FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第43話 着々と進む

 その後、昼食自体は何事もなく終わった。

 

 マチルダが会計を持つと言ってきたが、こちらも最近はこれといった出費がない。金は入るばかりで使い道がない、という風に、できるだけ軽く冗談めかして言うと、彼女は一瞬だけ戸惑ったような顔をして、それから少しだけ遠慮がちに頷いた。

 

 店の外へ出る。

 昼の光は高く、石畳に白く反射していた。通りを抜ける風は爽やかで、さっきまで店の中に漂っていた煮込みの匂いと、外の乾いた空気が入れ替わる。

 

「……午後はどうする?」

 

 歩き出して少ししたところで、マチルダがそう尋ねてきた。

 

 どことなく遠慮がちだった。

 兄の手掛かりが何も得られなかったことへの落胆か、それとも別の何かか。本人も半ば諦めているのかもしれない。だが、もしそうなら、なぜ組織を裏切ってまで兄の情報を追おうとしているのか。

 

 家族、というものが自分の生活から消えて久しい俺には、今ひとつ理解できない感情だった。

 もっと大事にしたい誰かがいたなら、あるいは変わっていたのかもしれないが、今さら考えても仕方がない。

 

「そうですね。続けて少し周りを散策してみます。マチルダさんは?」

 

 詮無きことだ、と自分の中で片を付けながら、問いを返す。

 

「ああ。私は学園の傍で待機しているとしよう。何かあったら連絡を入れてくれ」

 

 そう言って、彼女は学園の方へ歩いて行った。

 無駄のない足取りだったが、背中にはやはりどこか落ち着かないものが滲んでいるように見えた。

 

 さて。

 俺も、やるべきことをやるか。

 

 立ち去っていく背が通りの角へ消え、完全に視界から切れたのを確認してから、ポケットの端末を取り出した。

 シャルロッテへの報告だ。時間もちょうど良いぐらい、通話をかけると少しのコールの後、シャルロッテの軽やかな声が耳に届いた。

 

 午前中の出来事を、必要な情報だけに絞って端的に伝える。マチルダの件。兄の件。学園を狙う別口の連中の話。

 

『なるほど』

 

 通話口の向こうで、シャルロッテが小さく納得の声を漏らした。

 それから二、三、確認のためのやり取りをした後、詳しい話は放課後に詰めましょう、ということでまとまった。

 

 だが、最後にこぼすように一言。

 

『……面倒なことになってきたわね』

 

 まったくもって、その通りだ。

 思わず「そうですね」と返してしまったが、それに対して向こうは小さく笑っただけだった。

 

 ともあれ、報告は済んだ。

 

 端末をポケットにしまい込み、午後の光を見上げる。

 気候だけなら申し分ない。散策日和、と言っても差し支えないくらいだ。

 

 もっとも、こちらは観光客でも学生でもない。

 のんびり景色を楽しむために歩いているわけじゃない。

 

 俺は歩調を一定に保ったまま、学園近くのカフェでマーカーが止まっているマチルダを確認しつつ、周辺の確認を続けた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 放課後までの間、特に目立った異常はなかった。

 授業の終わったシャルロッテと合流し、俺たちはそのままセーフハウスへ戻ってきた。

 

 ガレージから降りて玄関へ向かう途中、郵便受けに一枚の紙切れが挟まっているのが目に入った。

 白い、少し厚めの紙。目立つでもなく、かといって見落とすほどでもない。

 

「シャルロッテさん、先に入っていてください」

 

 そう断ってから郵便受けのところへ寄り、紙を抜き取る。

 書かれていた文字列を見て、思わず口元が少しだけ緩んだ。

 

『お荷物お届け 試用品サンプル(組み立て部品)二点』

 

 表向きには、いかにもそれらしい文言。

 だが、裏を返して数字の羅列を見れば、意味ははっきりする。

 以前アルフに教えられた暗号文と、それに対応する連絡先だった。

 

 紙を持ったまま家へ入る。

 

「あら、プレゼントが届いたのかしら?」

 

 二階から降りてきたシャルロッテが、そう言ってこちらを見る。

 既に制服から動きやすい室内着に着替えていて、金糸のような髪も軽くまとめ直していた。外向きの顔を脱ぎ捨てた後の、いつもの彼女だ。

 

「ええ。連絡します」

 

 端末を取り出し、記載された番号へコールする。

 機械音声の案内が流れ、続いて紙に書かれていた数字列を抜粋して入力する。

 これでOKだ。

 

 シャルロッテはもうそれ以上何も言わず、キッチンへ向かった。

 俺も通話を切ってから後を追う。

 

