FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
人気のなくなったホテルの中を歩く。
ついさっきまで、あれだけ銃声と怒号が飛び交っていたというのに、今は静かだった。
長い廊下にも、吹き抜けのホールにも、人の気配はほとんどない。置き去りにされたサービスカート、割れたグラス、半端に開いたままの扉。そこかしこに、急いで逃げ出した痕跡だけが残されている。
そして、その合間に転がる物言わぬ死体。
絨毯の上に広がった血は、ホテルの間接照明に照らされて黒々と沈んでいた。火薬の焦げた匂いと、鉄臭い血の匂いが、まだ濃く空気に漂っている。
「逃げたか、一時的に隠れているのか。どちらにしろ、賢明だね」
前を歩く雨宮が、肩越しにそんなことを言った。
先頭は老人。
その少し後ろにアルフ。
さらに雨宮が続き、最後尾が俺だった。
念のため周囲へ意識を巡らせてはいるが、気配はない。今さら飛び出してくるような命知らずなんていないのかもしれないが。
それにしても、これだけやっておいて、この後もこのホテルは営業を続けるつもりなのだろうか。
清掃やら設備修理やら、やることは山ほどあるだろう。
……まあ、そんな心配をしてやる義理もない、か。
ロビーへ下りる途中で、アルフがふと足を止めた。
「少々、失礼します」
恭しく一礼して、すっと列を外れる。
一瞬だけその背中を目で追っていると、雨宮が補足するように言葉を挟んだ。
「監視映像の回収よ。こういう場所は裏の仕事で使うから、クラウドには上げないの」
さらりと言う。
「だから、現地回収しておけば十分。外へ流れる前に、ね」
なるほど。
確かに、妙な取引や会合の現場になりがちな場所で、弱みになるような映像をおいそれと外へ飛ばすわけがない。
その時々、必要な時だけ使う。古臭いようでいて、そっちの方が安全ということか。
感心していると、雨宮がそこでくすりと笑って、こちらを振り返った。
「それに、あなたの活躍も見たいしね」
細められた目が、いかにも面白がっている風だ。
俺は、へにょりと何とも言えない顔を返すだけに留めた。
いや、うん。どう返せばいいんだか。
そのうち、とてて、と小さな足音が背後から近づいてきた。
振り返ると、アルフがもう戻ってきていた。手には、外付けらしき黒い記録媒体。
アルフは俺にぺこりと会釈をして、そのまま雨宮の横へ並ぶように歩み寄る。
手にした媒体をそっと見せると、雨宮はちらりと一瞥して、満足そうに頷いた。
「ご苦労さま」
「ありがとうございます」
そう言ったアルフは、その媒体を何食わぬ顔でスカートの中へしまい込んだ。
……今、どこにしまったんだろうな。
思わず目で追ってしまった俺に気づいたのか、アルフがこちらを見てにこりと笑う。
何も言わない。言わないが、圧はうっすらと感じた。
俺はそのまま、するりと視線を逸らした。
ホテルの豪奢なロビーを突っ切り、そのまま外へ出る。
夜気はひんやりとしていて、火照った肌をゆっくりと冷ましていく。
ホテル内であれだけドンパチやっていた割に、表は思った以上に静かだった。時間が時間だからか、人通りは少ない。バーの薄明かりに照らされて、ちらほらと人影が動く程度だ。
少し離れた路肩に、シャルロッテが立っていた。
手には長いケース。
風に揺れる金の髪を片手で押さえながら、こちらに気づくと軽く顔を上げる。街灯に照らされた頬が、ほんのりと赤い。急いで狙撃位置から降りてきたせいだろうか。
「お疲れ様」
近づくと、雨宮がそう声をかけた。
「まったく、お嬢も無茶して」
シャルロッテはにやりと笑って返しながら、老人、アルフへと順に視線を移す。
老人は静かに頷き、アルフは小さく手を振る。
最後に、その視線が俺へ向いた。
そして、いたずらっぽくウインクが一つ。
思わず、少しだけ肩の力が抜ける。
「さて、冷えますのでお車に」
老人が、雨宮へ向けて声をかける。
