冒険者ドラフトのある異世界で敏腕スカウトマンやる話   作:ひつーじ

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冒険者ドラフト制度のある異世界で、スカウトマンする話。

 その朝。世界最大のダンジョン都市『ブルーアーク』はひどく華やいでいた。

 

 地中に伸びる逆さ塔『アビスバベル』から続く大通りには、深層帰還の報せを聞きつけた人々が朝からあふれている。

 

 露店は焼き立ての串肉を割り引いて売り、新聞売りの少年が「第三十一階層、鷲の王冠が帰還!」と声を張り上げて走り回っていた。

 

 学生たちは学院に遅刻するのも厭わず足を止め、隊商は市場に出るであろう希少品について口々にする。酒場では朝から祝杯が上がっている。

 

 世界最も巨大のダンジョン、世界で最も価値のあるダンジョン、世界で最も高難度のダンジョン、アビスバベル。

 その恩恵で成立した都市国家ブルーアークでは、深く潜って戻ってくる者は英雄であった。

 

 まして鷲の王冠は、ブルーアークの頂点に立つ三大ギルド、御三家の一角だ。逆さ塔の深層へ手を伸ばし、世界中の商会、教会、工房、国々が、喉から手が出るほど欲しがる資源を持ち帰る者たち。

 

 何十万人といる都市の人間にとって彼らは、恐れ、崇拝、喝采の対象だ。

 

 だから本来なら、鷲の王冠本部も英雄たちの帰還に、喜び浮足立っているはずだった。

 

 俺、ヘラルドは、戦果報告の掲示板の前で足を止める。

 

 第三十一階層遠征。討伐目標達成。搬出素材、上々。損耗多大。

 

 砕けた鎧、折れた槍、血が乾ききらぬ担架。深層から引きあげられた資源という勝利の証に対して、損耗の証は少なくなかった。

 

 さらに緊急治療が必要な重傷二名、三か月以上の戦線離脱が三名、完治に数週間必要な怪我人は六名。

 

 死者もおらず、今後生きていくこともままならぬ後遺症を残した者もいない。

 

 都市にある三百以上のギルドの中から、十二だけが踏み入れられる三十階以上でこの数字。完勝と呼んでいいが、ギルドには重い空気が満ちている。

 

 深層で勝っただけでは足りない。何を持ち帰り、何を失い、次に何が残るのかまでがこの都市のギルドにおいての勝敗だ。

 

 今、三十階層以上の攻略は激しい競争がある。

 御三家の下の九席であるAランクギルドが、鷲の王冠を猛追し、立場を脅かす状況だ。

 今回の損耗、そして次の攻略にかかる費用を考慮すると、上の頭は痛かったわけである。

 

 はあ。冒険者ギルドと言っても、数字には厳しい。まったく、夢がないな。

 

 ヘラルドこと俺は転生者だった。

 現代日本でうだつのあがらない人生を送り、楽しいこともないうちに事故に巻き込まれて転生。

 

 世界最大のダンジョン都市に生まれ落ちたからには、最強の冒険者になる、と幼いころは夢を抱いたものだが、戦闘の才能はなく、早々に事務方に就職せざるを得なかった。

 

「ヘラルド室長、今回の成果はどういう評価ですか?」

 

 先月配属された新人が俺に声をかけた。

 

 鷲の王冠の『人材本部査定室』および『再評価部門』の室長。それが俺の肩書だ。

 

 戦闘の才能はなかった俺だが、幸い人を見る目には恵まれた。

 

 スキル『鑑定』。いわゆる人の上にステータスが見えたりするアレだ。

 

 とはいえ、誰もが持つものとそう変わりなく、俺にはプラスアルファで、将来性がランク見れるだけだが。

 

「君はどう思う?」

「えっと、やっぱり損害額が利益に対して大きい。それにうちの主戦力の斧鬼バーモンドさんの三か月離脱が痛いですね」

「ああ、もちろんそうだ。ただ、それよりも毒沼地形に対応していた状態回復系特殊職の子の怪我が痛い。彼抜きで遠征に出せる階層は僅かだ。うちの部署からも、彼に支援を出すように手はずを整えないとな」

「そ、そうなんですか? 彼って別に大した戦果をあげてませんよね? それに彼は状態異常の専門ですけど、傷の回復も状態異常の回復もこなせるヒーラーはうちには沢山いますよ」

 

 俺はゆっくりと首を横に振った。

 

「目に見える数字や、肩書だけ見ればな。だけど、あの子は状態異常に対しての知識は深く、判断が早い。その場その場で最高効率で最速の治療をする。彼がいなければ、今回の遠征はそもそも失敗に終わってたかもしれない」

