FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第49話 悪魔が昇る

 先ほど入ってきた搬入口を背に、俺は白く無機質な通路を進んでいた。

 

 少し行くと、通路は十字に割れていた。

 角に置かれた観葉植物の陰へ身を滑り込ませ、呼吸を浅くしながら、そっと先を覗き込む。

 

 正面は、たぶんロビー方面だ。奥の方がやけに明るい。

 左は厨房へ通じているのか、ステンレス製のワゴンが数台、半端な位置に出されたままになっている。

 右側は倉庫や従業員用の通路らしい。段ボールがいくつか積まれ、灯りも落とされていて、全体に薄暗い。

 

 その右通路の先。さらに折れた曲がり角のところに、こちらへ背を向けた男が一人立っていた。

 

 肩に無線を挟み、何かを話している様子だが、まだ言葉までは拾えない。

 武器は腰の拳銃だけか。他には見当たらない。

 少なくとも、背中から漂う雰囲気だけで言えば、まだこちらの侵入は露見していない。緊張感が薄い。油断している。

 

 俺は視線を足元へ落とした。

 床はよく磨かれているが、その上に安物の滑り止めマットが敷かれている。見栄えは悪いが、こちらにとっては都合がいい。靴音を吸わせるには十分だ。

 

 ゆっくりと呼吸を浅くする。

 肩から力を抜き、壁に張り付いていた体を、するりと剥がす。

 

 中腰のまま、素早く男へ向かう。

 予想通り、安物のマットは俺の足音を綺麗に飲み込んでいた。

 

 残り数歩。

 

 ちょうどその時、男の肩の無線から少し大きめのノイズが走った。

 通信の先触れか、男の意識が一瞬だけそちらへ向く。

 

 今だ。

 

 中腰に溜めていた重心を一気に踏み込み、低空を滑るように飛び込む。

 背後へ迫りながら、勢いのまま膝裏へ足刀を叩き込んだ。

 

 がくん、と男の膝が折れる。

 頭の位置がちょうどよく下がる。

 

 そこへ迷いなく、右手の掌底を耳へ叩き込む。

 乾いた音。空気の抜ける鈍い響き。反対の耳から息が漏れ、男の体がふらりと後ろへ傾ぐ。

 その首が、ちょうど踏み下ろしやすい高さで浮いた。

 

 立ち上がりざま、そのまま首筋へ足を落とす。

 

 ごきり。

 

 鈍い、湿ったような音。

 その音もマットが少し吸い込んだ。

 

 首を不自然に捻り、泡を吹き始めた男を、すぐ近くのリネン用カートへ投げ込む。もともと積まれていた使用済みのシーツを乱暴にかぶせ、ざっと隠した。丁寧にやる必要はない。見つかるまでの少しの時間が稼げれば十分だ。

 その時、先ほど外の男から奪ったイヤホンから、ぶつ切りの会話が流れた。

 

『──二階東、異常なし』

『ロビー、現状維持』

『厨房搬入口の交代は?』

『十分後だ』

 

 よし。タイミングがいい。

 

 少なくとも、しばらくはこちらへ人が来ないらしい。

 まあ、無線の応答が途切れたことで気づかれる可能性はある。だが、その時はその時だ。

 

 イヤホンから意識を離し、通路の先を見る。

 扉が一つ。『備品室』と書かれている。

 

 静かに近づき、そっと耳をつける。

 気配はある。だが声は聞こえない。……一人か。

 

 ジャケットの内側から銃を抜き、薬室を確認する。

 別で持っていた消音器を手早くねじ込み、軽く締めて固定した。

 

 ドアノブに手を当て、ゆっくり回す。

 鍵はかかっていない。

 

 夜中にこっそり家を抜け出す子供みたいに、音が出ないよう慎重に。

 ほんの少しだけ開いた扉の隙間から、室内を覗く。

 

 中はそれほど広くなさそうだ。

 棚に積まれたタオルと、アメニティの箱が見える。その下。安物のパイプ椅子に脚を広げて座り込んだ男が一人。

 サブマシンガンをたすき掛けにしながら脇へ流し、何やら熱心にスマホを弄っている。

 

