FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
銃弾が、車体後部を立て続けに叩いた。
さらに次の一発が運転席側のサイドミラーを根元から吹き飛ばし、砕けた黒い破片が街灯の下を何度か跳ねながら、後方の闇へ消えていった。
それでも、男はアクセルを緩めない。
むしろ、さらに深く踏み込んだ。
エンジンが獣のような唸りを上げ、タコメーターの針が跳ね上がる。黒いセダンは深夜の旧市街を猛然と駆け下り、石畳の上でタイヤが甲高い悲鳴を上げた。
道幅は狭い。
古びた石造建築が両側から迫るように立ち並び、急な坂道が複雑に折れ曲がっている。昼間なら観光客で賑わっているであろう通りも、今は固く閉ざされた扉と、橙色の街灯だけが次々と後ろへ流れていった。
男がバックミラーへ視線を走らせる。
追ってくるのは、黒いSUVが一台。
その左右には、二人乗りのバイクが二台張り付いている。
車窓から身を乗り出した男たちは、それぞれ短機関銃を抱えていた。
「次の角、右ですよー! そこから百八十メートルくらいで市場通りに入りまーす!」
助手席から、場違いなほど明るい声が飛んでくる。
そこに座る人物は、手元の端末へ視線を落としたまま、現在位置と経路を確認していた。
身に着けているのは、黒を基調とした動きやすそうな服装。
これだけ激しく銃弾を浴びせられているというのに、その口元には何が楽しいのか、うっすらと笑みさえ浮かんでいた。
「道幅は?」
「んー……ぎりぎりです!」
「了解」
短いやり取り。焦りは見られない。
もっとも、後部座席の男にまで同じほど余裕があるわけではないようだ。
「問題しかない!」
背後から、ほとんど悲鳴に近いような声が飛んできた。
今回の護送対象だ。
どこかの組織の会長だとは聞かされているが、名前までは知らされていない。四十代半ばほどの痩せた男で、仕立てのいいスーツは襟元まで汗に濡れ、防弾ケースを胸へ抱え込むようにしていた。
「あそこは車で通るような道じゃない! 市場だぞ!」
「歩くよりは速いでしょう」
「そういう話をしてるんじゃ――」
言葉の途中で、後方から銃声が響いた。
男は返事を待たずにハンドルを切る。
セダンの後部が大きく流れ、後部座席の男の抗議もそこで強制的に途切れた。
「うおっ――!」
後ろの男の呻き声に合わせて、シートベルトに拘束された身体が左へ押しつけられる。
車体は石壁すれすれを抜けて角を曲がり、タイヤが甲高い悲鳴を上げた。左側のドアが壁を擦り、鮮やかな火花が散る。
衝撃で窓が割れ、キラキラと街灯に照らされたガラスが舞う。
曲がった先は、店じまいを終えきっていない夜の市場が広がっている。
畳みかけの露店、積み上げられた木箱、籠の中に残った色鮮やかな果物。
建物と建物を繋ぐ日除け布が頭上に垂れ下がり、奥には石造りのアーチが何重にも続いていた。
まだ通りに残っていた住民たちが、迫るエンジン音に振り返った。
そして、こちらへ突っ込んでくる黒いセダンを見るなり、慌てて店先や脇道へ逃げ込んでいく。
セダンはほとんど速度を落とさない。
露店のテーブルと木箱、その僅かな隙間を縫うように車体を走らせる。
木箱がバンパーに弾かれ、オレンジが幾つも宙へ舞った。そのうちの一つがボンネットで跳ね、フロントガラスを転がっていく。
「右から来ますよー!」
慌てふためく市場の人間を横目に、助手席から声が届く。
ほぼ同時に、甲高いエンジン音が迫ってきた。
バイクが車体に並び、男が短機関銃を持ち上げた。
「おっと、それはダメですよ!」
そう言って助手席のドアを勢いよく開く。
蹴り開いた、といっても良いくらいの勢いで、ドアが並走していたバイクに当たる。
不意を突かれた形で横っ面を叩かれたバイクが大きくぶれ、前輪が石畳の溝に食いつく。
