FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
頭上の灯りが一斉に戻った。
暗闇に慣れていた視界が急に明るくなり、先ほどまで白く濁ってぼんやりと見えていたカジノが、元の彩色を取り戻していく。
ポーカーテーブルはあちこちで傾き、絨毯にはチップやカード、割れたグラスが散らばっている。上等そうな椅子は横倒しになり、磨き上げられた柱には弾痕が刻まれていた。
ロビーから続く広いフロアに立っているのは俺一人で、武器を持っていた男たちは全員、床へ倒れている。
「……ここは、全部かな?」
ミニマップを確認、近場の残敵ナシ。
視界の端で弾数を確かめ、左右の拳銃の弾倉を交換する。集中していたせいか肩が少し重いものの、怪我らしい怪我はない。
非常階段側の扉が開いたのは、ちょうどその時だ。
先に顔を出したアルフは、銃を構えたままカジノへ足を踏み入れ、そこでぴたりと止まった。後ろから続いた柳も、視線を一巡させた後、こちらを見て目を細める。
「……もう、終わっているようですな」
「ええ、こちらは。奥へ東堂さんたちが向かっていますので、向かいましょう」
とはいえ、ドンパチの音は聞こえてきてはいないので、向こうは向こうで上手くやっているんだろう。
構えた銃を下ろしたアルフが、倒れた男たちを踏み越えながらこちらに近づいてくる。
「……これだけの人数を、お一人で?」
正確な数は数えていないが、確かにそれなりの人数だ。
ただ、向こうはほとんどこちらを認識できていない案山子みたいなものだ。
適当にばら撒かれる前に仕留めてしまえば、そう難しいものでもない。
「ええまぁ。アドバンテージはこっちにありましたしね」
「……そう、ですか」
歯切れの悪いアルフには申し訳ないが、そろそろ向かおう。
アルフは何か考え込んでいたが、結局いつもの笑顔へ戻った。
俺たちはオークション会場の脇を抜け、裏の業務用通路へ入った。豪華な内装はそこで途切れ、壁は灰色の塗装へ変わる。天井には配管が走り、少しばかり埃臭い。
廊下の途中には、倒れている男が数人。
弾が撃ち込まれている者もいれば、首が捩じられている者もいる。なるほど、流石は“チャンピオン”。
小走りになりながらさらに通路を進むと、先で何かがぶつかる鈍い音がした。
続いて男の短い悲鳴。
角を曲がると、鉄格子の並ぶ収容区画の前で、東堂が最後の警備員の腕を捻り上げているところだった。
相手が反対の手を伸ばした途端、東堂は足を払って床へ落とし、そのまま首の横へ腕を回す。しばらく暴れていた男の身体から、ほどなく力が抜けた。
「お、来たか。灯りが戻ったから、ソロソロだと思ったぜ」
東堂は倒れた男の呼吸を確かめ、部下に拘束を任せると、立ち上がってこちらを見た。
「そっちはどうだった?」
「ええ、問題ありません」
「……了解」
ちらりと俺の後ろに居る二人に視線を向けた東堂だったが、何やら眉間に皺を寄せた後、絞り出すように答える。
人を挟んでアイコンタクトを取らないでいただきたい。
収容区画に目を向けると、昨日見かけた債務者らしい男たちや、オークションに回される予定だっただろう女性たちが残されていた。
こちらの姿を見ると身を縮める者もいたが、東堂が《狂犬キョウジ》だと気づき、戸惑った声を上げる者もいる。
「説明は後だ。大人しくしてろ」
まだ状況を把握しきれていない彼らにそれだけ告げて、東堂は通信機へ指を当てた。
「こちら東堂。収容区画とカジノ中央の制圧完了。保護対象が複数、負傷者もいる。制御室、待機人員を地下へ回せ。医療担当もだ。ルートは確保してある」
『了解。順次向かわせます』
「あと、資料とサーバーに手を付けてる連中がいる。押収班は奥の管理室を優先しろ」
応答を確認した東堂が部下へ向き直り、ここで保護対象を見ておくよう指示する。彼は短く返事をして、まだ開いていない部屋の確認へ向かった。
これで、ひとまずこの辺りは片付いたかな。
「さて、問題は、だ」
部下を見送り、東堂は苦い顔をしながらこちらに向き直る。
「黒崎の嬢ちゃんがいねえ。ここにいるかと思ったんだが……収容者の名簿にも見当たらなかった。ここ以外となると虱潰しになるな……」
目算が外れたせいか、少しばかり考え込むような表情のまま顎を撫でる東堂。
「多分、こっちですね」
「なに?」
視界の中、壁の向こうには相変わらず《黒崎静香》の緑色のマーカーが浮かんでいる。距離はそう遠くない。だが、そこへ続く廊下が見当たらない。
東堂が見当つかないというなら、普通の入口ではないのだろう。
通路の奥へ歩き出すと、東堂たちがついてきた。
収容区画の突き当たりは備品庫になっており、掃除道具や折り畳み式の台車が並んでいる。その奥の壁へ近づくと、視界の一角が淡く縁取られた。
壁をよく見る。
化粧板の継ぎ目が、一か所だけ不自然だった。
「ここ、開きそうですね」
「……あん?」
東堂が眉を寄せる一方、アルフはすぐに壁際へ寄り、壁の周囲に手を這わせながら確認する。すると、床に近い所にある引っかかりから隠しスイッチが現れた。
しゃがみ込みながら端末のケーブルを突っ込むアルフ。やがて低い電子音が鳴り、壁の一部が奥へ沈んで、細い通路が現れる。
