FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
「嬢ちゃんの居場所なら、俺が案内してやるよ」
東堂恭二はそう言うと、黒崎玄蔵の部屋にいる面々をぐるりと見回した。
がっしりした二の腕を開け放たれた障子の桟へ預け、どこか飄々とした顔でこちらを見ている。視線が合ったところで、パチンと軽いウインクまで飛ばしてきた。
……男にやられてもなぁ。
昨夜、地下リングで会った時に感じた胡散臭さとは、また少し違う。今の東堂からは妙に余裕のある雰囲気が漂っている。
「……突然現れて、一体何事ですか」
何の気負いもなく入室してきたので、もしかしたら黒崎組と何らかの関係があるのかとも思ったが、玄蔵たちの様子を見るにそうではなさそうだ。
俺の質問に、横にいた杉原が「そうだ」と言わんばかりに何度も頷く。
対して玄蔵は、すぐに口を挟もうとはせず、東堂の出方を見るように構えていた。
年の功、というやつなのかもしれない。
「おっと、悪い悪い。まあ、一刻を争うってほどじゃないが、のんびりしてる余裕もなさそうでな。申し訳ないが、横入りさせてもらった」
東堂は快活に笑いながらそう言うと、玄蔵へ軽く頭を下げた。
「……こっちとしちゃ、娘が帰ってくるんなら御の字だ」
玄蔵がベッドの上から東堂を睨み上げる。
「んで、“案内する”ってのはどういうこった」
病床にあるとは思えないほど鋭い目だった。
身体は弱っていても、その視線だけなら今も十分に現役で通りそうだ。
もっとも、東堂はそんな眼力を真正面から受けても気にした様子はなく、軽く肩を竦めただけだった。
「どうもこうも、そのまんまさ。俺が場所まで案内する。あとは、そっちの二人――いや、三人だな。合わせて四人で、お姫様を取り戻すって寸法だ」
そう言いながら、東堂がちらりとこちらを見る。
その言葉を聞いた杉原が、覚悟を決めたように腰を浮かせた。
だが、東堂は少し申し訳なさそうに眉を下げる。
「おっと、すまんな。あんたは勘定に入れてない」
「……俺じゃない?」
「ああ。三人ってのは、こっちのお仲間だよ」
東堂はそのまま俺へ視線を戻した。
「昨日も一緒にいたお嬢ちゃん。あの子、使えるんだろ?」
確認する口調ではあるが、顔を見る限り、ほとんど確信しているらしい。
誤魔化す意味もないだろう。
柳と一瞬だけ目を合わせてから、俺は素直に頷いた。
「ええ」
「よし。なら話は早い」
東堂は満足そうに口元を上げる。
「さっさと行くか。詳しい話は車の中でする。表に停めてあるからよ」
それだけ言うと、こちらの返事を待つこともなく、どかどかと廊下を歩いて玄関の方へ向かってしまった。
残された俺たちの間に、なんとも言えない沈黙が落ちる。
「く、組長……」
杉原が不安そうに玄蔵を見る。
当の玄蔵はベッドの上で腕を組み、少し考えるように眉を寄せていた。
そんな二人をよそに、柳がこちらへ向き直る。
「さて、二階堂殿。“私は、彼についていきますがどうしますか”」
ふむ? 言い方に含みがある、が。どういうことだろうか。
柳の案件に、東堂が関係している?