 彼女はいつの間にか湯を沸かし始めていて、二人分のカップを用意していた。

 シャルロッテには紅茶、俺のカップにはインスタントのコーヒーが注がれる。

 たしか、お茶請け用の菓子がいくつかあったはず、それも出してしまおう。

 

 待つことしばし。玄関の呼び鈴が鳴る。

 

「来ましたね。私が」

 

 そう言うと、クッキーを片手にしたまま、シャルロッテが視線だけで促してきた。

 任せる、という意味だろう。俺はそれに頷いて玄関へ向かった。

 

 玄関先で受け取ったのは、大きめの段ボールが二つ。

 見た目はただの箱。描かれているイラストから、工業部品か精密機器のサンプルに見える。だが、もちろんそんなものが届くはずもない。

 

 キッチンへ戻ると、シャルロッテが既に食器類を片付け、テーブルの上を綺麗に空けてくれていた。

 そのまま段ボールをどさりと置く。

 

 大きい方をシャルロッテへ。

 少し小さい方を自分の前へ。

 

 それぞれガムテープを剥がし、箱を開ける。

 中には緩衝材に包まれた小箱がいくつも入っていた。箱の表面には、英語で注意書きと、ありふれた機械部品のイラスト。知らない人間が見れば、そのまま信じるだろう。

 

 小箱を開けると、パッキングされた銃の部品が顔を出した。

 

 黒光りした金属。

 埃一つなく、丁寧に分解清掃された跡。向こうでよほどきちんと扱ってもらったらしい。油染みもない。まるで新品のように磨き上げられている。

 

 ガサガサと次々に開け、中身をテーブルの上に並べていく。外箱は床へ。

 無駄のない作業音だけが静かにキッチンへ響いた。

 

 ちらりとシャルロッテの方へ視線を投げる。

 彼女も同じように部品を取り出していた。

 

 いつもの飄々とした顔は鳴りを潜め、真剣そのものの眼差しで、一本一本、部品を確認している。こちらの視線には気づいているはずだが、あえて無視して作業を進めていた。

 

 俺も手元へ意識を戻す。

 

 部品が足りていることを確認し、そのまま組み立てへ入る。

 何度も繰り返してきた作業のせいか、最近は更に手が早くなった気がする。もっとも、最初からなぜか出来ていた手順ではあるのだが、やはり繰り返して体に馴染んだ動きは違う。

 

 そんなことを考えている間にも、手は勝手に動く。

 

 スライド。

 フレーム。

 スプリング。

 マガジン。

 最後に軽くチャンバーを確認する。

 

 良し。

 

 もちろん実弾は入っていない。だが、視界の端には変わらずUIが残弾数を示している。

 クロスヘアを中央に置いたまま、軽く銃を構える。

 

 キッチンの灯りを鈍く反射して、黒い塊がぎらりと光った。

 

 久しぶりだが、手に吸い付くように馴染んでくる。

 どんな銃でも使えはする。だが、やはり“自分のモノ”は違う。

 

 ぴたりと微動だにしない構えを解いて銃を下げると、ちょうど同じタイミングでシャルロッテの方も組み終えたらしかった。

 しゃこん、と小気味いい音を立ててストックが展開される。

 

 彼女は長物を肩へ当て、スコープを覗き込む。

 まだゼロイン(照準調整)は済んでいないので、できることは限られている。それでも、軽くダイヤルを回し、感触を確認していた。

 

「よし、ひとまずは問題なさそうね。恒一さんの方も、大丈夫そう」

 

 こちらを見て、どこか妖艶な笑みを向けてくる。

 何に感じ入ったのかは分からなかったが、どう返すのが正解なのかもよく分からなかったので、やんわりした笑みで何となく答えておいた。

 

「とはいえ、今回は私は学園内。流石に長物は持ち込めないわねぇ」

 

 そう言いながら、ごとり、とテーブルの上へ持っていた狙撃銃を置く。

 その横には、いつの間にかもう一丁、小ぶりな拳銃も組み上がっていた。

 彼女のサイドアームだ。

 

 女性のように小さい手にも収まるサイズ。俺の銃も十分小さいが、それに負けないくらいだ。

 シャルロッテは昔ながらの回転式――リボルバーを好んで使う。装填数は少ないが、そこまで接近を許す前提で動いていないから気にならない、というのが本人の言い分だった。

 

「こっちもねぇ。一応、仕込んでおきましょうか」

 

 そう言って、彼女はくるりと拳銃を手の中で回した。

 まあ、無理をすれば、それくらいなら隠し持てるか。

 

「長物は、軽く分解して車に積んでおくわ。“もしもの時”は、恒一さん、私の愛銃をよろしくね」

 

 右手で拳銃を弄びながら、軽くウインク。

 その時は丁寧に扱いますよ、と答えると、彼女は満足そうに「良し」と笑った。

 

