TS美少女聖職者英霊   作:うぉん

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第二話

 11番目の聖人、エルフィ・ローレライト。

 

 最年少の聖人。そして、聖人となってからわずか8か月で命を落とした、悲劇の人物でもある。死因は毒殺。

 

 彼女は腐敗を嫌い、汚職をする聖職者には容赦ない苛烈な側面があり、聖職者の腐敗に不満がある市井からの人気が高かった。

 

 彼女の遺体は聖墳墓協会に安置され、その後2()0()0()()復活されることがなかった。

 

 

 ★

 

 

「──っは!」

 

 猛烈な勢いで流れ込んできた空気が、肺胞をナイフのように切り裂く。

 

 ガタガタと揺れる不愉快な振動で目が覚めた。

 

 いつぶりの呼吸だろう。全身が酸素を求めてうるさい。

 

 まだ思考のおぼつかない脳で周囲を見渡したら、天井に幌がかかっていた。

 

 馬車の中、か? 

 

 どうにも仰向けに寝かされていたみたいだ。

 

 重い。

 

 何かが俺の体の上に積み上げられている。

 

 嫌だなとそっぽによけると、それは肉だった。

 

「は?」

 

 反射的にそれを蹴り飛ばし、馬車の隅へ飛び退いた。いやキモいキモい怖い。

 

 肉? 何の? 人? まずなんで俺に肉が被せられてたの? 

 

 蹴とばした足には、べっとりとした脂がぬっとりとついた。

 

(おそらく)聖人として生き返った事実より、この不可解な現実の方に圧倒され感慨に耽る余裕もない。

 

 俺の予想だったらでかい教会で厳かな儀式の中に目覚めると思っていたのだが。

 

 それがこのガタガタ揺れる馬車の中で、なんか寒いし。

 

 何があったんだ? それとも俺は死んでなくて──いや、ラン・モルフィの死者の服を着てる。だったら死にはしてると思うけど……

 

「おい、誰か。……誰かいないのか」

 

 掠れた声を絞り出す。

 正直状況的には嫌な予感しかしていない。

 

 寒い風がピュウと入ってきた。チラリと見えた外の景色は、すっかり枯れた木々と深く積もった雪にによる銀景色。

 

「お目覚めになられましたか、ローレライトさま」

 

 入ってきた人の衣装にひとまずは安心した。

 

 まだ少年の雰囲気の残る声に、ラン・モルフィの司祭服を着た青年。

 

 少し重ための茶髪に、人のよさそうな笑みを携えていた。

 

 若くして司祭の服を着ていることにえも言えぬ()()()を感じながら(俺が言えたことではないが)、まあいいかと流す。

 

「この肉は何だ? 私はなぜ肉と一緒に寝かせられていたんだ?」

「それは……」

 

 彼の目が泳いだ。

 

「ええと、まず、それは豚肉です」

「そうか……」

「……」

「……」

 

 ん、それだけ? 

 嘘だよな? 怪しすぎるだろ。

 

 これは……どうにか逃げ出したほうがよさそうかもな。とはいえ外のあの景色を見てしまったら逃げ出す気が失せる。寒いの嫌だし。雪で生き埋めなんてざらにあることだ。

 聖人は死なない。生き埋めになった苦痛を想像すれば、下手なことはしたくない。

 

「怖がらせてしまい申し訳ございません。ただ、お伝えしたいことは、我々はあなたの味方です。これだけは、信じてほしいです」

 

 そういって、彼は神に祈った。

 

 その瞬間、俺はどんな手段を用いてもここから脱出することを決意した。

 

 司祭服を着た彼の祈りは、司祭にあるまじきたどたどしいものだった。

 

 ラン・モルフィの祈りは、胸に手を当て、15度の角度で腰を折り、神への服従と感謝を告げるため、(こうべ)を深く垂れる。

 彼は胸に手を当てていた。腰を折った。頭を垂れた。しかし、腰の角度が20度ほどと普通より深すぎた。頭の位置が、少し高かった。

 

 ──こいつは、聖教ラン・モルフィの司祭ではない。

 

 出世するには必須である祈りのしぐさ。それが、こいつは、違和感があるのだ。

 

 じりじりと警戒しながら下がり、いつでも馬車から飛び折れるようにしながら、せめてここがどこなのかくらい情報を得ようとする。

 

 隙間風が、入り込んできた。

 

「寒いな……」

「申し訳ございません。もう少しで都市について、温かいものを用意できるので」

「都市?」

「ええ」

 

 彼はまた、目をそらした。

 

 なんだよ、はっきりしないな。

 

 大聖堂は北方にある。ここは、どうにもそれよりさらに寒い地域にあるようだ。

 

