出立する日が近づいたある日、ナルトとサスケは二人揃って日向邸に向かっていた。どういう風の吹き回しかは分からなかったが、ヒアシが日向邸にある演習場で修行をしないかとヒナタに提案したのだという。
「前の時みたいにさ、ヒナタとヒアシのおっちゃんの仲ってそう悪くないな」
「ああ」
サスケもナルトと同じことを感じていた。日向邸を訪れるのはヒナタを修行に誘うため少し立ち寄ることを除くと、アカデミー卒業の日に行ったきりだ。
「ごめんくださーい!ってばよー」
日向の荘厳な構えをした門を開けると、ナルトは思いっきり大声をあげた。隣にいたサスケはナルトの大声にギョッとし耳を両手で塞ぐ。
「……本家の邸の前でそんな大声を出すな」
「ん?」
日向邸の門の前に立つ二人を、同じ年頃の少年が怪訝な目をして見ていた。
「あ、ネジ」
ナルトは思わずそう言葉を漏らすが、こちらは知っていたとしても、面識がないためネジはナルトやサスケのことを知らない。不機嫌さが増した。サスケはため息をついてナルトを小さく小突く。
「ナルトくん、サスケくんっ、遅くなってごめんね
!……あ、ネジ兄さん。おはようございます」
日向邸の門から出てきたヒナタは、ネジの姿を認めると思わず僅かに後ずさった。
「……おはようございます、ヒナタ様」
「……」
ヒナタは気まずそうに目を伏した。この二人の関係は、聞かずともわかる。ナルトはコホンと小さく咳払いをする。
「これから修行するんだけどさ、お前もどうだってばよ?」
ネジは思ってもみないナルトの提案に少し考えると、僅かに口角を上げた。
「面白い」
ヒナタは勝手に進んでいく状況にただ身を任せる他なかった。今日は元よりヒナタの特訓に付き合う約束だった。
「お願いします」
「ああ」
ヒナタの場合、ナルトが相手では緊張してしまうためまずはサスケがヒナタの組手の相手となった。ヒナタはサスケの実力を知らないが、自分よりも遥かに強いことだけは理解していた。
日向邸の庭にある修練場に移動し、ヒナタとサスケはその中央に立つ。
(サスケくんは私の恋敵、サスケくんは私の恋敵、サスケくんは私の恋敵、サスケくんは私の恋敵……!!)
心根の優しいヒナタにとっては、こうして修行のために仲間と組手をすることも苦痛だ。だからこうして自己暗示をかけるしかない。ヒナタの瞳に力が宿る。
「いきます!……はあっ!」
ヒナタはサスケのことをナルトの恋敵のつもりで打ち込んだ。自己暗示の内容は強ち間違ってはいないが。
ヒナタの身体能力はアカデミーの卒業以来、この数ヵ月で格段に上がっていた。カカシとの修行の内容は主に身体能力を高めるための基礎訓練や、チャクラコントロールを高めるものだ。
サスケは怒涛の攻撃の中でも相変わらず涼しい顔は崩れない。流れるような動きで器用にヒナタの攻撃をかわす。ヒナタの攻撃が止むと、今度はサスケが拳を繰り出す。ヒナタはその拳や蹴りを柔拳を用いて捌く。テンポよく繰り出される技に、時折一撃が入るがヒナタはそれにも対応した。
「っよし!いいぞー!ヒナタァ!」
ヒナタの動きが良くなっている。ナルトは嬉しくなってエールを送った。隣に座っているネジはそんなナルトをちらりと横目で見る。
「修行と言っていたが、オレは見ているだけか……」
「今日のメインはヒナタだってばよ」
ナルトは気配に気づき、廊下を見た。奥からヒアシと数人の子どもが現れた。年齢はナルトよりも少し年上のようだ。
「ヒアシのおっちゃん、お邪魔してるってばよ」
ヒアシの後ろに控えている日向一族の少年たちの口角や目元が僅かに震えた。ナルトの「ヒアシのおっちゃん」という言葉がツボに入ったらしく笑いを堪えるのに必死だった。
「今日はよく来てくれた。ネジ、もうここにいたか。お前を探していたところだ」
「おはようございます。門の前でヒナタ様とお会いしたので。……トクマ兄さん、コウ兄さんもおはようございます」
