FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第44話 襲撃

 学園襲撃の目星をつけてから、数日。

 

 張り詰めた空気が流れながらも、何も起こらない日々が続いていた。

 欧州組織からのちょっかいも、あれからは途絶えたまま。マチルダもまた、あの日以降は学園周辺と今の拠点とを往復するばかりで、余計な動きは見せない。

 

 まるで嵐の前の静けさだな、と。

 そんな陳腐な言い回しが、却ってしっくりくるくらいだった。

 

 シャルロッテは、その間にも更に学園へ馴染んでいった。

 オクタヴィアだけでなく、他にも友人と呼んで差し支えなさそうな人間が何人か出来たらしく、たまに困ったような、でもどこか嬉しそうな顔で、その日の出来事を語って見せることがあった。

 

 一度、誰かが遊びに来たいと言い出したらしい。

 当然、それは断ったそうだ。

 

 そりゃそうだ。

 こんな家に、普通の学生を入れられるわけがない。

 

 そんな、どこか平和ですらある日常が過ぎた、ある晩のことだった。

 

 夕食の途中で、端末が小さく震えた。

 画面を見ると、学園からのメール通知。

 

 俺はテーブルの向かいに座るシャルロッテへ軽く断りを入れてから、端末を開いた。

 

『警備体制についてのお知らせ』

 

 件名は簡素。

 内容は、件名そのままだ。

 

 件の事件について、犯人はいまだ捕まっていない。

 ただし、あれ以降に大きな事件は発生しておらず、学園としては警備体制を通常のものへ戻す。

 切り替えは明日から。

 情報が外へ漏れるとまずいので、関係者への通知はこのタイミングになった――要約すれば、そういうことだった。

 

 俺は端末を持ち上げ、その文面をシャルロッテにも見えるようにしながら告げる。

 

「……来ました。学園からです。警備を通常に戻すそうです。切り替えは、明日から」

 

 シャルロッテは、揚げたてのフィッシュアンドチップスへビネガーをかけていた手を止めた。

 口元をナプキンで軽く拭い、かちゃり、とフォークを皿に戻す。

 

「……そう。なら、明日ね」

 

 短く、それだけ。

 

 グラスに入った檸檬水を一口含み、小さい喉でごくりと飲み下す。

 ほんの数秒前まで、今日の学園での話を楽しげにしていた口元が、今はゆるやかに、別種の弧を描いていた。

 

 俺も「ええ」と短く返すだけだった。

 

 それで十分だった。

 お互い、同じことを考えている。

 

 来るなら、明日。

 警備が切り替わる、その時だ。

 

 そうして、そのまま夜は更けていった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 翌朝。

 

 俺とシャルロッテは、まだ朝の冷たい空気が少し残るガレージの中で、それぞれの装備を確認しながら車へ積み込んでいた。

 

 長物は分解して後部座席の下へ。

 ここ数日のうちに、街から少し離れた私有地で簡単な照準調整は済ませてある。とはいえ、それもあくまで暫定。実戦で使うなら、結局はその場で微調整が必要になるだろうとシャルロッテは言っていた。

 

 後部座席の足元に収まった銃身を、彼女が指先で一度だけ撫でる。

 それから座席を戻し、何事もなかったように隠した。

 

 彼女の装備も、今日は特別だ。

 リボルバーを右太腿のガンホルダーに。スカート丈はいつもより少し長く、腰回りにも少し補助を入れて、自然にシルエットが膨らむよう調整してある。見慣れた者でも意識しないと気づかないだろう。

 反対側の左太腿には、初日にも仕込んでいた幾つかの暗器。

 

 それで全部だ。

 だが、彼女の場合はそれでも十分。

 

 対して俺の方は、ジャケット内のガンベルトに愛銃が一挺。

 予備マガジンを腰へいくつか。

 共通装備としては、小型の通信機を耳に。発信器は袖のボタンに偽装した物がそれぞれ一つ。耳元を注意深く観察されない限り、分からないだろう。

 

「さて、じゃあ――行きましょうか」

 

 少し含みのある声音で、シャルロッテがそう言った。

 俺は短く頷き、車をゆっくりと発進させた。

 

 

 

 

 校門前。

 いつもなら、そのまま敷地内へ入り、駐車場へ向かう。だが今日は違う。

 

 学園へ入らず、少し手前の道端へ寄せて停車する。

 警備の人間は相変わらず厳格な様子で、行き交う生徒や関係者を確認していた。だが、ほんの少し、気にしなければ見逃す程度に、空気が緩んでいるようにも見えた。

 

 俺は運転席を降り、後部座席のドアを開ける。

 

「ご武運を」

 

 登校する学生にかけるには不釣り合いな言葉だ。

 だが、シャルロッテは淑女らしい笑みを崩さず、それに応じた。

 

