FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
目を覚ますと、薄いカーテン越しに朝日が差し込んでいた。
雲浜駅前のビジネスホテル。窓からは駅前ロータリーと、その向こうに続く低い街並みがよく見える。
部屋はごく普通。ベッドが一台に、小さな机とテレビ、水のペットボトルが二本入った冷蔵庫。入口脇には狭いユニットバスが収まり、茶色いカーペットも白い壁紙も、よくある日本のビジネスホテルだ。
特別なところがないというのは、こういう宿では長所だと思う。海外だとこうはいかない。シャワーの出が悪かったり、シーツに妙な黄ばみがあったり、まあ色々だ。
ベッドの上で身体を起こしながら、昨夜のことを思い返した。
旧日栄水産。
人数はそこそこ多かったが、少なくとも戦い慣れた人間ではなかった。もちろん、所謂傭兵集団なんかと比べて。
異変が起きても統率は執れず、武器も鉄パイプやナイフ、スタンガン程度。半グレに毛が生えた程度のモノではあった。
ただし、だからこそ少し引っ掛かる。
奪った端末から見て取れる要素として、中国の関与。まあ、たまたま日本に居る中国籍の人間を使い走りにしている、とも考えられなくはないが、薄いだろう。
黒崎邸へ投げ込まれた石といい、用意周到ではある。地元の小さな組同士の揉め事、と考えるには、少しだけ妙だった。
「……まあ、行ってみれば分かるか」
枕元の時計を見る。
そろそろ朝食会場が混み始める頃だ。
顔を洗って着替え、部屋を出た。
二階の朝食会場は、駅前ホテルらしく出勤前の会社員と観光客が半々といったところだった。
窓際には二人掛けの席が並び、その奥のカウンターに料理が並んでいる。白飯、味噌汁、焼き魚、卵焼き、ウインナー、サラダといった定番の中に、地元のものらしい干物や漬物もあった。
俺は特に悩まず、白飯と味噌汁、焼き魚、卵焼き、それから申し訳程度に野菜を取った。
旅行に来てまで朝食の内容へこだわる性格でもないし、大体こういうところの飯の味は似た様なものだ。
窓際へ座ると、眼下では駅へ向かう学生や会社員が横断歩道を渡っている。その間を大きな荷物を引いた観光客が歩き、路線バスがロータリーへ滑り込んできた。
そんな様子を白米を咀嚼しながら、ぼんやりと眺める。
墓参りのついでに温泉でも行ってゆっくりしようと思っていたが、妙な休暇になってしまったものだ。
食事を済ませて一度部屋へ戻り、黒い革包みを持って一階へ降りる。
フロントはチェックアウト客で少し混み合っていた。スーツ姿の男が領収書を受け取り、その隣では家族連れが荷物を預けている。
列が切れるのを待ってからカウンターへ行き、若い男性スタッフの前へ包みを置いた。
「これ、お願いします」
スタッフの目が一瞬だけ革包みへ落ちる。
それだけだった。
「承知いたしました」
そのまま、何食わぬ顔で包みはカウンターの下へ消え、ホテルマンはどこにでもいるような笑顔へ戻っていた。
「本日もごゆっくりお過ごしくださいませ」
「ありがとうございます」
頭を下げて、その場を離れる。
このホテルも完全な一般施設ではない。アルフから、新幹線の予約ついでに宿泊先も手配してもらっていた。
雨宮たちの組織が所有しているのか、経営側に協力者がいるだけなのかは知らないが、必要なものを受け渡しできる程度には手が入っている、らしい。
まあ、使う分には便利ではある。
* * *
ホテルを出ると、朝から強かった日差しがさらに勢いを増していた。
昨日から視界に残っている菱形のマーカーは、海沿いの一方向を示したままだ。
《龍宮》。
回収した端末で何度か出てきた名前と、位置情報。それ以上のことはまだ分からない。
今日は外から場所だけ確認しておこうと思い、駅前を離れて古い商店街を抜けていく。
そこで、薬局から出てくる静香を見つけた。昨日ぶりだが、別れた時より幾分顔色は良いようだ。
片手には白いレジ袋、もう片方には飲み物やタオルの入った紙袋を抱えている。こちらへ気づくと足を止め、驚いたような顔を見せた。
「……二階堂さん」
「こんにちは」
「こんにちは」
少し気まずい沈黙が落ちる。まあ、別れ方が別れ方だ。仕方ない。
黙っているままなのもどうかと思い、こちらから尋ねた。
「……昨日は大変な様子でしたが、大丈夫だったんですか?」
「ええ、ちょっと杉原さんが大げさに騒ぎすぎちゃったみたいで……。二階堂さんにもご心配おかけして、すみません」
そう言って、申し訳なさそうに笑った。どうやら昨日のことを言うつもりはないようだが、当然か。
ただの顔見知り程度の人間に詳しく話したところで、意味もないしな。
「それならよかった」
「はい」
こちらも、無難な返しだけ。
少しばかり疲れた笑みを浮かべる静香の頭上に視線を送る。相変わらず、マーカーは緑のまま光っている。
ちょっと、突っ込んでみるか。
「……そういえば、今日は少しこの辺りをぶらつこうと思っているんですが、どこかおススメはありますか」
あくまで、旅行者の顔を被ったまま。
「なんせ、昔遊びに来たと言っても十年近く前ですからね。温泉なんかは行く予定ですけど、他は特に思いつかなくて……」
少しばかり肩を竦め、困った顔を見せる。
「そう、ですね。この辺りも大分寂れて来てしまって……駅前こそ商業ビルが出来て少し賑わってますけど、お求めのような場所ではないでしょうし……」
根が真面目なのか、真剣に考え込む静香。うむむ、と少しばかり唸りながら眉間にしわを寄せる。
さて、選択肢は出ないが……。
「……そうそう、どこで聞いたかは忘れたんですが、なんでも『龍宮』とかいう施設があるとか。知ってますか?」
びくり。
その単語を聞いた瞬間、静香の肩がわずかに跳ねた。
悩むとは違う種類の顔が浮かぶ。困惑、いや、歯痒さ、か?