ハンドルが取られ、そのまま近くの露店へ突っ込んでいく。露天商の悲鳴と、衝突音が後ろに流れていった。
「はい、一台おしまいです!」
少しばかりボコボコになった扉を無理やりバタンと閉じて、グッと親指を立ててくる。
運転席の男は一度だけ頷いた。
今度は左。運転席側。
残るバイクが無理やり並び、二人乗りの後ろにいた男が身を乗り出し、割れ開いていた窓へ腕を伸ばしてきた。
慌てず、左手でハンドルを握ったまま懐に手を入れ、脇を見ることもなく二発。
乾いた破裂音とともに、手を掛けて来た男と運転手の額に穴が開く。
制御を失ったバイクはそのまま石壁へ激突し、火花を撒き散らしながら路地を転がっていった。
男はバックミラーへ視線を走らせながら、銃を懐へと戻す。
黒いSUVの姿はない。
さすがに、この狭い市場までは追ってこられなかったらしい。
鏡に映るのは、散乱した木箱や果物、それから逃げ惑う人影ばかりだった。
――その一拍後。
背後の夜を、橙色の光が大きく染めた。腹へ響く爆発音が遅れて届く。
先ほど壁へ突っ込んだバイクだろう。
男はそれを確かめることもなく、再び前方へ視線を戻した。
市場を抜けると、旧市街の出口である古い城門が見えた。
石造りの大きな門。
その向こうへ出れば、海岸道路へ繋がる。
だが真正面からトラックが門を塞ぐようにこちらに走ってくる。門の残りの幅は車半分程度。とてもすり抜けられるモノではない。普通なら。
運転席の男は速度を落とさず、助手席の人物も表情ひとつ変えない。
慌てているのは、後部座席の護送対象だけだ。
「なにしてる!? 前が見えていないのか!?」
悲鳴じみた叫びを無視するように、男はさらに速度を上げる。
セダンが城門へ向かって加速する。
正面のトラック運転手が目を剥き、慌ててブレーキを踏み込んだ。
距離が一気に詰まる。
その直前。
セダンは、道端にある石造りの段差へ左前輪を迷いなく乗り上げた。
車体が大きく跳ねる。
運転席側が浮き上がり、視界が一気に傾いた。
ちらりと視線を助手席側に送る。地面が見えた。
後部座席では、護送対象の男がシートベルトに吊られるような格好で右側へ倒れ込んでいる。
セダンは二輪だけで石畳を走り、そのままトラックと城門のわずかな隙間へ滑り込んだ。
助手席側のサイドミラーが地面を擦り、根元からへし折れて後方へ吹き飛ぶ。
石壁。
地面。
その二つが、左右すれすれを流れていく。
ほんの数秒にも満たないはずなのに、ひどく長く感じる圧迫感。
そして――。
一気に視界が開ける。
城門を抜けた。
男はすぐさまハンドルを切り、自分の身体を使って車体へ重心を掛ける。
浮いていたタイヤが路面へ叩きつけられた。
ぐわん、とサスペンションが悲鳴を上げ、勢い余った車体の底が石畳を擦り、鮮やかな火花を長く引いた。
目の前に広がるのは、月明かりを受けた海。
旧市街の狭い路地とは対照的に、海岸線へ沿って片側二車線の道路が緩やかに伸びている。割れた窓からは、潮の匂いを含んだ冷たい夜風が吹き込んできた。
「助かった……」
後部座席の男が、全身から力を抜くようにシートへ沈み込んだ。
だが、運転席の男は前を見たまま淡々と告げる。
「……まだみたいですね」
安心しきった様子を遮るように言う。だが、周囲には自分たちのエンジン音と風切り音しか聞こえない。
「え?」
初めて、助手席から呆けた声が聞こえてきた。次の瞬間、遠くからタイヤが路面を踏む甲高い音が響く。
「後ろから!」
助手席の窓から身を乗り出し、風で暴れる金髪を押さえながら叫ぶ。
追ってくるのは、大型SUVが二台。
ヘッドライトをぎらつかせながら、海岸道路を凄まじい速度で迫ってくる。
相手の姿をはっきり確認できる距離まで詰められるのに、そう時間はかからなかった。
窓から身を乗り出しているのは、覆面を被った男たち。こちらへ向けて、何丁もの銃口が並ぶ。