 できれば、使わないで済むのが一番なんだけどな。

 

 武器が整ったところで、本格的に襲撃の可能性と、今日得た情報についての相談に移る。

 

 リビングへ移動し、軽い摘まみをローテーブルへ。

 度数の低い酒をグラスに注ぐ。口を滑らかにする程度のものだ。

 

 シャルロッテは酒に強いらしく、これくらいでは寝酒にもならない、と平然としていた。

 俺の方はというと、最近は強い酒を飲んでも少し経つと酔いがさっと引くようになってしまい、どうにも酒を楽しめなくなったのが少し残念だ。

 

 恒一さんって蟒蛇ねぇ、とからかわれたが、向こうの目の奥が本気で「どこまで飲めるのか」を見ていたことは記憶に新しい。

 

 まあ、そんな話はどうでもいいか。

 

「今日の件ですが……」

 

 俺はまず、昼の電話でもざっくり伝えた内容を改めて整理して話した。

 学園襲撃の可能性。マチルダの裏切り。学園を狙う別組織。そして、アルフからの指示。

 

 自分で言っていても、忙しすぎるな、と思う。

 

 欧州組織のちょっかい。

 学園の襲撃。

 マチルダの監視と処理判断。

 

 こちらは二人しかいないというのに、仕事だけが増えていく。

 

「学園の方、オクタヴィアについては、こっちに任せてもらって構わないわ」

 

 カプリ、と瑞々しいリンゴへ齧りつきながら、シャルロッテが言う。

 ローテーブルには学園の見取り図と周辺地図が広がっていた。彼女の細い指が、その上を滑る。

 

「最悪、他の生徒を見殺しにしても彼女は守る。それくらいなら問題ないわ」

 

 その言い方は冷たかったが、少なくとも嘘ではない。

 彼女の実力なら、それは現実的な選択肢だし、難しい話でもない。

 

「では、こちらはマチルダの方に注力します。とはいえ、学園の方も必然見ることにはなると思いますが……」

 

 マチルダ自身が学園の情報を流している以上、彼女を見張ることはそのまま学園を見ることにも繋がる。

 

「そうね。欧州組織がマチルダを再度狙ってくる可能性もあるけど、彼女は裏切り者。最悪、切り捨てても構わないわ。できれば、ウチで処理したいけどね」

 

 “処理”。

 

 その言葉だけは、少し嫌な響きで耳に残ったが、努めて気にしないようにする。

 

 確かに、組織としてはそうだろう。内々で片を付けたい案件だ。

 そこに俺個人の事情が絡むが――まあ、それは今はいい。

 

「……そうですね。分かりました」

 

 俺の返答にシャルロッテが軽く頷くと、自然に話題は襲撃のタイミングへ移っていった。

 

「連中、来るとしたらいつでしょうか。警備体制が戻ってからが一番無難だと思いますが……」

 

 現状の警備はそれなりに強固。

 これへわざわざ突っ込んでくるのは、さすがに分が悪い気がする。

 

「いえ、戻る前。正確には、戻る直前が一番あり得るわね」

 

 シャルロッテの考えは違った。

 こちらが続きを待つのを確認して、彼女は説明を始める。

 

「まず、今みたいに警備がきちんとしてる状況。これはない」

 

 一本目の指が立つ。

 白く、細く、整った指先。

 

「次に、警備体制が戻ってから。一見、これが一番無難に見えるけど、それでも“通常の警備”は整ってる状態よ。簡単じゃない」

 

 二本目の指が立つ。

 

「だから、警備が戻る前。切り替えのタイミング。増員の交代、引継ぎ、指示系統が少しごたつく、その瞬間。たぶん、そこが一番の狙い目ね」

 

 そう言って、かじりかけのリンゴを皿へ戻し、グラスに入った金色の酒を口に含む。

 ごくり、と小さく喉を鳴らして飲み下し、それからこちらを見た。

 

 なるほど。

 言われてみれば、その通りだった。

 

「だけど」

 

 そう言って、グラスを持ったまま背をソファに預ける。

 

「どちらにせよ、私たちのいる管轄でオイタをするなら、それなりの覚悟はしてもらわないとね」

 

 ニヤリ、とシャルロッテが笑う。

 薄暗い室内で、その瞳だけがやけに爛々と輝いて見えた。

 

 酒のせいか、興奮のせいか。

 いや、たぶんどちらでもない。あれはきっと、獲物を前にした獣の目だ。

 






ありがたいことに、このたび本作の書籍化が決定いたしました。

詳しい内容につきましては、また改めてお知らせできればと思います。

ここまで来られたのは、読んでくださった皆様、応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

これからも楽しんでいただけるよう頑張ってまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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