FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第38話 外からの警護

 煙草を吸い終え、マチルダと並んで二階へ向かう。

 

 階段を上がった先の空間は、以前ここに来た時と比べてだいぶ様子が変わっていた。

 もともと置かれていた机や椅子は端へと寄せられ、広い空間を作るように片付けられている。大勢を集める前提で、即席の集会場のように作り替えたのだろう。

 

 壁際に背を預ける者。

 不安げに胸元へ手を当てて立つ者。

 腕を組み、あからさまに不機嫌そうな顔をしている者。

 

 そこに集まる人間の反応は様々だったが、視線と耳だけは皆、一段高い位置に立つスーツ姿の男へと向いていた。

 

 俺とマチルダは最後の方に上がってきた口だったので、そのまま人混みの最後尾に収まる。

 前の人間の肩と肩の隙間を縫うようにして、壇上代わりのスペースを見る。

 

 階段を上がるところで紙切れを一枚手渡されていた。

 周囲の人間も同じものを持っている。ちらりと視線を落として目を通してみると、どうやら警備体制の変更に伴う、関係者向けの行動制限についてまとめたものらしい。

 

「皆さん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」

 

 一段高い場所に立つ男が、よく通る声で話し始めた。

 

 紙の内容を先に詳しく見てもよかったが、ちょうど説明が始まったところだったので、俺は視線を男の方へ戻した。

 なるほど、学園の警備責任者か、その補佐といったところだろう。きっちりしたスーツに身を包み、やや年のいった、いかにも現場をまとめてます、といった風格を感じる。

 

「既にご存じの方も多いでしょうが、先日、学園近隣で重大な事件が発生いたしました。警察の方々にもご尽力いただいておりますが、犯人の身柄はいまだ確保されておらず、皆さまもご不安のことと思います」

 

 その言葉を聞きながら、俺は説明を聞くふりをして周囲も観察する。

 今のところ、目立って不自然な様子はない。ざわつきや不安を感じてはいるようだが、こういう集まりでは自然な範疇だと思う。

 

 ただ、横に立つマチルダから一瞬だけ視線を感じた。

 どことなく不躾な類の意図を感じないでもなかったが、俺は知らぬ顔を決め込んだ。

 ……あなたは犯人を知ってますからね。ええ。

 

「生徒の皆さんの安全を考慮し、学園としては警備体制の強化を実施いたしました。既にご確認いただいております通り、学園内における警備員の増員が、その最たるものです」

 

 説明役の男は、場のざわめきが大きくならないことを確認しながら淡々と続ける。

 横に立つ部下らしき女性が、抱えていた紙束の一番上を取り、手元にある文書を軽く掲げた。

 

「皆さまにはご不便をお掛けしてしまい恐縮ですが、敷地内での出入りの制限、送迎についての経路遵守などをお願いいたします。詳細は先ほど紙面でお渡ししたものをご確認ください。追加で必要な方がいらっしゃいましたら、お帰りの際にお声がけください」

 

 壇上の男が、隣に立つ女の言葉に合わせてゆっくりとうなずく。

 周囲を見たが、予想していたよりも反発の声は少ない。これが学園の信用ゆえなのか、それとも単にこの場にいる人間たちが事情を軽視しているだけなのか。どちらでもいい。こちらにとって重要なのは、内容の方だ。

 

 俺は改めて手元の紙に視線を落とした。

 男の説明と照らし合わせながら確認していく。

 

 ――なるほど。

 

 しばらくの間、正門から駐車場までの順路を除いた、学園内部への立ち入りは制限。

 今いる関係者用の建物含め、サロンや寮、校舎周辺への出入りは基本的に禁止。

 要するに、俺たちのような付き添い人間は、生徒の送り迎えはできるが、学園内でそのまま待機することはできない、ということだ。

 

 もちろん、こういう制限があっても破る人間は出る。

 そして紙の最後には、そういった場合は警告の上、悪質であれば実力行使も辞さない、という文言がさりげなく書かれていた。

 

 ……まあ、学園としては当然か。

 

 しかしこれだと、オクタヴィアの周辺は本格的にシャルロッテに任せるしかないな。

 俺は横のマチルダをちらりと見る。彼女も同じ紙に目を走らせながら、眉間に深い皺を刻んでいた。

 

 傍から見れば、自分の護衛対象の近くにいられないことへの不満や不安。

 だが、それだけかどうかは分からない。

 

 学園が用意した追加人員がどれほどのものかは未知数だ。数はいても、練度や対応速度までは保証できない。敵の規模や質次第では、突破される可能性も普通にある。

 裏口、死角、搬入口、関係者通路。人が増えれば増えるほど、穴も増える。

 

 何があっても対応できるように、こちらも心構えだけはしておく必要がありそうだ。

 

「マチルダさん、後でこちらの警備について少し相談させてください。学園内はやはりシャルロッテさんに任せるしかなさそうですので」

 

