FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第51話 幕が下りる

 ホテル・グラン・ヴァルゾン最上階、ペントハウス会議室。

 

 分厚い絨毯が足音を呑み込み、磨き込まれた木の壁が柔らかな光を返している。

 大きな窓、防弾ガラスの向こうには、宝石をばら撒いたような夜の街が広がっていた。地上で何が起きようと、自分たちはこの高さからそれを見下ろすだけ――そんな傲慢な思想を、その部屋そのものが体現しているようだった。

 

 中央には、十人以上が余裕を持って囲めるほどの長大なテーブルが一本、静かに鎮座している。

 そしてその片側に、雨宮しずくは、まるでこの部屋の主であるかのように腰掛けていた。

 

 すらりとした脚を組み、肘掛けに片肘を預け、頬を軽く支える。

 幾つもの銃口を向けられている人間の姿としては、あまりに不似合いだった。だが、だからこそ、その異様さは場にいる誰の目にも焼き付いていた。

 

 その背後には、メイド服のアルフ。

 さらにその隣には、老人が一人。

 

 アルフはいつも通りだった。

 黒を基調としたシックなメイド服を一分の乱れもなく着こなし、穏やかな微笑みを絶やさず、目を伏せて控えている。柔らかな物腰の裏に何を隠しているのか、知らない者には想像もつかないだろう。

 

 老人もまた、静かだった。

 凛と立つその姿は、まるで一本の老木のようだ。風雪を越えてなお、そこに在り続けるものだけが持つ重み。年輪を積み上げた沈黙には、騒がしさを圧するだけの気配があった。

 

 対して、テーブルの反対側に座る男は、どこか苛立ちを隠しきれていなかった。

 

 歳は四十を少し回った頃合い。

 高級そうなスーツに身を包み、刈りあげた金髪は几帳面に撫でつけられている。普段ならそのスーツを押し上げていたであろう筋肉も、今はどこか縮み上がって見えた。

 威圧感を覚えさせる切れ長の目は、しかし今この場では、焦燥と疑念に歪められている。

 

 彼の周囲には、護衛と思しき黒服たちが数人。

 壁際、出入口脇、窓際、そしてテーブルの周囲。

 全員がイヤホンを差し込み、サブマシンガンや拳銃を握っていた。豪奢な室内に不釣り合いな緊張感が、まるで空気そのものを軋ませているようだった。

 

「随分と、落ち着いているな」

 

 男が言った。

 声音は抑えられていたが、その奥には、はっきりとした苛立ちが混じっている。

 

 雨宮は、男の問いに口元だけで笑って答えた。

 

「あら。騒ぐほどのことでもないでしょう?」

 

 本心だった。

 

 この状況であっても、雨宮の心は少しも乱れていない。

 銃を向けられていることも、人質のように見える立場に置かれていることも、彼女にとってはまだ“その程度”でしかなかった。

 

 男は指先でテーブルを二度叩き、視線を雨宮の後ろへ滑らせた。

 メイドと老人。奇妙な取り合わせだ。だが、主人と同じように微動だにせず立つその二人が、妙に不気味だった。

 

 男は小さく鼻を鳴らす。

 

「状況が分かっていないらしい。もう少し慌ててもいいんじゃないか?」

 

 アルフも老人も答えない。

 身じろぎすらしない。まるで精巧な人形のようにそこに立っている。

 

 代わりに、雨宮が肩を小さく竦めた。

 

「慌ててほしいなら、もう少しマシな状況を作ることね」

 

「……可愛げのない女だ」

 

 男が吐き捨てる。

 雨宮は答えず、ただ静かに脚を組み替えた。椅子が、ギシ、と小さく鳴る。

 

 その時だった。

 

 壁際に立っていた黒服の一人が、はっとしたように顔を上げた。

 男の視線も、つられてそちらへ向く。

 

 黒服は耳元へ指を当て、無線の報告を聞いている。その顔色がみるみるうちに変わっていく。血の気が引き、額に脂汗が滲む。

 