促された先には、一台の黒塗りの高級車が停まっていた。後部が長く、かなりの人数が乗れそうなやつだ。こういうのは映画の中でしか見たことがない。
老人は後部ドアを開き、恭しく雨宮を車内へ案内する。
それから、こちらをちらりと見た。
アルフとシャルロッテは勝手知ったる様子で、さっさと乗り込んでいる。
「運転はこちらで」
俺がどうしたものかと一拍置いたタイミングで、老人が柔らかく声をかけてきた。
「今は、お嬢様のお相手をお願いします」
言葉は丁寧だが、芯の通った声だった。
ああ、これは断れないやつだな、とすぐに分かる。
「……それなら」
小さく頷き、開いたドアから車内へ滑り込む。
中は想像以上に広かった。
前後に向かい合う形で座席が並び、革張りのシートが淡く社内灯を反射する。
後ろには雨宮が一人。
その向かい合う側に、シャルロッテとアルフ。
ばたん、と後ろでドアが閉まり、外の音が一気に小さくなる。
くすり、と笑いながら、雨宮が自身の隣の座席を軽く叩いた。
……隣か。
少しばかり躊躇したが、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。
静かに腰を下ろすと、シートがしっかりと体を包み込んだ。
雨宮の香水なのか、甘く、それでいてスッキリとするような香りがふわりと鼻先をくすぐる。
ちょうどそのタイミングで、老人が運転席へ回り込んでいたらしい。
車が、音もなくゆっくりと動き出す。
窓の向こうを、夜の街が流れていく。
「どうだったかしら。今回は」
雨宮が、俺とシャルロッテに向けて聞いてくる。
先に答えたのはシャルロッテだった。
「ええ、色々と収穫があったし、良い仕事だったわよ。次もバディの仕事があったら、恒一さんと組みたいわ」
言いながら、意味深な流し目をこちらへ投げてくる。後半は、どちらかといえば雨宮へ伝えるための台詞だろう。
収穫、収穫ねぇ。
俺の方としては、何やら因縁が増えただけの気もする。
とはいえ、野暮なことは言うまい。シャルロッテからそう言ってもらえるのは、素直に嬉しかった。実際、やりやすかったしな。
「そうですね。シャルロッテさんのお陰もあって、満足いく結果にはなったかと」
オクタヴィアの件だって、彼女がいなければ十全にはいかなかっただろう。
ああいう社交性は、俺にはない。
俺がそう返すと、雨宮が面白そうに笑う。
「ふふ。やっぱりシャルとは相性がいいみたいね。機会があれば、考えておくわ」
満足そうに目を細める。
アルフは黙って、にこにこと笑っているだけだった。
バックミラーに映る老人の顔も、ほんの少しだけ綻んでいた。
高級車は、何事もなかったように夜の街を離れていく。
彼女たちの会話を乗せて。
ついさっきまで死と硝煙の真ん中にいたとは思えないほど、静かに、滑らかに。
* * *
黒塗りの高級車がホテルを去った後。
少し離れた暗がりから、ソレを見送る男が一人いた。
帽子のつばを深く下ろし、物陰へ半身を潜めるようにして立つ。
無精髭をザラリと撫でる。だらしなく垂れたシャツの裾を適当にズボンに押し込んだ。
手にした端末へ視線を落とし、短く息を吐くと、通話を繋ぐ。
『……終わったか』
低く、よく通る声が耳に届く。
無精髭の男は、去っていく車のテールランプを見つめたまま答えた。
「ええ。見事にやられましたよ。ホテルの現地戦力は壊滅。やっぱり、“数字持ち”の連中は厄介ですぜ」
『だろうな』
通話先の声に感情は薄い。
まるで、そうなる可能性も十分に織り込んでいたみたいに。
男は口元を歪めた。
「しかし、本当に良かったんですかい? こっちの組織にもう少し情報を流してりゃ、対策のしようもあったでしょうに」
少しばかり皮肉が混じる。
短い沈黙の後、通話先は淡々と返した。
『おじけづかれても困るからな』
「……なるほど」
『組織はそれなりのものだ。だが、やはり難しかったか』
