FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
東堂恭二は、静かに閉じていくエレベーターの扉を眺めながら、隣に立つ男の横顔を盗み見た。
エレベーター内は、必要最低限の灯りだけ残して薄暗くなっている。
二階堂恒一は、相変わらず大して緊張しているようには見えなかった。両腰に収めた拳銃へ軽く手を添え、時折、何かを確かめるように視線を下へ向けている。
先ほど制御室のモニターを片端から眺めていた時もそうだったが、どうやらこの男には、何もない場所へ視線を向ける癖があるらしい。
何かを見ているようで、その実、東堂には何を確認しているのかさっぱり分からなかった。
それにしても、妙な男だった。
こうして隣に立っていると、どこにでもいる一般人にしか見えない。体格が特別優れているわけでもなければ、長年裏社会に身を置いてきた者特有の威圧感があるわけでもない。
にもかかわらず、これから武装した連中の待ち受ける場所へ乗り込もうというのに、その態度には少しの気負いも感じられなかった。
腕に覚えのある人間ほど、こういう場面では多少なりとも変化が出るものだ。
呼吸が浅くなったり、無意識に装備を弄ったり、普段より口数が減ったり、また逆に増えたりもする。
だが、恒一にはそうしたものがほとんどない。
先ほどのロビーで見せた異常な戦闘能力を思い返すと、単に場慣れしているという言葉で片づけるのも、どうにも違う気がした。
「確認するぞ。扉が開くタイミングで照明を落とす。俺と部下は収容区画へ直行、お前はカジノ側の敵を引き受ける。それでいいな?」
地下へ向かう短い時間も、そろそろ終わる。東堂が最後の確認を入れると、恒一は視線を下へ向けたまま、いつもと変わらない調子で答えた。
「ええ、問題ありません」
迷いのない返事だった。
まるで、これからやることなど大した問題ではないとでも言いたげな態度に、東堂は内心で苦笑する。
対照的に、反対側に立つ部下は無言のまま銃を胸元に保持していた。
顔を覆う装備のおかげで表情こそ見えないが、肩や腕にはわずかな強張りがあり、間近に迫った戦闘へ意識を集中させているのが分かる。
これが普通だ。
訓練を積んだ人間であっても、実戦を前にすれば相応の緊張はする。それが悪いわけではなく、むしろ必要なものでもある。
だからこそ、隣の男の平然とした様子が余計に際立って見えた。
『こちら非常階段。出口前で待機しています』
イヤホンからアルフの声が届き、東堂は意識を切り替えた。
「了解。先に伝えた通り、そちらは指示があるまで動くな」
『承知しました』
続いて柳の穏やかな返答が聞こえたところで、エレベーターの階数表示が地下階へ切り替わった。
床下から伝わっていたかすかな振動が収まり、目的の階へ到着したことを知らせる電子音が鳴る。
東堂は隣の部下へ一度だけ頷き、走行ルートをもう一度だけ脳裏でなぞった。
「行くぞ」
声と同時に、目の前の扉がゆっくりと開く。
東堂が最初に聞いたのは、サプレッサーに抑えられた短い銃声だった。
エレベーターの扉が開ききるより早く、恒一はすでに動き出していた。
暗闇の中へ短い破裂音が立て続けに響き、そのたびに男の呻き声や、何かが床へ倒れる鈍い音が重なる。
突然始まった銃撃に、警備の男たちが混乱しているらしく、あちこちから怒号や物の倒れる音が聞こえてくる。
幸い、エレベーターの方へと注意を向けている者はいないようだ。
東堂は背後に控えていた部下の腕を軽く叩き、合図を送ると、カジノ右手の通路へ向かって駆け出した。
収容区画へ向かうには、通常なら中央のゲームフロアを横切る必要がある。だが、右手の壁沿いにある従業員用の狭い通路を抜ければ、闘技場の脇まで一気に近づくことができた。