 そして、俺は目覚める前、豚肉に包まれて運ばれていた。表情にこそ出ていなかったが、彼のこの歯切れの悪さは、俺が起きたことがイレギュラーだったっぽい。

 

 そして、俺を運んでいるのがラン・モルフィの聖職者でないことは確定。

 

 巡礼の旅を思い出せ。大聖堂より北方。主要な都市、特徴、思いを。

 

 瞑目する。

 

 寒そうに震える民。貧しく、明日食えるかもわからない状況。そして、内から感じる、腐敗した聖職者への、怒り。

 

「プロテストリアか……」

 

 ぽつりと、漏れた。

 

 彼の、息をのむ声が聞こえた。

 

「な、んのことでしょう」

 

 推測は確証へと変わり、にやりと笑みが浮かんだ。

 

「腐敗なき宗教の再興を謳う、聖教ラン・モルフィへの反抗者たち。プロテストリアだろう。その付け焼刃の衣装を脱いでもらいたい、不愉快だ」

 

 彼の額に、露骨に汗が浮かんだ。

 まだまだ青二才か。

 

 そして、そのまま、彼は急に跪いた。

 

「お願いします! 我々プロテストリアはもはや聖教の腐敗を見過ごせない! あなたのことは、書物にて知っています。腐敗を嫌った聖人だと。あなたは間違いなく英霊として復活するべきだった! けれど、あなたの復活を嫌った司教たちがそうさせなかった。今この時代は、あなたが亡くなってから200年もの年月が経ったのです!!」

「200年……?」

 

 くらりとめまいがした。

 歯噛みする。確かにな。その可能性は考えていなかった。

 

「民の中に、不満の声はあります。けれど、聖人さまに歯向かうことなどできない。そこで、聖人であるあなたにプロテストリアの旗印となってほしいのです。豚肉に囲まれていた理由は、商人に扮し、我々が聖墳墓からあなたの御体を運び出したからです」

 

 プロテストリアについてどう思うか? という問いに対しては、特に悪くは思っていない。

 ラン・モルフィすら俺にとっては永遠を生きたいという手段でしかない。

 

 その点、俺を復活させなかった聖教とプロテストリア。俺がつくべきは彼らではないのか? 

 

 腐敗を嫌ったと彼は言うが、それも真実ではない。敵を失却させるのにちょうど良かっただけ。こちら派閥の腐敗は、見過ごしていたところもある。

 

 俺の行動原理はなにか? 

 

 ──ただ、死が怖いだけ。

 

 なら、少しでもちやほやしてくれそうなプロテストリアにつくのも悪いことではない。

 

「……わかった。協力する」

「あ、ありがとうございます」

 

 感激する彼を横目に、彼が思うほどいい人でもないけどと思った。

 

 ★

 

 ついた。彼が、彼らが自称するには都市に。

 

 これが……? 

 

 俺の胸元まで積もっている雪。細々とした通路が雪に埋もれないように、わずかな人数の村人が凍えながら雪を掃いていた。

 

 石造りの家で、雪による倒壊の心配がないことが唯一の救いか。

 

 そして、小さな礼拝堂に通され、外と変わらない、いやそれ以上の寒さの中、角の木目が荒い椅子に座らされたのだった。

 

 身体をお温めくださいと渡されたスープはまるで具がなく、食感の死んだニンジンとうっすら塩味のするぬるま湯だった。

 

「このような有様で、十分なおもてなしをすることもできず申し訳ありません。これが、我らのできる限りなのです」

「……」

 

 ここで? 暮らす? 俺が? 

 

 今世の生まれは、裕福だった。

 

 この世界で貧しいとはどういうことか、知らなかった。

 

 こんな……こんなQOLで生活することなんて、到底できない。

 

 俺はバカだった。

 

 死にたくないという自分の思いの根底に、一定以上の生活水準が担保されている必要がある前提があったことに、今気づいた。

 

「貧しいな」

「……」

「ただ、それは、今日までだ」

「今日まで……?」

 

 俺がこの地で暮らすのだったら──早急に、いい暮らしをしたい。

 

 そのために、俺は全てを惜しまない。

 

 この、貧しい寒村を、発展させる。

 

 聖人エルフィ・ローレライトがいるのに、ふさわしい都市にする。

 

「神よ」

 

 俺は祈りを捧げる。

 

 この村にいる者たちが、寒さに苦しむことがないようにと。

 

「あ、暖かい……」

 

 彼は、驚いたようにそういった。

 

 これが奇跡の力。

 

 そして、俺の新たな人生を切り拓くための、最初の布石だ。

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