「貴方たちは、ここまででも構いません。彼には私から伝えておきますので」
たしかに、雨宮から言われているのは、柳さんに従うというところまでだ。
その柳本人がこう言っているのだから、ここで後を任せたとしても、組織としては何の問題もないのだろう。
もっとも、アルフの場合は命令に忠実というより、組織そのもの――雨宮個人に対する忠誠心で動いているところがある。
だから、このまま続行すると言っても不思議ではない。
ただ……。
視界の端へ意識を向ける。
おそらく今は門先辺りまで移動している東堂のマーカーは、変わらず緑色。そして、先に見える《龍宮》、そして、そこに見える静香のマーカー。
「いえ。乗り掛かった舟です。俺も、お付き合いしますよ」
「と、いうことですので」
俺の返事を聞いた柳は、玄蔵達に向きながら笑いかける。
「玄蔵殿」
呼ばれた玄蔵と、その傍に控える杉原の視線が柳へ集まった。
「お嬢様の件ですが、先ほども申し上げた通り、こちらの案件の“ついで”ではありますが、お力になりますよ」
柳が、わざとらしいくらい“ついで”の部分を強調する。
玄蔵は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「……すまねぇな。借りは返すぜ」
「お気になさらず」
柳もいつもの柔らかな笑みを返し、そのまま静かに立ち上がる。
「では、参りましょうか」
声は穏やかなまま。
けれど。
なんというか――空気が少し変わった。
闘気、とでも言えばいいのだろうか。
柳の身体の周囲だけ、陽炎のようにわずかに空気が揺らいだ気がした。
柳が部屋を出ていき、俺もその後を追おうとする。
「兄ちゃん」
背後から玄蔵の声が掛かった。
足を止めて振り返る。
玄蔵は真っ直ぐこちらを見ており、その横では杉原も、何かを託すような目を向けていた。
「頼んだぜ」
「……はい」
軽く頭を下げる。
それだけ返して、今度こそ俺は先を行く柳の後を追った。
* * *
東堂の車は、国産の灰色のセダンだった。
黒崎邸の周囲には、最初に来た時ほどではないものの、まだ遠巻きに様子を窺う人影がちらほら残っている。
これだけ派手な騒ぎになっていれば、警察車両の一台くらい来てもよさそうなものだが、今のところその気配はなかった。
単に、やくざの家だから警察が距離を置いている――というだけでもなさそうだ。
ちらりと運転席へ回り込む東堂を見ると、こちらの考えを読んだのかどうか、何か知っていそうな笑みだけ浮かべ、その大きな身体をさっさと運転席へ収めてしまった。
「私が助手席に」
柳も当然のように前へ乗り込んだので、俺はそのまま後部座席へ入る。
全員が乗ったのを確認すると、東堂は特に何も言わず車を走らせた。
「さて。目的地へ向かう前に、お嬢さんを拾っていくか。どこだ?」
今朝の海浜都市開発での騒ぎも、おそらく把握しているんだろうか。
そう思ったが、助手席の柳はそこには触れず、返す。
「《海浜都市開発》の本社ビルへお願いします」
「了解」
東堂が軽く答え、車は交通量の少ない二車線道路を滑るように進んでいく。
柳が振り返ってこちらへ視線を寄越したので、俺も頷いて端末を取り出した。
ワンコールで、すぐにアルフの声が返ってくる。
『了解です。ただ、東堂恭二については注意しておきましょう。昨日の今日ですが、組織側で照会を掛けても該当する記録はありませんでした。恒一さんの方でも、少し気にしておいていただけると』
後半は、少しばかり声を落として。
アルフの懸念ももっともだし、否はない。
「ああ。じゃあ、また後で」
『はい』
通話を切ると、運転していた東堂がルームミラー越しにこちらを見る。
「聞かないのか?」
「……聞いて、答えてもらえるんですか?」
まあ、色々と気になることはあるが。柳の様子を見るに、どうにもこの東堂という男が無関係とも思えない。
分かることは少ないが、マーカーの事も含め、敵ではないということだけは確実。それに、静香の居場所を知っているというのも嘘には聞こえない。
「ははは。確かに、全部は答えられんがな」
東堂は楽しそうに笑うと、視線を前へ戻した。
助手席の柳は、そんな俺たちのやり取りを聞いているだけで、特に口を挟まない。
