土曜日。
あの後に連絡先を交換した「リツカ」というらしいそいつから、メッセージに長々としたURLが送られてきた。
どうやらチケットらしい。最近は電子チケットなのか、時代の進歩だな。
表向きは車いすチケットにしているため、家にあったそこそこな年数経ってる車いすを引っ張り出し、それを使うことにする。
しかしまぁ、足が使えるのに車いすに乗るのは少し変な気分だ。
昔やった車いす体験教室を思い出す。
必要なものを一通りリュックに入れ、前に背負う。
日本語の難儀な部分だ、「前に背負う」。
ともあれ準備は終えた。
家を出て玄関のドアを閉じる。
――鍵の場所高くねぇ?
仕方ないので車いすから立って鍵をかけた。
誰にも見られてないことを祈ろう。
さて、感覚の鈍い手で車いすのタイヤを回すこと15分。
ライブハウスに到着した。
「――!!」
なにかが聞こえた。
かすかに聞こえる音源を頼りに振り向くと、リツカの姿が見えた。
『お疲れさん!』
『車いすなんて久々に乗ったよ。おかげで腕がパンパンだ』
『帰りは途中まで押してやるよ!』
目の前にいるのにメッセージアプリで会話をする奇妙な光景。
『ゼロ、お前補聴器は?』
『ライブハウスの爆音具合ならなくても聞こえるよ。かえって耳を悪くするし、もう二度と聞こえなくなるかもしれない』
そんなに詳しくはないけど。
『そろそろ開場だ、先に入れてもらおうぜ』
『分かった。お前は前で楽しむのか?』
『いや、ゼロの付き添いってことにした。車いすユーザーを一人にするのはよくないだろ』
『悪いな』
いいってことよ、と言わんばかりのグッドポーズ。
底抜けの馬鹿なんだろうな、きっと。
羨ましい。
スマホのチケット画面を見せると、スタッフに案内されて、端っこの少し広めのスペースに通された。
他の場所より少し高めで、座っててもステージが見やすくなっている。
こういう場所が増えるの、バリアフリーっていうんだったか?使い方が違うか?
ともあれ、ありがたい。
『いい席だな!』
『特等席って感じだ。リツカが座ることが条件だったが』
『いいってことよ!今日のバンドは静かに聞きたかったんだ。MIXだの掛け声だのは分かってねえ奴がすることだ』
『MIX?』
『よくわかんない掛け声の集合体。ファイバー!ダイバー!みたいなやつ』
『暇な奴もいたもんだ』
とはいえ、静かに聞きたかった、か。
これでポエトリーリーディングなんてされた日には全く聞こえない。
まぁ、バンドだというのなら問題ないだろう。少なくとも、全編ポエトリーなんてことはないはずだ。
『だいぶ埋まってきたが、そんなに人気なのか?』
『あぁ!なんてったって「楽壇の天使」のバンドだからな!ピアノコンクール入賞歴もあって、キーボードも弾けちゃう天才ちゃんだ!』
『そう、か』
不意に、ライブハウスの光度が落ちた。
それとともに、観客の期待の声が上がり、拍手が聞こえる、気がする。
――楽壇の天使、か。
と、ステージの上を影が移動している。
どうやらメンバーのようだ。真ん中を開けて4人が立つ。
そして、
「~♪」
ライブハウスの光度が一気に上がり、演奏を始めた。
スピーカーのおかげでいつもよりは聞こえるが、相変わらず演奏はよく聞こえない、が。
「――!?」
歌声だけはまっすぐ入ってくる。なんだこれは。
ボーカルの優しい歌声だけが、聞こえないはずの耳を通してクリアに聞こえる。
何が起こっている?脳内で直接歌われてているような。そんな感覚。
何曲演ろうが、ボーカルの声だけははっきり入ってくる。
そして。
「ありがとうございました。
全部、聞こえた。
去り際、ボーカルと目が合った気がした。気のせいかもしれない。
「――!!ゼ―!!」
横で叫ぶリツカの顔を見てようやく我に返った。
『悪い。ちょっと抜けてた』
『すげえだろmiisageちゃん!』
『あぁ、すごいな』
何が起きたのかわからない。リツカの声は相変わらず異様に遠いままだし。
何が、起きてるんだろう。
『とりあえず帰ろうぜ、家どっち?』
『左に曲がって道なりにまっすぐだ』
『了解!』
帰ったら調べてみよう。
ミルサージュ、ね。
蛍ちゃんの足に巻き付いてるツタ、あれいいよね(性癖展開)