FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第45話 鷹の目

 視線の先、校舎の窓を隔てた向こう。

 学園の敷地のさらに先、古びた建物の屋上あたりに伏せているであろう恒一さんへ向けて、私はほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 

 もちろん、肉眼では人影なんて豆粒みたいに小さい。

 けれど、あの男は今、きっとスコープ越しにこちらを見ている。そう思うと、自然とそういう顔になった。

 

 ……とはいえ。

 

 見つめ合っている場合でもない。

 私の背中には、いまだ細かく震える気配がぴたりと張り付いている。

 

 オクタヴィアのことを思い出し、私は半身だけ振り返って、できるだけ柔らかい声を作った。

 

「もう大丈夫よ。……ただ、ちょっと刺激が強い見た目になってるから、気をしっかりね」

 

 目の前には、さっきまで男だったものが、血だまりの中にうつ伏せで伏している。

 少々子供には刺激が強い。

 

「……は、はい」

 

 オクタヴィアは恐る恐る、といった具合で私の背中越しに前を覗き込む。

 途中で死体に視線が触れてしまったのだろう、小さく息を呑み、悲鳴の一歩手前の声を喉の奥に押し込めた。

 

 それでも彼女は目を逸らさなかった。

 涙をいっぱいに溜めた瞳でこちらを見上げ、文句の一つも言わず、ただ次の指示を待っている。

 

 ……いいわね。

 こういう子は、やりやすい。助かる。

 

 教室の隅では、同級生たちのすすり泣きと嗚咽が重なっていた。

 遠くで銃声が鳴るたび、誰かがびくりと肩を跳ねさせ、その反応が連鎖するように周囲へ伝わっていく。

 

 そりゃそうだ。

 こんなもの、そうそう人生で経験することじゃない。

 

 最初の爆発音と銃撃で生徒たちは派手にパニックを起こしかけていた。今は逆に、静まり返っている。

 いい意味でも、悪い意味でも。

 恐怖が極まると、人は静かになるものだ。

 

 ちょうど移動教室の合間だったせいで、この教室に残っている生徒は普段の半分程度。

 残りは廊下に出ていたタイミングだった。無事なら良いけれど――

 

 いいえ、違うわね。

 まず考えるべきはそこじゃない。

 

 最優先はオクタヴィア。

 申し訳ないけれど、他の生徒のことは二の次だ。

 

 その時、耳の奥で小さく通信が届いた。

 

『シャルロッテさん、廊下側に一人待ち構えてます。こちらで抜くので脱出してください』

 

 恒一さんの声。

 廊下って、まさか。

 

 そう思った瞬間だった。

 窓ガラスがびし、と鋭く割れ、そのまま飛び込んできた弾丸が教室と廊下を隔てるドアまで貫いた。

 

 鈍く、湿った音。

 続いて、うぐ、と喉の奥で潰したような声。

 最後に、どさりと崩れ落ちる音。

 

 背後でオクタヴィアがびくりと震える。けれど、さっきよりは明らかに持ちこたえていた。

 

 壁貫き……。

 とんでもない技量ね。壁の抵抗と対象の移動を捕捉してのシュート。中々できるものではない。

 

「外から恒一さんが援護してくれてるから、ここから脱出するわよ」

 

 そう言いながら私はしゃがみ込み、スカートの内側からリボルバーを引き抜いた。

 銃を見た瞬間、オクタヴィアは一瞬だけ肩を引いたが、すぐに小さく頷く。

 

『こちらで把握している敵の動きを逐次共有します。ルートはそちら判断でお願いします』

 

 こちらの通信は、途切れても最低限状況が伝わるように、常時オープンにしてある。

 恒一さんには音だけでも十分情報になるはずだ。

 

「了解。さ、行くわよ」

 

 一瞬だけ、オクタヴィアが背後のクラスメイトへ視線を向けた。

 迷い。

 それでも、その迷いを自分で断ち切るように唇を噛み、私についてくる。

 

 流石に、この人数を抱えての退避は無理だ。

 クラスメイトたちも状況を飲み込み切れていないのか、こちらへ助けを求めるでも、ついて来るでもなく、ただ机の陰にすがっている。

 

 正しいわ。

 今、無闇に飛び出される方がこちらとしては困る。流れ弾の心配が増えるもの。

 

 オクタヴィアと連れ立ち、私は教室の出口脇へ身を寄せた。

 そっとドアに手をかける。がらり、とスライド。

 