一年以上も潜り込んでいた場所だ。照明が落ちていようと、通路の幅も曲がり角までの距離も頭に入っている。
東堂は足裏に伝わる床材の感触を頼りに速度を落とさず進み、後ろの部下も遅れることなくついてきていた。
背後では、ようやく事態を把握し始めた警備員たちが声を張り上げている。
「停電だ! 予備電源への切り替えはまだか!」
「おい! 今、何か通らなか――」
途中で、声が途切れた。
直後に聞こえてきたのは、短い銃声と人間が床へ倒れる音だった。
東堂は振り返るつもりなどなかった。恒一に任せると決めた以上、自分は一刻も早く収容区画へ辿り着くべきだ。
それでも、通路へ滑り込む直前、どうしても気になって横目を向けてしまった。
遠くの非常灯がぼんやりと照らすカジノ中央。ほとんど暗闇で何も見えない。
そこに、恒一がいた。
ポーカーテーブルの上へ軽々と跳び乗り、暗闇の中を駆け抜けている。銃口から漏れるわずかなマズルフラッシュが、その姿を一瞬だけ浮かび上がらせた。
普通なら、わざわざ高い場所へ出るなど自殺行為だ。周囲には身を隠せるポーカー台がいくらでもあり、まして今は照明が落ちている。
足場も満足に見えない状況で、テーブルの上を走るなど正気の沙汰ではない。
だが、恒一はまるで周囲の配置がすべて見えているかのように、迷いなく足を運んでいた。
テーブルの上を駆けながら、両手の拳銃を別々の方向へ向ける。
短い銃声が響くと、その先にいた男が崩れ落ちた。
別の男がようやくタクティカルライトを取り出し、白い光が暗闇を照らす。だが、その光が恒一のいた場所を捉えた時には、本人はすでにテーブルの端を蹴って隣の卓へ移っていた。
膝を曲げて低く着地し、そのまま左右へ向けた二挺の拳銃が、ほとんど間を置かずに火を噴く。
また二人、男が倒れた。
倒れ込んだ身体に引っ掛けられてテーブルクロスが大きく跳ね、床へ落ちたグラスが甲高い音を立てて砕け散る。
その間も、恒一の動きに淀みはなかった。
大声で指示を飛ばそうとした男や、ライトを取り出して周囲を照らそうとした男から、次々と倒れていく。
カジノでは相変わらず、抑えられた銃声と混乱した男たちの怒号が響いている。だが、その声は少しずつ数を減らしているようだった。
東堂は眉間の皺を深くしながら、後ろを部下がついてきているのを確認しながら、暗い通路の先にある収容区画へ向け、さらに足を速めた。
* * *
カジノ中央の警備責任者は、最初に聞こえた数発の銃声を、何かの聞き間違いだと思った。
突然の停電によってフロアは暗闇に沈み、監視室へ呼び掛けても応答がない。無線からは意味の分からない怒声や途切れ途切れの報告ばかりが流れてきて、部下たちの間でも何が起きているのか意見が割れていた。
「敵だ! 誰か撃ってきてる!」
「馬鹿言え! 暗くて誰かが転んだだけだろ!」
近くに居た部下の一人が叫び、別の男が怒鳴り返す。
自分自身も、どちらの言葉が正しいのか判断できなかった。
一体、何が起きている。
その答えを理解したのは、彼自身がようやく侵入者の姿を捉えた時だった。
非常灯の淡い明かりの中、ポーカーテーブルの上を黒い人影が横切った。
両手には、それぞれ一挺ずつの拳銃。周囲にいくらでも遮蔽物があるというのに、男はわざわざテーブルの上を駆け抜け、そこから眼下の警備員たちへ銃を向けている。
ふざけた動きだった。
まるでハリウッドのアクション映画じゃあるまいし、あんな目立つ場所へ飛び出して無事で済むはずがない。
「照らせ! 奴の位置を――」
その指示に反応し、近くにいた部下がタクティカルライトを構えた。
だが、光が侵入者へ届くより早く、暗がりに浮かぶ男の銃口がこちらへ向けられる。
