どうやってセリフを書こうか悩み
――ミルサージュ。
楽壇の天使、汐見蛍がキーボードボーカルとしてフロントに立つ、ガールズバンド界に現れた異色の凄腕バンド。
ピアノコンクール入賞歴があり、まだ中学3年だという彼女が、なぜバンドを始めたのか、その理由は明かされていない。
「――っ」
まとめサイトってやつは役に立たないことが多いな。
調べれば出てくる情報を読み上げているFラン大学の卒論のようだ。
まぁもちろん、卒論と違って推論や考察をするわけにもいかないから、こうなってるんだろうけど。
調べることを諦め、スマホを充電してベッドに寝転ぶ。
現状何もわからない。完全に逝ってないにしろ、ほぼ聞こえない耳にダイレクトに響く、彼女の歌声の秘密。
バンドサウンド全体ではなく、彼女の歌だけが聞こえる謎。
この世は不思議だらけだ。
何が起きるかわかったもんじゃない、そう思いながら目を閉じた。
翌日。特に何もない日曜日。
時刻は午前10時。珍しく二度寝した。
昨日のライブでのことをまだ体が覚えている。
なんとなく、外に出たい気分だった。
シンプルなモノトーン調の外出着に着替え、家を出る。
特に行く当てもなく、2,30分程辺りをふらふらとしている。
『―っ...』
「...?」
頭の中に直接響く...?
『離してください...っ』
「っ!?」
はっきり聞こえた。
だとすればあの女の声だということ。
方角はわからない。
しかし、本能が来た道を戻れと言われたような気がした。
走って戻る。
特に変化はない。
しかし、外れの路地に異質な気配。
人間、五感のうち何かをつぶされると、ほかの四感が強くなるらしい。
その理論で行けば俺は最強のはずだが、そもそも強化しているものが0なので、という結論に至ったのは最近の話だ。
第六感というものがあれば、カンストレベルと言えただろう。
路地に一歩踏み入れると、異質な気配が強くなる。
奥に向かうにつれて、若干だが圧を感じる。
「――!!」
「――?」
「――!?――!!」
何やら怒号が飛び交っているようにも聞こえる気がする。
こういう時、聞こえないのは不便だ。
何を言ってるのかさえ分かれば、それを口実に成敗できるのに。
『離して...助けて...』
声のボリュームが上がった。
どうやら近いみたいだ。
「――?―、――」
怒号が鳴りを潜め、探るような音量になった。
と、視界に光が満ちた。
「...」
シルエットからすでに輩と思わしき大柄の男が3人。
そのうち一人が華奢な女を拘束している。
見間違い、記憶違いじゃなければ、この前のバンドのセンターだった女だ。
「
「
「
読唇術を独学で勉強していて後悔したシチュエーションは今日で初めてかもしれない。
別にそんなものに興味はない。
反論しようとして、少しだけ不安になった。
思った通りの声が出るのかどうか。
大きく息を吸って...
『
うん、多分出た。
なぜなら大男が怒り狂った形相でこっちに向かってくるから。
拳を振り上げて迫ってくる。当たったら頬骨は無事では済まないだろう。
目も耳も使い物にならない以上、ステゴロは不利だ。
五感を生贄にしてる第六感とやらを頼るしかない。
そう覚悟を決めた瞬間、急に視界が開けた。
足元には殴りかかってきた男が倒れている。
どうやらコンクリートの窪みに足を取られて転んだようだ。
「――!!」
視界の端で光が動いた。
腰巾着みたいなと女を拘束してたのが迫ってきている。
2人がかりとは卑怯な手を使うものだ。
こちらは全身不随だというのに。
そんな気持ちが行動に出て、1歩引いた瞬間に何かが靴に当たる。
そう感じた1秒後、そこそこな長さの木材が俺と腰巾着の間に倒れた。
次いで、ばらばらと大小様々な木材が落ちてきて、腰巾着はその下敷きになった。
まぁ、死んではいないだろう。後で119でも呼んどいてやるとしよう。
『あ、あの』
やっぱり、はっきり聞こえる。
あまり失礼のないように、パパっとスマホで文を打つ。
『申し訳ない、実はあまり聞こえないんです。目もよくなくて』
君の声ははっきり聞こえるよなんて普通にキモイだろ。
『そ、そうですか...あ、聞こえないんだっけ...』
同じようにスマホを出して文を見せてくれる。
目もよくない俺を気遣って、距離を詰めてくれる。
日本もだいぶ身体不随者にやさしくなったね。
『助けてくれて、ありがとうございます。私は汐見蛍、しおみほたるといいます。あなたは?』
『雪代零、ゆきしろれいと読みます。けがとかしてませんか?』
『はい、怖かったですけど』
当たり前だ。
『念のため、病院に。捕まってるときの姿勢は、肩とか腕とかが危ないので』
『そうします。ありがとうございました』
『路地出るまで同行しますよ』
『助かります』
とりあえず、何とかなった。結構ラッキーだったけど。
相対しても、この子の声だけがはっきり聞こえる理由はよくわからない。
まぁ、たぶん会うことはそうそうないだろう。
次に会うときは、演者と客として、だと思う。