FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第39話 選択肢

「頼む」

 

 そう短くアルフへ返しながらも、俺の視線は変わらず前を向いていた。

 いや、正確には、少し先を進むマチルダのマーカーに張り付いている。

 もちろん、視界の端のミニマップにも位置は映っている。ある程度の距離さえ保っていれば見失うことはない。

 

 端末を耳に当て、ただ通話をしながら歩いているだけの一般人のように。

 足取りだけは変えず、自然体を装いながら俺はマチルダの後を追っていた。

 

 彼女のマーカーは、まだゆっくりとした足取りで前へ進んでいる。

 走るでもなく、立ち止まるでもなく。目的地が決まっているようにその歩みは迷いがない。

 

『まずは基礎プロフィールから。マチルダ・ベイル、二十八歳。出身はスコットランド東部の田舎町です。両親は彼女が十代の頃に他界済み』

 

 ……ベイル。気にかかる響きだ。

 だが、勘違いかもしれない。俺は無言のまま、アルフの先を促す。

 

 横断歩道の信号が点滅を始めていた。

 タイミングよく渡り切り、昼前で人の流れが少し増えてきた商店街を抜ける。パン屋から漏れるバターの匂い、青果店先の果物の甘い匂い、開いたままの惣菜屋から漂う油の匂い。そんな生活の匂いを横目に、俺はゆっくりと街はずれの方へ歩みを進めた。

 

『他の家族としては、上に兄が二人いるようですが、本人曰く、生死不明。マチルダはその二人を探しているようです』

 

 兄、という単語に、記憶の奥でさらに何かが小さく引っかかる。

 輪郭が浮かび上がりかかり、それがさらに形作られていく。

 

『両親の死後、兄弟そろってこちらの業界に入ったようですね。適性があったのか、あるいは運が良かったのか。無難に依頼はこなしていたようです。ただ、兄たち二人とは別口で仕事を受けていたらしく、彼女は主にボディガード系の仕事をしていたようですね』

 

 アルフは淡々と読みあげる。まるで報告書を見ながら言っているように淀みないが、今まで一緒に依頼を受けていた時も同じような感じで諳んじていた。

 今もそうなのだろう。少しばかり顔を見ていないせいか、妙に懐かしく感じる。

 

 商店の数が減り、代わりに石造りやレンガ造りの古い民家が目に付くようになってきた。

 窓辺に花の鉢を並べた家、白いカーテンの揺れる家、車一台分の庭先に雑草が伸び放題になっている家。街の中心から少し外れただけで、雰囲気が急に静かになる。

 

『評価はそれなりにあったそうです。ウチの組織への登録は二か月前。今回の依頼が、ウチとしては初任務ですね。加入時に兄について組織に確認していた記録が残っています。こちらとしては、該当なしとしかお答えできませんでしたが』

 

 なるほど。

 兄を探している。

 組織に登録した理由のひとつも、それかもしれない。

 

 そして、それが本当なら。

 いや、まだ早い。だが――

 

「その兄の名前は?」

 

 俺は冷静に、そう尋ねていた。

 

 頭の中に浮かんでいたのは、最初の仕事の時のことだ。

 雨宮に依頼され、尾行をして。見つかって。

 廃工場へ連れ込まれて。

 

 あの時現れたイレギュラー。

 そして、キルログに流れた名前。

 

『エマーソンとリドリーです』

 

 その瞬間、記憶が一気に色を持った。

 

 あの廃倉庫の薄暗さ。

 鉄と埃と血の匂い。

 初めて、自分の意思で引き金を引いた時の感触。

 血を流して倒れていた大柄な外国人。

 視界の端を流れた、エマーソン・ベイルという名。

 

 同姓同名。

 ただそれだけの偶然かもしれない。

 

 だが、的外れではない気がした。

 むしろ、妙なほどに、嫌なくらいに、ぴたりと嵌る感覚があった。

 

 ……?

 

 ちょうど交差点の信号で足を止めた時だった。

 意識の端に、小さな棘のような違和感が引っかかった。

 

 何だ。

 

 視界の中の情報を、一つずつ整理する。

 

 信号は赤。

 歩行者は少ない。

 買い物帰りらしき初老の老婆が一人、杖を片手に信号待ち。

 車道には数台の車が流れている。

 店のガラスに映る通行人。

 カーブミラーに掠める影。

 

 ……こいつか。

 

 ベージュのパンツに、ライダースジャケット。

 皺の入った顔立ちの中年男。髪も体格も、どこにでも居るようなオヤジだ。

 自然に見える。あまりにも自然で、最初は目が滑りそうになる。だが、どこか、この街の空気とは微妙に噛み合っていなかった。

 

 田舎町に馴染んでいるようでいて、馴染みきれていない。

 観光客でもない。地元の人間でもない。

 

 ミラー越しに少しだけ注視し、マーキングを付ける。

 信号が青に変わった。俺は何も気づいていないふりで歩き出す。

 

『……恒一さん?』

 

 端末越しにアルフが怪訝そうな声を出す。

 おっと、しまった。

 

「ああ、悪い。情報提供ありがとう。後でシャルロッテさんにも共有しておく」

 

 それじゃあ、と短く切り上げ、通話を終える。端末を内ポケットへ滑り込ませた。

 マチルダの方は変わらず進んでいる。このまま追えなくはないが、背後の男を放置して面倒が増える方がまずい。

 