セダンも多少は防弾設計にしているとはいえ、このままではハチの巣だ。
それに、先ほどと違い海沿いを真っ直ぐ延びる一本道。逃げ場は、無い。
さらにSUVが間隔を狭め、一気に距離を詰めてきた。
助手席とアイコンタクト。待ってましたとばかりに口元を吊り上げ、座席の下から自動小銃を引っ張り出した。
「ちょっと揺れますよ」
「なにを……!?」
慌てる後部座席に返事をする代わりに、一瞬だけブレーキを踏んだ。
同時にハンドルを切り、サイドブレーキを引く。
荷重が一気に前へ移った。
フロントガラス越しの視界がグルリと回る。
百八十度。
車体だけを反転させ、慣性は殺さない。セダンは車体を逆へ向けたまま、元の進行方向へバックで滑っていく。
つまり、先ほどまで背後にいた追跡車が、真正面に来る。
「う、うおおおおっ!?」
背後から情けない悲鳴が響いた。
対して助手席は、むしろ楽しそうだった
「良い位置です!」
開けた前方へ自動小銃を構える。驚く表情を向ける追跡者たちに向けて、発砲。
助手席から火線が伸びる。
けたたましい連射音が車内を満たし、すでに傷んでいたフロントガラスが一気に砕け散った。
無数のガラス片が風に巻き上げられる。
熱を持った薬莢が床へ跳ね、窓の外へ飛び、あちこちで甲高い音を立てた。
やがて。
カチン、と乾いた音がする。
「リロード!」
甲高い声を聴きながら、男は左手でハンドルを支え、右手で拳銃を抜いた。
目の前は開けている。ばら撒かれた弾幕にも耐えているSUVだが、流石に身を乗り出していた連中は引っ込んでいる。
驚きから立て直したのか、向こうの車内で何やら怒鳴っているのが見えた。
手前のSUVから、急かされてか一気に男たちが顔を出す。
男の拳銃が二度鳴る。
ほとんど間はなかった。
左右、それぞれ一発ずつ。姿を現した男たちの額に穴が開く。
一人は身を乗り出した姿勢のまま力が抜け、道路へ転がり落ち、もう片方は窓枠へ引っかかった身体を、慌てた仲間に車内へ引きずり戻される。
リロードが終わった助手席から、再び自動小銃が吠える。
今度は運転席を狙って、集中的に弾丸を叩き込んだ。
SUVのフロントガラスへ無数の白い傷が走る。だが、割れない。
「あちゃぁ、相当硬い防弾使ってますね」
ぼやきながら、また弾倉へ手を伸ばす手を運転席側から片手で制する。
「もういい」
「はい?」
返事の代わりに、そのままハンドルを切る。
後ろ向きに滑っていたセダンが、再び大きな半円を描いた。
タイヤが激しく鳴き、横方向の力が車内へ襲いかかる。
「またぁっ!?」
後部座席から情けない悲鳴が上がる中、車体は元の向きへ戻った。
前方。
海岸道路の先に、短いトンネルが見えてくる。
どうやら補修工事の途中らしい。入口脇には資材が積まれ、上部にも何本かの角材が仮設の固定具で留められている。
男はニヤリと笑い、吹きすさぶ風を正面から受けながら、再び拳銃を持ち上げる。
狙いは、固定器具。
背後から迫るSUVのエンジン音が大きくなる。
距離を測る。
一発。
乾いた銃声。
金属が弾け、固定を失った工事資材がゆっくりと傾き始める。
男はその下を、何事もなかったように走り抜けた。
セダンがトンネルへ飛び込む。
直後。
背後で轟音が炸裂した。
落下した資材が、先頭を走っていたSUVのフロントガラスへまともに叩きつけられる。
ガラスと金属の砕ける音が、狭いトンネル内へ幾重にも反響した。
男がバックミラーを見る。
激しく揺れる後続車のライト。
それはやがて、トンネルの闇の中へ消えていった。
* * *
トンネルを抜け、急な坂道を下りきった先に港が見えてきた。
潮風に晒されて赤錆の浮いた倉庫と、大型クレーン。そのさらに奥では、黒々とした海面が街灯の光を鈍く反射している。
桟橋の先には、小型の高速艇が一隻。すでにエンジンを掛けたまま待機しており、低い駆動音を響かせていた。