ネジはヒアシの姿が見えると、すぐさま正座し姿勢を正した。分家の中では年の近い年長者に対して兄さんや姉さんと敬称を付けることが多い。
ヒアシに気づいたヒナタとサスケは組手を中断し、縁側へと移動した。
「父様」
「お邪魔しています」
ヒナタは肩で息をしている。後ろのコウやトクマにも会釈をした。
「うむ。お前は少し休憩しなさい。サスケくんはまだ大丈夫か?ここに日向の若い衆を連れてきた。君らの手合いを……組手でかまわない。是非とも見せてくれないか」
ネジは目を丸くしてヒアシを見上げた。ナルトとサスケは顔を見合わせ頷く。
「わかったってばよ」
ナルトとサスケは忍術を使用しない体術のみの手合いを始めた。そのスピードは下忍とは思えない程のもので動きも柔軟でありながらパワーも申し分ない。コウやトクマには、彼らの手合いを見せたヒアシの意図が説明されずとも理解できた。
「……あの二人は何ですか?」
呆気に取られていたコウは、ようやく口を開いた。
「ああ、彼らはアカデミーの頃からのヒナタの友人で、今は同じ班のメンバーだ。ヒナタの任務入りを認めたのも、共に任務を遂行することで良い刺激となると考えたからだ。……それにナルトは、旧友の忘れ形見でもある」
ヒナタはナルトの両親のことを知らない。まさかヒアシの口からそのような話が出てくるとは思いもしなかった。それよりもコウやトクマの顔を見て、ヒナタはくすりと笑った。
「ナルトくんもサスケくんも凄いでしょう。だから、みんなで修行するときは、カカシ先生はわたしに付きっきりになるの。ナルトくんやサスケくんには、お前らには教えることは何もないって」
それはただ口実であって、ただイチャパラを読みたいだけだとはヒナタ少しも思っていない。
「カカシ上忍にそこまで言わせるとは……」
「中忍試験に出たら、中忍どころじゃないだろう。暗部にでも選抜されるんじゃないか?」
木ノ葉の忍の間でカカシの名は、写輪眼を持つ天才忍者として有名だ。ネジはナルトとサスケを食い入るように見ていた。日向一族の中では天才といわれていたネジも、この圧倒的な力の差は受け入れる他ない。
「もーいいだろ?!」
いつまでやれば良いんだと、ナルトは両手を上げてヒアシの方を向いて叫んでいる。
「ああ、ありがとう。やはり思った通りだった。娘からの話でもしやと思っていたが、これ程とは思わなかった」
「見せもんじゃないけどさ、ヒアシのおっちゃんに頼まれたら断れねえってばよ」
ヒアシが知るはずもないが、ナルトにとっては義理の父となった男だ。血は繋がっておらずとも、家族という繋がりを渇望していたナルトには逆らえるはずがない。サスケもそれについては理解している。
「そうそう。ヒナタもけっこう強くなったじゃん。ヒナタ、あれは親父さんに見てもらったのかよ?」
「ううん。ちょっと恥ずかしいから、まだ……」
ヒナタはちらりとヒアシの顔色を伺った。
「じゃあ今良い機会だろ」
「ええ……」
「ヒナタ。わたしは何も聞いていないが」
「あの岩とか良いんじゃねーか?」
「父様、良いですか?」
「あ、ああ……構わん」
「わかりました」
ヒナタは修練場の隅にある岩の前へ移動した。
「えいっ!」
ーードゴッ
可愛い声とは反対に、濁音が響いた。
一瞬の出来事だった。まさかそういう意味で庭石を使って良いかと聞かれるとは考えもしない。ヒナタの掌底は最早岩をも砕く威力だ。柔拳を応用した手のチャクラ穴からのチャクラ噴射と、雷の性質変化を応用したただの掌底。チャクラコントロールができれば岩の分子にチャクラを流し込み破壊することができる。この殺傷能力は極めて高い。
「姉様すごーい!!どうやったのですか?」
いつの間にかいたのか、ヒナタの妹のハナビがヒアシの横で興奮気味にピョンピョンと飛び跳ねていた。