「そ、そんなにですか……」

「ああ。ま、実際に足を運んで目で見る。それが大事だよ。今からしようとしていることと一緒。足を止めて悪かったな、訓練場へ行こう」

「は、はい。お時間をいただいてすみません」

「気にしないでくれ。部署の仕事だ」

 

 鷲の王冠本部の整然とした廊下を歩く。

 

 御三家の一角、鷲の王冠本部は大きい。各種施設が入った三棟があり、倉庫に、訓練場まである。ブルーアークの頂点にふさわしい本拠だが、俺が入った当初はここまで巨大ではなかった。

 

 ここに入ってもう長いな、なんて思いながら訓練場へ。

 そこではまだ若い新人たちが、連携の訓練に必死で汗を流していた。

 

「先月僕が仮採用したのは、あの子です。継続判断に出そうと思っているんですが……」

 

 部下に差し出された査定表に目を落とす。

 

 コグマ・チョスガ。仮採用してから、うちでの模擬戦成績は平均以下。被弾率が高く、連携試験失敗数も多い。前衛として伸び悩んでもいるみたいだ。

 

「本採用せず、契約を切る予定?」

「はい。現場では、踏み込みが半端だし、剣技もいまいちとの評価です。エンカ王国の地方にある学院の推薦で、逸材だから、と採用しましたが、やはりブルーアークの壁は高いみたいですね。本人は真面目な分、心苦しいですが」

 

 俺は訓練の様子を眺め、鑑定スキルを使う。

 ―――――――――――――――――

 コグマ・チョガ

 年齢:18

 AD:52

 AP:49

 AGI:62

 AR:75

 MR:75

 スキル:剣術Ⅱ、火魔法Ⅰ、盾術Ⅲ、短刀術Ⅱ、防御Ⅲ

 将来性:B

 ―――――――――――――――――

 

 スキルは訓練、戦闘すれば発現し、伸びる。だが才能と適正がなければ、一生得られることはない。

 そのためこの若さで、五種のスキル持ちは地方では逸材だったのだろう。

 ただここブルーアーク、それも鷲の王冠においては、年齢相応といった感じでとりとめもない数字だ。

 いくら見かけは凄くても機能しなければ意味がない。現場の査定、報告書を見る限り、本採用は見送られて然るべきだ。

 

 しかし俺だけに見える将来性。そのBという文字が彼から目を離すことを許さない。

 

 しばらく観察し続け、俺は訓練場に踏み入れた。

 

「チョガ君」

 

 名を呼ぶと、彼は明らかに硬直した。

 人事の部署、その部長から声をかけられる。

 嫌な予感を覚えただろう。

 

「君、長柄の武器を使った経験は?」

「え、それはないです」

「なら、学院時代に使っていた剣の長さを教えてくれ」

 

 尋ねると、彼は手で表現して答えた。

 鷲の王冠が支給する剣よりも1.5倍ほど長い。

 南方にあるエンカ国でそのサイズは、タンク用の長剣にあたる。

 

 スキルはタンクのものが優れていた。きっとタンクとして、訓練を積んできたのだろう。

 

「なるほど。では、武器を長柄に変えるよう教官に提案してくれ。君の適正はそちらだ。位置取りが、剣士ではなくタンク。敵の攻撃をうけつつ、補助役の後衛から距離を取らない。それでいて、火力も出せるのだから、長柄がいい」

 

 そして提案。いくら俺が将来性が見えるとはいえ、どのような形で花開くかは見えない。

 

 人それぞれに適性があり、誤った方向へ進めば一生芽が出ない。

 

「え、は、はい!! そうなんです! 実は僕学院ではタンクの経験の方が長くて。ブルーアークでは、剣士が華だって教えられて、卒業前に急遽転向したんです!」

「へえ。それでこの練度か。火力を出すのに申し分ないとみれば、やはり君の適職は槍などの長柄。経験は?」

「そ、それはないです」

「なるほど。まず長柄枠のあるパーティーに試しで入れるように、戦闘部の人間に口を出してみる。訓練自体は教官役を捕まえて頑張ってくれ」

「はい!!」

 

 彼から離れて、部下の下へ戻る。

 

