FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第53話 なんてことの無い日

 銃弾が、車体後部を立て続けに叩いた。

 

 さらに次の一発が運転席側のサイドミラーを根元から吹き飛ばし、砕けた黒い破片が街灯の下を何度か跳ねながら、後方の闇へ消えていった。

 

 それでも、男はアクセルを緩めない。

 むしろ、さらに深く踏み込んだ。

 エンジンが獣のような唸りを上げ、タコメーターの針が跳ね上がる。黒いセダンは深夜の旧市街を猛然と駆け下り、石畳の上でタイヤが甲高い悲鳴を上げた。

 

 道幅は狭い。

 古びた石造建築が両側から迫るように立ち並び、急な坂道が複雑に折れ曲がっている。昼間なら観光客で賑わっているであろう通りも、今は固く閉ざされた扉と、橙色の街灯だけが次々と後ろへ流れていった。

 

 男がバックミラーへ視線を走らせる。

 追ってくるのは、黒いSUVが一台。

 その左右には、二人乗りのバイクが二台張り付いている。

 車窓から身を乗り出した男たちは、それぞれ短機関銃を抱えていた。

 

「次の角、右ですよー! そこから百八十メートルくらいで市場通りに入りまーす!」

 

 助手席から、場違いなほど明るい声が飛んでくる。

 そこに座る人物は、手元の端末へ視線を落としたまま、現在位置と経路を確認していた。

 身に着けているのは、黒を基調とした動きやすそうな服装。

 これだけ激しく銃弾を浴びせられているというのに、その口元には何が楽しいのか、うっすらと笑みさえ浮かんでいた。

 

「道幅は?」

 

「んー……ぎりぎりです!」

 

「了解」

 

 短いやり取り。焦りは見られない。

 もっとも、後部座席の男にまで同じほど余裕があるわけではないようだ。

 

「問題しかない!」

 

 背後から、ほとんど悲鳴に近いような声が飛んできた。

 今回の護送対象だ。

 どこかの組織の会長だとは聞かされているが、名前までは知らされていない。四十代半ばほどの痩せた男で、仕立てのいいスーツは襟元まで汗に濡れ、防弾ケースを胸へ抱え込むようにしていた。

 

「あそこは車で通るような道じゃない! 市場だぞ!」

 

「歩くよりは速いでしょう」

 

「そういう話をしてるんじゃ――」

 

 言葉の途中で、後方から銃声が響いた。

 男は返事を待たずにハンドルを切る。

 セダンの後部が大きく流れ、後部座席の男の抗議もそこで強制的に途切れた。

 

「うおっ――!」

 

 後ろの男の呻き声に合わせて、シートベルトに拘束された身体が左へ押しつけられる。

 車体は石壁すれすれを抜けて角を曲がり、タイヤが甲高い悲鳴を上げた。左側のドアが壁を擦り、鮮やかな火花が散る。

 衝撃で窓が割れ、キラキラと街灯に照らされたガラスが舞う。

 

 曲がった先は、店じまいを終えきっていない夜の市場が広がっている。

 畳みかけの露店、積み上げられた木箱、籠の中に残った色鮮やかな果物。

 建物と建物を繋ぐ日除け布が頭上に垂れ下がり、奥には石造りのアーチが何重にも続いていた。

 

 まだ通りに残っていた住民たちが、迫るエンジン音に振り返った。

 そして、こちらへ突っ込んでくる黒いセダンを見るなり、慌てて店先や脇道へ逃げ込んでいく。

 

 セダンはほとんど速度を落とさない。

 露店のテーブルと木箱、その僅かな隙間を縫うように車体を走らせる。

 木箱がバンパーに弾かれ、オレンジが幾つも宙へ舞った。そのうちの一つがボンネットで跳ね、フロントガラスを転がっていく。

 

「右から来ますよー!」

 

 慌てふためく市場の人間を横目に、助手席から声が届く。

 ほぼ同時に、甲高いエンジン音が迫ってきた。

 

 バイクが車体に並び、男が短機関銃を持ち上げた。

 

「おっと、それはダメですよ!」

 

 そう言って助手席のドアを勢いよく開く。

 蹴り開いた、といっても良いくらいの勢いで、ドアが並走していたバイクに当たる。

 不意を突かれた形で横っ面を叩かれたバイクが大きくぶれ、前輪が石畳の溝に食いつく。

 ハンドルが取られ、そのまま近くの露店へ突っ込んでいく。露天商の悲鳴と、衝突音が後ろに流れていった。

 