 先にこっちをどうにかするか。

 

 念のため、マチルダが向かった方向とは別へ。

 二度、三度と角を曲がり、人通りが少なくなる方へ足を向ける。町はずれ、農家の残る区画だ。畑の脇に古びた農具が立てかけられ、草の伸びた小道の向こうには、長く使われていないような小屋が見える。

 人が居なくなって久しいのか、手入れの途切れた風景がところどころに残っていた。

 

 ミニマップを確認する。

 さっきの男は、変わらず一定の距離を保ったままついてきていた。

 

 ……狙いは俺で確定、か。

 ならば、話は早い。

 

 俺は先ほど内ポケットにしまった端末を再び取り出し、誰かと話しているふりをしながら少し歩調を速めた。

 まるで道案内でもされているように周囲を見回し、少し慌てたような芝居を交ぜて、小走りで角を曲がる。

 

 ちょうどそこには、大きな垣根があった。

 後ろから来る男からはこちらの姿が見えない。

 俺はその角の内側で身を潜め、待つ。

 

 マップを見る。

 男が慌てたようにこちらへ駆け寄ってくる。

 

 ……今だ。

 

 角を曲がってきた男が、俺の姿を目にして目を見開く。

 その表情を確認した瞬間、俺は喉元に軽く手刀を入れて、まず声を奪った。

 

 強くやりすぎると、本当に喉を潰してしまう。

 加減は必要だ。

 

「ぐえっ……!」

 

 潰れたカエルみたいな声を漏らして前のめりになった男の頭が、ちょうど良い位置まで下がる。

 そこへ、躊躇なく膝を入れた。

 

 鈍い音。

 男の身体から力が抜け、そのまま崩れ落ちる。

 

 周囲を素早く確認。

 人影なし。窓から覗く住人の気配もなし。

 

 俺は倒れた男の襟を掴み、近くに見えた廃小屋へ引きずっていく。

 

 運よく、鍵は掛かっていなかった。

 もともとは付けられていたのだろうが、木の扉は風雨に晒されて朽ち、蝶番も錆び、今では辛うじて扉が閉まっているだけという有様だ。

 足元には、茶色く変色した錠前がぽつんと落ちていた。

 

 男を地面に転がしたまま、小屋の扉を押す。

 ぎい、と鈍い音がして扉が開き、内側の乾いた空気がぶわっとこちらへ流れ出た。

 

 埃の匂い。

 古びた金属の匂い。

 獣か鳥か、小さな生き物が出入りしていたような、微かな動物臭。

 

 灯りはない。だが、壁の高い位置にはめ込まれた曇りガラスから昼の光がぼんやりと落ちてきており、内部を確認するには十分だった。

 

 放置された農具が散乱している。

 錆びた鍬、割れた木箱、歪んだバケツ、グルグルと纏められた麻縄。

 それなりに広さがあり、圧迫感はない。少し話を聞くくらいなら悪くない場所だ。

 

 俺は外に転がしたままの男を再び掴み、小屋の中へ引きずり込んだ。

 丁度よく立っていた柱に、近くに落ちていた麻縄を使って男を縛り付ける。後ろ手にして、足も別に縛れば暴れようがないだろう。

 

 男は項垂れるようにして地面に座り込んでいる。

 その服を検める。

 

 財布。

 携帯。

 バーのマッチ。

 車のキー。

 

 銃は――ない。

 なるほど。尾行専門か、あるいは街中だから持ち歩いていなかったか。

 

 頬をぺちぺちと軽く叩く。

 引きずっている時にも少し意識が戻りそうな気配はあったお陰か、数度叩くと、男は「う……ぐ……」とうめきながら目を開けた。

 

「……う、ぐ……ごほっ、ごほっ! こ、ここは?」

 

 発声しようとした途端、喉の違和感にむせ返る。

 涙の滲んだ目で周囲を見ようとして、拘束されていることに気づき、最後に目の前の俺へ視線が止まる。

 

「て、てめえ!? 何しやがる!」

 

 睨みつけながら身体を捻るが、ぎし、と柱が鳴って少し埃が落ちてくるだけ。

 自分の状況を把握したらしい。観念したわけではないのだろうが、無駄に暴れるのはやめて、俺を睨むことだけに全力を注ぎ始めた。

 

 さて。

 少しでも情報を抜きたいところだが、この手のことは今までシャルロッテに任せていた。見て学んだ部分がないわけではないが、正直、やり方は分からん。

 

 俺は男の前にしゃがみ込む。

 手を伸ばせば届く距離。

 

 どうしたものか、と考えた、その時だった。

 ふと、視界の中に、見慣れない何かが浮かんでいることに気がついた。

 

 ……!?

 

 表情には出さない。

 だが、内心では相当に驚いた。

 

 今までも色々出てきた。マーカー、ミニマップ、射線、視界範囲。

 だが、これはそのどれとも違う。

 目の前に、まるでホログラムみたいな文字列が、暗い小屋の中でぼんやりと色を持って浮かんでいる。

 

 現実味がない。

 だが、実際目の前にソレは浮かんでいた。

 

 並んでいる、二つの文言。

 

 

 A:警察の人間か?

 B:マチルダを見張っていたのか?

 

 

 ……これって。

 

 俺は目の前の男を見たまま、内心だけで息を呑んだ。

 

 ゲームとかである、選択肢、だよな?

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