「室長、凄いですね。一瞬で適性を見抜き、将来を提案するなんて」

「凄いとかじゃなくて、やらなきゃなんだよ。採用したからには最後まで面倒を見て責任をとらないといけない」

「うっ」

「責めてない。むしろ、君は俺に判断を仰いだ。責任の取り方として上々。これが俺の仕事なんだから、気にするな」

「は、はい。でも流石ですね、部長。鷲の王冠を御三家に押し上げた部長の手腕を目の当たりにして、僕感激しています」

「大したことしていない。実際に、俺はもう多分必要とされていない。このやり方は、今の鷲の王冠には求められない」

「え?」

「長居した。これから幹部会議があるから、行ってくる」

 

 俺はそう言い残して、幹部しか立ち入ることの許されないギルド本部最上階へ。

 会議室の前に差し掛かると、部屋から声が漏れ出ている。昨夜の損耗と、今期の予算配分の話。そして数日後に行われる春季新人登録会。

 

 ブルーアークに夢を見て、都市の冒険者資格を初めて得た若者の争奪戦。

 有望な若手を喉から手が出る大小三百のギルドは、ドラフト制で未来の英雄を獲得出来る貴重な機会だ。

 

 会議室の扉を開く。長机には既に幹部たちが着席しており、彼らの前には人材本部が用意した、春季新人登録会の名簿、関連資料が並んでいた。

 

 幹部の顔ぶれも変わった。

 入った当時。俺がどんな奴を獲得希望に上げるのか、好奇心で目を爛々と輝かせていた人たちはもういない。

 今は厄介者を疎んじるような目や、気まずさ、申し訳なさ、憐憫といった目しか向けられることはない。

 

 着席してしばらくすると、大柄で髭を蓄えた威厳のある男。経営と現場に最大の発言権を持つ男。鷲の王冠を、今の鷲の王冠に最も変質させた、このギルドの象徴、団長バロン・ナシャルが入室した。

 

 バロンは俺に一瞥すると、長机の上座につき、低く響く声を発した。

 

「それでは会議を始める」

 

 会議は数字から始まった。三十一階層帯の戦果。回収素材。搬出成功率。損耗比率。補償見込み。装備更新費。スポンサーからの要求。次便編成案。次々と資料が回り、淡々と読み上げられていく。

 

 鷲の王冠は御三家の一角だ。ブルーアークの頂点に立つ三大ギルド御三家の一つであり、都市で最も深いところまで手を伸ばせる数少ない組織でもある。その立場は栄誉であると同時に、常に結果を求められる地位だった。

 

 深層から持ち帰る素材は、世界中の工房と神殿と商会、国々が欲しがる。逆さ塔の高密度魔晶、変質鉱、希少生体素材。どれも替えが利かず、価格はこの都市で決まる。だからこそ、上位ギルドはただ強いだけでは足りない。深く潜り続けるための金と、人と、信用を切らさず維持しなければならない。

 

 数字の読み上げが終わり、各議題について終わり、やがての新人の話に移る。

 

「春季新人登録会の議題に移る。我々は、三十階層以降の継続的な資源採掘を目指し、希少素材の市場供給の安定化を目指す。であるからして、怪我人の穴を埋める必要があり、新人を即戦力のみに絞り、今期は三人の補充を行う」

 

 俺は唇が尖るのを感じた。

 冒険者を夢見る若者は育成枠だ。じっくりと経験を積ませねば、大成することはない。最初から三十階層以降で果たせる役割などたかが知れていて、それだけやらされていても成長するはずがなく、才能をつぶすことになる。

 あんたも育ててもらった口だろうが、とは思ったが、口をつぐむ。

 

「ヘラルド。リストの詳細を説明しろ」

「はい」

 

 リストに目を落とし、読み上げるが、内心眉を顰めていた。

 

 各地に足を運び、獲得すべき人材を探すことも俺の仕事だった。

 このダンジョンが名実ともに中心にある都市では、優れた冒険者がギルドの命運を左右する。黄金よりも価値が高く、大手のギルドでは人材専門の部署がある。

 そこで十代から、二十代終わりの今まで、馬車馬の如く働いてきた。

 

 しかし、ここ一年。俺は団長命令で、自由は奪われていた。

 採用も、スカウトも、異動も、このリストの制作も別のやつが担っている。

 

 ただの責任の所在。それが今の俺だった。

 

「ふむ。魔術に造詣が深い、エレミーア国の魔術学院首席か。悪くないな」

「いや、獣人国家アデルミアの、ライオネル族長の息子。これは期待できる」

「聖教会の、八聖女候補も良いな。治癒スキル七を使えるなんて、天才だ」

 

 今度は眉を顰める。

 自由がない中でも、採用する責任を持とうと監視の目を縫って、調査はした。

 彼、彼女らは、優れた人材であるが、鷲の王冠で扱うには難しい。

 

