FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第40話 設問

 選択肢、選択肢……か。

 

 目の前に浮かぶ二つの文言を、俺は瞬きもせずに見つめていた。

 視線を大きく動かさなくても視界の下の方に固定されているそれは、それほど主張してくるわけでもない。かといって、見落とせるほど控えめでもない。

 

 そこにある。

 ただ、それだけで、現実味のない異物感を放っていた。

 

 今までの経験上、こういうものは大抵が有益に働いてきた。

 マップも、マーキングも、視界に差し込まれる様々な情報も。俺にとって不利になったことはない。

 だからといって、無条件で信じ込むにはコレはさすがに気味が悪い。

 

 とはいえ、今の俺に取っかかりがあるかと言われれば、ほとんどない。

 目の前にあるのは、縛り上げた男が一人と、得体の知れないこの“選択肢”だけだ。

 

 ただ、もっと切羽詰まった場面で、急に初見で“選択肢”が出てこられても困る。

 そう考えると、まだ今は試す余裕があるだけましとも言えた。

 

 ……よし。

 損得で考えれば、使わない理由はない。

 とりあえずは、“ちょうどいいタイミングで出てきた便利なもの”だと、雑に処理してしまおう。

 

 そう自分自身を納得させたら、次だ。

 

 問題は内容。

 二択が、俺の前にぶら下がっている。

 

 別に、時間が止まっているわけじゃない。

 世界がこの選択肢のためだけに待ってくれている、なんてことはない。

 

 縛り付けられた男は、さっきから何も言わずに俺を睨みつけていた。

 急に黙りこくって動かなくなった俺を、訝しがりながら。苛立ちと警戒を半分ずつ混ぜたような顔で。

 

 ……この二択以外の言葉は、自由に喋れるのか?

 ふと思い立ち、少し試してみる。

 

「今日は、いい天気だな」

 

 なんの脈絡もない言葉を口にした。

 問題なく発声できる。自分の声だ。喉に変な引っかかりもない。

 

「……あ?」

 

 男があからさまに面食らった顔をする。

 

「いや、何でもない。独り言だ」

 

 俺がそう返すと、男は今度は不気味なものを見るような目を向けてきた。

 悪いな。ちょっと色々、試させてくれ。

 

 視界の中の選択肢は、そのままだ。

 さっきと一文字も変わらない。

 

 ふむ。

 じゃあ内容そのものについて考えてみるか。

 

 仮に、この二つのうちどちらかが“当たり”だとして――

 

 Aの「警察の人間か?」。これはまずない。

 

 さっきこいつの懐を探った時、警察手帳だの身分証だの、それらしいものは出てこなかった。

 もちろん、完全に身元を隠して動いている可能性がゼロとは言わない。だが、そうは考えづらい。

 潜入捜査とかならまだしも、街中で誰を尾行する程度の任務なら、表で融通の利く立場の方が何かとやりやすいはずだ。

 

 それに、現段階で俺が警察にマークされるような理由はない。

 少なくとも、色々がバレてないとして。

 

 となると、消去法でB。

 「マチルダを見張っていたのか?」の方がまだ可能性は高い。

 

 ……よし。まずはそこからだ。

 

 俺は視線を少しだけ落とし、Bの文言へ意識を寄せる。

 

「マチルダを見張っていたのか?」

 

 意識とは裏腹に、勝手に声が出る感覚。

 声は俺のものなのに、どこか滑らかに口から発せられた。

 

 ……気持ち悪いな、これ。

 

 誰かに操られている感覚ではない。

 だが、自分の意思とは別のところで、最適化された言葉を喋らされているような、不愉快なズレがある。

 

 ただ、その効果は覿面だった。

 

「っ!?」

 

 男の肩がびくりと跳ねた。

 喉がごくりと鳴る。視線が揺らぐ。あまりに分かりやすい反応だ。

 