 やがて小さく頷き、小走りで男のもとへ駆け寄った。

 耳元へ口を寄せ、絞るような声で報告する。

 

 男の目が、はっきりと見開かれた。

 

「……確かか」

 

 その問いには、希望が混じっていた。

 嘘であってほしい、聞き間違いであってほしい、そんな願望が滲んでいた。

 

 だが黒服は、その淡い期待を無慈悲に打ち砕く。

 

「は……中層は“全滅”です。監視カメラで位置を追っていますが、追いついた者から、その……」

 

 言葉が最後まで続かない。

 恐怖が、声を食っていた。

 

 周囲の黒服たちも、別ルートから同じような報告を受けているのだろう。

 会議室の空気が変わる。先ほどまでの“優位に立つ者の緊張”ではない。混乱、焦燥、苛立ち、そして理解したくない現実が、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような空気。

 

 その中で、雨宮たちの周囲だけが不思議なほど変わらなかった。

 ただ静かに、そこに在る。

 

「……何か、あったかな?」

 

 雨宮が、口角を上げたまま覗き込むように男を見る。

 黒曜石のような瞳が、真っ直ぐ男を射抜いた。

 

 ぞくり、と男の背筋に怖気が走る。

 

 一瞬だけ、男は幻を見た。

 目の前の女の背後に、巨大な蛇のようなものがとぐろを巻いている幻を。

 

 男は頭を振り、無理やりその悪寒を振り払う。

 大丈夫だ。ここは最上階。しかもこの部屋は、ただの会議室ではない。そう、自分に言い聞かせるように視線を横へやった。

 

 今いる会議室と前室を隔てる境界。

 本来ならそこには重厚な観音開きの扉がある。だが、今夜は違った。

 

 ペントハウスに備え付けられた非常用装備。

 要人警護を前提としたそれは、会議室と前室を区切る強化ガラスだった。外窓に使われている防弾ガラスほどではないにせよ、小銃程度なら問題なく耐える代物。

 今はそれが天井から降ろされ、ぴたりと部屋を隔てている。

 

 大丈夫だ。

 男はほとんど祈るような気持ちで、そう自分に言い聞かせた。

 

 だが――その慰めも、次の瞬間には無意味になる。

 

 前室と会議室を隔てる扉は開け放たれている。

 その左右、つまり非常階段とエレベーターへ続く前室の入口側に、護衛が二人。背をこちらへ向け、侵入に備えていた。

 

 男が何とはなしにそこへ視線を向けた、その時。

 

 強化ガラスの向こうで、二人が前触れなく倒れた。

 

 どさり、と重い音。

 そのうちの一人は仰向けにこちらへ倒れ込み、こめかみに深々とシンプルなスローイングナイフが突き立っていた。白目を剥いたまま、何が起きたか理解しないまま絶命した顔。

 

 空気が凍る。

 

 誰もが、一瞬だけ我を失う。

 その静止の中へ、場違いなほど控えめな笑い声が落ちた。

 

「……ふふ」

 

 雨宮だった。

 

 その笑い声を起点に、止まっていた時間が再び流れ出す。

 黒服たちが一斉に動いた。男の前へ出て盾になる者、雨宮たちへ銃口を向ける者、窓側へ向き直る者。

 男自身も、ジャケットの内側へ手を差し入れ、銃を引き抜いていた。その動き自体は、十分に一流と言ってよかった。だが、その速さすら、この場では何の意味も持たない。

 

 全員の視線が、前室の入口へ注がれる。

 扉の陰から、人影が現れた。

 

 黒いスーツ。

 汚れ一つない。怪我もない。返り血さえ浴びていない。

 その姿だけを見れば、ここがホテルであることも相まって、コンシェルジュか、あるいは迎えのスタッフが現れたようにすら見えた。

 

 東洋人特有の、年齢の読みづらい滑らかな顔。

 そこには何の表情もない。強者めいた威圧も、見せつけるような殺気もない。ただ、そこらにいる只の観光客と何も変わらない存在感。

 