 彼女が門へ向かう途中、徒歩で登校してきたらしい生徒が何人か声をかけるのが見えた。

 その一人一人に、外向けの笑みで軽く応じながら歩いていく。

 

 その背を見送り、俺は運転席へ戻った。

 

 周囲には、ぱらぱらと通学してくる学生たち。

 一般の通行人はそれほど多くない。しばらく車を停めていても、不自然ではない程度の人通りだ。

 

 内ポケットから端末を取り出し、マチルダへコールする。

 

 呼び出し音が何度か鳴る。

 やがて、そのまま留守番電話へ。

 

 通話を切り、もう一度。

 だが、やはり繋がらない。

 

 ……マチルダの方も、動いたか。

 

 端末の画面が淡々と留守電への切り替わりを告げる。

 それを見ながら通話を切り、ジャケットへ戻す。

 

 意識をミニマップへ向けつつ、車内の狭い空間から周囲をぐるりと見回す。

 マチルダのマーカーは見えない。少なくとも、学園の周辺にはいないらしい。

 

 受け身に回らざるを得ないのは、やはり面倒だ。

 だが、焦っても仕方がない。

 

 停止していたエンジンをかけ、ハザードを消して車を出す。

 

 学園前の道路を少し進み、坂を上がったところにある空き地。

 散策中に目星をつけておいた観測地点の一つだ。元は何かの施設でも建っていたのだろう、今は建物だけが解体され、中途半端に土地が残っている。

 

 周囲の住人が、時折、数時間だけ車を停めているのも確認済みだ。

 警官が立ち寄った時も、特に咎められていなかった。毎日ずっと、なら流石に怪しいだろうが、短時間なら問題ないと踏んでいる。

 

 学園を少し見下ろせる位置で、人気もない。

 観察にはちょうどいい。

 

 横にはこちらも人気のない古いアパート。施錠はされているが、入り込むだけなら大した手間でもない。

 幸い、今日は他に車も止まっていなかった。

 

 空き地の奥へ車を入れて停める。

 エンジンを切って外へ出ると、空気は乾いていて、風はない。ここ数日と同じく、雨の気配もない。

 

 ジャケットの内ポケットから煙草の箱を取り出し、一本を摘まんで口に咥える。

 銀色に鈍く光るライターを出し、火打石を擦る。

 

 オイルの焼ける匂い。

 小さく立った炎を煙草の先へ寄せる。

 一息、深く吸い込んで、ゆっくり吐いた。

 

 紫煙が風もない空気の中、ゆらりと立ち昇って溶ける。

 

 さあ、どこから来る?

 

 

 

* * *

 

 

 

 ちょうど一本、煙草を吸い切るかどうかというところだった。

 

 ――ガシャン!

 

 大きな破砕音が、通りの向こうから響いてきた。

 

 視線を素早く巡らせる。

 正門から少し離れた位置。学園の外壁へ、一台の配送車がめり込んでいた。

 

 車体の側面に描かれたピザのロゴは、この辺りでも見かけるチェーン店のものだ。

 ビービー、と耳障りな警告音を鳴らし続ける車の周りへ、一般人が集まり始める。それに引かれるように、学園の警備もそちらへ寄っていった。

 

 学園へ目を戻す。

 一部の教室の窓が開き、生徒が外を覗き込んでいる。外にいた何人かも、何事かと足早に現場の方へ向かっていた。

 

 警戒を強める。

 このタイミングで、ただの事故という可能性は低い。

 

 次の瞬間、事故現場とちょうど反対側の道から、小さな爆発音。

 それに続く形で、水柱が一気に空へ上がった。

 

 消火栓だ。

 

 背の高い木ほどの高さまで吹き上がった水が陽光を反射し、きらきらと散る。

 それを見て、更に周囲の混乱が強くなる。

 

 あちらこちらで誰かがスマホを取り出し、通報し、あるいはのんきに写真を撮っている。

 学園の警備も、野次馬を遠ざける者、無線で連絡を飛ばす者と、意識が散り始めていた。

 

 ここまで来ると、学園の内側もはっきりとざわつきが強くなったのが見て取れた。

 窓越しに走る大人。興奮した様子の生徒たち。

 

 ――そして、その瞬間。

 

 ひときわ大きな爆発音が響いた。

 今度は、学園の内側だ。

 

 爆炎が上がり、衝撃波が木々を揺らしてこちらまで届く。周囲の窓ガラスがびりびりと震え、校舎の一部では割れたガラスが陽光を受けてきらめきながら地面へ降った。

 

 位置は……駐車場か!?