 こいつが単に無能なのか。

 それとも“選択肢を選んで発した質問”だからこそ、こういう反応が出るのか。

 そこまでは分からない。だが、今は細かい理屈より結果だ。

 

 少なくとも、図星らしい。

 それだけ分かれば十分だ。

 

 少し焦りの滲んだ男の顔を横目に、次の文言へ視線を移す。

 そう、新しい選択肢が現れていたのだ。

 

 A:マチルダを殺すためか

 B:マチルダを利用するためか

 

 「殺す」か、「利用する」か。

 

 前者は分かりやすい。

 もしこいつが欧州組織の手の者なら、この方向に繋がる可能性は高い。

 

 問題は後者だ。

 “利用する”なんて言葉は広すぎる。どうとでも取れる。

 

 広義で言えば、俺たちだってマチルダを利用している。

 真実を全部は伝えず、監視対象として、ある意味では囮として使っているわけだからな。

 

 ……そして、もう一本、線がある。

 

 あの夜。

 マチルダの部屋にいたと思われる、名前も知らない男。

 あいつとの関係が何であれ、少なくともマチルダは別口の誰かと繋がっているはず。

 こいつと関係しているなら……

 

 もっとも、まだ確証には早い。

 なら、無難な方から潰すべきだ。

 

「マチルダを殺すためか」

 

 そう口にした瞬間、男は一瞬だけ呆けた顔をした。

 次いで、肩を揺らして笑い始める。

 

「っははは! なんで俺たちがマチルダを殺さなきゃいけねえんだ! とんだお笑い草だぜ!」

 

 喉を痛めているせいで声は少し掠れていたが、それでも笑いは本物だった。

 腹の底からというよりは、心底くだらないものを聞かされた時の笑い。嘲り半分、呆れ半分。

 

 ……お前、無駄に反応が素直すぎないか。

 

 こちらからしたら、お笑い草なのはお前さんの方だ、と言いたい気分だった。

 とはいえ、そのおかげで情報が抜けるなら安いものでもある。

 

 俺は軽く頭を振った。

 

 マチルダの殺害が目的ではない。

 つまり、欧州組織の刺客という可能性は大きく後退した。

 

 選択肢を外したとしても、逆説的に答えが見える。

 ……ズルいな。

 だが、こちらに有利なら今は文句を言うこともない。

 

 となれば、こいつはマチルダを“利用している”側だ。

 マチルダのアパートにいた男の関係者。そっちの線がだいぶ太くなってきた。

 

 だが、では何のために?

 マチルダを使って何をする?

 

 まだ情報が少ない。

 次だ。

 

 新しい文言が、また自然に視界へ浮かび上がる。

 

 A:目的は俺たちか

 B:目的はマチルダの持つ情報か

 

 欧州組織の人間じゃないなら、主目的が俺たちである可能性は低い。

 そうなると、マチルダの持つ情報。

 それが何を指すかと考えれば――

 

「なるほど、学園関係か」

 

 ぼそりと呟いた俺の声に、男の顔色が変わった。

 先ほどまでの苛立ちや嘲笑とは違う。明確な警戒。

 恐ろしい何かを見るように、こちらを睨み返してくる。

 

 その変化に呼応するように、選択肢が切り替わる。

 

 A:オクタヴィアを狙っているのか

 B:学園を狙っているのか

 

 ……難しいところだ。

 

 どちらの線もある。

 オクタヴィア単体を狙うのか。

 学園そのものを狙うのか。

 

 だが、ここでオクタヴィアの名を出すのはあまりよろしくない。

 俺がその名前を特別に認識していることを、こいつに伝える必要はない。

 ……仮に、この場からこの男が出て行ける可能性が低いとしても、だ。

 

「学園を狙っているのか」

 

 その一言で、男は今までで一番大きく反応した。

 

「な、なにを言ってやがる……!?」

 

 喉が鳴る。

 脂汗が額から頬へ流れ、目尻がぴくぴくと震える。

 

 ……これは、当たりだな。

 

 ずいぶん話が大きくなってきた。

 学園そのものを狙う。

 だとすれば、マチルダが流していた情報も大体は想像がつく。

 

 けれど、その代わりに、マチルダが得るものは何だ?

