いします」

 

 門前で停止した車の運転席側に、警備の男が回り込んできた。

 口調は丁寧だが、明らかに硬い。

 

「どうぞ。今日は少し物々しいですね」

 

 IDカードを差し出しながら、それとなく会話を振ってみる。

 もちろん、学園関係者に朝の時点で連絡が行っているのはお互い知っているだろう。ただ、どこまで向こうの口から情報が出るかは、把握しておきたかった。

 

 警備の男は端末にカードを通し、数秒確認したあと、こちらへ返してきた。

 

「……ID、問題ありません。申し訳ありませんが、自分たちは回答できません。この後、内部の警備関係から一律でご説明がありますので、そちらでご確認ください」

 

 端的。

 無駄もなく、余計なことも言わない。やはり優秀そうだ。

 

 ちらりとバックミラーを見る。

 シャルロッテが小さく頷いた。――了解。これ以上の詮索は無意味、という合図。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 にこやかに礼を告げ、そのままゆっくりと車を発進させる。

 

 学園内へ入っても、やはりどこか浮ついた空気があった。

 大人たちはぴりぴりと神経を尖らせている。

 学生たちは、不安と緊張と、それから少しの好奇心。

 

 うわさ話に花を咲かせているのか、身を寄せ合って、時折笑い声も聞こえてくる。

 

 自分の身に直接危険が降ってくるまでは、案外人は恐怖を本気では捉えない。

 若ければなおさらだ。台風が近づくと妙にそわそわする、あの手の感覚に近いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 車を任せたあと、シャルロッテとはそこで別れた。

 彼女はそのまま本館へ。案内という名目で、ほとんど警備に近い形で職員に連れられて行く。

 去り際、こちらに軽くウインクを投げてきたので、俺は苦笑しながら片手を上げて返しておいた。

 

 俺の方にも、あちらへどうぞと声が掛かる。

 先日マチルダに案内された、学生関係者用の建物だ。逆らう理由もないので、そのまま従った。

 

 建物へ近づくにつれて、人の密度が昨日とは明らかに違うことに気づく。

 入口の外にまで人が溜まっていた。

 

 入場待ち、というよりは、立ち止まって喋っているから流れが悪い、という感じだ。

 そのざわつきの中へ身を置き、耳を立てるともなく周囲の会話を拾う。

 

 近くで連続殺人があった。

 学園に脅迫状が届いた。

 いや、悪魔が出たんだ。

 夜道に出たら首を持っていかれるらしい。

 

 ……あることないこと、好き勝手だ。

 だが共通しているのは、今後しばらく学園内での自由が減りそうだ、という不満と不安だった。

 

 まあ、そうなるだろう。

 

 流れに乗ってようやく建物内へ入る。

 ロビーにも人が溜まっていたが、話は二階で行われるらしい。

 職員に誘導されて階段へ向かう人々を眺めていた時だった。

 

「……おはよう」

 

 背後から、低く抑えた声がかかる。

 振り返ると、マチルダが立っていた。

 

 少しばかりやつれた印象。

 服装自体は整っているが、細部が甘い。髪の乱れというほどではないが、どこかしら“意識が回り切っていない”感じがある。

 そして何より、周囲へ向ける視線が鋭すぎる。神経が立っているのが分かった。

 

 頭上のマーカーは、相変わらず緑。

 青には戻らない。

 

「おはようございます。昨日は大変でしたね」

 

 俺は自然な調子で返しつつ、ロビーの端へ少し寄った。

 まだ時間には余裕がある。ここで少し話しておこう。

 

「ああ。あの後、荷を纏めたりと色々あったからな。幸い、警察連中に見つかるようなことはなかった」

 

 後半はやや声を落として。

 

 話を聞くと、引っ越し自体はすぐ終わったらしい。

 先日のアパートから徒歩数分、隣のブロックにある別のアパートへ移ったという。元々彼女用に押さえていたセーフハウスらしく、面倒な手続きは不要だったとのこと。

 

 頭の中で住所を反芻し、おおよその位置を地図に重ねておく。

 

 あのアパートには、明け方近くに住人からの通報で警察が入ったらしい。

 今は黄色いテープで囲われ、現場検証だ何だで騒がしくなっているという。

 

 まあ、そりゃそうだ。

 身元不明の死体が六つも転がっていれば、さもありなん。

 

「……あれは、お前が一人でやったのか」

 

 確認するように、マチルダが尋ねる。

 

 おや。

 裏手の倉庫を見たのか。

 

「ええ、まあ。相手方が大したことのない連中で助かりました」

 

 実際、その通りだ。

 数発の発砲くらいはやむなしと思って実弾を持って行ったが、結局使わなかったし、使われもしなかった。

 もう少し連携の取れた相手なら面倒だったかもしれないが、あの程度ならなんとでもなる。

 

「……そうか」

 

 マチルダは、どこか遠いところを見るような眼で短く答えた。

 探りを入れるなら、今か。

 

「すみません、まだ時間大丈夫でしたら一服、いいですか?」

 

 ロビーの隅、窓際の灰皿に視線を向けながらそう尋ねる。

 昨今じゃ珍しいが、この建物は室内喫煙が許されているらしい。すでに何人かの男女が煙を燻らせていた。換気のため、窓が開けられている。

 

「あ、ああ。構わない」

 

 少しだけきょとんとした顔をしたあと、マチルダもついてくる。

 

 先客たちに軽く会釈し、俺は内ポケットから煙草を取り出した。

 以前、雨宮からもらった時と同じ銘柄。箱の端を軽く叩くと、一本が少し顔を出す。それを摘まみ、口に咥える。

 

 続けて、別のポケットからライターを取り出す。

 火打石の擦れる音。

 オイルの焼ける匂い。

 ちり、と小さな炎が立ち、先端に火が移る。

 

 ゆっくりと煙を吸い込み、横を向いて窓の外へ吐き出した。

 室内に向けるのはあまりよろしくない。

 

 ちらりと横を見る。

 マチルダは少しだけ眉間に皺を寄せていた。

 

「……どうです、マチルダさんも一本」

 

 箱を開いたまま、彼女へ向けて差し出す。

 

「……いや、私はこういうのはやらないんだ。気持ちだけ、ありがたく」

 

「おや、そうなんですか。そりゃ、付き合わせてしまって申し訳ない」

 

 恐縮したように眉尻を下げつつ、ほんの少し距離を取る。

 

「煙草はやらないとなると、お酒とかは呑むんですか?」

 

「たまには飲むがね。そうそう毎日はやらないよ」

 

 困ったように笑って答えるマチルダ。

 

 なるほど。

 

 そうですか、と軽く返しながら、煙草を最後まで吸い切る。

 灰皿に押し付ける頃には、ロビーのざわつきもだいぶ収まり、残っている人影も数えるほどになっていた。

 

「そろそろですかね。二階へ向かいましょうか」

 

 そう告げながら、ぐし、と短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

 

 マチルダは小さく頷いた。

 その横顔は相変わらず疲れていたが、別の何かに怯えているようにも見えた。

 

 

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