だが、その顔をすぐに収め、こちらに向き直る。
「……いえ、ちょっと聞いたことは……すみません」
知らない風だが、嘘だろうな。多分。
これ以上突っ込んでも、それはそれで不自然だ。彼女のマーカーの色も変わらず。一旦はこれくらいにしておこう。
「そうですか、すみません。聞き間違いかもしれませんから」
もう一度「すみません」と言って恐縮する静香と分かれた。
歩き去っていく背中を見送り、俺も反対方向へ向かう。
目指すは、菱形のマーカーが差す海沿いの施設だ
* * *
歩き始めて、十分ほど経った頃だった。
ミニマップの外縁へ、青色の点が一瞬だけ現れた。
立ち止まる。
この辺りは住宅街と商店が混ざっていて、地元の人間も観光客もそれなりに歩いている。
少しばかり、不自然でない程度の時間止まり、点が現れた付近のミニマップに集中するが、なにもない。
再び、歩き始める。
二つほど角を曲がった後、同じような位置へ反応が出て、すぐにマップの端に消えた。色は、青で間違いない。
誰だ?
この辺りで、味方と思われる人間は組織の関係者だが、昨日の煙草屋にしろ、今日のホテルマンにしろ、特にマーカーが出るようなこともなかった。
さらに注意深く観察をしながら、目的地とは関係のない細い道へ入り、途中のコンビニへ寄る。雑誌売り場を一周してから外へ出ると、しばらくするとまたミニマップの端に反応が戻ってきた。
距離の取り方が妙だ。
普通の尾行なら、相手を見失わないように、視界に入る位置をキープするものだが、こいつは違う。
近づきすぎず、離れすぎず、まるでこちらの位置を知っているような。
この距離でついてこれるとしたら。
ちらり、と視線を左手のブレスレットへ落とす。
「こいつかな?」
試しにもう一度角を曲がり、今度はそのまま建物の陰で待った。
ミニマップ上に反応が出てきて、止まった。一定の距離を保っているが、今度はコッチのミニマップ内だ。恐らく、ブレスレットの信号かなんかを拾える距離がちょうどミニマップの半径と同じくらいなのだろう。
……青点。恐らく味方だろうからそのままにしておいても良いが、尾行されたまま、というのも嫌だな。
よし。
再び歩き始め、歩きながら手首のブレスレットを外す。
しばらく歩いていると、空き家が一軒。おあつらえ向きに、周囲に人気もない。
空き家の前を通り抜けざま、錆びついた郵便受けの中にブレスレットを放り込み、そのまま歩いてく。
恐らく、向こうではこの辺りで止まったと思うハズ。
ミニマップの見ると、ほうら、止まった。
青い点が再び止まり、動かなくなる。
急ぐぞ。
ぐん、と足を踏み込み、住宅街を滑るように駆ける。
マップを確認しながら、大回りで後ろに回り込むように。ぐるりと路地を回って、時間にして数分。
青点の真後ろまで来た。
この曲がり角の先、其処に居る。
走ってきた足を止め、角から少しだけ顔を覗かせる。
《アルフレート・ヘンシェル》
青マーカーに、その脇に表示される名前。
「……アルフ?」
思わず声が出た。
つばの広い帽子と日傘。
淡い夏物のワンピースを着こなす、こんな田舎には似つかわしくないハーフ顔の美少女──に見える男。
流石、というか、何というか。
こちらの視線に気がついたアルフが、素早くだが優雅さを損なわないように振り向いた。
視線が重なり、彼の整った顔が驚きに染まる。
「……あ」
アルフの、どこか間の抜けた声が、夏空に溶けて消えた。