 職務怠慢だぞ。

 ……こっちにとっては、都合がいいが。

 

 他に気配がないのを確認し、さらに扉を開ける。

 空気の流れが変わったのか、男がこちらへ目を上げた。だが、もう遅い。

 

 短い発砲音が、消音器の中へ吸い込まれて消える。

 

 弾は喉元へまっすぐ吸い込まれた。

 男は何が起きたのか分からない顔のまま、椅子ごとひっくり返る。棚の箱がいくつか落ちたが、中身が軽いのか音は大して響かない。

 

 床に叩きつけられた衝撃か、男のスマホが鳴った。

 何かのゲームだったのだろう。可愛らしい女の子の声で、『ゲームオーバー』と場違いな音声が響く。

 

 後ろ手にドアを閉め、室内を見回した。

 

 少し暗い備品室の奥には、入ってきた扉とは別のドアがある。

 視界の端に浮かぶマップを確認すると、この先には作業員用の部屋がいくつか続き、さらに奥に外階段があるらしい。

 近くには従業員用のエレベーターもある。……が、今使うのはさすがによろしくない。箱の中に自分から閉じ込められに行く趣味はない。

 

 血だまりに沈んだ男を、足で引きずるようにしてロッカーの陰へ押し込む。

 担ぎ上げて自分に血が付くと面倒だ。多少雑だが、仕方ない。

 

 備品室を出て、先ほど頭の中で確認した外階段の方へ向かう。

 幸い、この辺りに人影はない。何事もなく、階段へ通じるドアの前まで進めた。

 通路の途中には監視カメラがある。だが、今の俺の服装は警備の男たちと似たり寄ったりなモノ。堂々と歩いていけばそうそうバレるものでもない。

 

 扉脇にはカードリーダー。

 搬入口で使ったカードがそのまま通るか、半ば試すようにスライドさせる。

 

 ピッ。

 

 短い電子音。続いてロックが外れる音。

 よし。

 

 がちゃり、と小さくハンドルを回す。

 扉の外に気配がないことは確認済みだが、それでも音は立てたくない。

 

 外へ出ると、無機質なコンクリート打ちっぱなしの階段が出迎えてくれた。

 小さなライトが申し訳程度に闇を照らしているが、それで余計に闇が濃くなっている気さえする。

 

 ホテルのちょうど裏手。

 すぐそばを少し大きめの川が流れているらしく、水音が絶えず聞こえてくる。人通りは無い。車の音も遠い。

 

 上をちらりと見上げる。

 階段と階段の隙間。等間隔に灯りが置かれていて、その間を時折影が揺れる。見張りだろう。

 

 耳元のイヤホンから、敵の無線がまた流れてきた。

 

『三階西、交代まだか』

『今向かってる』

『上は待機。分かってるな』

『了解』

 

 ふむ。上、ねぇ。

 

 見上げた階段は、最上階までは繋がっていない。

 どこかで中へ戻る必要がある。

 

 袖口を口元へ寄せ、通信を送る。

 

「シャルロッテさん」

『……聞こえるわ』

 

 風の音が少し強くなっている。だが、声はクリアだ。問題ない。

 

『正面から見る限り、特に異常は無し。まだバレてないわね』

 

 このホテルは、低層がロビーや吹き抜けのガラス張り、中層が宿泊者向け、上層が会議室や施設関連になっていたはずだ。

 その構造を思い返しながら、俺は上を見た。

 

『……最上階、アタリは付けたわ。正面からだとお嬢たちの姿は見えないけど、人の密集具合からして、多分間違いない』

「了解です。こちらもそろそろ“五月蠅くなりそう”です」

『あら、待ちくたびれたわよ』

 

 通信の向こうで、彼女が笑った気がした。

 早く引き金を引きたくて、うずうずしているのだろう。

 

「楽しみにしていてください」

 

 そう言って通信を切る。

 少し喋りすぎた。だが、これで十分だ。

 

 もう一度、階段を見上げる。

 影の位置は変わらない。

 