 情報を渡して、何を受け取る?

 

 そう考えたところで、また視界に文言が差し込んだ。

 

 A:マチルダの見返りは金か

 B:マチルダの見返りは兄の情報か

 

 そうか。

 やはり、そこか。

 

 もう、質問をするまでもない。

 

 兄を探している。

 それはアルフの報告とも繋がる。

 

 なぜこいつらみたいな連中に情報を求めたのかは知らない。だが、藁にも縋る思いで手を伸ばした可能性は高い。

 組織を渡り、手当たり次第に情報を拾おうとして、その果てに変な連中へ引っかかった。そう考えると、それなりに話の筋は通る。

 

 とはいえ、やっていることは明確な裏切りだ。

 どうにかしないといけない。

 

 まずはシャルロッテに報告。

 勿論、雨宮達にも。

 そして――

 

 ……仮に、エマーソンという男が、俺があの時殺した相手と同一人物だとしたら。

 俺はマチルダにとって、兄の仇になるのか。

 

 胸の奥で、何か重いものが沈むような感覚。

 殺したくて殺したわけじゃない。

 あの場では、そうしなければ俺が死んでいた。恐らくは。

 

 だが、そんな理屈は、遺された側には関係ないのだろう。

 「仕方なかった」で納得できるなら、世の中に恨みなんて残らない。

 

 ……複雑な心情が渦巻いているのが自分でも分かる。

 

 だが、今ここでどうにかできる話じゃない。

 だが、因果はめぐる。嫌でも、そういう流れの中にいるんだろう。

 

 俺は小さく息を吐いて、目の前の男を見た。

 

 男はもう喋らない。

 ただ、汗を滲ませながら、じっとこちらを睨んでいる。

 瞬きの回数すら減っていた。まるで目を逸らしたら負けだとでも言うように。

 

 俺は選択肢を無視して、静かに問いかける。

 

「……なあ、あんたが殺された時、悲しんでくれる奴はいるかい?」

 

 一瞬、男は本気で何を言われたのか分からない、という顔をした。

 次いで、はっ、と鼻で笑う。

 

「そんなもん、いやしねぇよ」

 

 吐き捨てるような声音。

 だが、その次に続いた言葉は、少しだけ違った。

 

「……殺されたら、それまでだ。ただ、そんなこと思ってくれるヤツがいたら、ありがたいかもな」

 

 後半は、何処か寂し気だった。

 自嘲とも、諦めともつかない色を滲ませて。

 

 そうか。

 そうだよな。

 

 死んだ奴にも、繋がりはある。

 良い繋がりか、悪い繋がりかは別として、それは必ず何かが引っかかる。

 

 欧州組織の件も。

 マチルダの件も。

 俺が撃った男の件も。

 

 全部、因果だ。

 

 その輪の中に俺が居るのなら。

 俺が関わったことで誰かの人生が曲がって、その先で何かが起きるなら。

 その時は、最後まで俺がケリを付けなければいけないのかもしれない。

 

 俺は小さくうなずいて、男の傍へ歩み寄った。

 

 男は何かを悟ったのだろう。

 もう暴れもしない。ただ、口元だけに、どこかニヒルな笑みを浮かべていた。

 

 最後くらいは、せめて強がってみせる。

 そういう顔だった。

 

 俺はその表情を見下ろしながら、静かに手を伸ばす。

 

 小屋の中は相変わらず薄暗く、曇った窓から差し込む昼の光だけが、埃の粒を白く浮かび上がらせていた。

 外では風が草を撫でている音がする。遠くで鳥が鳴く。

 

 その静けさの中で、男は短く息を吐いた。

 そして、何処か諦めたような、穏やかですらある顔のまま、最後を迎えた。

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