FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第50話 悪魔が躍る

 ロックの外れた扉へ手をかけ、俺は細く息を吐いた。

 

 勢いよく飛び込むことはしない。

 まずは数センチだけ、ほんのわずかに開く。扉の隙間から漏れてくる空気は、下のフロアとは違っていた。高級そうな香水と、磨かれた木材と、冷たい空調の匂い。その奥で、ぽつぽつと短い報告の声が漏れている。

 

 俺はそのまま扉をさらに押し開き、体を滑り込ませるように中へ入った。

 

 最初にこちらへ気づいたのは、右手前の柱の脇に立っていた男だった。

 

 目を見開く。

 口が開く。

 銃口が上がる。

 

 遅い。

 

 クロスヘアが喉元へ吸い付くように重なる。

 引き金を絞る。乾いた一発。男の首が弾け、背後の柱へ血の花を咲かせながら沈んだ。

 

「侵入者ッ!!」

 

 誰かの怒声がホールへ響く。

 上出来な開幕だ。

 

 その声に反応してか、あるいは発砲音を合図にしたのか、フロア中の敵意が一斉にこちらへ向く。怒号。足音。銃口。刺さるような視線。

 圧力みたいなものすら感じる。

 

 だが、それも遅い。

 

 俺は最寄りの柱の陰へ飛び込み、その勢いのまま柱の縁から半身だけ出して左手の敵を抜く。

 一発。額。

 キルログが視界の端を流れるのを確認しながら、銃口をそのまま右へ。二人目の胴体へ一発。

 さらにその奥、観葉植物の鉢の脇で伏せようとしていた男の首元へ一発。

 

 すぐに走る。

 

 先ほどまで俺がいた柱へ、次の瞬間には弾丸の雨が降り注いだ。石片と木片が散り、絨毯へ跳ねる。

 毛足の長い絨毯は走りにくいと言うが、関係ない。足裏が吸い付くように前へと進む。

 

 柱から柱へ。

 遮蔽から遮蔽へ。

 走りながら、壁際で混乱していた男の脇をすれ違いざまに銃口を押し付けるようにして発砲。さらにその向こうの一人にも、同じように密着気味で一発。

 銃声は短く、悲鳴も同じく。

 

 正面、白い大理石の胸像の陰から二人が同時に弾をばら撒いてきた。

 

 咄嗟に脇の柱へ飛び込む。

 弾丸が柱の表面を削り、飛び散った石片が頬を掠めた。

 俺は柱を背に、一拍だけ待つ。銃声が一瞬途切れる。敵のリロードだ。

 

 飛び出す。

 そのまま姿勢を落とし、磨き上げられた床を滑るようにスライディング。

 

 床すれすれの視界。

 胸像の台座の陰にしゃがみ込み、マガジンを入れ替えている男の間抜け面がよく見えた。

 

 滑り込みながら二発。

 一発目で右の男の膝を砕く。姿勢が崩れる。

 二発目を左の男の脇腹へ叩き込む。呻きながら前のめりに落ちる。

 

 滑走の勢いが止まりきる前に、空いている左手で床を押して起き上がる。その動きのまま、足元でまだ呻いている二人の頭へ一発ずつ。

 視界の端で残弾数がゼロに変わる。

 

 空のマガジンを吐き出し、ベルトから予備を引き抜いて装填。スライドを送る。

 カラン、と軽い金属音を立てて、床に空マガジンが転がった。

 

 周囲では怒声と靴音が入り乱れている。

 撃ち返してくる弾も散発的だ。かなり混乱しているらしい。

 

 次の遮蔽を探す視線が、壁に掛かった油絵に止まる。

 金縁の額に入った、いかにも高価そうな風景画だ。

 

 少し先の柱へ向かって走りながら、近くを通り抜けざまに左手でその絵画の下辺を引っかけ、壁から剥がす。

 ずしりとした重量。いい重さだな。

 

 前方の柱の奥では、二人が左右に開きながらこちらを挟み込もうとしていた。

 

 そうら、プレゼントだ。

 

 視線の中の投射線を意識しながら、フリスビーでも投げるみたいに体をひねり、絵画を思い切り放る。

 

 ぶおん、と風を切る音。

 額縁が勢いよく回転しながら飛んでいき、狙い違わず左の男の頭部へ直撃。そのまま跳ね返って右の男の横面を強かに打った。

 絵画はその場でバラバラになり、木片とガラス片が広がる。

 

 体勢を崩した二人へ、走りながら引き金を二度引く。

 それぞれ、目と鼻梁。

 男たちは糸の切れた人形みたいにその場へ崩れ落ちた。

 

 だんだん、声が減ってきたか。

 あるいは、連中もようやくこちらへ正面から出るのが危険だと理解したか。

 

 射撃の隙間が生まれた、その瞬間。

 UIに赤い点滅が走る。手榴弾か。

 

 ぱっと投げ込まれた方向へ振り向く。

 こちらへ放物線を描いて飛んでくる黒い塊。終点は、違わず俺の足元。

 ナイスグレネード、とでも言いたげな声が脳裏をよぎる。

 

 思わず、口元が吊り上がる。やってみるか。

 

 避けるという選択肢をせず、銃口を、飛んできたそれへ向ける。

 放物線とクロスヘアがぴたりと重なる。

 

 呼吸を止め、引き金を引く。

 

 乾いた発砲音。

 次の瞬間、カイン、と間抜けな金属音と小さな火花。

 

 こちらへ飛んできていた手榴弾は、軌道を変えて投げ込まれた側へ跳ね返る。

 

