FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
《龍宮》は、昨日の夜の喧騒が嘘だったかのように静まり返っていた。
何台もの高級車が列を作っていた車寄せにも、今は一台として停まっていない。代わりに聞こえてくるのは、耳障りなくらい元気な蝉の声と、防波堤の向こうから届く波音くらいだった。
海から吹き上がってくる風も、生温く湿っていてあまり気持ちのいいものではない。日差しも何が憎いのか燦燦と照り付けている。
さっさと中へ入ろう。
正面玄関へ向かうのは、俺一人。
昼間だからなのか、それとも単に連中がお間抜けなのか。建物の外に警備の姿はない。ただし、玄関上部には監視カメラが二台あり、こちらへしっかりレンズを向けている。
そろそろ範囲に入るな。
歩調を変えないまま片手を軽く上げると、ほとんど同時に二台のカメラが弾けた。
『破壊確認』
耳に入れた小型通信機から、東堂の声が届く。
今の射撃は、少し離れた廃屋に陣取っている東堂とアルフによるものだ。
正面から行く、というのは許可が出たのだが、流石に全員突っ込んでいってダメでした、ではお話にならない、と東堂が渋ったので。
俺が先陣を切ってロビーを制圧、その後に後詰めで三人が合流、といった流れになったのだ。
三人が潜んでいる廃屋には東堂の部下も控えていて、そこで使った銃器については、そのまま彼らが回収することになっている。
さて。
向こうが本格的に気づく前に、さっさと入ってしまおう。
視界の中に浮かぶマーカーを確認するが、まだ慌ただしい動きはない。ほとんどがその場に留まったままだ。
歩きながら左右のホルスターから拳銃を抜き、それぞれにサプレッサーを取り付ける。両手の中でグリップの感触を確かめてみるが、左右で持ち替えても特に違和感はない。
よし。行けそうだな。
ガラス越しに、ロビーの様子が薄っすら見えてくる。
監視映像で確認していた男が二人、カウンターの近くで何か話していた。他にも奥に人影はあるが、少なくとも正面玄関を警戒している様子はなく、武器へ手を掛けてもいない。
以前、一度だけ経験した感覚を思い出す。
極端に集中した時、周囲の時間だけが引き伸ばされたように感じた――アレ。
あの時の感覚を思い出しながら、意識を絞る。
呼吸を整える。
唇を、ぺろりと嘗める。
自動ドアが開く。
冷房の冷たい空気が外へ流れ出し、ヒンヤリとした冷気が肌に触れた。
同時に、男たちの視線がこちらへ向く。
正確には――俺の両手にある拳銃へ。
一人が目を見開き、声を張り上げようとする。
遅い。
周囲の音が、急に遠くなったように感じた。
視界の中には、七つの赤い表示。
視線だけを動かせば、そのうち三人はすでにこちらへ気づき、銃へ手を伸ばしている。残りは、まだ何が起きたのかすら理解していない。
左右の拳銃を持ち上げる。
別に、俺自身の動きが速くなったわけじゃない。
だが、照準が最短の軌道を辿り、カウンター脇の男へ重なった。
引き金を絞る。
抑えられた破裂音がロビーへ響き、右手に反動が返ると同時に、視界の端へキルログが流れた。
その反動が収まるより先に、左手はすでに次の標的へ向いている。
照準が重なり、もう一発。
さらにキルログ。
右へ、左へ。
左右の視界へ映る敵へ、クロスヘアの意識を合わせながら、次々と銃口を切り替えながらテンポよく。
最初に排出された薬莢が大理石の床へ落ちるより先に、短い発砲音が立て続けに重なった。
フロント脇の男がカウンターへ身を沈めようとするが、隠れきる前に撃つ。
エレベーター側では一人が拳銃を抜き終えていたものの、銃口がこちらへ向くよりこちらの方が早い。撃つ。
残った最後の一人が、奥の通路へ駆け出した。
逃げるつもりなのか。それとも、敵襲を知らせに行くのか。
まあ、どちらでもいい。
赤いマーカーが通路の向こうへ消える前に右手を振り、照準を重ねる。
引き金を絞った。
そこで、張り詰めていた集中が途切れ、一気に世界が元の速度へ戻る。
発砲音の残響と、床を跳ねる薬莢の甲高い音。
ロビーに残ったのは、動かなくなった七人。
視界の端には、七つのキルログが綺麗に並んでいた。
「……」
ゆっくりと両手を下ろす。
その途端、目の奥へ熱を持ったような鈍い痛みが走った。
軽く眉を寄せ、銃を持ったまま親指の付け根で眉間を揉む。
ううむ。
まだ慣れないなぁ。
そんなことを考えながら、ハックした監視カメラの向こうからこちらを見ているであろうアルフ達に手を振る。
『……こちらでも確認した。ロビーへ合流する』
通信越しに聞こえた東堂の声は、少しばかり硬い。
手際でも悪かったかな? まあ、向こうは本職だしな。何か気になることでもあるんだろうが、上手く行ったんだ。気にしないでおこう。
地下の方角へ意識を向ける。
静香のマーカーは、変わらず同じ場所に留まっている。
それと、ロビー内部の監視系統についてはアルフが細工済みらしい。監視室へ流れているのは、何事も起きていない状態の映像だ。
少なくとも、しばらくはこちらの侵入に気づかれずに済むはず。
そんなことを確認していると、背後で自動ドアが開いた。
振り返れば、アルフを先頭に、柳と東堂がそれぞれの得物を携えてロビーへ入ってくる。
「お疲れ様です! さ、地下へ進みましょうか」
「段取り通り、私とアルフ殿は非常階段から。東堂氏と二階堂殿は、一階の制御室を押さえた後にエレベーターで向かう形ですな」
アルフと柳がこちらへ寄ってくる。
一番後ろの東堂だけは、眉間へ深い皺を刻んだまま、なんとも言えない顔で俺を見ていた。
ううむ、言いたいことがあれば言ってほしいところなのだが、作戦中だしな。後で聞くタイミングがあれば聞いてみよう。
「……そうだな。ただ、途中までは一緒だ」
東堂は何かを飲み込むように一度息を吐いてから、気を取り直したように周囲へ目を向ける。
「ここからは一旦、俺と柳の爺さんが前。お嬢ちゃんたちは後ろだ。いくぞ」
「了解です!」
「承知しました」
それぞれが応じる中、俺も軽く頷いた。
リロードは、まだいいか。