「はい、一台おしまいです!」

 

 少しばかりボコボコになった扉を無理やりバタンと閉じて、グッと親指を立ててくる。

 運転席の男は一度だけ頷いた。

 

 今度は左。運転席側。

 残るバイクが無理やり並び、二人乗りの後ろにいた男が身を乗り出し、割れ開いていた窓へ腕を伸ばしてきた。

 

 慌てず、左手でハンドルを握ったまま懐に手を入れ、脇を見ることもなく二発。

 乾いた破裂音とともに、手を掛けて来た男と運転手の額に穴が開く。

 

 制御を失ったバイクはそのまま石壁へ激突し、火花を撒き散らしながら路地を転がっていった。

 

 男はバックミラーへ視線を走らせながら、銃を懐へと戻す。

 黒いSUVの姿はない。

 さすがに、この狭い市場までは追ってこられなかったらしい。

 鏡に映るのは、散乱した木箱や果物、それから逃げ惑う人影ばかりだった。

 

 ――その一拍後。

 

 背後の夜を、橙色の光が大きく染めた。腹へ響く爆発音が遅れて届く。

 先ほど壁へ突っ込んだバイクだろう。

 男はそれを確かめることもなく、再び前方へ視線を戻した。

 

 

 市場を抜けると、旧市街の出口である古い城門が見えた。

 石造りの大きな門。

 その向こうへ出れば、海岸道路へ繋がる。

 

 だが真正面からトラックが門を塞ぐようにこちらに走ってくる。門の残りの幅は車半分程度。とてもすり抜けられるモノではない。普通なら。

 運転席の男は速度を落とさず、助手席の人物も表情ひとつ変えない。

 慌てているのは、後部座席の護送対象だけだ。

 

「なにしてる!? 前が見えていないのか!?」

 

 悲鳴じみた叫びを無視するように、男はさらに速度を上げる。

 セダンが城門へ向かって加速する。

 正面のトラック運転手が目を剥き、慌ててブレーキを踏み込んだ。

 距離が一気に詰まる。

 

 その直前。

 

 セダンは、道端にある石造りの段差へ左前輪を迷いなく乗り上げた。

 車体が大きく跳ねる。

 

 運転席側が浮き上がり、視界が一気に傾いた。

 ちらりと視線を助手席側に送る。地面が見えた。

 後部座席では、護送対象の男がシートベルトに吊られるような格好で右側へ倒れ込んでいる。

 

 セダンは二輪だけで石畳を走り、そのままトラックと城門のわずかな隙間へ滑り込んだ。

 助手席側のサイドミラーが地面を擦り、根元からへし折れて後方へ吹き飛ぶ。

 

 石壁。

 地面。

 その二つが、左右すれすれを流れていく。

 ほんの数秒にも満たないはずなのに、ひどく長く感じる圧迫感。

 

 そして――。

 一気に視界が開ける。

 

 城門を抜けた。

 

 男はすぐさまハンドルを切り、自分の身体を使って車体へ重心を掛ける。

 浮いていたタイヤが路面へ叩きつけられた。

 ぐわん、とサスペンションが悲鳴を上げ、勢い余った車体の底が石畳を擦り、鮮やかな火花を長く引いた。

 

 目の前に広がるのは、月明かりを受けた海。

 旧市街の狭い路地とは対照的に、海岸線へ沿って片側二車線の道路が緩やかに伸びている。割れた窓からは、潮の匂いを含んだ冷たい夜風が吹き込んできた。

 

「助かった……」

 

 後部座席の男が、全身から力を抜くようにシートへ沈み込んだ。

 だが、運転席の男は前を見たまま淡々と告げる。

 

「……まだみたいですね」

 

 安心しきった様子を遮るように言う。だが、周囲には自分たちのエンジン音と風切り音しか聞こえない。

 

「え?」

 

 初めて、助手席から呆けた声が聞こえてきた。次の瞬間、遠くからタイヤが路面を踏む甲高い音が響く。

 

「後ろから!」

 

 助手席の窓から身を乗り出し、風で暴れる金髪を押さえながら叫ぶ。

 追ってくるのは、大型SUVが二台。

 ヘッドライトをぎらつかせながら、海岸道路を凄まじい速度で迫ってくる。

 

 相手の姿をはっきり確認できる距離まで詰められるのに、そう時間はかからなかった。

 窓から身を乗り出しているのは、覆面を被った男たち。こちらへ向けて、何丁もの銃口が並ぶ。

 