手前には、受け入れ役らしい武装した男が二人立っている。
セダンが止まると、護送対象は防弾ケースを抱えて後部座席から這い出すように降りた。
「早く!」
桟橋から声が飛ぶ。
男は促されるまま数歩進んだが、途中でふと足を止め、振り返る。
ちょうど、運手席の男が拳銃をホルスターへ戻すところだった。
「……助かった。礼を言う」
護送対象が、短く告げる。
男は特に何か返すでもなく、軽く片手を上げた。
その隣では、助手席から降りた人物が相変わらずの笑顔で、ひらひらと手を振っている。
「お気をつけてくださーい!」
護送対象は二人をしばらく見たあと、ひとつ頷き、高速艇へ乗り込んだ。
係留索が外される。
エンジン音が高まり、艇は白い航跡を引きながら闇の海へ走り去っていった。
その姿が十分に遠ざかるまで、二人は黙って見送った。
やがて片方の笑顔が消える。
肩の力が抜け、纏っていた空気まで静かなものへ変わった。
「……お疲れ様でした」
先ほどまでとは別人のように落ち着いた声だった。
運転席の男が横を見る。
「アルフも、お疲れ様。」
アルフ、と呼ばれた少女──いや青年は小さく息を吐き、満身創痍になったセダンを眺める。
左右のミラーはなくなり、フロントガラスは大破。ドアには幾つもの弾痕が残り、車体側面には石壁へ擦りつけた長い傷が刻まれていた。
「それにしても、恒一さん」
そこで初めて、男の名前が呼ばれた。
二階堂恒一は、運転席に座ったまま、自分でも改めて車の有様を見回す。
「運転も、お上手なんですね」
感心とも、呆れともとれるような声色。
「まあ、それなりに」
当の本人は、特に感慨もなく答える。
そのとき。
恒一の端末が、短く震えた。
胸元から取り出された端末の画面に表示された名前は、雨宮しずく。
恒一は一度だけ確認すると、スピーカーモードで通話ボタンを押した。
『お疲れ様。派手にやったみたいね』
「護送は成功しました」
『ええ。船からの報告も、さっき入ったわ。依頼人も満足してたみたいよ』
端末の向こうから、くすくすと小さな笑い声が聞こえる。
何がおかしいのかは分からないが、アルフは主人の機嫌が良いことに満足しているのか、どこか嬉しそうだった。
『さ、これでひとまず仕事納めね。しばらく休暇を取ってもらうわ』
恒一は少しだけ目を瞬いた
「休暇、ですか?」
『最近ちょっと働きづめだったでしょう。日本に戻って、ゆっくりしてきなさい。温泉でも旅行でも、好きにしていいわ』
休暇。
そう言われても、行きたい場所はすぐには思い浮かばなかった。
しかし夜の海を眺めているうちに、恒一はふと、長いこと訪れていない土地を思い出した。
山陰の小さな町。
両親を失ったあと、祖父母へ引き取られて暮らした場所だ。
雨の多い土地だった。
冬になれば日本海から冷たい風が吹きつけ、古い家の窓がかたかたと鳴っていた。坂を下りれば小さな商店が並び、その向こうには灰色の海が見えた。
祖父母が亡くなってからは、ほとんど戻っていない。
「そう、ですね……」
恒一はしばらく考えてから答えた。
「墓参りにでも行こうかと思います」
『あら、いいじゃない』
返ってきた雨宮の声は、先ほどよりもわずかに柔らかかった。
『じゃあ、良い休暇を』
「はい」
そこで通信が切れた。
辺りに残ったのは、波が岸壁へぶつかる静かな音と、傷だらけになったセダンのエンジン音だけだ。
隣で、アルフが夜の海へ視線を向ける。
「では、戻りましょうか。日本へ」
「ああ」
しばらく仕事のことを忘れて、ゆっくり過ごす。
たまには、そんな時間があっても悪くない。
――そのときの恒一は、本気でそう思っていた。
お久しぶりです。
本編再開でございます。
投稿頻度はそれほど高くはないかと思いますが、
ボチボチと進めて良ければと思います。