「魔術学院の首席は、学者肌だ。現場より後方に適性がある。魔法の才能と戦闘の才能は別で、地方ダンジョン探索の経験すらない。ライオネル族長の息子は、種族と血統で優れた武勇を誇るが、それに頼り切って向上心はない。今は他の新人と一線を画しているが、それだけだ。将来このギルドを担うほどの人物にはなれない。八聖女候補も、治癒スキル七なんてものどこで使う? 鷲の王冠は、被弾即回復がモットーだ。かすり傷に、大きな魔力消費を伴う大魔法を使えない。彼女は優れていても、このギルドに適性はない。少なくとも、この子たちに、鷲の王冠の一位指名を使いたくない」

 

 そう言うと、会議室が鎮まり、バロンから低い声が発された。

 

「ヘラルド。では貴様は、誰を獲得するつもりだ?」

「イレレア・アストラ」

 

 名前を発した瞬間、会議室がどよめいた。

 

「なっ!? こいつは推定評価、Cじゃないか! スキルも実績も平凡だぞ!」

「そうだ! 騎士王国の騎士団長の娘、姫騎士の学院内でのお付き。姫騎士のひとつつ上であるにも関わらず、姫騎士以下の実績、成績しかない!」

「お付きをクビになったから、卒業と共に都市へ来たのだろう。お付きであれば騎士団の最高のポストを用意されているはず」

 

 俺に食ってかかってきた奴らは、数年前にバロンが他のギルドから引き抜いた奴ら。今のバロンの側近。ここを変えてしまった奴らだ。

 

「ここに姫騎士と比較した成績を全て調査し、まとめた。見てくれ」

 

 と俺は書類を手渡すと、文句を言った奴らの目が驚愕に見開かれた。

 

「全て、一点差で下回っている?」

 

 俺はこくりと頷く。

 

「騎士王国には、主君を立てる文化がある。彼女はその能力から、姫騎士のお付きに選ばれ、姫騎士と同様の試験、訓練、ダンジョン探索、全てにおいて同行し盾となり、ゴール前で立ち止まった」

「な、常人に出来ることではない。剣術も、魔法も、その他全てを僅かな差で敗北することなど、勝利の何倍も難しい」

「ああ。そんな彼女は、卒業と共に、姫騎士が手放したらしい。私がいる騎士王国では、あなたの才能を遺憾なく発揮できない、という理由でな」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

「鎖から放たれた化け物は、どうなると思う?」

 

 会議室に唾を飲み込む音が響いた。

 しかし、すぐに冷たい声がした。

 

「なるほど。では、ヘラルド、そいつが実用的になるまでどれほどかかる?」

「少なく見積もって三年。彼女は、姫騎士を立ててきたせいで、自分の真価を知らない。自分の実力を知り、どこが秀でていて、どこに適性があるかを知り、どこを伸ばし、どこを辿るべきか、全てがゼロの状態だ。何事も出来るが、どうやって良いかわからない状態の彼女には、子供が言葉を覚えるのを待つように、じっくりと待ち、育てなければならない」

「そうか。なら、却下だ。我が、鷲の王冠は、ライオネル族長の息子を、一位指名にする」

 

 バロンは俺に、冷たい眼差しを向けた。

 

「ヘラルド。もはや、鷲の王冠に待つ時間はないのだ。他の指名も即戦力重視で行う」

「そんな指名をしたら、二年後の班が死ぬ。競合だってあるだろうし、目当てが取れないだろ。結果的に育成は薄くなり、深層前帯の継戦戦力は買ってくるしかなくなる、しかも高額でな」

「それでいい。見えぬ未来に金を払い、どぶに捨てるよりは、ずっと安上がりだ」

「良くない。鷲の王冠は、人に金と労力を費やして成長できたから、ここまでの地位になったんだろ。バロン、俺もお前も、このギルドでそう育てられてきたはずだ」

「ヘラルド。それは昔の話だ。昔は待てた。今は待てない。御三家の名を維持するだけで金が溶ける。深層装備の更新、補償原資、スポンサー契約。どれか一つでも落とせば、王冠は王冠でいられなくなる」

「……だから切るのか?」

「ああ。未来に払う金で今日を落とせば、未来自体が立ち消える」

 

 それは、俺と昔の鷲の王冠を否定する言葉だった。

 不思議と怒りは湧いてこなかった。

 ただ何かが終わってしまった喪失感に、ひどく虚しさを感じた。

 

「そういうわけでコストの整理もしなければならない。そこでだ」

 