 すぐ目の前に、倒れ伏している男の死体。

 さっき恒一さんに抜かれた男だ。

 

 ドアからほんの少しだけ手鏡を出し、廊下の左右を確認する。

 長い廊下。幸い、今この瞬間に敵影は見えない。

 

 ただ、その代わりに、警備と思しき大人が数人、あちこちで倒れていた。

 ここへ辿り着くまでにやられたのだろう。

 教室の前で転がる男と、廊下の先に散らばる死体とを見比べて、私は小さく舌打ちを飲み込む。

 

『二つ隣の教室に敵を二名確認。処理します』

 

 こちらの返事を待たず、すぐに動く。

 ぱりん、とまた窓の割れる乾いた音。次いで、それに反応したらしいアサルトの連射音。さらに生徒たちの悲鳴。

 

 けれど、それも長くは続かなかった。射撃の音が途切れる。

 

『クリア。今のところ、二階には他に四名。射線を確認し次第排除します。そちらのルート上には確認できず』

 

 かちゃり、とボルトを引く音が小さく混じる。

 あまりにも淡々とした報告。

 

 頼もしい、なんて軽い言葉では済まない。

 今の射撃間隔、良くて二秒程度。早い。早すぎるといっても良いくらいだ。

 初撃の跳ね上がりをどれだけ抑えたとしても、連続狙撃はもっと間隔があく。そりゃそうよ、一度跳ねた狙いをもう一度探らないといけないんだから。

 ……ホント、どこに居たのかしらね。こんな人。

 

 思考を中断し、中腰のまま廊下を進む。

 一番近い階段までは教室三つ分ほど。

 

 慎重に。けれど可能な限り素早く。

 恒一さんからの報告があるとはいえ、取りこぼしの可能性は当然ある。というより、無い方がおかしい。

 右手のリボルバーの感触を確かめる。急に飛び出してこられても、問題なく引き金を引けるように。

 

 途中、廊下に倒れている警備員と教師に生徒。ソレを見て、オクタヴィアの顔が悲痛に歪んだ。

 それでも、叫ばない。

 泣き崩れもしない。きゅっと口を結び、どうにか理性を繋ぎ止めようとしている。

 

 特に、見知った生徒でもいたのかしら。

 名前を呼びかけかけて、ぐっと飲み込んだその横顔は、傍目にも相当に堪えていた。

 

「……大丈夫?」

 

 駄目だと言われても仕方がない。

 けれど、何も言わずにはいられなかった。

 

 気丈に振る舞うその横顔が、何故だか昔の記憶の片隅に引っかかったのだ。

 遠い昔、こんな顔をしていた妹分がいたっけ。

 

「……ええ、すみません。大丈夫です。行きましょう」

 

 ぐっとこらえるようにして、こちらを見上げる瞳。

 そう。強いじゃない。

 

 私は出来るだけ優しく微笑んだ。

 

「無理は、してもらうけど。絶対にあなたは私が守るわ」

 

 オクタヴィアは、目に溜めた涙を袖で乱暴に拭い、短く「はい」と答えた。

 

 教室の中から、誰かが飛び出してくる気配はない。

 助けを求めて駆け出したい子もいるだろうけれど、こういう時に下手に動いても、見つかって最悪は撃たれるだけだ。

 大人しくしている方が良いと、本能で分かっているのだろう。こちらとしても都合がいい。

 

『二階、オールクリア。他も順次排除します』

 

 耳元から聞こえたその報告に、思わず足が止まる。

 

 ……何をしてるんだ、あの男は。

 

 遮蔽だらけの入り組んだ屋内。

 外から。

 超長距離ではないとはいえ、狙撃距離で。

 しかもこの短時間で、何人倒した?