男は、虚ろな目をホテルの上階を見上げる。
あの場に正面からいたなら、自分もただでは済まなかっただろう。アレは化け物の類だ。
『引き続き、監視を頼む』
「了解です」
通話が切れる。
男は端末を下ろし、しばらく無言で立っていた。
それから懐から煙草を取り出し、火をつける。紫煙が夜に溶けていく。
「……まあ、落とし前はつけてもらうさ」
誰に聞かせるでもなく、掠れた声でそう呟いた。
弟の分も。
自分の分も。
男は帽子を軽く押さえ、そのまま街の暗がりへ消えていった。
* * *
翌日。
空は青く、よく晴れていた。
ホテル一つが血に染まったことなど知らぬ顔で、街はいつも通りの日常を流している。
恒一とシャルロッテが訪れたのは、オクタヴィアの実家だった。
高い門。広い庭。整えられた植栽。遠目にも分かる大きな屋敷。
政府高官の家という肩書きに、何一つ不足のない構えだ。
案内された応接室で待っていると、ほどなくしてオクタヴィアが現れた。
学園にいた時とは違い、年相応の落ち着いた私服姿。だが、その表情の奥には、ここ数日で少しだけ大人びたものが差している。
「このたびは、本当にありがとうございました」
深く頭を下げる。
その礼は、形式だけではなかった。
恒一は軽く会釈し、シャルロッテは柔らかく微笑む。
「無事でよかったわ」
「ええ……本当に」
少しだけ言葉を交わした後、オクタヴィアはふと視線を伏せた。
そして、静かに尋ねる。
「……マチルダは、どうしていますか?」
その問いに、恒一の喉がほんの少しだけ詰まった。
言葉を選ぶ間。
その短い沈黙を、シャルロッテが自然に引き取る。
「別口で少し厄介なのに襲われてね。怪我はしたけど、大事ではないわ」
あまりにも淀みなく、柔らかい声音だった。
「ただ、その後すぐ別件が入ってしまって。今回は挨拶に来られないの。ごめんなさいね」
オクタヴィアは、しばらく何も言わなかった。
完全に信じたわけではないのだろう。
それは、恒一にも分かった。
だが彼女はそれ以上踏み込まなかった。
二人の表情と声色から、聞いてはいけないモノがあることを感じ取ったのだろう。
小さく頷き、それだけで話題を閉じた。
「……分かりました」
静かな返答だった。
それから少しだけ間を置き、今度はシャルロッテを見て言う。
「また何かあった時には、お願いしてもいいでしょうか」
「あら、もちろん」
シャルロッテはそう言って、胸元から小さなカードを一枚取り出した。
余計な肩書きも装飾もない。連絡先だけが記された、シンプルなカード。
「これ、ちょっと特別よ」
ウインク付きで差し出され、オクタヴィアは少しだけ目を丸くした後、くすりと笑った。
「……大事にします」
その笑みを見て、恒一は内心で少しだけ息をつく。
これでいい。全部ではないにせよ、ここで交わせる言葉としては十分だった。
やがて辞去の時間となり、二人は屋敷を後にする。
広い敷地を抜け、手入れの行き届いた石畳を歩き、大きな門を出る。
門が背後で閉まったところで、シャルロッテがぐっと両腕を伸ばした。
「んーっ……さて。ようやく一区切りって感じね」
「そうですね」
恒一も、小さく息を吐く。
「帰りましょうか」
「ええ」
二人は並んで歩き出す。
空は、変わらずに青かった。
第二部 完
はい、というわけで第二部完、となります!
皆々様、お付き合いいただきありがとうございました。
常々の感想など、お返しできなくて大変恐縮ですが、毎回楽しみに拝見しておりました。
重ねて、感謝申し上げます。
さて、この後ですが、またしばらくお休みをいただきつつ、活動報告にも書かせていただきました通り、SSを何本か書きたいと思っております。
まだ書き出してもいませんので、もし気になる方がいらっしゃいましたら是非是非。
第三章については、こちらも構想はあるのですが練り練りしております。
気長にお待ちいただけますと幸いです。
それでは、またお会いする日まで。