TS美少女聖職者英霊 作:うぉん
不老不死になる方法があると言われたら、人はどう答えるだろうか。
傲慢だと笑うか、あるいは禁忌だと唾棄するか。だが、一度でも「無」に帰る恐怖を味わった者ならば、その甘美な毒に抗えるはずがない。
なぜだろうか。それは、きっと、俺が一度死を経験しているからなのだろう。あの心臓が止まる瞬間の絶対的な静寂だけは、今も俺の背筋を凍らせる。
そう、俺は転生者だ。前世は平凡な男として生き、今世では女として生まれエルフィと名前をもらった。
「──エルフィさま。
「ああ、今行く」
低い声に意識を引き戻された。
姿見の中には、雪のような白髪と、冷徹な理知を湛えた青い瞳の少女が立っている。わずか二十三歳で司教の地位を掴み取った、教会の寵児。
白い祭服の襟元を整え、鏡の中の自分に冷ややかな笑みを向けた。
(死はただの終焉だ。……だが、この世界には例外がある)
聖教ラン・モルフィ。この信仰の頂点には、死後、都市を守護する英霊として蘇る『聖人』という席がある。聖人になれば寿命はなく、永遠の命を手にできる。
だが、その復活には残酷なルールがある。──死んだ時の状態で固定されるのだ。
老衰で死ねば、永遠にボケた老体のまま。暗殺されれば、永遠に癒えない傷に苛まれる。
ならば、答えは一つだ。
──完璧な姿のまま、永遠を手に入れる
そのためなら、どんな泥でも啜るし、どんな敵でも排除してきた。
俺は死が怖い。死を克服できないと、俺は人生に何も価値を見出せない。だって、結局すべて消えてなくなるんだろ?
俺の行いも、言葉も、存在も。そんなの、怖くてたまらない。そして、それのせいで俺はすべてを諦観してしまった。
──そう、この、聖人認定を知るまでは。
それからの俺は早かった。
そもそも生まれ持った容姿と家系で皆好意的だったし、それっぽい奇跡を起こすのなんてマッチポンプすればいい。
そして、俺は今人生の岐路にいる。
それが、この橄欖の儀だ。
春の訪れを云々みたいな儀式なのだが、祝いの言葉を英霊さまの前で唱えなければいけない。
この橄欖の儀を行う都市には、かつて教理を世界に広めた開祖の愛弟子。三番目の聖人がいる。
儀式場の扉を開け、中へと入る。中では聖職者たちが列をなしていた。深紅のカーペットが道を作り、奥には椅子に座ったかの方がいた。
──まるで王だな。
目を細める。豪勢な修飾が施された椅子に座る彼は、聖職者より玉座に座る王という表現が似合っていた。
だが、儀式の場に座るその姿に、威厳など欠片もない。
首は力なく垂れ、開いた口からは細い涎が垂れている。目は虚空を見つめて焦点が合っていない。
彼は、その生涯を宗教の喧伝に用い、老衰で亡くなった。
そう、老衰だ。しかも、彼は晩年呆けていた。
そんな人物を英霊召喚するとどうなるのか?
答えは、英霊ボケ老人が爆誕する。
他にも、暗殺された聖人は殺された時の治らない傷跡に苦しみながら生きている。
今からやる儀式の難点はここだ。英霊は生きる(?)伝説。聖なるものそのもの。
この神聖なる儀式の最中に、あの「聖人」が徘徊を始めるか、あるいは失禁でもすれば、執り行っている俺の出世街道は潰える。ここは、信仰心を試す場ではなく、神がサイコロを振る賭場だった。
俺は紅絨毯を踏みしめ、老いた聖人の前で跪く。
春の訪れを祝う定型句を口にしようとした、その時。
ひざまついていた俺の頭に、ポン、と温かいものが乗った。
「……?」
疑問に思い上を見上げると、それは手だった。
しわしわになって、けれど旅をつづけた苦労が染みついていてごつごつとした、温かい掌。
「みんなには、迷惑をかけているみたいだ。すまないね、わたしのために」
それは、初めて彼から聞いた、意味のある、意志ある言葉。
目と目が合った。理知的な、理性ある目だった。
「けど、若人の迷惑になるのは、いけないね。そうだろう、エルフィ」
「────」
俺の眼を見て、彼はそう言った。衝撃に、声が出なかった。
ただのぼけ老人だと思っていた。いや、多分今もそうなのだろう。はたから見ると完治したように見えることなんて、よくあることだ。けれど、そうだったら
ということは、今までも見ていたのか。
見守ってくれていたのか、彼は。
「奇跡、だ──」
司祭の誰かが、ぽつりとつぶやいた。
この現象に名前を与えるならば?
