FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで   作:鳥獣跋扈

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第69話 化生

 視界の端に浮かぶ残弾表示へ意識を向けながら、アルフの横へ並ぶ。

 

 東堂と柳が数歩先に、俺たちはその後ろをついていく形でロビーの奥にある通路へ入った。

 表向きに客を通すような場所ではないらしく、こちらには華美な装飾はほとんどない。壁は簡素な白塗りで、足元も厚い絨毯から硬い床材へ切り替わっている。天井には業務用の照明や配管が剥き出しになり、等間隔に並ぶ扉の奥からは、空調設備が回る低い唸りだけが途切れることなく聞こえていた。

 

 背後の正面玄関では、新たに何人かが静かにロビーへ入ってくる。

 振り返れば、全員が統一された装備で身を固めていた。

 ちらりと前を歩く東堂へ視線を向けると、こちらを一度だけ見て頷く。

 

 彼の部下か。

 

 このまま正面口を押さえつつ、宿泊客の保護と上層階の制圧へ回るのだろう。

 後方では少しずつ人の動く気配が増えているものの、俺たちの進む先は相変わらず。ロビーで何が起きたのかは、まだ伝わっていないらしい。

 

 それにしても人が少ないな。

 やはり、この施設の本体は地下、ということか。

 そんなことを考えながら進んでいると、曲がり角まで十メートルほどというところで、先頭を歩いていた柳の足が止まった。

 

「この先に三人。まだ、こちらには気づいておりませんな」

 

 穏やかな口調ではあるが、わずかに呆れが混じっている。

 

「三人か。よし」

 

 東堂はすぐさま壁際へ寄り、俺たちへ軽く片手を上げて待機を示すと、一人で角の直前まで進んだ。

 俺とアルフも視線を交わしてから、柳と共に少し後ろで壁際へ寄る。

 

 間もなく、向こう側から複数の足音が近づいてきた。

 

 一定の歩調。

 速度も変わらない。気がついている様子は、ないな。

 

 最初の一人が、何の警戒もなく角から姿を見せた。

 その瞬間、東堂が動く。

 

 踏み出した男の足が床に着く前に外側から払うように刈り取り、体勢を崩したところへ腕を回して首を締め上げた。

 

「……っ!?」

 

 突然仲間が消えたように見えたのだろう。

 後ろに続いていた二人が目を見開き、一拍遅れて東堂の存在に気づく。

 

「だ、誰だ!?」

 

 怒鳴りながら、それぞれが武器へ手を伸ばした。

 だが、東堂の方が早い。

 

 羽交い締めにしていた男の首へ力を込め、鈍い音と共にその身体から力が抜けると、東堂はぐったりした男をそのまま後ろの二人へ押し出した。

 視界を塞ぐように一人目の身体が倒れ込む。

 

 その陰から東堂が一気に距離を詰めた。

 

 警棒を振り上げようとした男の懐へ潜り込み、手首を外へ流しながら肩をぶつける。その勢いのまま肘を胸元へ叩き込むと、男の身体が大きく弾かれ、背中から壁へ叩きつけられた。

 通路の壁が、どん、と低く揺れる。

 

 さらに後ろ。

 残った男が拳銃を抜き、東堂へ向けようとしている。

 だが、慌てているせいか動きが固く、銃口もまだ定まっていない。

 

 東堂は中腰のまま一瞬だけそちらへ視線をやると、肘を打ち込んだ姿勢から身体を浮かせるように足を振り上げた。

 靴底が銃を握る手を正確に捉える。

 乾いた鈍い音と共に拳銃が弾き飛ばされ、宙を舞う。

 

 東堂はそのまま蹴り上げた足を強く床へ落とし、身体を沈める。

 

 震脚。

 

 たしか、そう言われるような動きだったと思う。中国武術であるような奴だ。

 次の瞬間には、その力を全部拳へ乗せるようにして、中段の突きが男のみぞおちへめり込んだ。

 

「……っ」

 

 声にすらならない呻きが漏れる。

 ぐぽん、と嫌な音がして男の身体がくの字に折れ、そのまま白目を剥いて床へ崩れ落ちる。倒れた顔から、耳と目に細い血の筋がたらりと垂れた。

 

「お見事」

 

 柳の声で、緊張していた空気が戻る。

 東堂はそこでようやく一息吐き、構えていた姿勢を戻した。

 