 俺がそう声を掛けると、マチルダは一拍遅れてこちらを見た。

 

「あ、ああ。この後、外で少し話そう」

 

 返事の歯切れが悪い。

 やっぱりどこか、別のことに意識が引っ張られている感じがある。

 

 ……腹芸ができるタイプには見えないんだよな、この人。

 それでいて、何かしらを抱えている気配もある。エージェントとしてそれでやっていけるのか、と言いたいところだが、俺が人のことをどうこう言える立場でもないか。

 

 それでも、少しばかりマチルダ自身のことに興味は湧いてきた。

 彼女はナニをしているのか。あるいは、巻き込まれているのか。

 

 説明はその後も二、三続いたが、俺たちに直接関わるような内容は少なかった。

 やがて解散の空気が流れると、最後尾にいた俺たちは、人波に揉まれる前にさっさと建物を出た。

 

 車は迎えの時間まで置いておいて構わないということだったので、そのまま駐車場に残し、俺とマチルダは並んで正門の方へ歩き出す。

 

 天気はいい。

 日差しはぽかぽかと暖かく、風はふわりと、青い匂いを含んで頬を撫でていく。

 木々の葉が揺れる音まで心地よくて、任務がなければ芝生の上でひと眠りでもしたくなるくらいだった。

 

 まあ、そんな平和なことを考えていられる状況ではないのだが。

 

「……学園内で待機できないとなると、事が起きた時の対応が難しいな」

 

 横を歩くマチルダが、視線は前に向けたまま、考えをそのまま零すように言った。

 

「そうですね。とはいえ、学園から離れすぎるのも考え物です」

 

 俺はそれに答えながら、ふと気になっていたことを聞いてみる。

 

「ところで、依頼主であるオクタヴィア様のご家族からは何と?」

 

 俺とシャルロッテは別口。雨宮からの依頼で動いている。

 一方で、オクタヴィアの正式な護衛任務については、連絡系統の上ではマチルダの方が上位にいるはずだ。

 俺自身、所謂普通の依頼伝達がどういう流れなのか、正直まだよく分かっていない。俺の場合は大体、雨宮からの直接指示か、アルフが間に入ってくれていたからだ。

 

「今朝の時点で軽くすり合わせはしている。基本的には学園の指示に従いつつ、近い位置で待機、という具合だな」

 

 なるほど。

 依頼主側も、少なくとも現時点では学園の警備を信用している、ということか。

 

「承知しました。それでは、ある程度はこちらにお任せ、という感じですね」

 

「ああ。とはいえ、見ての通り学園内の警備も相当のものだ。私たちの出番は来ないだろうさ」

 

 そう答えるマチルダだったが、その言葉には妙に軽い。

 口ではそう言っているのに、本人がそれを本気で信じている様子ではない。

 何かが起こることを見越している? 今はまだ分からないな。

 

「ですね。有事に備えて、近くを散策でもしましょうか。怪しい人でもいたら大変ですし。ご一緒にいかがですか?」

 

 水を向けてみる。

 こちらに同行を断るかどうか。

 

「……いや、二手に分かれた方が手が広くなる。連絡を取り合う形で、放課後に合わせて合流しよう」

 

 まあ、そう来るとは思っていましたが。

 

「私は近くの溜まり場を回ることにする。こちらへ来てから多少は長いからな。ある程度は街のことも詳しい」

 

 そう話しているうちに、ちょうど正門に着いた。

 警備員たちは相変わらず硬い表情で周囲を見ている。登校時間はとうに過ぎているため、門扉自体は閉じられ、横手の小さな出入口から関係者だけが出入りしていた。

 

「分かりました。土地勘もないので、俺は辺りを歩いてみます」

 

 門の警備員にそれぞれIDカードを提示し、俺とマチルダはその場で別れた。

 小さくなっていく背を少しだけ見送り、反対方向へ。

 

 少し歩いて角を曲がったところで、内ポケットの端末が小さく震えた。

 取り出して画面を見ると、アルフの名前が表示されている。

 

 通話を取る前にちらりと背後を振り返る。

 壁が視界を遮っているが、その向こう、緑色のマーカーがゆっくりと通りを進んでいるのが見えた。

 ミニマップでも確認し、マチルダがしっかり角を曲がったことを確かめてから、俺は正門の方へ自然に戻る。

 

 手の中の端末を操作し、コールを取った。

 

「もしもし、お疲れ様」

 

『お疲れ様です、恒一さん。今お時間、大丈夫でしょうか? 先日問い合わせていただいた構成員の件でご報告です』

 

 アルフの落ち着いた声が耳元に届く。

 

「ああ、大丈夫。ちょうどよかった」

 

 俺はマチルダの進行方向を意識しながら歩みを調整する。

 建物を挟み、見失わないように。それでいて向こうからは見えないように。

 

『それでは、マチルダ・ベイルについて分かったことをお伝えしますね』

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