「まあ、一つだけ言っとくとだ。俺は“お前さんたちみたいな世界の住人”じゃない」
カーブへ入るのに合わせ、東堂が滑らかにハンドルを切る。
大柄な身体に似合わず運転はかなり丁寧で、車体はほとんど揺れない。
「表の人間、と言い切るのもちょっと違うけどな」
俺たちみたいな世界の住人、か。
ということは、東堂の方は少なくとも俺たちの素性について、ある程度把握しているらしい。
「地下闘技場のチャンピオンってのは、副業みたいなもんでな。なんつーか……国の秘密部署みたいなところで働いてると思ってくれ」
地下チャンピオンが副業とはだいぶファンキーではある。
にしても、国の、ねぇ。なんとなく、公安とか、秘密警察とか。そんな単語がちらつく。
しかし、公務員みたいなもんだとは思うが、そんな人間があんな暴力沙汰みたいなものに参加していていいんだろうか。
それに、俺たちと協力する事もあまりよろしくない気もするんだが。どうやら捕まえるような素ぶりも無さそうだし。
そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。
東堂は気にした様子もなく、前を見たまま続けた。
「まあ、色々あるんだよ。当面は味方だと思っとけ」
便利な言葉だな、色々。まあいいけど。
「それに――一年とちょい」
「一年?」
「俺があそこに潜ってた期間だ」
あそこ。
《龍宮》のことだろう。
一年と少しとなると、思っていたより遥かに長い。
「何を調べてたんです? どこを見ても非合法の塊みたいな場所でしたけど」
「まあな。けど、あそこ自体が本命じゃねえ」
東堂が口角を上げる。
ふむ、違法カジノや人身売買モドキ、地下格闘技なんかを差し置いて探っているモノがある、と。
「俺らが追ってんのは、その後ろだ。《華辰国際集団》」
俺ら、ということは、やはり単独では動いていないか。
まあ、あれだけの規模の組織に一人で潜り込む方が無茶だろうし、静香さんの居場所を把握しているのも、どこかに協力者がいると考えた方が自然だ。
「華辰国際集団。表じゃ物流、不動産、観光、投資。どこにでも顔を出す巨大企業だ。まともな商売も山ほどやってるが、その裏で人と金と情報を集めてる連中がいる」
「《龍宮》も、その一つ?」
「試験場、って言った方が近いな」
東堂の話では、《龍宮》は単なる違法カジノではない。
金のある人間を会員制の閉じた場所へ集め、賭博で気を大きくさせ、酒や女、表では出来ない遊びまで用意する。
負けた客には、その場で金を貸す。返せなければ債務を握る。
それだけなら質の悪い違法賭博場で終わるが、問題はその全てを記録していることだった。
「お前も気づいてたろ。カメラの数」
「ええ。警備にしては、少し多すぎましたね」
「映像だけじゃねえ。誰と来た、誰と話した、何を買った、どれだけ負けた、いくら借りた。VIP区画じゃ音声まで拾ってる。政治家、企業の役員、海外の商売人――弱みになりそうなもんは全部残す」
なるほど。
カジノ自体が撒き餌みたいなものか。
「脅迫用ですか?」
「それもある。懐柔にも使えるし、取引材料にもなる。本人を直接動かせなくても、誰と繋がってるか分かるだけで価値があるからな」
「じゃあ、地下の興行や競売も?」
「客を選別する道具でもある。どこまで踏み込める人間かを見るには、ああいう場所が一番分かりやすい」
昨夜見た光景が頭を過る。
舞台の上で値段を付けられていた女性。
借金を理由にリングへ押し込まれていた男。
「競売に掛けられてた人たちも、華辰が攫ったんです?」
「全部じゃない。最初から売られてきた奴もいれば、借金で首が回らなくなった奴、仕事だと思って騙されて連れてこられた奴もいる。事情はバラバラだ」
「助けないんですか?」
「助けてるさ」
東堂は間を置かず答えた。
「売られて外へ移されるところをこっちで回収したり、でっち上げられた借金で縛られた奴を逃がしたりな。ただ、一気に消しゃ俺の立場がバレる。だから事故や揉め事に見せかけて、一件ずつだ」
ハンドルを握ったまま、器用に肩を竦める。
「地下で殴られながら、裏じゃ人助け。割に合わねえ仕事だよ」
「……王者になる必要はあったんです?」
「勝ってたら、いつの間にかな」
……案外、でもないがこの人もしかして結構適当なところがあるな?