 柱の向こうで、誰かが息を呑む気配。

 そのまま一拍遅れて、爆発。

 

 空気がびりびりと揺れる。衝撃波が広間を走り、火と破片が柱の陰にいた二人へ直撃した。悲鳴。

 近くのテーブルがひっくり返り、上に置かれていたワイングラスが床に落ちて砕ける。赤い液体が絨毯へ広がるが、今さら他の赤い液体と見分けはつかない。

 天井のシャンデリアが、じゃらじゃらと不満を漏らすみたいに震えた。

 

 そこで、射線のライン。

 後ろか。

 

 振り向きざま、線の元を追う。壁の上方、回廊みたいに囲われた位置からこちらを狙う二人が見えた。

 

 撃とうとした瞬間、ホテルの窓が小さく弾ける。

 

 それに合わせて、こちらを見下ろしていた一人の頭が後ろへ跳ね飛ぶように弾けた。

 隣の一人が慌てて身を屈めようとした、その途中で再度窓が割れる。肩口から貫かれ、そのまま手すりへ叩きつけられて動かなくなった。

 

『良いタイミングでしょう?』

 

 耳元で囁くような声。続けて聞こえるボルトを引く音。硬い地面に落ちたであろう、薬莢の金属音。

 得意げなシャルロッテの顔が脳裏に浮かぶ。

 

「……ええ、流石ですね」

 

 返しながら、脇へ一発。

 こちらの様子を窺っていた男の頭が仰け反る。

 

 さて、まだ来るか。

 

 柱の向こう、マーカーがじりじりと距離を詰めてくる。

 なら、こちらも動くか。

 

 再び走る。

 倒れた胸像の台座を踏み越え、爆発でひっくり返ったワゴンの陰へ滑り込みながら、横倒しになった消火器を視界に入れる。壁際に固定されていたものが、衝撃で外れたのだろう。

 

 ちょうどその先。

 四人が横に広がりながら、こちらを押し込もうと走り込んでくるのが見えた。

 

 銃口を、消火器へ。

 発砲。

 

 破裂した赤い筒が暴れながら白煙を吹き出し、瞬く間に周囲に白い幕が生まれる。

 

「視界が──!」

「くそ、どこだ!?」

 

 慌てる敵の位置は、煙の向こうでも赤いマーカーでよく見える。

 なら、外から撃ってもいい。だが、他が来るな。

 

 一番近いマーカーへ一発だけ撃ち込み、そのまま自分も煙の中へ飛び込む。

 

 走り込んだ先の一人。

 すれ違いざまに首へ一発。

 

 そのまま前進。

 目の前にいた二人目が、ぎょっとした顔でこちらを見る。その胴へ一発。倒れる。

 

 残り二人は固まっていた。

 煙の中で慌てて向けたらしい射線がこちらを横切る。まずいな。

 

 素早くしゃがみ込みながら、掬い上げるようにクロスヘアを合わせる。速射で二発。

 赤いマーカーが二つ、ぐらりと落ちて消えた。

 

 煙の中を走り抜ける。

 マップで確認していた通り、ちょうど柱の陰。敵の射線は遮られる位置。

 

 その足元に、まだ割れていないワインボトルがこつんと当たった。

 懲りずにこちらへ走り寄ってくるマーカーが一つ。

 

 ふむ。

 

 足裏でボトルを転がし、ちょうど走ってきた男の進路へ送り込む。

 男がタイミング悪くそれを踏み、体勢を崩しながらこちらのすぐ脇へ倒れ込んできた。

 

 ようこそ。

 

 こめかみに一発。

 男はそのまま動かなくなる。

 

 視界の端の残弾表示は一。

 

 柱の陰からそっと覗く。

 残された数人の男が、倒れたテーブルを遮蔽にこちらを窺っているのが見えた。

 そのまま、ちらりと上を見る。きらりと光るシャンデリア。

 

 口角が上がる。

 

 クロスヘアを上へ。

 巨大な照明を繋ぎとめている鎖の付け根へ合わせる。

 

 指を絞る。

 

 甲高い金属音。

 鎖の一端が断ち切られる。片側だけ外れ、ギチギチと嫌な音を立てながら、重みに耐える心許ない鉄。

 

 真下にいた敵たちが、何事かと顔を上げる。

 続けて、青ざめる。

 

 一拍遅れて、巨大な照明が重力に引かれた。

 

 煌びやかなガラスと金属の塊が、光を撒き散らしながら落下していく。

 悲鳴。逃げようとする影は間に合わない。

 

 轟音。

 

 シャンデリアは、真下にいた人間をまとめて押し潰しながら、ガラス片と金属片を四方へ撒き散らした。

 絨毯の上を、砕けたクリスタルと赤い液体が広がっていく。

 

 柱の陰から、ゆっくりと体を出す。

 空のマガジンを落とし、リロード。

 

 立っている者は、もう自分以外にいなかった。

 

 周囲には、収まりかけた煙と、瓦礫と、薬莢と血。声を上げない肉が折り重なり、さっきまで上流階級の社交場だった場所が、ひどく静かな屠殺場みたいになっていた。

 

 俺は服についた埃をパンパン、と軽く払ってから、袖口を口元へ寄せる。

 

「こちら、片付きました。向かいます」

『ええ。“上”もお待ちかねみたいよ』

 

 楽しそうなシャルロッテの声に、こちらも少し笑う。

 

 割れたガラスを踏み越え、落ちたシャンデリアの残骸を横目に、俺は次の階段へ向かって歩き出した。

 悠々と。

 

 まるで、ここがただのホテルみたいな顔をして。

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