 こうして間近で彼の戦闘を見るのは二度目になるが、地下闘技場で見た荒々しい《狂犬》の戦い方とは、ずいぶん印象が違った。

 

 あの時は観客向けに派手さを混ぜていたのだろう。

 今の動きはもっと小さく、もっと速い。

 足運びから相手の崩し方、打撃へ繋ぐまでの流れにも無駄がなく、全部が一つの体系として組み上げられているように見える。

 

 なるほど。

 柳が素直に褒めるのも分かる。

 

「……柳の爺さんに褒められると、どうにも据わりが悪いんだがな」

 

 そうぼやきながらも、東堂の口元は少しだけ持ち上がっていた。

 まんざらでもないらしい。

 もっとも、それも一瞬のことで、すぐに表情を引き締める。

 

「さっさと進むぞ」

 

 その間に、アルフは床へ転がった三人へ一度だけ目を向け、自分の端末を確認していた。

 

「まだ気づかれてはいないみたいですねー。アラートも出てませんし、無線での報告も確認できません!」

 

「上々だ、このまま行くぞ」

 

 東堂はそう答え、床に落ちていた拳銃を通路の端へ蹴り寄せた。

 あとで後続の部隊が回収するのだろう。

 

 俺たちは再び隊列を整え、そのまま奥へ進んだ。

 

 そこから先には敵の反応もなく、ほどなくして通路の分岐へ辿り着く。

 左へ折れれば非常階段。

 そのまま地下へ降りることができる。

 右側の通路を進んだ先には一階の制御室があり、そこから専用エレベーターや地下区画の隔壁、監視設備の一部を操作できるらしい。

 

 東堂が壁へ貼られた業務用の案内図を確認し、指先でそれぞれの方向を示した。

 

「ここだな。俺と二階堂は右。二人は下へ」

 

「承知しました」

 

 柳が答えながら、腰に差した刀へ軽く手を添える。

 

「恒一さん、また後ほど!」

 

 アルフも普段通りの明るい調子で笑った。

 

「ええ。そちらも気をつけて」

 

 そう返し、二人が非常階段の扉へ向かっていくのを見送る。

 扉が閉じたところで東堂と視線を交わし、そのまま右手の通路へ目を向けた。

 

 よし、コッチもさっさと押さえるぞ。

 

 

* * *

 

 

 非常階段の扉が閉じると、先ほどまで背後にあったロビー側の物音はほとんど聞こえなくなった。

 アルフは短銃身の銃を胸元へ引きつけたまま、足音を殺して階段を下りていく。その少し前を歩く柳は、片手を刀の柄へ添えているだけで、これから敵の待ち受ける地下へ向かうとは思えないほど穏やかな歩調だった。

 

 二人の間に会話はない。

 互いの位置を確かめる必要すらないように、一定の速度と距離を保ったまま進んでいく。

 

 階段は地下深く続いており、各踊り場には監視カメラが設置されていた。

 もっとも、その映像は通過するたびにアルフが差し替えている。

 

 外部から干渉できたのはロビーをはじめとした地上側の一部だけだったが、今は建物の中にいる。壁や天井を這う配線へ直接接続し、手元の端末から映像系統を弄ってしまえばいい。

 今ごろ監視室の画面には、誰もいない非常階段が延々と映し出されているはずだった。

 カメラへの細工をする時以外、二人が足を止めることはない。

 

 次の踊り場が近づいたところで、下から硬い靴音が響いてきた。

 アルフが無言で二本の指を立てる。

 だが、すぐにもう一本加えた。

 

 三人。

 

 先ほども三人組だったことを考えれば、この施設では三人一組を基本に警備を回しているのかもしれない。

 柳が壁際へ身体を寄せるのと同時に、アルフも階段の内側へ銃口を向けた。

 

 やがて最初の男が踊り場へ姿を見せた、その瞬間。

 短く抑えられた連射音が階段へ響いた。

 

 アルフの銃口はほとんど跳ねず、先頭の男が胸元を押さえたまま前のめりに崩れ落ちる。

 後ろの二人が異変に気づき、そのうち一人が拳銃へ手を掛けたところで、柳の右手が動いた。

 

 細い金属が一閃する。

 棒手裏剣が男の手の甲へ深く突き立ち、握りかけていた拳銃が、からん、と乾いた音を立てて階段へ落ちた。

 

 残る一人が銃を構えるころには、柳はすでに階段を駆け下りている。

 鞘から抜かれた刃が照明を一瞬だけ反射し、そのまま拳銃を握る前腕を斬り落とした。

 