「開きました!」
「ほう。これは巧妙ですな」
柳も少し感心した様子だった。
東堂はしばらく開いた壁を眺めていたが、やがて大きく息を吐く。
「……なんにせよ、向かう先が見つかって何よりだ。行くぞ」
小さく声を落とし、俺たち四人は先へと進む。
* * *
隠し通路は思ったより短かった。
数度角を曲がり、防音材の貼られた重い扉を抜けると、殺風景な部屋へ出る。
白い壁に灰色の床。窓はなく、天井の照明だけが明るい。部屋の中央には小さなテーブルと椅子が二脚、それに壁際へ大きなモニターが一台置かれている程度で、カジノのような派手さは欠片もなかった。
そこに、男が──御厨蓮司がいた。
テーブルの傍らで端末を操作していたらしく、俺たちが入った瞬間、椅子を蹴るように立ち上がる。整えられた髪が崩れ、その顔は驚きと焦りで引き攣っていた。
「なっ……どうして、ここへ……!」
答える前に、御厨は懐から拳銃を抜いた。
ただし銃口を向けた先は、こちらではない。
部屋の奥に置かれた椅子。
そこには女性らしい人影が座らされ、頭から麻袋を被せられていた。長い髪は袋からはみ出たまま垂れ、両腕は後ろへ回されている。
脅されているのか、それとも気絶でもしているのか、ピクリとも動かない。
「こ、こいつが黒崎の娘だ! 殺されたくなかったら、銃を――」
御厨の言葉が途中で切れた。
俺が、撃ったからだ。女を。
乾いた銃声が一つ響き、麻袋を被った人影が椅子の背へ跳ねる。袋に赤い染みが広がり、身体がぐらりと横へ傾いた。
その場の全員が固まった。
「……え?」
御厨の口から、間の抜けた声が漏れる。
銃口がさがり、視線が俺たちから女に移る。
間抜けな顔を晒しているうちに、御厨の右腕へ一発。
悲鳴が上がるより早く左腕を撃ち、さらに両脚へ続けて引き金を引いた。御厨は拳銃を落とし、何が起きたか理解できないまま床へ崩れ落ちる。
「ぎゃあああっ! あ、腕がっ、脚が……!」
大声で喚く御厨から一歩離れ、俺は東堂へ顔を向けた。
「殺すのは、まずいですよね?」
「お、おう。……じゃなくて!」
東堂が目を剥く。
「なんで黒崎静香を撃った!?」
柳さんもアルフも口を挟まない。アルフは銃を下ろしていなかったが、笑顔が消えている。柳は驚いた様子を見せないものの、床の御厨と椅子の人影を交互に見ていた。いつもなら何か一言くらい冗談を挟みそうな人なのに、今はそれさえない。
「だって」
俺は椅子の方を指さした。
ちょうどその時、傾いた女の背後から金属製のものが滑り落ち、灰色の床へ硬い音を立てて転がった。
拳銃だった。
後ろ手に縛られているように見えた腕には、実際には緩く巻かれた紐しかない。袋の下から覗いた手は自由に動かせる状態で、今落ちた拳銃を握っていたらしい。
「静香さんじゃないですから」
「……なに?」
東堂が眉間の皺を深くしながら、椅子と俺を見比べる。
アルフが一度だけ息を呑み、柳の目も僅かに細くなった。
まあ、分かりづらかったのかもしれない。
けれど、俺からすれば簡単な話だ。
椅子の人物には、最初から赤い敵マーカーが付いていたし、何より静香の名前がない。
東堂が銃を構えたまま、慎重に倒れた女に向かう。
横では御厨が喚いているが、無視だ。
銃口を女に向けたまましゃがみ込み、麻袋を剥ぐ。
そこには静香とは似ても似つかない顔があった。
「……たしかに、違うな」
何度目かの苦い顔を見せながら、麻袋を床に放りながら立ち上がる。
俺は、横を見る。
白い壁のさらに向こうに、緑色のマーカーが一つ浮かんでいた。
《黒崎静香》。やっぱり、こっちだ。
「本物は、あっちですかね」
東堂は何か言いたそうだったが、床で喚いている御厨を見て、部下へ医療班の手配を連絡した。柳が御厨の銃を遠ざけ、手近な布で止血を始める。一方、アルフは俺が指さした、壁の奥にある小さな扉へ向かった。
外見はただの収納庫のようだったが、ロックが外れると、冷たい空気と微かな消毒薬の匂いが流れ出した。
中は、さらに小さな部屋だった。
窓のない白い空間に簡易ベッドが並び、薄い毛布を掛けられた女性たちが横たわっている。手首に拘束の痕がある者もいれば、顔や腕に古い傷の残る者もいた。何人かは目を開けていたものの、身体を起こす気力すら残っていないらしい。
その一番奥のベッド。
見覚えのある黒髪が、白い枕の上へ広がっていた。
「……静香さん」
近づくと、緑の表示がはっきりと名前を示す。呼び掛けても返事はなかったが、胸は静かに上下しており、手首へ触れれば脈もあった。
眠らされているだけらしい。
ひとまず、間に合ったか。良かった。
後ろから来た東堂が室内を見渡し、低い声で舌打ちした。
「……ろくでもねぇコトしてやがるな」
俺は静香の呼吸をもう一度確かめてから、そっと毛布を掛け直した。
その隣のベッドでは、目を開けた女性が、視線の定まらない瞳で俺たちをぼんやりと見ている。声を掛けようとすると怯えたように肩を竦めたので、無理に近づくのはやめた。
「東堂さん、こっちにも医療班をお願いします」
「ああ。分かってる」
慌ただしく動く東堂と、呻いている御厨の声を聴きながら、もう一人、いるはずの男がいないことに疑問を持つ。
どこいった?