それだけは、辛うじて見えた。
短い発砲音が響き、ライトを構えていた部下が仰け反るように倒れた。責任者の男は反射的に身を屈めたが、すでに侵入者の足音は別の場所へ移っている。
速すぎる。
ライトを持った人間から狙われるのは分かる。暗闇の中では、それ自体が自分の居場所を知らせるようなものだからだ。
だとしても、あの反応速度は尋常ではない。
まるで、最初からこちらの位置を知っていたかのような――。
「くそっ! どこだ!」
奥で短機関銃を抱えた男が叫び、闇に向かって引き金を引いた。
激しい銃声とともに銃口の閃光が瞬き、弾丸がゲームテーブルを次々と穿っていく。カードやチップが跳ね上がり、砕けた木片が飛び散ったが、その射線の先に侵入者の姿はなかった。
侵入者の男は銃撃を避けるように床を滑り、片手をついて体勢を立て直していた。
散乱したチップを靴底で弾きながら隣の卓へ移ると、そこを遮蔽物にしようとしていた警備の進路へ、先回りするように銃口を向ける。
警備がテーブルの陰へ飛び込んだ瞬間、乾いた発砲音が響いた。
男の身体は腰から崩れ、テーブルの脚へぶつかって動かなくなる。衝撃で積まれていたチップが床へ散らばり、その甲高い音が銃声の合間に響いた。
一方、闇雲に撃ち続けていた短機関銃の男も、位置を変えようと身体を起こした途端、何発かの銃弾を受けて倒れた。
「……っ、化け物が!」
責任者の男は悪態を吐きながら近くの柱の陰へ飛び込み、汗で滑りそうになる拳銃を握り直した。
ここからなら、カジノ中央の様子をある程度見渡せる。
あの男が再び姿を見せたところを狙えばいい。そう考えて柱の縁から顔を覗かせようとした、その瞬間だった。
すぐ傍の木製パネルが弾けた。
「っ!?」
反射的に身を引く。
顔を出すより早く、銃弾が飛んできていた。
続けてもう一発、今度は柱の反対側へ着弾し、砕けた破片が肩口へ降りかかる。
まるで左右から挟み撃ちにされているようだったが、相手が一人しかいないことは分かっている。
それが、余計に恐ろしかった。
責任者は拳銃を握り締めたまま息を殺し、柱の陰へ身体を押しつけた。
床へ転がったタクティカルライトが、横倒しになったゲームテーブルを白く照らしている。
その向こうを、侵入者が歩いていた。
身を隠すでもなく、急ぐでもない。両手の拳銃をやや外側へ開いたまま、周囲を見回しながら悠然と歩いている。
これほどの銃撃戦の最中だというのに、その足取りには不自然なほど余裕があった。
ふざけやがって。
責任者が歯を食いしばった時、侵入者の背後で別の警備が動くのが見えた。
テーブルの陰から身を起こし、銃を構えようとしている。
だが、侵入者は振り返らない。
こちらを警戒しているのか、それとも背後の男に気づいていないのか。どちらにせよ、今なら撃てるはずだった。
やれる。
そう思った直後、侵入者が動いた。
素早く振り向き、背後へ向けられた拳銃が火を噴く。
短い発砲音とともに警備の胸元が跳ね、その身体が仰向けに倒れた。
「……は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
見ていなかったはずだ。
足音だって、周囲の銃声や怒号に紛れて聞こえるような状況ではない。
それなのに、あの男は背後の敵を正確に撃ち抜いてみせた。
偶然などではない。
暗闇の中だというのに、こちらの動きがすべて筒抜けになっている。
まるで、こちらがどこに居るのか全て分かっているような――。
そこで責任者の男は、ようやく理解した。
こいつは、人間じゃない。
その考えが脳裏を過ぎた瞬間、暗闇の向こうで何かが小さく光る。
次いで、男の額に風穴が開いた。