「ぐっ――」

 

 悲鳴があがるより早く、柳は柄頭を鳩尾へ突き込む。

 息を詰まらせて身体を折った相手の首元へ、反対の手に握っていた棒手裏剣をそのまま突き立てた。

 

 一方、手の甲を射抜かれた男が、残った腕で柳へ殴り掛かろうとする。

 だが、その横から追いついたアルフが腕を取った。

 

 そのまま身体を沈め、一息に持ち上げる。

 百キロ近くありそうな男の身体が、冗談のように宙へ浮いた。

 背負い投げの要領で床へ叩き落とすと、頭から落ちた男の首が体重を支えきれず、不自然な音を立てて折れる。

 力を失った身体が、そのまま床へ崩れ落ちた。

 

「ふむ。腕は衰えていないようですな」

 

「恐縮です」

 

 柳は刃についた血をひと振りで払い、そのまま静かに鞘へ収める。

 アルフも、何事もなかったかのように銃を構え直し、倒れた男たちを跨いで先へ進んだ。

 

「師匠」

 

「……何でしょう」

 

 アルフの口から出た呼び方に、柳の返事がほんの一瞬だけ遅れた。

 それでも歩調は崩さず、そのまま階段を下りていく。

 

「恒一さんのこと、どう見ますか」

 

 唐突な問いだった。

 だが、柳は驚いた様子を見せない。

 むしろ、いずれ聞かれると思っていたように、ごく薄く笑った。

 

「以前、お嬢様も交えてお話しした際にも少し触れましたが……」

 

 そこで、わずかに間を置く。

 

「あれは、化生の類でしょうな」

 

 声は穏やかだったが、言葉はひどく物騒だった。

 二人は周囲への警戒を切らすことなく、そのまま慎重に階段を下りていく。

 

「恐らく、“技として実行する”だけであれば、この世界にも数人はいるでしょう」

 

 その言葉を聞き、アルフの脳裏に何人かの顔が浮かんだ。

 確かに、恒一の動きは神業にも見える。

 だが、それだけを切り取るなら、不可能とは言い切れない者をアルフも知っている。

 

「ですが、彼の本質はそこではありません」

 

「技術ではなく?」

 

 アルフが尋ねると、柳は前を向いたまま答えた。

 

「撃つ速さだけなら、二階堂殿より上の者もいるでしょう。一発の精密さだけで比べれば、それを生業とする専門家もおります」

 

 柳の声は淡々としている。

 

「ですが彼は、どの瞬間に誰を撃ち、どこへ動き、次に何を見るべきかという“選択”に、ほとんど迷いがない」

 

 少しだけ言葉を選ぶような間が入った。

 

「いや――より正確に申すのであれば、最初から正解を知った上で動いているように見えますな」

 

 そこで、柳の足が止まった。

 下の階から、新たな気配が近づいてくる。

 

「ふむ」

 

 角の向こうから銃口が覗いた瞬間、柳の刀が再び鞘走った。

 

 刃が銃身を斜めに切り払い、そのまま一歩踏み込む勢いで相手の拳銃を断つ。斬鉄。

 続いて現れた二人目が銃を向けるより早く、柳はさらに半歩内側へ入り込み、すれ違うように二人の首筋へ刃を通した。

 

 ほんの数秒。

 二人は床へ崩れ、階段に血が広がっていく。

 

「失礼」

 

 柳は何事もなかったように会話へ戻った。

 

 刀をひと振りすると、付着した血がぴしゃりと壁へ散る。

 ほとんど曇りのない刀身を眺めることもなく鞘へ戻し、そのまま歩き始めた。

 

「ですが、私が気になるのは、強さそのものではありません」

 

「と、言いますと?」

 

 二人とも、今しがた倒した男たちへ視線を向けることすらない。

 

「ある程度まで技を突き詰めた者には、その人間が歩んできた人生が滲むものです」

 

 その時だけ、柳の声にほんのわずかな熱が宿った。

 

「立ち方、間合い、身体の癖。誰に教わり、何を繰り返し、どこで躓き、どのように直してきたのか。長く続けた技ほど、隠そうとしても、その者が歩いてきたものが残ります」

 

 自分自身のことを言っているのか。

 あるいは、過去に柳が出会ってきた誰かを思い浮かべているのか。

 それはアルフにも分からない。

 

「恒一さんには、それがない?」

 