 

 一体、何が見えているのよ。

 

『……シャルロッテさん?』

 

 訝しがるような、少し心配するような声。

 いけないいけない。今はそれどころじゃない。

 

「いえ、何でもないわ。大丈夫」

 

 そう返しながら、ようやく階段へ辿り着く。

 

 さて。

 ここからどうするか。

 

 一階は、恐らく敵が制圧している。数も多いはず。

 なら、上か。階段上に視線を向ける。

 

「恒一さん、三階はそちらからカバーできるかしら」

 

 念のため尋ねる。

 一拍の間。

 

『……三階は構造上、こちらからの射線が通る箇所が限られます。中央側であればカバー可能です』

 

 想像通りの答え。

 なら、決まりね。

 

「OK。出来る限りでお願い。中央から抜けるわ」

 

 そう返してから、私はすぐ後ろのオクタヴィアへ顔を向けた。

 

「一階は敵の数が多そうだから、三階に。校舎中央の窓から出て、渡り廊下の屋上伝いで外へ行くわ」

 

 本校舎からサロンへ繋がる渡り廊下。

 二階同士を結ぶそれの上部は、三階の窓から伝って抜けられる。校内を見て回った時、使えると思って頭に入れておいたルートだ。

 

 オクタヴィアが頷くのを確認し、階段を駆け上がる。

 踊り場を折り返し、そのまま三階へ。

 

 その時だった。

 

 一階からどたどたと複数の足音。

 階段の隙間から下を覗き込むと、襲撃者が三人。先頭の男は通信機に怒鳴りながら駆け上がってきている。

 

「おい! そっちはどうなってるんだ! 連絡は!」

 

 二階側からの返答が途絶えたことに、ようやく疑問を抱いたらしい。

 何度も同じような言葉を怒鳴りながら、そいつらが二階へ差しかかった、その瞬間。

 

 びくん、と。

 先頭の男と、そのすぐ後ろの男が同時に大きく揺れた。

 

 首筋から細い赤い線が一条、空へ散る。

 そのまま二人はもつれ合うように階段へ倒れ込む。

 

 最後尾の一人は、何が起きたのか理解できないまま一瞬立ち尽くし――次の瞬間には頭を撃ち抜かれていた。

 

『クリア。そろそろ狙撃がバレますね。あまり時間もないと思いますので、お急ぎを』

 

 確かに。

 撃たれた側が理解する前に終わっているとはいえ、流石にここまでくれば敵も不審に思う頃合いだ。

 

『その先、数人いますがこちらの射線は通りません。ご注意を』

 

 三階へ上がり切って廊下を確認したところで、そんな報告が入る。

 どこか申し訳なさそうな口調だったけれど、今までの援護でも十分以上だ、文句などない。それに……。

 

 私は思わず、にやりと笑った。

 

「あら、私の出番も少しは残してもらわないとね」

 

 通信の向こうで、声にはならない笑みの気配があった。

 ふふ。そうよ。良いところも見せないと。……見えているかは別として。

 

 さて、やりますか。

 

 三階は二階とは明らかに空気が違った。

 特別教室が多く並ぶ階層。生徒の往来が少ないせいか、それとも理科や音楽、美術なんかの教室特有の匂いが残っているせいか、どこか日常から少し切り離されたような空気をまとっている。

 

 気配はいくつか。

 生徒のものか、襲撃者か。

 

 時折、二階の方から人の倒れる音が聞こえてくる。

 どうやら恒一さんが、背後から上がってくる連中を片付けてくれているらしい。ありがたい。

 

 一番近くの部屋――理科準備室の奥から、足音と声。

 苛立ちを含んだ、文句めいた声が徐々にこちらへ近づいてくる。

 

 階段のすぐそばにオクタヴィアを待機させる。

 一足で飛び込める距離。これ以上離すのは危険。

 

 私は扉の脇へしゃがみ込み、呼吸を殺した。

 

 がらり。

 無防備に開いた扉。

 

 通信機を片手に、一歩だけ廊下へ踏み出してきた目出し帽の男。

 こちらに気づくより先に、太腿から抜いた極太の針を握り込み、私は飛び上がるように踏み込んだ。

 

 自重ごと首筋へ叩き込む。

 

 ぶすり、と肉を裂く感触。

 首から喉元へ抜け、男の口からこひゅ、と湿った空気が漏れる。何が起きたかも分からない顔のまま、そのまま前のめりに倒れた。

 

 私はその勢いのまま半身だけ室内を覗く。

 ドアを腕で押さえつつ、瞬時に中を確認。

 

 座り込まされている生徒が数人。

 そのそばで銃を構える男が一人。

 

 男がこちらに気づき、銃口を向けようとする。

 でも、遅い。

 

 私はリボルバーを上げ、そのまま斉射した。

 

 膝に一発。

 胴に二発。

 

 男が倒れ込むのを見届けながら、とどめに廊下へ倒れた男の頭へ一発。

 生死の確認は念を入れる必要がある。

 

 室内から悲鳴が上がる。

 うるさい。

 