 夜気で冷えた体に、ゆっくりと力を籠める。

 血が巡っていく感覚。筋肉の奥に熱が戻る。

 力んだまま、ゆっくり呼気を吐く。

 

 よし。

 

 足音に注意しながら、影のすぐ下まで駆け足で上がる。

 外階段の踊り場まで来ると、真上から人の気配と紫煙の匂いが落ちてきた。

 

 このまま階段を上って折り返すのは、少しまずい。

 ポケットからコインを一枚取り出し、手の中で弄びながらタイミングを計る。

 

 ちょうど、上の男が一本吸い終わったらしい。

 煙草をもう一本取り出すような音。ライターを弾く金属音。

 

 今だ。

 

 階段の隙間から、折り返し付近を狙ってコインを投げ込む。

 投げた直後、手すりへ足を乗せ、そのまま真上の踊り場の床へ手を掛ける。

 

 ちりん。

 

 甲高い音が小さく響く。

 同時に、ドア前にいた男がそちらへ意識を向ける気配がした。ちょうどこちらへ背を向ける形になる。

 

 ふん、と両腕に力を込め、一気に体を持ち上げる。

 手すりへかけた脚の踏み込みと合わせて、不自然なくらいの跳躍。上階の手すりに手を掛け、さらに引き上げて足を踊り場へ乗せる。

 下は相当の高さだ。落ちれば、ただでは済まない。

 

 視線の先には、ちょうど階段を一歩降りようとしている男。

 足元には煙草の吸い殻がいくつか転がっている。

 

 ダメだぞ、ちゃんと捨てないと。

 

 ふわりと手すりを越え、音もなく着地する。

 時間はない。手短に済ませる。

 

 男の背後へ回り、左手で口を塞ぎながら銃を抜く。

 背中へ銃口を押し付け、そのまま発砲。

 

 音は、ほとんどしない。

 消音器と、肉に押し付けた銃口がほとんど吸い込んだ。

 

 ぐらり、と生気の抜けた体が傾ぐ。

 そのまま支え、階段から転げ落ちないよう壁へ寄せる。胸元から流れた血が、踊り場をじわりと汚した。

 

 一瞥だけくれて、扉の前に立つ。

 外階段はここが一番上だ。これより先は屋内から上がるしかない。

 

 扉に付いた細い覗き窓から、端の方をそっと覗く。

 

 見えたのは、いかにも高級ホテルといった煌びやかな内装だった。

 

 毛足の長そうな立派な赤絨毯。

 磨き上げられたランプ。

 高そうな絵画。

 太い柱が何本も立ち並び、観葉植物がところどころへ置かれている。天井は二階分はありそうな高さで、そこに吊られたシャンデリアが、まるで舞台照明みたいに空間全体を照らしていた。

 

 客室は見当たらない。

 どちらかといえば、セレモニーホールみたいなものだろうか。上流階級の人間が静かに集まるための場所、そんな印象だ。

 

 常ならば、だが。

 

 今、その光景はすっかり別物になっていた。

 

 黒服。イヤホン。サブマシンガン。

 明らかにカタギではない男たちが、空間のあちこちを埋めている。うようよ、という言葉が似合うくらいには多い。

 空間を完全に埋め尽くしているわけではないが、それでも十分すぎる数だ。

 

 俺はしばらく視線を向けたまま、念のためさらに数拍待つ。

 取りこぼしがないか。死角がないか。妙な動きをしている奴はいないか。

 

 視界の中に、びっしりと赤いマーカーが埋まった。

 

 ベルトに挿した予備マガジンの数を頭の中で確認する。

 視界の端に浮かぶ残弾数と照らし合わせる。

 ズレはない。

 

 足りるな。

 

 ドア横のスリットへ、下で使ったカードを通す。

 ピピッ、と短い音。赤いランプ。

 

 ……使えない、か。

 

 横で事切れている男のジャケットを探る。

 拳銃。スマホ。カードキー。

 あった。

 

 低層で使ったカードをポケットへしまい、新しく手に入れた方を再度スリットへ通す。

 

 短い電子音。

 ランプが青へ変わる。

 

 かちゃり、とロックが外れた。

 

 ぺろり、と上唇を嘗める。

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