「見えませんな」

 

 柳は即答した。

 

「完成された“結果”だけが、そこにある。しかも、その結果が一つや二つではなく、あまりにも多岐にわたる」

 

 階段を下りながら、柳は静かに目を細める。

 

「にもかかわらず、そこへ至るまでの道筋がまるで見えてこない」

 

「……そうした詮索を避けるために、隠している可能性は?」

 

「もちろん、あります」

 

 柳は少しだけ振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ただ、そうであれば、技そのものよりそちらの方が驚異的でしょうな」

 

「……」

 

「何かを隠している者には、“隠している者の癖”が出ます。それすら感じさせないのであれば、私程度では測れぬほど見事に己を偽っていることになる」

 

 つまり。

 何も持たないように見えるのが本当でも異常。

 意図して隠しているのなら、それはそれで異常。

 

 どちらに転んでも、普通ではない。

 それを、“武神”と呼ばれる男が言うのだ。一時、この世界の頂点にまで上り詰めたと言わしめた男が。

 

「何もない場所から、ある日突然あの地点へ現れた――私には、そんなふうに見えます。長く生きてきましたが、ああいう方は初めてですな」

 

「……」

 

 アルフは、しばらく何も答えなかった。

 少しの沈黙のあと、今度は柳の方から問いかける。

 

「アルフ殿は、どう見ておられます?」

 

「私、ですか」

 

 アルフは銃口を階下へ向けたまま、慎重に言葉を選んだ。

 

「強さについては……異常だと思っています。もしかしたら、私たちの誰よりも」

 

「ほう」

 

 柳が少しだけ面白そうに目を細める。

 

「“数字持ち”として、彼と一番付き合いの長い貴方が、そう見ますか」

 

「……可能性はある、というだけです」

 

 そう付け加えたものの、アルフ自身、これまで恒一が見せてきたものがおかしいことは理解していた。

 

 異常な射撃精度。

 常識外れの距離から相手を察知する感覚。

 突出した空間把握能力と、その場その場での判断力。

 

 どれ一つを取っても一流以上。

 しかも、本人だけがそれを異常だと思っていない。

 

 どれほど苛烈な状況に置かれても、感情の波がほとんど立たず、当たり前のことを当たり前に処理するように動く。

 

「考えていることも、あまり読めません。何を根拠に行動を決めているのか、分からないことが多いですね」

 

「つまり?」

 

 柳に促され、アルフは少し考えた。

 

「……不気味ではあります」

 

 口に出してから、自分でも少し率直すぎたと思ったらしい。

 だが、言葉としては妙にしっくりきた。

 

「粗野なわけでもない。力をひけらかすわけでも、誰かを支配したがるわけでもない。ただ、淡々と仕事をこなす」

 

「それは私も感じますな」

 

「だから余計に分からないんです」

 

 アルフは小さく息を吐いた。

 

「普通の人のように見えるのに、普通ではない。危険なのに、危険な人間には見えない。たぶん、それが一番不気味なんだと思います」

 

「なるほど」

 

 柳が楽しそうに目を細めた。

 

「お嬢様が気に掛けるのも分かりますな」

 

「ええ。厄介なことに」

 

 アルフが小さく溜息をつくと、柳は声を立てずに笑った。

 

 やがて地下が近づき、階段の先に重そうな防火扉が見えてくる。

 その向こうからは、それまでより明らかに多い足音が聞こえていた。

 

 アルフが銃を構え直し、柳も刀の柄へ手を掛ける。

 その瞬間、二人の耳元で通信機が短く鳴った。

 

『こちら二階堂。制御室、押さえました』

 

 二人が顔を見合わせる。

 

『エレベーターは動かせます。地下の隔壁も、一部はこっちから開けられそうです』

 

 続いて、少し離れた位置にいるらしい東堂の声が混じった。

 

『……こっちは問題ない。そっちの合図で隔壁のロックを解除したら、俺たちもエレベーターで降りて合流する。タイミングをくれ』

 

 どことなく疲れた声だった。

 もっとも、その疲労が戦闘によるものではないことくらいは、アルフにも柳にも何となく察しがついた。

 

 二人はもう一度顔を見合わせ、わずかに口元を緩める。

 

「……了解です。こちらの合図に合わせて突入してください」

 

 アルフが通信へ返すと、柳も穏やかに笑いながら防火扉の向こうへ意識を戻した。

 

「では、参りましょうか」

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