 バロンは俺に冷たいまなざしを向けた。

 

「人材本部査定室および再評価部門は、今期再編で廃止する。ヘラルド、お前の役職はこの再編で消える。代替配置は出さない」

 

 実質、ギルドからの追放処分。

 

「ヘラルド、お前は今の鷲の王冠では無価値だ」

 

 俺は数秒、黙っていた。

 

 自分がクビになったという事実は、もちろん重い。

 だが、それ以上に先に浮かんだのは別のものだった。

 

 資料室の机に積まれていた査定表。採用すべき新人のリストが山ほど並んでいる。

 それに配置を変えればまだ息を吹き返す若手。仮採用で止まっているままの人材。もう少し見れば適所が分かったかもしれない補助職。自分がいなくなれば、そういうものは次の整理で、もっと簡単に切られるかもしれない。

 

 どれも途中だ。

 まだ、途中なのだ。

 

「……そうか。だがせめて、俺が採用した子たちの面倒は見させてくれないか。責任だけはとらせてくれ」

 

 懇願だった。情けなく縋り付いた。

 だが。

 

「不要だ。お前の思う責任と、鷲の王冠の責任は違う。王冠の責任は、勝ち続けることだ。維持することだ。今日の深層を落とさず、明日の補給を切らさず、スポンサーを離さないことだ。そのために見込みの薄い投資を切るなら、それも責任だ」

 

 人を大切にする、それが鷲の王冠の責任だと思っていたが、今はギルドの名を保つことが責任らしい。

 

「鷲の王冠との所属契約も、本日付で解消だ。整理金は規定どおり支払う。だが、以後お前は王冠の剣の人間ではない」

「……そうか。わかった」

 

 怒鳴らなかった。机を叩きもしなかった。

 だが、その静けさがかえって周囲の何人かを居心地悪くさせた。

 

「以上だ」

 

 会議は終わった。

 

 椅子を引く音が重なる。幹部たちは資料をまとめ、何事もなかったように次の予定へ向かっていく。王冠の剣は巨大組織だ。たとえ一人切っても、静かに回り続ける。

 

 俺は会議室を出て、鷲の王冠の本部から外に出た。

 

 ゆらゆらと逆さ塔、縁区の高台に上り、高所から街を眺める。

 

 逆さ塔アビスバベルの黒い巨大な影。その周囲を取り巻く白い行政区と、金の集まる中央区。さらにその外側、熱と雑踏の渦のように広がる市場環区。河岸物流区には世界中から来た隊商と荷船が並び、学院塔の尖塔は朝日を受けて光っている。白門ホールの白い屋根の周囲には、すでに臨時宿屋と露店が増えていた。明日にも春期新人登録会が始まる。世界中から若い人材が、この街へ運び込まれる。

 

 夢見、希望に溢れる人材も、王冠ではもう最後まで見られない。

 

 それがいちばん痛かった。

 

 クビになったことではない。肩書きを失ったことでもない。

 途中のまま置いてきた人材がいる。まだ試していない役割がある。正しく置き直せば息を吹き返すかもしれないのに、今の王冠はそこまで待たない。見切る。閉じる。切る。そうやって先へ進む。

 

 それは、また同じことを繰り返すということだった……()()()()のように。

 

 裏方に回ったのは戦う力がなかったからだが、鷲の王冠には望んで加入した。

 

 死と隣り合わせにあるダンジョン業。

 そこで見た人材、得た仲間を手放さず、不遇にせず、死なせることのない、金と仕組みが欲しかったから加入した。

 見捨てる結果となるにしても、最後まで最善を尽くす。

 それが俺の理想で、鷲の王冠はそういうギルドだった。

 

 だけど、そんな場所はもうない。

 

「はーあ。これからどうしよう」

 

 あれこれ、と感傷に浸ったが、無職という事実は変わらない。

 何より明日の心配をしなければならない。

 

 他のギルドに入るか?

 他のギルドに入っても同じだろう。

 

 鷲の王冠は理想だった。だが組織の拡大で理想は崩れた。

 

 俺の理想は、理想でしかなく、無価値なもの。

 他のギルドでも手に入りようがない。

 

 そもそも、大手ギルドしかない人材専門職に、クビになった俺が再就職できると思えない。

 

「なら、作るしかないか。ギルド」

 

 白門ホールの白い屋根を見た。

 

 明日、あそこに並ぶ人間の中に、きっといる。

 

 強いからではなく、目立つからでもなく、まだ正しく見つけてもらえていないだけの誰かが。

 

 俺の理想のギルドを象徴する最初の一人が。

 

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