 

 黒煙がもうもうと立ち昇る。

 

 悲鳴。

 怒号。

 誰のものかはもう判別がつかない。

 

 そして、一斉に、学園の意識が散った。

 

 正門前から警備の姿が消えていた。みな、それぞれの事故現場へ向かっていたのだ。

 そこへ、猛スピードで黒いバンが数台。

 

 野次馬たちが悲鳴を上げて道を開ける。スキール音を響かせながら、先頭車両がそのまま学園の正門へ突っ込んだ。

 

 流石に一瞬は速度が落ちる。

 だが、それで止まるような質量ではなかった。

 

 鉄格子が悲鳴を上げてひしゃげ、内側へ吹き飛ぶ。

 門を踏み潰すようにして先頭車両が敷地内へ侵入し、それに続いて後続の車両が雪崩れ込む。最後尾の数台は門を塞ぐ形で車体を横付けし、そのまま即席のバリケードになった。

 

 先頭車両の助手席から飛び出してきた男が、車体をバンバンと叩く。

 それに合わせて後部ドアが開き、武装した男たちが次々と現れた。

 

 服装はばらばら。

 目出し帽だけが共通している。抱えている武器も統一感はなく、思い思いの得物を持っているのが、かえって質の悪さを感じさせた。

 

 一拍遅れて、悲鳴が大きくなる。

 男たちは何か喚きながら、銃を空へ向けて数発。

 

 連続した乾いた発砲音。

 その音に追われるように、生徒たちが校舎へ逃げ込む。逆に、果敢に銃口を向けようとする警備もいた。

 

 だが、その反応は遅かった。

 

 散発的に放たれた銃弾が警備の男たちを貫く。

 防弾ジャケットを着ていたところで、肩、首、顔、脚――胴以外を抜かれれば意味はない。

 

 血が咲き、男たちがどう、と倒れた。

 

 襲撃者たちは明らかに、事前に決めていたような動きで散っていく。

 俺はそれを、取りこぼしがないようにじっと見つめた。

 

 最後の一人が建物の中へ消えたころには、周囲には焦げ臭さとざわめき、それから遠くで近づいてくる複数のサイレンの音が混じり合っていた。

 

 視界の中には、建物内部を動き回る大量の赤いマーカー。

 確認した瞬間、俺は即座に車の後部へ回り込んでドアを開ける。座席を倒し、その下に隠していた狙撃銃を引き抜く。ついでに横へ置いていた緑色の弾薬ボックスも一つ掴んだ。

 

 組み立ては、素早く。だが、シャルロッテほどには慣れていない。

 急ぎながらも、動きに無駄はない。

 

 完成した銃を抱えたまま、隣の古いアパートへ走り込む。

 施錠された門を飛び越え、下草が伸び放題になった庭を突っ切る。雨ざらしで半ば朽ちかけたドアを蹴破り、そのまま中へ。

 

 埃っぽい薄暗い室内。

 構わず階段を一気に駆け上がる。

 

 屋上へ続く扉も施錠されていたが、そんなものは関係ない。

 蹴りを叩き込み、歪んだ扉を押し開いて外へ出る。

 

 広い。

 だが、手すりも何もない。景観の都合か、ただの老朽化か。足を一歩踏み外せばそのまま真っ逆さまだ。

 

 地上十数メートル。

 今はそれが都合いい。

 

 縁ぎりぎりへ身体を這わせるようにして伏せる。着ていたジャケットを脱ぎ、丸めて即席のレスト代わりにし、その上へ銃身を載せた。安定を確認しながらスコープを覗き込む。

 

 倍率が合っていない。

 ダイヤルを回して調整。

 

 照準の先にあるのは、オクタヴィアの教室。

 

 視界が引き寄せられていく。

 倍率が合い、鮮明になったその先にいたのは、オクタヴィアを背へ庇いながら腰を落とすシャルロッテ。そして、その二人へ迫る男が一人。

 

 男は何かを喚きながら銃口を上げようとしていた。

 

 クロスヘアを頭部へ置く。

 刹那、呼吸を止める。

 

 ぺろり、と唇を舐める。

 フェザータッチで引き金を絞る。

 

 消音器に殺された乾いた発砲音。

 .308弾は寸分違わず男の頭部へ吸い込まれた。

 

 男がぐらりと崩れる。

 

 オクタヴィアは目を瞑ったまま、シャルロッテの背後に隠れていて、その様子を見ていない。

 シャルロッテだけが、驚いたように顔を上げた。

 

 弾道からこちらを読んだのだろう。

 視線が、スコープ越しにまっすぐ俺へ届く。

 

 彼女はニヤリと嗤い、袖の発信器を口元へ寄せる。

 

『……いい腕ね』

 

 通信機越しに返ってきた、シャルロッテの声。

 スコープの中で、彼女と視線が交じる。少し上気した頬と潤んだ瞳。

 

 俺はボルトを引いて次弾を送り込みながら、もう次の赤マーカーへ意識を向けていた。

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