ああ、それは、まさしく、奇跡なのだろう。
「神よ。どうか、この子の生く末が穏やかでありますように──」
この日。
今、この瞬間、歴史に名を残す聖人が俺を認め、祝福を与えた。
この事実さえあれば、俺が聖人認定を受けるための最後の大義名分が揃う。
橄欖の儀を終えた後、外を見に行きたいと独り言を漏らし、彼は普段の彼に戻った。
そして、その8か月後。教皇庁は、243年ぶりの聖人認定を行うと宣言した。
★
外はさんさんと雪が降っていた。
ラン・モルフィの大本山であるこの地は比較的北方にある。
静かで澄んだ空気に相反し、大聖堂はざわめいていた。
「我らと源流を共にしながら、我らの教えに反すると?」
年老い、でっぷりと太った枢機卿が苛立ちを隠さずそう言った。
何にもこの宗教の腐敗を批判しているのだとか。華美な修飾を施された教会。
教えを利用し平民から搾取する司祭たち。
そりゃ不満もたまる。
いつかはそうなるだろうと思っていた。
つまらなそうに目線を落とす俺に、彼は目をキッと鋭くした
「聖エルフィ。あなたの巡礼が足りないのではないのですか? 聖人ともあろう先生の」
「かもしれませんね、
俺はそんな彼に冷たく返した。
ふと、思う。腐敗なき宗教の再興を謳う
司教まで成り上がるのに、ただの良い人では不可能だ。血筋の繋がりから友好的だったり、俺のいる派閥の庇護を求める若手の聖職者。それ以外の邪魔になる政敵を排除するのに、汚職を明るみに出すことで排除してきた。
はたから見ると、腐敗を嫌う高潔な人物にも映るかもしれないな。
とはいえ、まあ、関係のない話か。
とりとめもない思考として、この思い付きは流れていった。
★
いまだ冬。とはいえ、徐々に近づく春の気配も感じる。
教皇庁の神学者たちが俺の周囲だったり、時には俺自身を探ってきたり。自分の人生がすべて洗い出された。
俺の人生に聖人として欠点がないか。いや、悲観的すぎか。俺の人生がどれほど聖人として相応しいかを調べるために。
そんなのも落ち着き、俺は家で久しぶりの休日を楽しんでいた。
召使に茶を入れてもらって、ぼーっと楽しむとか、小さいころからのメイドと雑談したりとか。それくらいしかすることはないけど。
この一日を作るために、しばらく職務を頑張った。寒い中、辺境を巡ってお話をしたりとか。ケガとか病気とかをしたくないからとにかく嫌だった。
ほかの召使いたちにとってはただの休日。だけど、俺にとっては今生一重要な日だ。
──俺が、英霊となるための。
歴史に俺の記録を刻むとしたら。今日は、俺が毒殺された日と刻まれる。
俺の権力を羨んだ、愚かな聖職者の凶行。若くして聖人認定をされた、エルフィ・ローレライト最期の日だ。
「エルフィさま。おかわりの紅茶です」
「気が利くね」
緊張した面持ちのメイドが、カップごと入れ替えて紅茶を差し出してきた。
これだ。これが、俺を殺す毒の入った紅茶だ。
「カップごと変えるの?」
「え……、あ、はいっ実は枢機卿さまからエルフィさまに労いの紅茶が届いていまして、普段のものと違うので、カップごと変えようかと」
「なるほど」
彼女は買収されている。買出しに街に出たときに、怪しげなフードを被った人物に、病気の妹を治療できる大金をやるから、これをお前の主人の茶に入れて飲ませろ、と。給料が多いわけでもない彼女は、それにうなずいてしまった。
数年前から俺が聖人認定をされた時のために雇っておいた、お金に弱いメイドだ。うなずいてくれなかったら困る。
というかフードの人物も元をたどれば俺が雇った人だし。俺を殺したい聖職者も、もっと別の人物(俺)にそそのかされただけ。
なぜそんなことをするのかって?
だって、永劫の命を生きるのなら、健康で、病気もない状態で生きたいじゃないか。
ならば、老いて死ぬより、事故で死ぬより、誰かに殺されるより、自分で潔く死んだほうがいい。
──とはいえ。
俺は、死ぬのが怖い。
ガタガタと、カップを持つ手が震えそうになる。吐き気がする。今すぐこのカップを床に叩きつけ、逃げ出したい。
「エルフィさま……?」
怪訝そうに、召使いたちが漏らした。
いや。いや。いや。死は怖い。ただ、死はいつか来る。
先延ばしにし、病気になってから死んだら? 俺はもう、聖人なんだ。結局は蘇り、永劫を生きる。
…………
「……っ」
奥歯が砕けんばかりに噛み締めた。
喉が、食道が、毒液を拒絶して痙攣する。それを無理やり、意思という名の鉄槌で叩き伏せた。
スーッと、脳が覚めていくような感覚が立ち上る。
……ああ、死だ。
即効性があって、苦しみがなくて、蘇った後苦しまないものを、選んだ。
間違いなく、これは効いている証拠だ。
脳に血が回らない。世界が色あせる。瞼が重くなる。
はは、即効性ありすぎだろ。あとは、俺の、今生最期の仕事をしないと。このままじゃ、あのメイドが罪に問われる。……それは、かわいそう、だ。
遺書には幼馴染のメイドに俺の財産とこの屋敷をあげて、残った使用人を雇いながら、このメイドだったら病気の妹も一緒に住まわせてあげろとか書いていたんだけど。罪に問われちゃ、それもできない。
ガクリと、うなだれるように、椅子に倒れこむ。
「エルフィさま!?」
「ただの、貧血だ……」
気力で、顔を上げる。
「紅茶が冷たくて、おどろいた……。入れてから、すこし、おいておいたのか?」
「い、いえ……」
「うそはいい。冷めていたな?」
こくり、と彼女はうなずいた。
「しくったな。今日、庭で不穏な影を見た。もしかしたら、……毒かもな」
「ど、どういうことですか!?」
幼馴染が焦ったように近寄ってきた。
ここまで言えば、もうあのメイドは罪に問われない。
この日のために、死刑になる犯罪者を一人逃して、俺の屋敷に侵入して木の枝を拾えば逃走資金を用意してやると、言っていたのだ。
不審な人物がいないか、徹底捜索すれば、金をもらうために俺の屋敷の近くでうろうろしている脱走犯が見つかるということ。
ここまで根回しできて、ようやく出世ができるということだ。
ああ、よかった。こうやって、悪知恵を回しておいたおかげで、恐怖も少しまぎれた。
ただ……
「なあ、頼む、手を、握ってほしい」
幼馴染の彼女に向けて、つぶやいた。
手のひらが、心なしか少し暖かくなった。
二度目の死は、安心して、深い眠りに落ちるようなものだった。