助手席の柳が窓の外を見たまま、わずかに肩を揺らした気がした。
「なら、どうして今まで踏み込まなかったんです?」
そこまで分かっているなら、《龍宮》そのものを潰すだけなら難しくないように思える。
東堂も予想していた質問らしく、すぐに答えた。
「客だけ捕まえるなら、それこそ半年前には踏み込めたさ」
ちょうど信号が赤へ変わり、車が滑るように減速して停止線ぴったりで止まる。
「でも、俺らが欲しいのはその先だ。どこから金が入って、どこへ抜けるのか。集めた情報を誰が受け取って、国内じゃ誰が手を貸してるのか。たかがカジノ一個潰したところで、尻尾切られて別の場所に次を作られたら意味がねえ」
「だから一年?」
「ああ。時間はかかったが、ようやく目途が立った。《海浜都市開発》も、その途中で出てきたのさ」
なるほど。
そこから黒崎組へ繋がったわけか。
信号が青へ変わり、車が再び走り出す。
窓の向こうには夏の日差しを反射した海が見え始めていた。《海浜都市開発》の本社ビルも、もう遠くない。
「今の《龍宮》じゃ少し手狭になってきたらしくてな。もっとでかい常設拠点を作る話が動き始めた。港と道路、それに物流拠点までまとめて使える土地を押さえようとして――最後に残ったのが黒崎の土地だ」
そこまで話した東堂の声に、少しだけ笑いが混じった。
「本来なら、もっと時間を掛けて締め上げるつもりだったんだろうがな」
ルームミラー越しに目が合う。
「“どっかの誰か”が御厨んところの手駒をまとめて潰したせいで、黒崎がどこかから援軍でも引っ張って反撃を始めたと思ったらしい」
……まあ。そういうこともあるんじゃないかな。
「御厨の馬鹿が焦って予定を早めやがった」
東堂は面白そうに鼻を鳴らす。
「焦った奴ってのは、分かりやすい手に出る。土地の持ち主の娘を押さえて、無理やりにでも話を進めるつもりだったんだろ」
そこまで話したところで、車が一つの建物の前へ滑り込む。
《海浜都市開発》本社ビル。
中はなかなか悲惨なことになっているが、外から見る限りでは相変わらず立派な会社にしか見えない。
その正面入口には、涼しい顔をしたアルフが立っていた。
こちらの車へ気づくと、にこやかに近づき、そのまま後部座席を開けて俺の隣へ座る。
「よし、これで全員だな」
東堂はアルフがシートベルトを締めたのを確認すると、返事も待たずに車を発進させた。
先ほどより少しだけ速度を上げたセダンが、夏の日差しを反射しながら海沿いの道を走っていく。
やがて東堂はウインカーを出し、《龍宮》へ向かう道から一本外れた脇道へ車を滑り込ませた。
そのまましばらく進むと、海沿いに古びた倉庫がいくつか並ぶ一角へ出る。どれも外壁は潮風に晒され、塗装は剥げ、シャッターにも赤錆が浮いている。使われなくなって久しいようにしか見えなかった。
東堂はそのうちの一棟へ車を寄せると、停車することなくダッシュボード脇へ手を伸ばした。
小さなスイッチを押す。
すると、錆びついて見えた大型シャッターが、予想に反してほとんど音も立てずに持ち上がり始めた。
「……見た目のわりに随分しっかりしてますね」
「こういうのは、ボロく見えるくらいがちょうどいいのさ」
東堂は何でもないように答え、そのまま車を倉庫の中へ進める。
外観とは違い、内部には照明が入り、天井近くには小型の監視カメラやセンサーらしきものまで設置されていた。床も車両が出入りしやすいよう補強されているらしく、古い倉庫をそのまま使っているわけではないらしい。
セダンが完全に中へ入ると、背後でシャッターが自動的に下り始めた。
外の光が細くなり、最後には完全に閉じる。
同時に天井の照明が順番に灯った。
東堂は倉庫の奥まで車を進め、決められた位置らしい区画で停車した。
「さて」
そこでようやくエンジンを切り、運転席から降りる。
俺たちも続いて車外へ出ると、東堂は迷いなく車の後ろへ回り、そのままトランクへ手を掛けた。
口元が、ゆっくりと吊り上がる。
昨夜、地下闘技場で見た《狂犬》の笑みだ。
「パーティの時間だ」
がちゃり、とロックが外れ、トランクが持ち上がる。
中には、日本ではまずお目にかかれないような銃火器が、隙間なくずらりと並べられていた。