 ただ一つ。

 右手に握られた銃だけが、彼が一般人ではないことを証明していた。

 

 彼――恒一は、何事もないような顔で歩いてくる。

 前室を抜け、会議室の手前まで。

 その足取りは、鉄火場に飛び込んできた男のそれではなく、呼ばれた場所へただやってきた男のそれだった。

 

 会議室との間には、厚い強化ガラスがある。

 

 恒一の視線は、男や黒服たちを無視するように、まっすぐ雨宮へと向けられていた。

 アルフも老人も、現れた彼を気にする素振りさえ見せない。

 ただ、雨宮だけが少しだけ横を向き、恒一を見た。

 

 視線が絡む。

 雨宮が嗤う。

 

「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」

 

 まるでデートに遅れてきた相手を揶揄うような声音だった。

 

 恒一はゆっくりと腰を折り、頭を下げる。

 

「すみません。少しばかり、お出迎えの方が多くて」

 

 他の何も目に入っていないような、自然すぎるやり取り。

 ここが銃口を向け合う会議室だとは思っていないような会話だった。

 

 男の奥歯が、ギリ、と鳴る。

 

 前に立った黒服を片手でどかしながら立ち上がり、強化ガラスへ近づいた。

 慌てて護衛が付き従おうとするが、片手で制し、恒一と正対する。

 

「……これはこれは。大分、暴れてくれたみたいじゃないか」

 

 恒一は、そこでやっと男へ意識を向けた。

 

 強化ガラス越しに見つめ合う二人。

 頭二つ近い身長差。体格差も歴然で、絵面だけ見れば大人と子供ほどの差がある。

 

 だが、この場を支配しているのは間違いなく、小さい方だった。

 

「だが、この状況だ。君はただ見ているしかない。君のボスが、無残な肉の塊になるところをね」

 

 男がそう言うと、背後の黒服たちが一斉に雨宮たちへ銃口を向ける。

 黒い銃口が、照明に照らされて鈍く光った。

 

 恒一はそんなものを意に介さず、視線を奥へ戻す。

 雨宮を見た。

 

「雨宮さん。“良いですか”?」

 

 恒一の右手は、先ほどから袖口に添えられている。

 通信機だ。

 

 雨宮は、座ったまま口元だけで笑った。

 

「ええ、構わないわよ。“やれ”」

 

 その声は、大きすぎもせず、小さすぎもせず。

 だが、強化ガラス越しでも、恒一に、そして通信の先にいるシャルロッテにも、問題なく届いていた。

 

 次の瞬間。

 

 窓ガラスへ、ビシ、と鈍い音が走る。

 黒服たちの視線が、一斉に窓側へ引っ張られた。

 

 防弾ガラスに、小さな放射状の亀裂。

 

 二発目。

 ぴたりと同じ位置。

 亀裂がさらに広がる。

 

「撃て――」

 

 男が命じようとした、その直後。

 三発目が、防弾ガラスをついに爆ぜさせた。

 

 衝撃に耐えかねたガラスが内側へ砕け散り、割れた破片が照明の光を浴びてきらきらと舞う。

 高所ゆえの気圧差が風を生み、冷たい夜気が室内へ一気に流れ込んだ。

 

「窓だ!」

「伏せろ!」

 

 黒服たちが叫び、視線も銃口も窓へ向かう。

 恒一の前にいた男も、思わずそちらへ顔を向けた。

 

 その瞬間。

 

 今度は会議室を隔てる強化ガラスへ、発砲音とともに亀裂が走る。

 続けざまに二発、三発。

 星形のひびが広がり、四発目でついに貫通した。

 

 弾丸はそのままガラスを抜け、男の背後にいた黒服の頭部を撃ち抜く。

 

 男は弾かれるように後退した。

 黒服たちに囲まれながら、ようやく絶叫する。

 

「う、撃て! 殺せ!」

 