 セダンも多少は防弾設計にしているとはいえ、このままではハチの巣だ。

 それに、先ほどと違い海沿いを真っ直ぐ延びる一本道。逃げ場は、無い。

 さらにSUVが間隔を狭め、一気に距離を詰めてきた。

 

 助手席とアイコンタクト。待ってましたとばかりに口元を吊り上げ、座席の下から自動小銃を引っ張り出した。

 

「ちょっと揺れますよ」

 

「なにを……!?」

 

 慌てる後部座席に返事をする代わりに、一瞬だけブレーキを踏んだ。

 同時にハンドルを切り、サイドブレーキを引く。

 荷重が一気に前へ移った。

 

 フロントガラス越しの視界がグルリと回る。

 百八十度。

 車体だけを反転させ、慣性は殺さない。セダンは車体を逆へ向けたまま、元の進行方向へバックで滑っていく。

 つまり、先ほどまで背後にいた追跡車が、真正面に来る。

 

「う、うおおおおっ!?」

 

 背後から情けない悲鳴が響いた。

 対して助手席は、むしろ楽しそうだった。

 

「良い位置です!」

 

 開けた前方へ自動小銃を構える。驚く表情を向ける追跡者たちに向けて、発砲。

 助手席から火線が伸びる。

 けたたましい連射音が車内を満たし、すでに傷んでいたフロントガラスが一気に砕け散った。

 無数のガラス片が風に巻き上げられる。

 熱を持った薬莢が床へ跳ね、窓の外へ飛び、あちこちで甲高い音を立てた。

 

 やがて。

 カチン、と乾いた音がする。

 

「リロード!」

 

 甲高い声を聴きながら、男は左手でハンドルを支え、右手で拳銃を抜いた。

 目の前は開けている。ばら撒かれた弾幕にも耐えているSUVだが、流石に身を乗り出していた連中は引っ込んでいる。

 驚きから立て直したのか、向こうの車内で何やら怒鳴っているのが見えた。

 

 手前のSUVから、急かされてか一気に男たちが顔を出す。

 

 男の拳銃が二度鳴る。

 ほとんど間はなかった。

 左右、それぞれ一発ずつ。姿を現した男たちの額に穴が開く。

 一人は身を乗り出した姿勢のまま力が抜け、道路へ転がり落ち、もう片方は窓枠へ引っかかった身体を、慌てた仲間に車内へ引きずり戻される。

 

 リロードが終わった助手席から、再び自動小銃が吠える。

 今度は運転席を狙って、集中的に弾丸を叩き込んだ。

 SUVのフロントガラスへ無数の白い傷が走る。だが、割れない。

 

「あちゃぁ、相当硬い防弾使ってますね」

 

 ぼやきながら、また弾倉へ手を伸ばす手を運転席側から片手で制する。

 

「もういい」

 

「はい?」

 

 返事の代わりに、そのままハンドルを切る。

 後ろ向きに滑っていたセダンが、再び大きな半円を描いた。

 タイヤが激しく鳴き、横方向の力が車内へ襲いかかる。

 

「またぁっ!?」

 

 後部座席から情けない悲鳴が上がる中、車体は元の向きへ戻った。

 

 前方。

 海岸道路の先に、短いトンネルが見えてくる。

 

 どうやら補修工事の途中らしい。入口脇には資材が積まれ、上部にも何本かの角材が仮設の固定具で留められている。

 

 男はニヤリと笑い、吹きすさぶ風を正面から受けながら、再び拳銃を持ち上げる。

 狙いは、固定器具。

 

 背後から迫るSUVのエンジン音が大きくなる。

 距離を測る。

 

 一発。

 乾いた銃声。

 

 金属が弾け、固定を失った工事資材がゆっくりと傾き始める。

 男はその下を、何事もなかったように走り抜けた。

 

 セダンがトンネルへ飛び込む。

 

 直後。

 背後で轟音が炸裂した。

 

 落下した資材が、先頭を走っていたSUVのフロントガラスへまともに叩きつけられる。

 ガラスと金属の砕ける音が、狭いトンネル内へ幾重にも反響した。

 

 男がバックミラーを見る。

 激しく揺れる後続車のライト。

 それはやがて、トンネルの闇の中へ消えていった。

 

 

* * *

 

 

 トンネルを抜け、急な坂道を下りきった先に港が見えてきた。

 潮風に晒されて赤錆の浮いた倉庫と、大型クレーン。そのさらに奥では、黒々とした海面が街灯の光を鈍く反射している。

 