 一瞬だけ背後のオクタヴィアへ視線を送り、銃を持っていない方の手でサインを出す。こっちへ。

 

 オクタヴィアが恐る恐る、けれど意外なほど素早く寄ってきたのを確認し、その場で待機するよう小さく告げる。

 

 頷いたのを見て、私はすぐ教室内へ入り直し、床に倒れた男の頭へ一発。

 よし。

 

「しゃ、シャルロッテ、さん……?」

 

 おずおずと声を上げたのは、座り込まされていた男子生徒の一人だった。

 恐怖で顔を引きつらせながらこちらを見上げてくる。

 

 誰だったかしら。

 ――ああ。いつぞや声を掛けてきたラグビー部の生徒ね。記憶の片隅から、どうにか引っ張り出す。

 

「ここは危ないわ。二階の教室はここより安全だから、ひとまずそっちへ行きなさい」

 

 もう口調を取り繕う必要はない。

 ぶっきらぼうに言い捨てて、私はそのまま廊下へ戻った。

 

 何か言いかけていたようだけれど、構わない。今は相手をしている暇はないのだ。

 

 オクタヴィアのところへ戻り、リロードする。

 廊下に空薬莢が落ちる金属音が響く。

 

『お見事。後は中央までは敵影無し』

 

 まるで見ていたみたいな褒め方が、少しだけくすぐったい。

 

「……すごいですね」

 

 オクタヴィアが、恐れよりも尊敬に近い目でこちらを見ていた。

 少し意外だ。たいてい、こういうものを見せた相手は、もう少し露骨に怯えるものなのだけれど。

 

「ありがと」

 

 短く返すだけに留める。

 うっかりにやけていないかしらね。気をつけないと。

 

 敵影無し、とのことだったが、気配に意識を割いたまま小走りで進み、校舎中央の窓際へ。

 外から狙われていないことを確認しつつ窓を開け、そのまま私は渡り廊下の屋上へ身を乗り出した。

 

「こっち、ちょっと高いけど、足場は広いから大丈夫よ」

 

 窓辺で緊張しているオクタヴィアへ声をかける。

 彼女は深呼吸を一つしてから、意を決したようにこちらへ移った。

 

 渡り廊下の屋上へ出ると、外の状況がよく見える。

 

 左手の駐車場からは、もくもくと黒煙が立ち上っていた。焦げ臭い匂いに、どこか化学薬品が焼けたような鼻につく臭気が混じる。

 正門へ目を向けると、数台の車が敷地内へ突っ込んでおり、丁寧に整えられていた芝生は踏み荒らされて無惨な有様だ。ところどころに警備の人間が倒れているが、生きてはいなさそうだった。

 

 遠くからはサイレン。

 野次馬のざわめき。

 けれど、敷地の中へ踏み込んでくる様子はない。

 

 まあ当然か。

 こちらには生徒という人質がいる。警察だろうが何だろうが、迂闊には踏み込めない。――まあ、私には関係ないけど。

 

「さ、行きましょ」

 

 オクタヴィアを促して先へ進む。

 そのまま渡り廊下を進み、サロン側の二階窓へ到着した。

 

 当然のように窓は施錠されていた。

 なので肘でガラスを叩き割り、内側から鍵を開ける。

 

 砕けたガラスへ気をつけながらオクタヴィアの手を取って、サロンの中へ引き入れた。

 

 ここには人の気配がない。

 少なくとも、一息つけそうだった。

 

 そう思った時、通信が入る。

 

『お疲れ様です。そこまでくれば、後は学園から抜けるのは問題ないかと』

 

「ありがと。そっちは大丈夫そう?」

 

 どれだけ迅速な立ち回りだったとはいえ、狙撃手が一ヶ所に居座るのはよろしくない。

 その点が少し気になった。

 

『ええ。とはいえ、そろそろ移動しないとまずそうです。こちらの通りにまでいつ警察が来るかも分かりませんし』

 

「そうね。じゃあ、外で合流で良いかしら?」

 

 通信機の向こうで、銃を片付けるらしい金属音がした。

 が、返ってきた言葉は少し予想外だった。

 

『ええ、と言いたいところですが、すみません。こちら別行動をさせていただきたく』

 

 うん?

 別行動?

 

 私は思わず眉を寄せる。

 

『シャルロッテさんはオクタヴィアさんをお願いします。こちらは……マチルダを追います』

 

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