 その大音声で、混乱していた場がやっと一つの意思を持つ。

 黒い銃口が一斉に雨宮たちへ向けられ、引き金が絞られる。

 

 だが、それでも遅かった。

 

 いつの間にか前へ出ていたのは、メイド服だった。

 

 白い手が長テーブルの縁を掴む。

 そして次の瞬間、信じがたいことに、その巨大なテーブルの端を軽々と持ち上げ、ひっくり返す。

 

 まるで子供が玩具の机を扱うような動作だった。

 そのまま押し込むように、黒服たちの側へ投げ込む。

 

 一瞬、何が起きたのか理解できないまま、黒服たちは指示の残滓だけで引き金を引いた。

 十を超える銃声が重なり、爆音を作る。

 

 だが彼らにとって不運だったのは、その長テーブルが、見た目以上に頑丈に出来ていたことだった。

 机は銃弾を受け止めながら巨大な遮蔽物となって、雨宮たちへの火線をまとめて断ち切る。

 

 そして、その影へ紛れるように――老人が滑り込んだ。

 

 いや、その動きを正確に見切れた者は誰一人としていなかった。

 まるで風が抜けるように、ひゅう、とそこにいた。

 

 ようやく黒服の一人が気づいた時には、既に遅い。

 老人の枯れ木のような手が、その手首へ絡みついていた。

 

「ほれ、一本」

 

 低く、しゃがれた声。

 次いで、めき、と生々しい音。小枝でも折るように、手首が逆向きへへし折られる。

 

 悲鳴が上がる。

 だが長くは続かない。喉へ短く手が入っただけで、その男は声を失い、白目を剥いて崩れ落ちた。

 

 横の黒服が慌てて老人へ銃口を向ける。

 撃つ。

 弾丸は空を切る。

 

 老人はいつの間にか半歩ほど下がっていた。

 いや、下がったように見えただけかもしれない。男が狙いをずらそうとした、その瞬間には、銃先を無造作に掴まれていた。

 

 引かれる。

 黒服の体が前へつんのめる。そこへ鎖骨へ衝撃。まるで猛スピードの何かにぶつかられたような一撃で、男の体はくの字に折れた。

 肺の中身が一気に押し出されるような音。続けざまに掌底が顎を跳ね上げ、歯が、骨が、砕け、男はそのまま沈んだ。

 

 その間にも、アルフは机の角から射線を通していた。

 

 足元の黒服から奪ったサブマシンガンを構え、指切りで制御する。

 膝。

 手首。

 胴。

 頭。

 

 順番も、距離も、無駄がない。

 老人の位置を完全に把握したまま、彼が存在しないかのような射撃を繰り出していく。

 

 窓の外からはさらに弾丸が飛び込んできた。

 窓際の黒服は次々に倒れ、射線を切ろうとした者も、顔や胴に赤い花を咲かせて崩れ落ちる。

 

 逃げ場を求めて出口へ走る者もいた。

 だが、その前へ悠然と立っていたのは恒一だった。

 

 背後の強化ガラスは、まるで綺麗に円を抜いたように破られている。

 恒一は手にしていた銃を床へ放り、ジャケットの内から己の愛銃を取り出した。

 

 短く銃口が跳ねる。

 

 一発。

 

 目の前に走り込んできた黒服が崩れ落ちる。

 

 続けざまに二発目。

 まさにアルフへ向かおうとしていた黒服のこめかみに穴が開く。

 

 アルフと視線が交わる。

 ほんの小さく、だが確かに、互いに笑った。

 

 やがて。

 

 硝煙だけが窓から抜けていき、銃声は消えた。

 会議室に残っているのは、男の荒い息遣いだけだった。

 

 男は壁際へ追い詰められていた。

 血走った目。乱れた金髪。周囲の血で汚れた高級スーツ。

 手にした銃はカタカタと震え、狙いと呼ぶにはあまりに曖昧だった。

 