 桟橋の先には、小型の高速艇が一隻。すでにエンジンを掛けたまま待機しており、低い駆動音を響かせていた。

 手前には、受け入れ役らしい武装した男が二人立っている。

 

 セダンが止まると、護送対象は防弾ケースを抱えて後部座席から這い出すように降りた。

 

「早く!」

 

 桟橋から声が飛ぶ。

 男は促されるまま数歩進んだが、途中でふと足を止め、振り返る。

 

 ちょうど、運転席の男が拳銃をホルスターへ戻すところだった。

 

「……助かった。礼を言う」

 

 護送対象が、短く告げる。

 

 男は特に何か返すでもなく、軽く片手を上げた。

 その隣では、助手席から降りた人物が相変わらずの笑顔で、ひらひらと手を振っている。

 

「お気をつけてくださーい!」

 

 護送対象は二人をしばらく見たあと、ひとつ頷き、高速艇へ乗り込んだ。

 

 係留索が外される。

 エンジン音が高まり、艇は白い航跡を引きながら闇の海へ走り去っていった。

 

 その姿が十分に遠ざかるまで、二人は黙って見送った。

 

 やがて片方の笑顔が消える。

 肩の力が抜け、纏っていた空気まで静かなものへ変わった。

 

「……お疲れ様でした」

 

 先ほどまでとは別人のように落ち着いた声だった。

 運転席の男が横を見る。

 

「アルフも、お疲れ様」

 

 アルフ、と呼ばれた少女──いや青年は小さく息を吐き、満身創痍になったセダンを眺める。

 左右のミラーはなくなり、フロントガラスは大破。ドアには幾つもの弾痕が残り、車体側面には石壁へ擦りつけた長い傷が刻まれていた。

 

「それにしても、恒一さん」

 

 そこで初めて、男の名前が呼ばれた。

 二階堂恒一は、運転席に座ったまま、自分でも改めて車の有様を見回す。

 

「運転も、お上手なんですね」

 

 感心とも、呆れともとれるような声色。

 

「まあ、それなりに」

 

 当の本人は、特に感慨もなく答える。

 そのとき。

 恒一の端末が、短く震えた。

 

 胸元から取り出された端末の画面に表示された名前は、雨宮しずく。

 恒一は一度だけ確認すると、スピーカーモードで通話ボタンを押した。

 

『お疲れ様。派手にやったみたいね』

 

「護送は成功しました」

 

『ええ。船からの報告も、さっき入ったわ。依頼人も満足してたみたいよ』

 

 端末の向こうから、くすくすと小さな笑い声が聞こえる。

 何がおかしいのかは分からないが、アルフは主人の機嫌が良いことに満足しているのか、どこか嬉しそうだった。

 

『さ、これでひとまず仕事納めね。しばらく休暇を取ってもらうわ』

 

 恒一は少しだけ目を瞬いた

 

「休暇、ですか?」

 

『最近ちょっと働きづめだったでしょう。日本に戻って、ゆっくりしてきなさい。温泉でも旅行でも、好きにしていいわ』

 

 休暇。

 そう言われても、行きたい場所はすぐには思い浮かばなかった。

 

 しかし夜の海を眺めているうちに、恒一はふと、長いこと訪れていない土地を思い出した。

 

 山陰の小さな町。

 両親を失ったあと、祖父母へ引き取られて暮らした場所だ。

 

 雨の多い土地だった。

 冬になれば日本海から冷たい風が吹きつけ、古い家の窓がかたかたと鳴っていた。坂を下りれば小さな商店が並び、その向こうには灰色の海が見えた。

 

 祖父母が亡くなってからは、ほとんど戻っていない。

 

「そう、ですね……」

 

 恒一はしばらく考えてから答えた。

 

「墓参りにでも行こうかと思います」

 

『あら、いいじゃない』

 

 返ってきた雨宮の声は、先ほどよりもわずかに柔らかかった。

 

『じゃあ、良い休暇を』

 

「はい」

 

 そこで通信が切れた。

 辺りに残ったのは、波が岸壁へぶつかる静かな音と、傷だらけになったセダンのエンジン音だけだ。

 

 隣で、アルフが夜の海へ視線を向ける。

 

「では、戻りましょうか。日本へ」

 

「ああ」

 

 しばらく仕事のことを忘れて、ゆっくり過ごす。

 たまには、そんな時間があっても悪くない。

 

 ――そのときの恒一は、本気でそう思っていた。




お久しぶりです。
本編再開でございます。

投稿頻度はそれほど高くはないかと思いますが、
ボチボチと進めて良ければと思います。
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