 割れた窓から吹き込む夜風が、破れたカーテンを大きく煽る。

 床には砕けたガラス、広がる血、大量の薬莢。豪奢だった会議室は、すっかり戦場の残骸に成り果てていた。

 

 床に転がる黒服たちは、もう声を上げない。

 老人は静かに歩く。

 アルフは使い終えた銃を雑に放る。

 雨宮は最初の位置から変わらぬように見えるほど自然にそこに座っていた。

 

 恒一が、自然な足取りで雨宮の背後へ回る。

 反対にはアルフ。

 さらにその後ろに老人。

 

 三人とも、戦闘など無かったかのように袖口やスカートの裾を整えていた。

 その姿を見て、男の顔にはっきりとした敗北の色が浮かぶ。

 

 雨宮が、ゆっくりと立ち上がった。

 

 胸元から一枚のカードを取り出し、男へ向かって投げる。

 ひらりと舞ったそれは、男の足元へ落ちた。

 

 そこには、意匠を凝らした紋様と、中央に刻まれた数字の『1』。

 

 男はそれを見て、はっと息を呑んだ。

 

「……そうか。昔、聞いたことがあったっけか」

 

 ぽつりと呟くように漏らす。

 

「師匠が、口を酸っぱくして言ってたな。“数字持ち”には手を出すなって」

 

 どこか懐かしむように、男は天を仰ぐ。

 やがて力なく笑い、ずるずると壁を伝って腰を落とした。

 

「そうか……そうか」

 

 目を閉じる。

 観念したのだろうか。あるいはようやく、自分が相手にしたものの正体を理解したのかもしれない。

 

 雨宮がそっと手を横に差し出す。

 恒一は一拍だけ間を置いてから、己の愛銃をその手に渡した。

 

「ありがと」

 

 雨宮は軽く礼を言い、手の中で重さを確かめるように一度だけ上下させる。

 それから、かつ、かつ、とヒールの音を響かせ、男の前まで進んだ。

 

 男の顔に影が差す。

 見下ろす雨宮。

 見上げる男。

 

 勝者と敗者。

 それ以上でも、それ以下でもない構図だった。

 

 男がゆっくりと目を開く。

 雨宮と視線が交差した。

 

「……まだ、“円卓”の連中はあんたらを狙うだろう。気を付けな」

 

 ニヤリと笑う。

 雨宮は、銃口を男の眉間へぴたりと定める。

 

「ええ。地獄で先に待ってなさい。すぐに送るわ」

 

 引き金を引く。

 

 乾いた一発。

 男の頭が軽く跳ね、そのまま糸の切れたように崩れ落ちた。

 

 静寂が戻る。

 

 雨宮は数秒だけその死体を見下ろし、それから興味をなくしたように銃を下ろした。

 

「さて」

 

 くるりと踵を返す。

 

「シャルロッテを回収して、帰りましょうか」

 

 そう言いながら歩き、恒一へ銃を返す。

 グリップをくるりと回して渡されたそれを恒一は受け取り、軽く礼をしてジャケットへと収めた。

 

 雨宮は、ふと思い出したように口元を緩め、肩越しに恒一を振り返る。

 

「そうそう。そういえば、貴方の歓迎会でもしましょうか」

 

 あまりにも場違いな言葉だった。

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろう。

 恒一は、ほんの少しだけ困ったように眉を上げた。

 

「なによ、その顔。いいじゃない、歓迎会」

 

 揶揄うように雨宮が笑う。

 アルフが同意するように頷き、老人は楽しげに目を細める。

 

 背後では夜景がきらきらと光っていた。

 まるで何事もなかったかのように。

 血と硝煙と瓦礫に塗れた空間さえ、もう過去のものになっているような錯覚を覚えるほどに。

 

 恒一は、やれやれというふうに小さく笑った。

 

「……そうですね。楽しみです」

 

 割れた窓の向こう、夜の街は変わらず瞬いている。

 

 ホテル・グラン・ヴァルゾンでの騒乱は、こうして幕を下ろした。

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